軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第4話 第四日模範試合

1

いつも通りの時刻に目が覚めた。

用意されていた水で顔を洗い、体を拭いた。

水差しから椀に水をそそぎ、ゆっくりと飲み干した。

部屋を出て西側の回廊に向かう。

客棟を出る。

警備兵に鑑札を見せて西門を通る。

野菜が植えられた区画を歩く。

緑色が目に優しい。

外壁にたどり着いた。

警備兵にあいさつして階段を上る。

城壁の上に立つ。

ひゅうひゅうと風が抜け、白髪を、口ひげを、あごひげをなでてゆく。

北方はるかに霊峰フューザが見える。

その麓におぼろげながら緑の帯が広がっている。

大湿原と呼ばれる地域だ。

強力な亜人たちや野獣が跳梁跋扈し、水路や沼が複雑に入り組んでいるという。

容易に人の踏み込めない秘境であり、大陸中央部とフューザを隔てている。

大湿原の東には少し濃い緑の一帯がある。

樹海だ。

大オーヴァをさかのぼって行けば、樹海に入る。

大湿原ほどではないが、人に優しい地域ではない。

フューザに登ろうとすれば、大湿原のさらに東側から行くしかないという。

フューザのさらに北側の地域には別のルートもあるかもしれないが、そこまで遠い地域のことを知っている者には会っていない。

城壁から少し離れた場所に、寄り添うように野営地ができている。

試合結果に興味のある貴族たちが寄越した連絡部隊だ。

城の中に入ってしまえば競武会が終わるまで外に出られない。

彼らはその日その日の結果を知り、あるじに伝えるために、わざわざ野営しているのだ。

もっとも、バルドに与えられているような上等の客室であっても、やはり狭い石の建物は、それほど居心地のよいものでもない。

ここは貴族の快適な宿泊のために造られた城ではない。

最前線の戦争基地なのだ。

騎士が城壁を巡回してきた。

バルドに丁寧な礼を取ってすれ違っていく。

辺境騎士団の騎士たちは、バルドに何の隔意も持っていないようだ。

むしろ敬意が感じられる。

「旦那。

朝飯の準備ができたよー」

ジュルチャガが壁の内側からひょこりと顔を出した。

警備兵が驚くから、階段を使わずに壁を上るのはやめろと言ったのだが、聞かない。

「技がなまらないようにしないとね。

カーズがやってる素振りと同じさ」

風が乾いている。

今日は少し暑くなるかもしれない。

2

第四日目。

第四部門、すなわち片手剣競技が行われる日だ。

この優勝者とバルドは模範試合を行う。

いっそゴリオラ皇国側の出場者が優勝してくれれば気が楽なのだが。

だが、パルザム王国側の出場者は見るからに鋭気に満ちている。

第四部門の出場者を含む全員が、殺気とも怒気ともつかない気配を放ってきている。

その殺気は、対戦相手たるゴリオラ皇国にではなく、東側に座るバルドに向けられている。

原因は分かっている。

昨日の会談の件が耳に入ったのだろう。

彼らからすれば、次代の国母に関わる縁談だ。

どこの馬の骨ともつかない部外者がしゃしゃり出て仲を取り持ったなどと聞けば、愉快なはずはない。

いや。

今の段階では縁談だと思っている者は少ないだろう。

だとしても同じことだ。

もとはジュールラントの師父であったかもしれないが、今のジュールラントはパルザム王国唯一の王子である。

呼びつけるとは何事か、と思うのがまともな感覚というものだ。

それはジュールラントを敬愛するからではなく、王国の体面を重んじるからだ。

落ち着いて考えれば、彼らの気持ちはよく分かる。

ジュールラントは、降って湧いたように現れた王子だ。

実績といえるものはまったくない。

その実績のない王子が、軍制を始めさまざまな制度や運用にあれこれ口出ししているのだ。

不快に感じる者がいても無理はない。

血を流してきた騎士たちにこそ、その不満は強いはずだ。

現王は軍からの信頼が厚いというから、なおさら威を借りる振る舞いとみられているかもしれない。

偉そうに言うなら、剣をとり兵を率いて実力をみせてみろ、と彼らは思う。

しかしジュールラント本人にそういうわけにはいかない。

今、そのはけぐちが現れたわけである。

バルドが勝ったからといって、ジュールラントへの信頼が増すわけではない。

しかし負ければ、師匠があれなら弟子の武徳もたかが知れるわ、と彼らは言い合うだろう。

理屈の通らない話だが、人間の情というものは、そういうものなのだ。

しかも彼らは強い。

将来有望な若手騎士たちとは聞いていたが、両国の若手武人たちの質はきわめて高い。

さすが大国、これほどの若手武人がぞろぞろ出てくるとは、とこの三日間感嘆してきた。

そのうえ、出場者たちの多くは実戦経験を積んでいるようにみえる。

バルドが全盛時代であっても、まともに太刀打ちできたかあやしい。

だが、もはや覚悟は決めている。

戦わねばならないのなら戦うまでだ。

指と顔に油を塗り、関節もよくもみほぐしてある。

