軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第7話 オーヴァを越えて(前編)

1

ボーバード領を北に迂回してハベル街道に出る道を通ることになった。

ハベル街道は、ボーバード領主が作った輸送路だ。

もとはボーバードの特産品をゴリオラ皇国に届けるのにヤドバルギ大領主領を抜けていたが、山や森や川があって時間がかかるうえ、嫌がらせのような通行料を取られるため、北の平野に道を整えたのだという。

水がやや補給しにくいのと賊が出る難点はあるが、馬さえあれば驚くほど少ない日数でオーヴァに着ける。

ボーバードを通れば面倒なことになるので、野営が続いてよいから迂回したい、とドリアテッサは言った。

聞いてみればよく分かる話だ。

代々のボーバード領主は、ゴリオラ皇国の貴族に叙されることを悲願としてきた。

経済力を充分に養った今は、何としてもつてが欲しいところだ。

そこに皇国の高位貴族の娘が突然やってきたのだ。

何としても引き留めて歓心を買おうとするだろう。

しかも、その娘は、独身で、妙齢で、とびきりの美人だ。

ボーバード領主が何を考えているか、想像するまでもない。

おそらく行きがけにも、何かドリアテッサがげんなりするような「歓待」があったのだろう。

いや、待て。

わしがボーバード領主なら、どうする。

ドリアテッサ殿の護衛をすべき部隊が壊滅に近い状態で引き上げたことは、耳に届いておるじゃろう。

ということは、近辺の村にも何らかの指示が出ており、斥候も派遣しておる、とみたほうがよい。

バルドはそう考え、ジュルチャガに、しばらくのあいだ人目を避けて移動したいので注意するよう頼んだ。

また、目立たないよう塩とできれば酒を買ってくるよう頼んだ。

ジュルチャガは、持ち前の飲み込みのよさを発揮して、にっこりうなずいた。

その後二度、兵士の巡回に出遭ったが、ジュルチャガがいち早く発見したため、気付かれずにやり過ごすことができた。

村もなく人通りもないこんな所を巡回するのは妙なことだ。

やはり狙いはドリアテッサなのだろう。

2

「ドーラって、シェルネリア姫様の結婚が決まったら、王宮の勤めをやめるんだよね。

そのあと、どーするの。

お嫁さんに行く?」

「普通ならそうだ。

私の年で婚約すら決まっていないというのは珍しい。

だが父上は、私が家を出ることをお許しくださっている。

子爵位を継がせてくださったのは、そういう含みなのだ。

私は、自ら立つ者になりたいのだ」

「それって、結婚しないってこと?」

「いや。

そういう意味ではない。

それどころか、子爵領を統治するには、どうしても夫を迎えねばならん。

わが国では女も領主になれるが、それはまったく形式だけのことでな。

家の当主は男でなければなれない。

女では他の貴族や商人たちと交渉することもできない。

ただ、他家に嫁ぐのと、わが家に夫を迎えるのでは、私の自由にできる範囲が大いに違う。

まあいずれにしても結婚はしなくてはならないが、今のところ夫になり手がないのだ」

「ええええっ?

こんなにめんこくって、気立てがいいのに?

ドーラの国の男たちって、見る目がないにもほどがあるよっ。

なんだったら、おいらがお嫁さんにしてあげようか?」

「はははは。

それはありがたいな。

そのときにはよろしく頼む。

いや。

今まで話がなかったわけではないのだがな」

よくもこんな質問を堂々とするものだと、バルドはジュルチャガに感心した。

まったく邪気が感じられないのがこの男の強みだ。

それが情報収集を助けている。

「それにしても、バルド殿の弓の腕には恐れ入った。

まさか、魚を弓で獲っていたとは」

「おいしいよね、この魚。

脂がよく乗ってて。

ドーラ、知ってる?」

「うん?

何をだ」

「バルドの旦那はね。

食徳を持ってるんだ」

「食徳?

