軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1話 ドリアテッサ(後編)

6

夜が明けてしばらくして、捜索隊が帰って来た。

行方不明の子どもは無事発見され、それと別に一人の大人が救出されたという。

捜索隊は二人を助けただけでなく、川熊一匹ともぐら猿三匹を倒して、その体を持って帰ったというのだから、大手柄だ。

無論、戦ったのはゴドン・ザルコスである。

事の起こりは、村の近くに現れた川熊を村人が追い払ったことだったらしい。

けがをした村人もいたが、そこまでならよくある話だ。

ところが森で木の実を採っていた少年のうち一人が、あわてて川熊の進行方向に逃げてしまった。

それに気付いた大人が一人少年を追いかけ、一緒に川熊から逃げたが、村から遠ざかる方向に行くことになってしまったのだ。

二人は木の上に追い詰められて困っていたが、やがて松明がたくさん近づくのを見て大声で呼んだ。

声を頼りに二人の居場所を突き止めた捜索隊の人々は、木の下に川熊がいるのを見た。

興奮状態にあり、追い払うのはむずかしそうだ。

するとゴドン・ザルコスが一人で近づき、バトルハンマーを振るい、たった三撃で倒してしまった。

そこに三匹のもぐら猿が襲い掛かってきた。

ゴドンは、さほど手こずりもしないで新手の敵も倒した。

しかもその場で、野獣どもの死骸は村の財産とせよ、と宣言したらしい。

一同は大喜びで川熊ともぐら猿の体をくくり上げ、帰途についたのだという。

遅くなったのは死骸の運搬に手こずったためだと聞いて、心配していた村人は拍子抜けした。

村長の娘が朝食を持って来てくれたので、三人は食事をした。

村長の娘はそのあと、ドリアテッサの面倒をみてくれた。

ゴドン・ザルコスは、武具の手入れをすると、小屋の前の木の根を枕にごろんと寝て、いびきを立て始めた。

ジュルチャガは、その横の日陰にわらをしいて寝た。

バルドは村長に預けてあった三頭の馬の様子をみたあと、小屋に帰った。

村長はひどく上機嫌で、馬にもたっぷり飼い葉を与えてくれていた。

7

「ザルコス卿。

川熊一匹と、もぐら猿三匹を、あっという間に倒したとお聞きした」

と話し掛けたのはドリアテッサだ。

もうすっかり体調も戻ったようで、ぱくぱくと夕食を食べた。

「いやあ。

バルド殿に稽古をつけていただいたおかげじゃ。

そうでなければバトルハンマーは使っておらなんだしのう。

それに、もぐら猿が襲ってくることを、このジュルチャガが素早く気付いて教えてくれましてな。

そうでなければ痛い目に遭っておった」

快活に笑うゴドンを見て、ドリアテッサの口元もゆるんでいる。

「助けを求める声をいち早く聞きつけたのもジュルチャガでしてな」

「ほう。

ジュルチャガは目端がきくのだな」

「いやあ。

そんなに褒められると照れちゃうなあ。

へへへ」

リンツ伯爵サイモン・エピバレスの家人と紹介されたジュルチャガが、同じ席について食事し、ずいぶんなれなれしい口を利くのを、ドリアテッサは不審にも不快にも思っていないようだ。

大陸中央の貴族には珍しいことだ。

ひょっとしたらリンツ伯の遠縁か出自の低い庶子ぐらいに思っているかもしれない。

実のところジュルチャガは、ずっと南のほうではなかなか名の売れた盗賊だった。

何が気に入ったのか、バルドの旅にくっついている。

そのバルド・ローエンはといえば、年老いて主家を辞し、霊峰フューザめざして気ままな旅をしている流れ騎士だ。

ゴドン・ザルコスは、旅にあこがれて押しかけ同行者となったが、実は小なりとはいえ一領の領主だ。

およそ関係の読みにくい妙な三人組といえる。

「それに武勇をいうなら、拙者などバルド殿の足元にも及ばん。

何しろ伯父御は、一人で川熊三匹と川熊の魔獣を倒して村人を守ったのですからな」

「えっ!

魔獣?

しかも川熊の?

そ、それはまことかっ」

急に気色ばんだドリアテッサに面食らいながら、ゴドンは、伯父御の革鎧をよく見てみなされ、と言った。

バルドの革鎧は手入れを終えてわらくずの上に広げられている。

ドリアテッサはバルドに許しを求めてから、しげしげと鎧を手にとって眺めた。

クラースクの革鎧職人ポルポが、恩人たるバルドのために丹精を込めた逸品である。

「これが、魔獣の革鎧。

仕立ては素朴だが、なんと立派な。

なるほど。

普通の革ではない。

これが」

ドリアテッサは、姿勢を正してバルドとゴドンに礼を取り、改まった声音で言った。

「ローエン卿。

ザルコス卿。

ジュルチャガ殿。

窮地にあるところをお助けいただき、お礼の申しようもない。

このうえご好意にすがるのは厚かましすぎるのだが、お教え願えまいか。

どこに行けば魔獣を狩ることができようか」

ゴドンとジュルチャガはバルドのほうを見た。

この問いにはバルドが答えるべきだと思っている様子だ。

バルドは、いくら辺境でも魔獣にはめったに出遭わないこと、ただしバルドの旧主たるテルシア家が守る領土は、大障壁の切れ目にあり、年に十数匹から二十匹程度の魔獣が現れることを説明した。

