軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第4話 壁剣の騎士(前編)

1

「それじゃ、だんな」

「ありがとうごぜえやした!」

「大将のご恩は忘れやせんぜ」

全身で感謝を表し、名残を惜しむ三人の男に、バルドは、

うむ、お前たちも元気でな。

辛抱するのじゃぞ。

くれぐれも短気は起こさんようにな。

まじめにやっておれば、きっとよいことがあるからのう。

と、声を掛けた。

三人は、何度も何度も振り返りながら、山道を下って行った。

やがてバルドは、荷物をかつぐと、反対側へと坂道を下った。

しばらく進むと、昨日襲われた場所に出た。

こんな見晴らしのよい場所で襲い掛かるなど、何とも間抜けなことじゃった。

しかも、わしのほうが坂の上なのじゃからのう。

坂の上にいる人間と下にいる人間が戦えば、上側が有利なのはいうまでもない。

その程度の常識も働かないほど、三人は愚かだった。

三人に会ったのは、昨日のことだ。

前に泊まった村で、ポドモス大領主領に入る直前の山には最近山賊が出る、とは聞いていた。

大勢で行けば山賊は出ないらしい。

山賊退治も悪くないのう、と思っていた。

本当に出た。

バルドの前に三人で立ちふさがり、

「おい、じじい。

荷物を置いていけ。

命までは取らねえ」

「言うことを聞かねえと、ひでえことになるぜ」

「逃げても無駄だぜ。

俺たちゃあ、足が速ええんだ」

恐ろしく汚い格好をした三人が、目をぎょろつかせ、銅鑼声で脅してきた。

髪もひげも伸びきって、人間というより野獣だ。

粗末な武器を持っている。

気の弱い旅人なら震え上がってしまうような恐ろしさだが、バルドは、まったく脅威を感じなかった。

戦いになった。

あっという間に決着が付いた。

バルドにたたき伏せられた三人は、今度は打って変わって情けない顔つきになった。

そのときは、三人の首を取るつもりだった。

山賊などを野放しにしておいて、よいことなど何もない。

だが、三人がかばい合うのを見て、気が変わった。

お前たちはどこの生まれで、なぜ山賊などしているのか、と訊いた。

結局、その夜は、三人がアジトにしていた穴蔵で、酒を酌み交わしながら、三人の身の上話を聞いた。

三人は、酒を口にできるのは久しぶりだと感激した。

三人は、トゥオリム領という所の木こりだった。

トゥオリム領では、税が高く、取り立ては厳しく、貧しいものはますます貧しくなっているという。

税が払えない家は、子どもや女が連れ去られて売り飛ばされてしまう。

取り立て役人に抵抗すると、むごい目に合わされる。

しかし、エンバという義侠心のある男がいて、無法な取り立てから村人を守った。

エンバを慕う男たちが集まり、一つの勢力になり、働き手のない家を助けたり、食べ物を融通し合ったりした。

この三人も、エンバの腕っ節と男気に惚れて、その舎弟となった。

ところが、あるとき、領主のもとに、ひどく腕の立つ護衛が二人雇われた。

その護衛にエンバは切り殺され、手下たちも次々殺された。

三人は何年も逃げ隠れしたあと、ようやくここまで逃げてきて、旅人から食料や品物を奪い取って糊口をしのいでいたのだという。

この話がどこまで本当かは分からないが、三人の目は濁りきってはいなかった。

殺しだけはしていないという言葉は本当だろうと思えた。

これなら、まだやり直せるかもしれんのう。

そう思って一晩酒を酌み交わしてみた。

酒は人の本性を引き出す。