何だ、それは」

「バルドの旦那が行く所、うまい物あり。

たまたま寄った店でめったにない魚があったり。

たまたま材料を持ち込んだ店の亭主が料理名人だったり。

たまたまその料理を食べるのに、最高のときだったり。

たまたまお偉いさんの命を助けてごちそうしてもらったり。

とにかくね。

旦那といると、うまい物をおいしく食べられるんだ。

旦那の周りには気持ちのいいやつが集まるしね。

楽しい仲間と食べる食事は、また格別ってやつさ」

「食物の徳で、食徳か。

それはいい。

うん。

それはいいなあ。

みんなと食べる食事は、本当においしい。

私もずっと、みんなと旅がしたい」

聞きながらバルドは、どきりとした。

ひょっとしてジュルチャガは知っているのか、と一瞬思った。

だが、そういうわけでもないようだ。

横でゴドン・ザルコスが、わが意を得たりとばかりにうなずいた。

「おお!

旅はよいともっ。

最高じゃ。

わっはっはっはっはっ」

カーズは無表情のまま、切れ長の目を細め、湯気を立てている魚の背中にかぶりついた。

皆のくつろいでいる様子を見ながら、バルドは、

はて。

一人の人間として自立したいという気持ちは分からんでもない。

だが、高位貴族の娘にはそうとしての役割がある。

女の戦いの場は、男のそれとは違うものじゃ。

それなのに、父親も娘が家を出るのに協力しておるようじゃ。

何かがあるのう。

これほどの娘の縁談がまとまらんというのも面妖じゃ。

などと考えをめぐらせていた。

やがて一行は山岳地帯の端にたどり着いた。

眼下には、広大な平原が広がっている。

その向こうには、かすかに大オーヴァが見える。

さらに前方左側、つまり西には豊かな森がある。

そこにヤドバルギ大領主領があるのだろう。

だが、一行の目をとらえたのは平原でもオーヴァでもない。

五人は、みな、右を見ている。

果てしなく続く平原のその果て。

地平線のかなたに林も丘も消えていくその向こう側に。

土の巨人が顔をのぞかせている。

霊山フューザである。

まさに、威容。

まだ裾野の全容をとらえることができないほど遠いのに、この大きさは何としたことか。

青みがかって白くかすむ山腹には三筋の雲が掛かり、その雲を見下ろす頂は白い雪をまとって神々しく、美しい。

山や川はすべて神々のみわざだ。

大地の神ケッチャ=リは土を盛り上げ岩を突き固め、風の神ソーシエラは木々を吹き寄せ、太陽の神コーラマは温もりを注ぎ、水の神イーサ=ルーサは雨を降らせ川を作って大地を潤す。

生きとし生けるものすべて、日々の糧を神のみわざによらざるはない。

だが、この美しく恐ろしい山は、神のみわざなどではなく、それ自体が一柱の神だ。

そうとしか思えない。

すがれば護ってもくれるだろう。

怒らせれば国々さえ滅ぼされるだろう。

あの雲の中には諸国から飛んできた魂魄が集まっているのだろうか。

バルドは、いつの間にか涙をながしていたのに気が付いた。

その感動の冷えぬうちに、足元に生えていたソイ笹の葉をちぎり取って胸の隠しに入れた。

3

鍛錬を続けながら、旅は続いた。

幸い日数にはまだ余裕がある。

いまだにバルドには、女の身で武芸の大会などに出て、勝利を得たとしてそれに何の意味があるのか、よく分かってはいなかった。

だが、ドリアテッサがまぎれもなく剣の天分を受けた人間であることは、よく分かった。

そして、その身に許される限りの最大の努力を剣の鍛錬にそそいできたことも。

「えーっと。

結局、ドーラは、細剣部門と総合部門で優勝したいんだよね」

「うむ。

私は、その勝利を姫様に捧げる。

それと、実はな。

総合部門で優勝した者には、相手側の主催者から、褒美が出る慣例なのだ。

私は、その褒美が欲しい」

「品物もらうの?」

「いや、そうではない」

「じゃあ、願いを聞いてもらうのかなあ」

ドリアテッサは、まばたきしてジュルチャガを見た。

「……ジュルチャガ。

おぬし、鋭いな」

「え?

そうかなあ。

やっぱり?