「大障壁の切れ目。

そんなものが本当にあるのか。

パクラ領、か。

そこまで、ここからどのくらいの距離があろうか」

バルドはジュルチャガを見た。

これはジュルチャガの得意分野だ。

「うーん。

道筋によるけど、二百五十刻里ぐらいかなあ。

道をよく知った人が馬を使いつぶすつもりで、しかも餌やら何やらでお金をたっぷり使ったとして、四十日から五十日ぐらいかかると思うよ」

「片道で五十日……」

「ジュルチャガよ。

この前クラースクからリンツまで三十日で往復してなかったか?」

「あれはおいらだからできたんだよ、ゴドンの旦那。

旅の荷物を積んだ馬で素人がとぼとぼ行くんじゃ、おんなじようにはいかないって。

パクラまで五十日ってのも、野獣に襲われたり、悪天候に遭ったり、道に迷ったり一切せずに、食べ物の工面もばっちりで、水のありかもよく分かって、野営の準備に相当手慣れてるとしての話だからね。

ほんとのところ、お姫さん一人じゃ、その倍くらいかかるかもね。

速船(はやぶね) を仕立ててオーヴァ川を下るか、川を渡って草原を走ったほうが速いね、たぶん」

「これは……手厳しいな。

だが、そうなのだろうな。

ローエン卿。

もしわたしがパクラ領に行ったとして、魔獣狩りに加えてもらい、獲物の頭をもらい受けることは可能であろうか」

バルドは答えた。

テルシア家では 女性(によしよう) に武器を持たせることも、敵の前に立たせることもござらん。

子爵がいかほどの武技をお持ちであろうと、テルシアの騎士が一人でも生きているうちは、あなたを魔獣の爪と牙にさらすことはありませぬ。

魔獣の 頭(かしら) をお望みか。

であれば手紙を書き、ジュルチャガに持たせましょう。

ふた月で魔獣の頭が届きましょう。

魔獣の頭部はテルシア家にあって、名誉のしるしとして門外不出のものだ。

保存に値するほど状態のよい頭部が取れることは珍しい。

それでも自分が頼めば無理を聞いてくれるだろうとバルドは思った。

知り合ったばかりの他国の女貴族に対するものとしては考えられないほどの好意といえる。

とはいえバルドは、おそらくこの答えはこの子爵殿の望むところではあるまい、と踏んだ。

案にたがわず、ドリアテッサは、こう答えた。

「何というご厚意か。

痛み入る。

しかし、それでは駄目なのだ。

私が自分で倒した魔獣でなければ意味がない。

せめて一太刀あびせねば、それは私の手柄とはならぬ。

しかも今年のうちに皇都に帰らねばならぬ。

ふた月もかけて往復する時間はないのだ」

それから彼女は、自分の事情を語った。

8

ゴリオラ皇国の皇王には、シェルネリアという姫がある。

十四人の王子、十一人の王女のうちで一番年下で、特に可愛がられている。

シェルネリア姫はそろそろ伴侶を選ぶべき年頃なのだが、この姫、物語好きのゆえか、できるならば好いた殿方と結ばれたいという願望を密かに抱いている。

むろん皇国の姫として国益にかなう結婚を求められることはよく承知しており、わがままを口にしたことはない。

だが皇王のほうでも、皇家にとって有益な相手でさえあれば、できるだけ姫の意に添う相手と結婚させたいと考えている。

今までに舞踏会を二度、園遊会を一度開いて、貴族たちの品定めをさせた。

しかし今までは姫の心にふれる相手はいなかった。

そこで、来年の四月に開かれる辺境競武会に皇王の名代として出席するよう下命があった。

パルザム王国の騎士から伴侶を選んでもよいとの含みを持たせて。

姫を他国に嫁がせるということではない。

皇宮内で姫に新たな家を立てさせ、その騎士を入夫させる算段なのだ。

ドリアテッサはファファーレン侯爵家の姫だ。

母親は三番目の席次の側室だが、父はどの子も隔てなく愛しんだ。

父侯爵の正妃は王家からの降嫁であり、その縁もあって、シェルネリア姫が生まれたときドリアテッサは学友に選ばれた。

実際に学友として王宮に伺候したのはシェルネリア姫が三歳になったときであり、ドリアテッサは五歳だった。

二人はお互いによい友人となった。

と同時に、ドリアテッサの心には、姫を守る、という強い使命感が芽生えた。

ゴリオラ皇国には女武官という役職がある。

女同士でなければ随行できないような場所や場面で、貴顕の淑女を守護する役職である。

二百年ほど前、王が病臥したとき戦陣に立って国を守った王妃がいた。

王妃は王の死後数年間女帝として国を支えた。

そうした伝統があるため、女性の武芸を許容する風潮が残っているのだ。

ドリアテッサは武芸の鍛錬に励み、ついには騎士の叙任を受けた。

皇家の姫はどこに行くにも必ず騎士一人以上を伴わねばならない。

お気に入りのドリアテッサが騎士になったおかげで、姫は広い宮殿のどこにでも身軽に行けるようになった。

現在ゴリオラ皇国には四人の女騎士がおり、あとの三人は皇后たちの護衛をしている。

「ずっとそうしてお仕えしてきた。

五歳で皇宮に上がるようになり、十二歳でご学友兼女武官となり、十六歳で騎士になった。

そしてさらに三年間、お側に侍ってお守りしてきた」

待て。

ということは、今十九歳か!