粗野な生活をしていれば、なおさらである。

話してみて、三人とも根は純情で、憎めないものがあると知った。

そこで、少し離れた村の長に紹介の文をしたためた。

この三人はゆえあって盗賊に身を落としたが、見所がなくもないので、働かせてやってほしい、不始末をするようならどんな罰を与えてもよい、と書いたのだ。

数日前、その村長と娘が魔獣に襲われたのを、バルドが助けた。

ひどく恩を感じていたようだから、頼みは聞いてもらえるだろう。

三人にそれを話したら、泣いて喜んだ。

人を脅して食べ物を奪い、いつか討伐されるのを待つような生活から足を洗えるのだ。

うれしいに違いない。

朝になり、髪を切り、ひげを剃ったら、少しは見られるようになった。

バルドは三人を見送り、旅路に戻った。

2

「見つけたぞ、山賊。

仲間はどこだっ」

バルドの前に、全身を金属鎧に包み、巨大な剣を持った騎士が立ちはだかった。

後ろには従者が控えている。

わしは山賊ではない、と言うバルドに、

「ええい、しらじらしい。

近頃山賊が出るというこの峠を、一人でうろつく者などおらんわっ。

山賊本人以外にはな。

腰の刀は何じゃ。

人を襲うためであろうが」

このようななりをしてはおるが、わしは騎士じゃ、とバルドは言った。

「笑わせる!

馬も持たぬ騎士があるかっ。

山賊の分際で名誉ある騎士を名乗るなど、ますますもって不届き千万。

しかも、その毛皮は、ウラルタ村の老人から奪ったものであろう。

動かぬ証拠じゃ!」

確かにバルドの荷物には毛皮がくくりつけてある。

だがこれは自分で倒した川熊の魔獣の毛皮である。

これは魔獣の毛皮じゃが、おぬしが探しているのもそうか、とバルドは聞いた。

「魔獣の毛皮だと!

そのような貴重な品を盗むとは、ますます許せんっ」

全身鎧の騎士は、まったく聞く耳を持たない。

しかたなくバルドは、名を名乗った。

だが、それは相手の怒りをさらにあおることになった。

「きっ、きっ、きさまっ。

こ、こともあろうに、バルド・ローエン殿の名を騙るとは!

もはや許せんっ。

たたきつぶしてくれる!」

と叫ぶなり間合いを詰めてきた。

大男である。

バルドより心持ち背は低いが、横幅と厚みは 勝(まさ) っている。

その武器を見て、大男が誰であるかバルドは知った。

ゴドン・ザルコス。

ザルコス家当主にして、メイジア領主。

メイジア領は、確かにポドモス大領主領の中にあるが、もう少し北だと聞いていた。

ふもとの村が守護契約地なのかもしれない。

ゴドン・ザルコスといえば、〈壁剣〉の使い手として有名だ。

鉄壁の防御技術を持つ剣士なのだろう、と思っていた。

そうではなかった。

壁のように剣を使うのではない。

壁のような剣を使うのだ。

とにかく桁外れに幅が広い剣だ。

その剣を顔の前に構えている。

刃筋を真横に向けている。

顔がまったく見えない。

それほど横幅が広いのだ。

あまりに常識はずれな剣とその構えに、バルドはあぜんとした。

と、壁剣が振り下ろされた。

振り上げるでもなく、横に構えたまま無造作に。

刃で切るのではなく、広い剣腹でたたきつぶそうというのだ。

その恐るべき質量をまともに受けるわけにはいかない。

バルドは真後ろに一歩下がった。

ぶおんっ。

巨鳥の羽ばたきを思わせる、すさまじい風圧がバルドを襲った。

巨大質量で振り下ろす壁剣は、すでに破壊兵器と呼べる。

振り下ろされた速度に劣らない速度で、壁剣はすぐに元の位置に引き戻された。

なんたる 膂力(りよりよく) !