ぶざまな姿をみせる気はなかった。

気勢が勝敗に影響を与えたのか、初戦でパルザムの出場者は四戦中三戦を勝ち、結局優勝と準優勝をもぎとった。

ザイフェルト騎士団長が、招待国代表が優勝者と模範試合を行う、と宣言した。

バルドは席を下り、武器置き場に向かった。

最初に手に取ったのは、昔よく使っていた盾と似たカイトシールドだ。

だが、少し重すぎるうえ、握りが細いと感じた。

次に大きめの丸盾を持った。

振り回してみたが、握り部分が大きすぎ、すかすかして操作性が悪い。

次に小さめの丸盾を持った。

握りはじゅうぶんに太く、しっかりしている。

見た目より厚さもあり、よく衝撃を吸収しそうに見える。

振り回した感触も上々だ。

盾はこれに決めた。

次に剣を選んだ。

長さが気に入った一本があったので、持ち上げてひゅんひゅんと振ってみた。

今の自分には重すぎるかと思ったが、よい振り心地だ。

これに決めた。

振り返ると、会場の全員がバルドを見ている。

その様子が、武具を選ぶ前と、どうも違う。

例えていえば、こちらの強さにひるんだかのような空気だ。

バルドは、戦いの場に歩いて行った。

すると試合相手が審判長に話し掛けた。

「し、審判長殿。

ローエン卿は革鎧のままだ。

着替えなくてよいのか。

審判殿」

「エネス・カロン殿。

この場に就かれるということは、用意が済んだということ。

配意はご無用」

そう審判長に言われても、エネス・カロンはとまどいを捨てられない。

そのとき、会場全体に響く大声がした。

「エネス・カロン!

油断するでないっ。

バルド・ローエン卿がまとう革鎧は、自ら倒した川熊の魔獣の毛皮ぞっ。

先だっても、砂漠で暴風将軍と相対し、あの黒い巨大剣を受け止めてびくともしなかった革鎧ぞっ。

ローエン卿は鎧の手甲で暴風将軍を殴り倒し、剣も抜かずに堂々とその場を通り抜けたわっ。

その革鎧は聖硬銀の聖鎧と同様と心得よ!

ゆめ油断するでないっ」

パルザム辺境騎士団の第一大隊長マイタルプの声だ。

これを聞いて両国出場者にざわめきが上がった。

ざわめきは、パルザム側に大きい。

エネス・カロンを落ち着かせるための声かけのはずだが、逆効果だったかもしれない。

「な。

ぼ、暴風将軍の黒剣を受けて、無事、だと?」

バルドは委細構わず歩みを進め、定位置に達すると審判長に一礼した。

審判長はうなずき、釣鐘を持った係員にあいさつした。

かーん、と合図の音が響いた。

さすがに優勝騎士だけあり、エネス・カロンはただちに戦闘状態に入った。

大きめのカイトシールドを前に突き出し、その影に剣を隠している。

二十代半ばの精悍な青年だ。

骨格はがっしりしている。

試合と試合の合間に兜を外していたので、顔は見た。

毛髪は少し灰色がかった黒色だ。

口ひげもあごひげも剛毛で、ぎょろっとした目が印象的だった。

今はフルプレートメイルに身を包んでいる。

なかなかよい気迫を放っているのだが、あまりにバルドの剣に注意を向けすぎている。

バルドは無造作に間合いを詰めると、剣を後ろに引き、盾を前に押し出した。

盾同士がかすかに触れた。

相手はなおもバルドの剣に注意を向けている。

ここから剣を振ってくると予想しているのだ。

相手がそう予想しているのなら、そうでない攻撃をする。

と考えるまでもなく、バルドは、腰を大きくひねり込みながら半歩前に踏み込み、盾で相手をぐいと押した。

身長差が相当にあるので、やや下に押さえつけながら押す形となった。

エネス・カロンの膝は、この事態を予想していなかったようで、がくんと崩れ落ちた。

もはや剣で撃つまでもないとみて、バルドは右足を前に踏み出し、左足で踏ん張りを利かせ、盾ですくい上げるように相手を吹き飛ばした。

鉄の鎧と盾と剣で完全装備した騎士の重量は相当なものだ。

それがぶわりと宙を飛んだ。

すぐに着地したが、装備の重さゆえ態勢を整えることができず、仰向けに転倒した。

バルドは飛ぶように地を蹴り、相手を追った。

そして起き上がりかけた相手の首元に剣を突き付けた。

エネス・カロンの兜は、尖ったフェースガードを革のベルトで兜本体に留める形式のものだ。

その首元は機動性に富んでいる半面、胴体部分とのあいだに若干のすき間がある。

そのすき間に、バルドの剣はぴたりと当てられていた。

試合のルールでは、相手を転倒させれば勝ちである。

だがこれは、おそらく、いつでも相手を殺せる状態に持ち込むことを意味している。

現に、第一部門以外の競技では、相手が倒れたあと近くに寄って攻撃態勢を取り、審判の判定を待つ姿がみられた。

それに倣ったのである。

副審二人が青い旗を上げた。

審判長も青い旗を上げ、

「バルド・ローエン殿、一本!」

と宣言した。

なぜかゴリオラ皇国側から拍手喝采が起こった。

3

起き上がるのに手を貸そうと差し出した。

その手をはねのけて、エネス・カロンは、

「いきなり盾を使うとは!

