軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第9話 エンザイア卿の城(前編)

1

クラースクを出て八日目にマジュエスツ領に入った。

山に囲まれた小さな平野地帯に、領主の住む街を取り巻いて六つの村がある。

ゴドン・ザルコスが領主を務めるメイジア領と地形が似ている。

その領主は今バルドとともにのんきな放浪の旅をしているのだが。

マジュエスツ領主アラグエド・エンザイアはよい統治を行っていて、領地は平穏だと、クラースクで聞いた。

だが、実際に足を踏み入れてみると、この地の空気は清明を欠いているようにバルドには感じられた。

それでも、とにかくマジュエスツの街に行かねばならない。

街の宿で待っていると、ジュルチャガに約束したからだ。

ジュルチャガは、リンツ伯に報告することができたと言って、ポルポの無実が明らかになったその日のうちに、クラースクからリンツに向かったのだ。

最初に入った村で、徴税官が領民から税を取り立てる場面に出くわした。

木こりなのだろうか、その領民は金属の斧を持っているのだが、税が払えない代わりに、斧を取り上げられたのだ。

木こりが金属の斧を持てるということは、領全体の豊かさをうかがわせるものだ。

反面、仕事道具を召し上げるという乱暴なやり方は、治世の程度の低さを感じさせる。

ちぐはぐだ。

すがりつく木こりを部下にたたきのめさせた徴税官は、バルドたちに目を向けると、

「旅の者か。

マジュエスツを通る者からは、一人百ゲイルの通行料を取ることになっておる。

払え」

と言った。

嘘じゃの、とバルドは思った。

そんな金額では、平民には払えない。

バルドたちが馬に乗り、それなりの鎧を着ているのを見てとって、ふっかけているのだ。

そもそも通行料自体あるかどうか疑わしい。

領民の税を集めて回る役人が旅人から通行税を取るというのも妙だ。

だが、バルドは二人分の通行料を払った。

そして、手形をくれ、と徴税官に言った。

「そんなものはない」

それはおかしい、通行料だけ取って手形を出さんなど聞いたこともない、とバルドが言うと、

「きさま!

領主様の定められたことに従えぬと申すか」

と、剣に手を掛けてすごんだ。

脅しのかけ方が幼稚なので、バルドはあきれて、ほう、騎士相手に剣に手を掛けるとは、なかなか剛気じゃの、と目に力を込めた。

バルドの殺気に当てられて、徴税官は状況を客観的に見直したようだ。

何しろ、徴税官自身は馬に乗っており武器も持っているが武威のかけらもない。

部下四人は徒歩で棒を持つばかり。

いかにも屈強な騎士であるゴドンとバルド相手では、まるで勝ち目はない。

こんな村では、他の役人が駆け付けてくれることもない。

「ま、まあよい。

格別の計らいをもって、受領証を書いてやる」

と体裁を繕い、通行料を受け取った旨を木切れに書き付けて寄越してきた。

バルドはそれをちらと見て、金額と徴税官の名を書き加えさせた。

徴税官が名を聞いてきたので答えた。

そのまま徴税官とは別れ、街に向かった。

2

「いやあ、二年ぐらい前からかなあ、ご領主様は、あんまり館から出なくなったですよ」

「そのころから役人どもが威張り散らして横暴なことするようになって」

「ご領主様の弟様もご病気だし、重臣のかたがたも次々に亡くなられて」

「 白羅王(びやくらおう) のたたりじゃと、もっぱらの噂でして」

ガンツがあったので宿を取り、食事しながら街のうわさなどを聞いた。

白羅というのはどこかで聞いたことがあるが何のことだったかのう、としばらく考えて思い出した。

妖魔のことだ。

とすると、白羅王というのは妖魔の王ということになる。

この辺りでは妖魔が出るのか、と訊ねると、

「え?