腕力(かいなぢから) には自信のあったバルドだが、ゴドン・ザルコスの腕力は、全盛期のバルドより上だ。

はるかに上だ。

この剣一本に、どれほどの鉄が使われているのだろう。

それを軽々扱うこの男は、並外れた大力の持ち主だ。

振り下ろすのはともかく、それを空中でぴたりと止め素早く引き上げるには、どれほどの筋力が要ることか。

つかの間の驚きから覚めたバルドは、相手の周りを大きく回りながら考えた。

さてさて。

どうしたものか。

向かってくるのじゃから、たたきのめしても構わんかのう。

というより、一度たたき伏せねば話も聞いてもらえそうにないわい。

じゃが、どうやってたたき伏せるか。

金属の全身鎧をまとうておる。

相当良い品とみた。

この鉈剣では、どうにもなるまいがのう。

もともとバルドは、鎧の上からたたき付けて相手を気絶させるような大剣が得手だ。

だが、今はそんな武器はない。

あっても振り回せば肩と腰が痛む。

と考えていたとき、二撃目が降ってきた。

視界を覆い尽くして壁剣がうなる。

すごい迫力だ。

なまなかな武人では、この凶器にまともに向き合えないだろう。

バルドは、今度も後ろに避けた。

今度も壁剣は空中で止まり、ただちに引き戻された。

相手が一歩距離を詰める。

バルドは、足を横に運びながら、考えをまとめた。

よし。

次の一撃がきたら、後ろではなく横に避ける。

そして、剣を握っている右手に切りつける。

あの重い剣を握っていては、衝撃の逃げ場がなかろう。

相手が一歩踏み込み、壁剣を振り下ろしてきた。

バルドは横にかわして、相手の懐に飛び込もうとした。

壁剣は剣腹でバルドの立っていた地点をたたくと、そのまま恐ろしい速度に右に振られた。

巨大な刃先がバルドの右脇腹に迫る。

バルドは、あわてて後ろに跳びすさった。

もう少し深く踏み込んでいたら、致命的な打撃を受けていただろう。

態勢を立て直しながら、バルドは冷や汗をかいていた。

これほどの速度でこれほどに重い剣を遅滞なく真横にも振れるとは、想像を超えた腕力だ。

これは存外やっかいな相手じゃのう。

攻め方が見つからんわい。

正面から飛び込んで、剣を握る指をたたくか。

いや。

それでは振り下ろしてくる壁剣をかわしきれん。

足をねらっても同じじゃろうのう。

あんな重い物をあんなに速く振り回されると、始末におえんわい。

それにしても、相手の顔が見えんと、どうもやりにくいのう。

ゴドン・ザルコスの顔は、完全に壁剣の陰に隠れている。

ということは、ゴドン・ザルコスからもバルドが見えないはずだ。

なのに、相手の動作には迷いがない。

どうやってこちらの動きを見定めているのだろうか、とバルドはいぶかしんだ。

またも相手が踏み込んで壁剣を振り下ろしてきたので、またも後ろに飛んで逃げた。

「逃げてばかりでは勝てんぞっ。

そのうち疲れてかわしそこねることになる。

ぺちゃんこにつぶされるのが嫌なら、武器を捨てて降参せい!」

どこで死んでも構わんが、こんな馬鹿らしい武器につぶされて死ぬのだけはごめんじゃ、とバルドは思った。

いっそ降参してちゃんと話をすれば誤解は解けるのだろうが、降参するのは、それはそれでいやだった。

バルドは、手に持った鉈剣を見た。

もはや神秘の力は使い果たしたのかと思っていたが、この前の魔獣との戦いでは、またもや圧倒的な切れ味を見せてくれた。

もしもこの剣が今でも魔剣としての力を持っているのなら、自分などの手元にあってはいけない、とバルドは考えていた。

魔獣を屠れる武器は、テルシア家が持つべきだ。

この剣が力を失っていないなら、テルシア家に届けなくてはならない。

そうとして、この剣もどきが今も魔剣なのか、どうなのか。

どうにかして確かめたい、と思っていた。

そう思いながら、山道を歩いてきたのだ。

今までに二度、この鉈剣は不思議な力を現した。

だが、縞狸との戦いでは、力を現さなかった。

山賊との戦いでもそうだった。

なぜか。

この剣にまだ力があるとして、それはどういうときに出てきて、どういうときに出てこないのか。

命の危機がある強力な敵との戦いでだけ、この剣は真の力を現すのではないか、とバルドは思いついた。

ならば、今こそ確かめる好機である。

よし、とバルドは心を決め、魔剣に呼び掛けた。

剣よ。

魔剣よ。

古代の叡智により鍛えられしまことの魔剣よ。

今わしは強敵に挑む。

真の姿を現し、敵を斬り裂け!