えへへ」

願い。

ドリアテッサがパルザム王国側の主催者にする願いとは、何なのだろう。

4

ハベル街道に入った。

一行は、バルド、ドリアテッサ、ゴドン、カーズの順に並んで馬を走らせている。

山道では、 並足(なみあし) かせいぜい 速歩(はやあし) でしか進めなかったが、今は 駆足(かけあし) に近い速度を出している。

ジュルチャガはといえば、先頭に立って誘導したり、横や後ろに回って何事かを観察したり、時にはずっと先行して様子を探ったりしている。

馬の速度に合わせて走り続けるのは大変だと思われるのに、少しも疲れた様子をみせない。

足は素早く動いているのだが、まるで歩いているようにみえるのだからふしぎなものだ。

音を上げるどころか 余裕綽々(よゆうしやくしやく) で、ドリアテッサの横について話しかけたかと思えばバルドの側に移動して話しかける。

じつにうれしそうな顔で話しかけてくるものだから、一同の雰囲気はなごやかだ。

ドリアテッサの装備は群を抜いて上質であるから、一行を見るものがいれば、白銀の騎士とその家臣たち、とみることだろう。

バルドとゴドンとカーズはおそろいのマントを羽織っている。

ジュルチャガは、クラースクの初代領主から自分がもらったマントを、「お兄ちゃんから弟への贈り物だーっ」と威張りちらしながらカーズに与えた。

ジュルチャガは常に身を軽く保っている。

機動性という最大の武器を失わないためだろう。

マントですらジュルチャガには邪魔なのである。

カーズは無言でマントを受け取り、以来愛用している。

その代わりというわけでもないが、カーズの馬には、ジュルチャガが山で見つけた薬草が積まれている。

ジュルチャガはバルドなど問題にならないほど薬草に詳しい。

そういえば、もともとこの男はしびれ薬を使う盗賊だった。

普段は最低限の薬草しか持たないが、あの山には見逃すには惜しい薬草がたくさんあったらしい。

後ろから騎馬が駆けてきた。

二騎だ。

速い。

襲歩(しゆうほ) というより、激走である。

ずっとあんな速度で馬を走らせ続けられるわけはないから、バルドたちを見つけて速度をあげたのだろう。

近くに隠れる場所もない。

バルドは少し進行速度を落とした。

不穏な成り行きになれば、振り切って走ればよい。

そのために、今は馬の足をためておくべきである。

と、ドリアテッサが大きな声を上げた。

「あれはっ。

ファファーレン侯爵家の陣羽織っ。

バルド殿。

味方だ!」

二人の騎士は、すぐにバルドたちに追いついた。

ドリアテッサを見て馬から下りて走り寄り、 跪拝(きはい) してドリアテッサの無事を大いに喜んだ。

そして、どうしてここに来たのかとドリアテッサが訊いたのに答え、いきさつを話した。

騎士ヘリダンは約束を守り、帰国すると最初にファファーレン侯爵家を訪ね、ドリアテッサの手紙をファファーレン侯爵本人に手渡した。

手紙を読んだ侯爵は仰天し、騎士ヘリダンに詳細を確認したのち、息子二人を呼んで事情を説明した。

長子アーフラバーンは烈火のごとく怒り、ただちにヴォドレス家に討ち入る構えをみせた。

侯爵はアーフラバーンを叱りつけ、ドリアテッサを救いに行くのがお前の仕事だ、と言いつけた。

侯爵と次男は皇宮に上がって皇王に報告した。

その後、勅使と次男がヴォドレス家に向かったとの話を聞いたが、結果を聞く前に出発した。

アーフラバーンはボーバードにいるというが、そこに行けばボーバード領主に会わないわけにいかない。

それはドリアテッサが嫌がった。

事情を聞いた騎士たちは無理もないことと、近くの村に宿を取り、騎士の一人が伝令に走った。

なんと翌日の朝食が終わるころにアーフラバーンはやって来た。

夜の明けきらぬうちに飛び出して、とてつもない速度で駆け抜けて来たに違いない。

「ドリーーーー!

ドリアテーッサ!!