バルドは驚愕した。

てっきり二十二、三歳か、あるいはもう少し上かと思っていたのだ。

驚きつつも、それを表に出さない自分を褒めた。

おなごというものは、老けてみられるのを嫌がるものだ。

だが、ここに配慮とは無縁の男がいた。

「へー。

姫さん、十九歳だったんだー。

てっきり、二十二、三歳か、それとももっと上かなーと思ってた。

おいら、びっくりしちゃったよ」

ゴドン・ザルコスがうなずいている。

この馬鹿どもが、とバルドは思ったが、ジュルチャガは続けて、

「だっておとなの雰囲気ってゆーか、咲き誇ってるってゆーか。

すげえ美人さんだもんなー」

と言った。

にこにこ笑っている。

なかなかに見事な収拾のつけかただ。

ドリアテッサは、怒るでも照れるでもなく、話を続けた。

「その間、何もなかった。

何もなかったことに、私は誇りを持っている。

それは喜ばしいことだ。

だが」

ドリアテッサは、目線を落とし、少し声の調子を低くした。

「心のどこかで思うのだ。

ただ一度でよい。

この剣でつかみ取った勝利を、姫に捧げたいと。

私の、私自身の力で勝ち取った何かで、姫に喜んでいただきたいと。

これは心得違いだろうか」

バルドは答えなかった。

「女騎士など、稽古はつけてもらえても、試合はしてもらえぬ。

戦に出ることもできぬ。

辺境競武会に出たい、とぽろりと漏らしてしまった。

それを姫が耳にされ、出場者に推してくださった。

皇王陛下は、この前例のない推薦を受けてくださったのだが、出場者になるには実績がいる。

私には、そのため三か月の時間が与えられた。

魔獣を討伐したとなれば文句なしの実績だ。

首が要るのだ。

魔獣の首が。

姫のご婚儀が決まれば、私は姫の元を離れなければならぬ。

これが最初で最後の機会なのだ」

バルドはひどく不愉快だった。

バルドがテルシア家に仕えた四十八年のあいだに、人が死ななかった年はほとんどない。

ゴリオラ皇国でも、きっと少なくない数の騎士や兵士が命を捧げ続けているはずだ。

国のもっとも安全な場所で過ごしながら、手柄を立てる機会がなかったと悔やむとは。

自分の剣で勝利をつかみたかったなどと言えるのは、その安全の価値を本当には知らない証拠だ。

第一、王宮勤めをしながら十六歳でなれる騎士とはどういう騎士じゃ。

しかもおなごの身で。

こんなふざけた話は聞いたこともないわ。

腹が立ってしかたがなかった。

だが、ふと、なぜ自分の心はこんなにざわついているのか、と思い、目を閉じてそのわけを自分自身に尋ねてみた。

すると自分の心がみえてきた。

わしの心の中には、騎士とはこうあるべきだ、と思い描いてきた姿がある。

そうなろうと努めてきた理想の姿がある。

このおなごを騎士と認めたら、それがけがされると感じたのだ。

また、おなごのくせに守られるありがたさが分かっておらん、という怒りがある。

じゃが、騎士であるとかないとか、男か女かというようなことを、いったんはずしてみたらどうか。

敬愛する者の役に立ちたいと願う心。

おのれの生きざまにおのれで納得できるしるしを求める心。

この若者はそういう心を持ち、ひたむきに、その心のままに生きようとしている。

わし自身もかつてはそうじゃった。

むちゃもしたし、わがままも言った。

エルゼラ様は、そんなわしをいつも認めてくださった。

よいではないか。

この若者の考えが甘かろうと何だろうと。

この若者が騎士であろうがなかろうが。

どのみち、この若者は引き返せぬところまできておる。

それなのに信じていた味方に裏切られ、たった一人になり、それでも諦めず、どこに行けば魔獣が狩れるかと 訊(き) いてきておる。

これに応えぬほうが騎士道に反する。

こんななりをしておっても、姫は姫じゃしのう。

目を開くと、一同は沈黙してバルドのほうを見ている。

バルドは、深く息を吸い、そのなかばを 吐(は) いてから短く告げた。

子爵殿にご助勢することとする。

魔獣を探すぞ。

ゴドン・ザルコスは、おうっ、と 吠(ほ) え、ジュルチャガはにこにこしながらうなずいた。

ドリアテッサは深く頭を下げた。

見込みの低い挑戦だが、精一杯やるまでのことだ。

それにしても、こんなふうに心を乱すとは、わしもまだまだ枯れておらんのう。

バルドは苦笑いをした。