そして、相手の懐に飛び込むと、渾身の力を込め、横なぎに壁剣に切り付けた。

だが、鉈剣は鉈剣のままだった。

何の不可思議な働きも生じなかった。

鋼が鋼と打ち合わされる大きな音が響いた。

相手はそのまま壁剣を振り下ろしてきた。

バルドは、後ろに飛んだ。

無茶な攻撃をしたために、右肘と右肩がしびれて感覚がない。

手首も痛めた。

たぶん、もう剣を振り回せない。

だが、バルドは敗北を免れた。

大地に打ち付けられた壁剣は、ぱきりと真横に折れてしまったのだ。

ちょうどバルドが切り付けた箇所で。

おそらく、今日までたたき付けられ続けて、ひびが入っていたのだろう。

「うおおおおおおおっ。

剣が。

剣がっ。

俺の愛剣があああああああっ」

わめくゴドン・ザルコスを冷めた目で見ながら、バルドは、

何も起きなんだのう。

やはりもう、魔剣としての力は失われておるのかのう。

と考えていた。

3

「いや、まったくもって、申し訳ござらん。

よりによって、バルド・ローエン殿に、あのような無礼を働くとは。

このゴドン、一生の不覚でござった。

何ともお恥ずかしい。

おしかりくだされ」

大男が身を縮めてわび続ける姿に愛嬌を感じて、バルドは笑った。

「本当にもう、兄上は。

いつも申し上げているでしょう。

まずは相手の言い分を聞きなさいって」

と隣で怒っているのは、ゴドン・ザルコスの妹ユーリカだ。

「ユーリカ。

ローエン卿は許すと言ってくださったのだから、そのことはもうよいではないか。

義兄上(あにうえ) も、そう謝ってばかりでは、ローエン卿も居心地悪くお感じですよ。

おお、黒海老が焼き上がってきましたよ。

ワインをお注ぎしましょう、ローエン卿。

この海老料理は、当家の自慢なのですよ」

と場を和ませようとしているのは、ユーリカの夫のカイネンだ。

見所があるということで、ザルコス家に入夫した。

領内の産業振興と財務管理に腕を振るっているという。

壁剣が折れて呆然とするザルコスに、バルドは一通の手紙を見せた。

それは、リンツ伯が書いた紹介状である。

リンツ伯はゴドンの伯父にあたる。

以前からゴドンが〈人民の騎士〉バルド・ローエンを敬愛していたのを知っていたから、北に行くならぜひメイジア領を訪ねてほしい、とバルドに頼んだ。

そして、ゴドンには、ローエン卿は命の恩人であるから手厚くもてなしてほしい、と手紙を書いたのである。

この紹介状を見て、目の前の老人が間違いなくバルド・ローエンだと知ったゴドンは、平謝りに謝り、バルドを自分の城に招いたのである。

二人を迎えたユーリカは、事の次第を聞いて、大いに兄をしかり、バルドに謝った。

そのうえで、わが兄は、以前よりあなた様をお慕いし、ぜひ一度お会いしたいと念願しておりました、なにとぞしばらくご逗留くださいませ、と頼んだ。

バルドは快くそれを受けた。

カイネンは、さかんにバルドに話しかけるゴドンとユーリカをさえぎり、湯浴みをさせてくれた。

湯殿でくつろいでいると、薬師が入ってきて、長く伸びた髪とひげを短く切り詰めてくれた。

湯上がりには侍女が香油を塗ってくれ、清潔な着替えが用意してあった。

こんなにさっぱりしたよい気分は、久しぶりじゃのう。

バルドはカイネンの心配りに感心した。

4

黒海老というのは、大型の海老だ。

領内の塩湖で獲れるという。

ある大きさ以上になると、赤い甲殻が黒みを帯びてくる。

黒みを帯びた海老は、濃厚で深みのある味を持つ。

茹でてよし、焼いてよし、スープにしてよしの、無敵の海老である。

バルドは、目の前の皿を見て驚いた。

こんなに大きな海老は見たことがない。

殻はいかにも立派で、まるで偉大な騎士の鎧のようだ。

その見事な海老をまっぷたつに切り分け、殻付きのまま焼き上げてあるのだ。

一見、ただそのまま焼いているように見えるが、たぶんそうではない。