無事かっ。

無事なのかっ。

よかった!」

見事なこしらえの鎧を着た騎士が、馬から飛び降りるなりドリアテッサに駆け寄って抱きついた。

「あ、兄上。

ご心配をおかけしました。

私は無事です。

すべて、バルド・ローエン卿と皆さまのおかげです」

その騎士は、ドリアテッサをやっと離すと、バルドのほうに向き直った。

取り乱した表情を消し去った、精悍で強靱な武士の顔で。

「貴殿が、バルド・ローエン卿か。

私は、ゴリオラ皇国ファファーレン侯爵家継嗣にしてティルゲリ伯爵アーフラバーンという。

騎士ヘリダンから話を聞いた。

かたじけない。

この通りだ」

なんとアーフラバーンは、右手を拳にして左胸にあて、右膝を地につけた。

考えられない礼容だ。

いかにこの男が妹を愛しているか、この一事がよく表している。

バルドはこの男が好きになった。

思いをまっすぐに伝える人間は、どうも嫌いになりにくい。

しかもこの男、相当の腕前だ。

都の貴族などというから、どんな軟弱者かと思っていたが、この男からは武人の匂いが強くただよってくる。

アーフラバーンは、バルドたちにひとしきり礼を述べたあと、ドリアテッサに、

「これでお前も気が済んだろう。

さあ。

国に帰ろう」

と言った。

ドリアテッサは、魔獣の首を取りました、と兄に報告した。

兄は信じなかったが、バルドが大赤熊の首を袋から出し、ゴドン・ザルコスが毛皮を開いて見せるに及んで、言葉を失った。

一行には、魔獣の鑑定ができる騎士がいたようで、小さなナイフで切ったり引っ張ったりしてから、魔獣の首にまちがいございません、と報告した。

満座は驚愕の声に満ちた。

バルドは、自分とゴドン・ザルコスが証しを立てる、と申し出た。

うなずいたアーフラバーンは、高位の騎士二名に宣誓させて二人の証しを聞き取らせた。

バルドとゴドンは、それぞれの神に宣誓したあと、この大赤熊の魔獣は、ドリアテッサと自分たち三人が倒したこと、ドリアテッサは勇敢に戦い、脇腹に深手を与えたことを証言した。

これで、証言は皇宮に伝えられ、間違いなく有効とみなされるとのことだった。

バルドは肩の荷が下りてほっとした思いを味わっていた。

ファファーレン家は当然ドリアテッサの捜索隊を出すだろうとは思っていた。

しかし、ドリアテッサの魔獣討伐にファファーレン家の騎士が同行していないことを深読みすれば、ドリアテッサがファファーレン家の有力者からうとまれている可能性も捨てきれなかった。

が、長男で家の後継者たるアーフラバーンの様子をみれば、ドリアテッサに深い愛情を抱いていることは疑いもない。

とすれば、魔獣討伐の証しを立てるという役目も果たせたことだし、もうバルドたちがゴリオラ皇国に行く必要はない。

じつのところ、バルドは大国の都などに行きたいとは思わなかったのだ。

だが、ここで別れたいと告げると、アーフラバーンが大反対した。

ぜひ都に来て、父侯爵からの礼儀を受けてほしいというのである。

断りかけて、ドリアテッサの目を見た。

すがるような目で、バルドを見ている。

ついてきてほしい、と訴える目で。

はて。

兄上とその騎士団に護られて、もう何の心配もないはずなのにのう。

なぜ目におびえがあるのか。

いぶかしく思ったが、取りあえず落ち着く所まではご一緒しましょう、と答えたのだった。

「ローエン卿。

この魔獣はわが妹を助けて貴殿らが倒したもの。

頭(かしら) は頂いてよろしいのか。

毛皮はどうなさるおつもりか」

とアーフラバーンが訊いてきたので、頭は当然ドリアテッサ姫のものであるが、毛皮はこちらがもらう、と答えた。

すると、アーフラバーンは、ぜひ毛皮を譲ってほしい、と言い出した。

愛する妹の殊勲の証であるから、家の宝として大切に保存したいというのだ。

バルドはこの毛皮でカーズとゴドンの革鎧を仕立てる算段だったので、この申し出にとまどったが、あまりに熱心に頼み込んでくるものだから、仲間たちと相談した。

ジュルチャガの提案で、しかるべき値段で譲ることが決まった。

下人とおぼしきみすぼらしい若者が三人の騎士と対等に話しているのにアーフラバーンは面食らっていたが、その提案で毛皮が手に入ることになり、ジュルチャガに礼を述べた。

ジュルチャガは、いつものようににこにこ笑いながらあいさつを返し、ちゃっかりと、代金をはずんでくれるよう付け加えた。