ああ、そうじゃねえんで。

白羅王というのは、馬なんです。

野生の馬でしてね。

大勢の野生馬を率いている、群れのボスなんで。

そりゃあもう、白くて大きくて速くて強くて、ものすごく賢くて。

妖魔が取り憑いてるに 違(ちげ) えねえって、みんな言ってるんでさあ」

という説明が返ってきた。

一年と少し前に、エンザイア卿は、妻の乗馬にするために一頭の美しい野生の 牝馬(ひんば) をつかまえた。

その馬は、白羅王の妻だったのだ。

以来、白羅王は群れを率いてエンザイア卿の城の近くに出没して悪さをするようになった。

また、マジュエスツ領では、塩や金属製品を北方の他領から輸入しているが、エンザイア卿が北に送る隊商が、頻繁に白羅王に襲われるようになった。

そのうえ、そのころから、エンザイア卿を支えてきた良臣たちが次々原因不明の病や事故で死んだ。

事故といっても幻覚に襲われての事故死なのだから、もはや呪いといってよい。

エンザイア卿の弟も病気らしく、一切外に出なくなった。

領主の目が届かないのをよいことに、役人たちは好き勝手なことをしている。

つまり、今マジュエスツ領は白羅王の 怨(うら) みによりよどんでいる。

だが、やがて領主様がこのよどみをはらってくださるに違いない。

これが領民たちの見解のようだった。

3

「ささ、もう一つ杯をお受けくださいませな」

奥方の言葉に従い、侍女がバルドの杯に酒をつぎ足した。

どうも妙なことになってしもうたのう、とバルドは思っていた。

ガンツに泊まった翌日、エンザイア卿から使いが来て、城に招待された。

城は街の北側の山の中にあり、古くて立派なものだった。

今はこうしてエンザイア卿と奥方から、晩餐のもてなしを受けている。

奥方は清楚な美人だ。

だが、最初の酒をバルドとゴドンに、奥方自らがついだとき、バルドは奥方の息の匂いを嗅いで、

なんという甘くただれた香りを放つ 女性(によしよう) か。

と思った。

見かけ通りの貞淑な貴婦人ではないかもしれない。

夫であるエンザイア卿も妙だ。

バルドもゴドンも騎士だし、ザルコス家は名家でゴドンはその当主だ。

城に招かれても不自然ではない。

だが、エンザイア卿は、バルドのこともザルコス家のことも知らなかった。

従者も連れない自称騎士などをいちいち城に招くわけはない。

また、せっかく旅人を招いたのだから、各地の情報を聞きたがるはずなのに、それもない。

どこかしらよそよそしい、含むところのありそうな様子で、バルドとゴドンの出生地や旅の目的を聞くばかりだ。

出て来る料理も酒も良い物であるのに、心からくつろいで楽しむことができない。

その居心地悪さが気に入って、しばらく逗留してゆかれよ、というエンザイア卿の申し出を受けた。

4

滞在してすぐに分かったことは、家臣たちの中に派閥がある、ということだ。

たぶん、二つ。

二つの派閥に分かれて、家臣たちは互いに憎み合っている。

そのうちの一つは、領主派だ。

もう一つが何派か分からない。

次に分かったのは、エンザイア卿が、バルドとゴドンを嫌っているということだ。

その目つきは、どう見ても客を見る目つきではない。

敵を見る目つきだ。

二日目の夕食の際、

「わしの弱点は見つかりましたかな、ローエン卿」

と言われたときには、さすがにぎょっとした。

が、バルドはあわても怒りもせず、

この城は、まことにすばらしい作りをしておりますな。

地形も理想的で、水の確保も万全。

食料さえもてば、力攻めでは落ちないでしょう。

と答えた。

何がおかしかったのか、エンザイア卿は笑い転げた。

狂ったように。

5

三日目、城から荷駄隊が出たが、北の山で白羅王に襲われた。

白羅王は何十頭もの馬を率いて襲い掛かり、荷物はことごとく谷に落とされ、大勢の兵士と人夫が死んだという。

バルドは、荷駄隊が出ていくところを見ていたので、騎士二名と兵士二十名が護衛についていたのを知っている。