卑怯っ」

と怒りの声を上げた。

バルドは、大陸中央の作法では盾を使った攻撃は禁じ手じゃったのかのう、と不思議に思った。

が、非礼をしたのならわびねばならない。

質問しようと審判長のほうを見たが、その審判長は、

「エネス・カロン殿。

言葉を取り消し、謝罪なされ。

バルド・ローエン殿の振る舞いに何ら問題はない。

その言葉は騎士として聞き逃せぬ。

謝罪なされ」

エネス・カロンは怒気を膨らませながらも、立ち上がって、

「言葉は取り消す。

許されよ」

とバルドに言った。

バルドは、謝罪をお受けする、と静かに答えた。

二人は再び相対した。

もう一本を取ればバルドの勝ちだ。

戦いの鐘が鳴った。

エネス・カロンは盾を左半身の前に構え、剣をその前に構えた。

上半身を少し前にかがめた姿勢だ。

リーチの差を補うためだろう。

突き主体の攻撃をするつもりにみえる。

バルドは先ほどと同じように盾を突き出した。

二つの盾がほとんど触れそうになる。

エネス・カロンはバルドの盾と剣両方に油断なく注意を向けている。

それはいいのだが、足元がすきだらけだ。

バルドは少し右足を引き、上半身全体をぐっと後ろに引いた。

好機とみたか、エネス・カロンが左足を踏み込み、バルドの盾をすり抜けて剣を突き込もうとした。

その左足をバルドの左足が払った。

ちょうど体重を左足に乗せようとした瞬間だったのだろう。

見事に体勢を崩して倒れかかった。

バルドは剣でエネスの右手首を打ち据えた。

エネスが剣を取り落とした。

バルドは左手の丸盾で、エネスの頭部を横からたたいた。

エネスはたまらず転倒した。

その頭部を盾で地に押さえ付けつつ、バルドは審判たちの判定を待った。

すぐに判定は来た。

「バルド・ローエン殿、一本!

勝者、バルド・ローエン殿」

エネスはすぐに上半身を起こした。

さして痛手を受けているわけではない。

バルドは手を差し伸べたものか迷った。

「審判長殿!」

エネスは審判長に何か言おうとしている。

足払いへの抗議かと思ったが、そうではなかった。

「もう一本っ。

もう一本、仕合わせてくだされ!

これは模範試合。

二本で終わりと決まったわけではあるまいっ」

審判長は困ったような表情で副審二人を見た。

審判長はゴリオラ皇国の騎士だから、パルザム王国の出場者のわがままを一蹴しにくかったのかもしれない。

副審二人もすぐには言葉が出ない。

審判長はバルドを見た。

バルドは審判長と目を合わせ、かすかにうなずいた。

審判長は、両国の主催者席に向かって礼をし、

「出場者の希望により、もう一本仕合います!」

と宣言した。

このときのバルドは、すでに勝つ気をなくしていた。

もうじゅうぶんだと思っていた。

これでジュールランの顔は立つ。

あとはこの青年もよいところをみせられればよいのに、と思っていた。

わざと負けるような振る舞いはできないが、この青年がしっかり力を発揮し、みごとに自分から一本を取ることを望んでいた。

というより、ここまでが出来すぎだった。

優勝までのすべての試合を見たが、出場者たちの技も力も素晴らしいものだった。

若いころであればともかく、老いた自分に勝ち目は薄いと感じていた。

それなのにあっさりと二本を先取し、バルド自身がとまどっていた。

二人は位置につき、三度目の鐘が鳴らされた。

今のバルドは、なお闘気は失っていないが、勝利へのこだわりはない。

静かな気持ちで敵に相対していた。

対するエネス・カロンは、吹き出すような勝利への欲望を放っていた。

その頭に隙が見えた。

打つという気もなく、バルドは剣を突き出し、相手の頭を打った。

首ががくんと沈み、ふらふらっと揺れて。

エネス・カロンは倒れた。

審判長がバルドの勝利を宣言した。

ゴリオラ皇国側から大きな歓声が上がった。

エネス・カロンは起きる気配もない。

完全に失神しているようだ。

薬師たちが駆けつけて手当を始めた。

バルドは審判たちと主催者席に礼をし、剣と盾を元の位置に返すと、自分の部屋に向かった。