騎士は二名とも死んだという。

しかも、うち一人は白羅王に蹴り殺されたのだという。

襲撃地点は切り立った断崖沿いの狭隘な道で、白羅王は、まさかと思うような急斜面を駆け下りて襲ってきたらしい。

事実だとすれば、悪魔のような知恵を持つ馬だ。

この日エンザイア卿は気分が優れないとのことで、バルドはゴドンと二人で食事をすることになった。

四日目、バルドはゴドンを連れて、北の山地に足を運んだ。

白羅王には決まった縄張りがあると聞き、姿を見に行ったのだ。

軍勢を率いていくと白羅王は姿を現さないが、一人二人で行けば姿を現すということだった。

白羅王はいた。

群れと離れ、草原をひた走っていた。

バルドとゴドンは、高い場所からその様子を見下ろした。

見たこともないほど大きな野生馬だ。

頭頂から前に突き出た角も太く長い。

魔獣ではないかとも思っていたが、どうやら魔獣ではない。

体毛は真っ白と聞いていたが、ほんの少し灰色がかっているように見える。

すさまじく速く、そしてなめらかで自由な走りだ。

これほど立派な馬は、めったにいるものではない。

薄曇りの空の下、叢草を切って疾走するその体軀は、透き通っているかのようにみえた。

まるで草の中を泳ぐ魚のようだ。

なんと美しい生き物じゃ。

月魚のようじゃのう。

と、バルドは思った。

と同時に、その美しさは、どこか悲しみと怒りをたたえた美しさだと思った。

6

城に帰ろうとする途中、怪異が起きた。

崖沿いの道で馬を走らせていると、背筋を悪寒が走り抜け、ぐにゃぐにゃと道がゆがんだような気がした。

思わず馬の足を止めたが、その異様な感覚はすぐに治まったので、再び馬に駆け足を命じた。

ところが、栗毛の馬は、バルドの手綱に従おうとしない。

強く命じて進ませようとしたとき、ふと心に、

〈 妖術(ノーゲルガ) や 魔術(ノーエル) を向こうに回さなきゃならないときはね〉

〈道理を見極め、心をしっかりと持つんだ〉

〈そうすれば、どうってことはないんだよ〉

という言葉が浮かんだ。

あの不思議な薬師の老婆の言葉だ。

あれは、今このときのために聞かせてもらっていたのだ、となぜかバルドは思った。

馬にまたがったまま、目を閉じ、深く深呼吸をした。

後ろからゴドンが何事か話しかけているが、無視した。

しばらくすると、じゅうぶんに心が落ち着いてきた。

左下から吹き寄せる風が心地よい。

左側には崖がある。

谷の風は下から吹き上げるものだ。

では、顔に当たるこの風は、どこから吹いているのか。

前には道が続いているはずだ。

なのに顔に当たる風は、前方下側から吹き上げている。

目を見開いた。

確かに前に道が続いている。

細い道が。

腰の剣を抜いた。

古代剣は、淡い青緑の燐光を放っていた。

バルドは、強く息を吸い込むと、前方に向かって剣を振るった。

右上から左下に。

そして、左上から右下に。

すると、前方に見えていた道は幻のように消え、右側に新たに道が見えた。

もしもまっすぐ馬を駆けさせていたら、馬もろとも崖下に落ちていたところだ。

当然、命はない。

「やや!

何たること。

お、伯父御っ。

今、何が起きたのでしょうか。

わしの目には、前にまっすぐ道があるように見えておったのですが」

バルドはその問いに答えない。

前方の空中をにらんでいる。

いる。

何かがいる。

勘がそう教えた。

バルドは古代剣を握る右手に力を込めると、

スタボロス。

わしに力を貸せ!

と心中で叫んだ。

すると虚空に浮かぶ何物かがおぼろに見えた。

白く、ゆらゆらと、透き通るような、人のような人でないような不確かな輪郭。

バルドは、あやかしっ、と声に出しつつ、古代剣でそのもやもやしたものに斬りつけた。

ひどくあやふやな感触ではあったが、確かに何かを斬ったような手応えがあった。

その奇怪な何物かは、空中でぶるぶるふるえたと思うと、空のかなたに消えていった。

エンザイア卿の城がある方角に。