まず、殻と身のあいだに、黄色い油がじゅうじゅうと泡だっている。

そして、フォークを差し入れてみると、いとも簡単に身がはがれる。

無造作な丸焼きに見えて、そこには調理人の仕事がある。

一切れを切り取って口に運ぶ。

ううむ。

何というよい匂いじゃ。

香草と、この油のおかげかの。

舌に乗せたとたん、鮮烈なうまみを感じた。

そのまま噛みしめてみると、海老とは思えないほどのしっかりした歯ごたえである。

だが、固すぎない。

一度、二度、三度と噛みしめる。

そのたびに、味が違う。

さらに何度か噛みしめたあと、飲み込んだ。

実にしっかりとした、そしてたっぷりとした身だ。

大型の海老独特のまったりした食感が何ともぜいたくだ。

焼き加減も絶妙で、外側はほどよい焦げ目が付いているのに、中は真っ白で宝石のように美しい。

驚いたのは、塩加減だ。

最初に舌に乗せたとき、しっかりとした塩味を感じた。

だが、一切れをまるまる食べてみると、身の奥の奥まで入り込んでいる塩はとても薄味で、それが海老独特のうまみを引き出している。

少しも塩辛くない。

不思議だ、とバルドは思ったので、それを聞いてみた。

「あら。

バルド様は、お料理に詳しくていらっしゃるのですね。

うふふ。

わが家では、焼き物には二度塩を振るのです。

うまみ塩と、仕上げ塩、と申しておりますわ。

塩と感じる塩と、塩と感じない塩、と申してもよろしいでしょうか。

この黒海老の鬼鎧焼きの場合、新鮮な海老を真っ二つに切ったあと、まず薄くまんべんなく塩を振るのです。

次に、上からわずかに果物の汁を掛けて、塩味を染みこませます。

時間を少しおいて、同じことを繰り返し、半身の海老全体を香草で巻いて、しっかりと塩をなじませます。

頃合いをみて、海老を火にかけます。

火が通っていくにしたがい、塩は海老からうまみの汁を引き出します。

そこでパーリム油を塗ります。

海老から出た汁と塩と油は混ざり合って、最高のソースに生まれ変わり、そしてもう一度身に染みこんで深い味わいを海老に与えるのです。

そして、海老が焼き上がる寸前に、火勢の強い場所に海老を移して、仕上げの塩を振り掛けるのですわ。

こんなふうに」

ユーリカは、自分の頭より高く右手を上げ、指をこすり合わせて塩を振るしぐさをした。

「仕上げ塩は、高く高く振りかけねばなりません。

そうすることによって、塩の量は少なめで、しっかりとした塩味がするのです。

先ほども申しましたように、身に染みこんでうまみを引き出すための塩と、焼き上がりに掛けて味を調えるための塩は、まったく別物です。

下ごしらえで塩を使ったから仕上げ塩は要らない、ということにはならないのです。

もちろん、全体でどのくらいの塩の量になるかをあらかじめ厳密に計算して、うまみ塩の量を調整しなくてはなりません。

このように大きな黒海老は、うまみを出すために必要な塩の量も多く、しかも、うまみを引き出すのに必要な焼き時間と、身の焼き上がりに必要な焼き時間を一致させるには、熟練を要します。

火からおろしたとき、手練の早業で、身と殻の間にナイフをいれます。

身ばなれをよくして食べやすくするためと、余分な油を外側に回して、味がくどくならないように。

試行錯誤を重ねて、この味は生み出されているのですわ」

料理の手順を聞いていちいちうなずきながら、バルドは次々に海老を切り分けて口に運んだ。

殻の上に残るソースに身を浸せば、また一段と濃い味も楽しめる。

合間合間には、ワインを飲みながら。

バルドは、白ワインは、あまり好きではない。

だが、地元で作られたというこのワインは、ひと味違う。

ワインそのものの味も、すっきりして嫌みがないのだが、それ以上に、きりりと冷やしてあるのがよい。

井戸で冷やしたのだというが、 熱々(あつあつ) の海老をほおばりながら喉に流し込む冷たい白ワインは、実に至福だ。

ユーリカの料理説明も、まったく嫌みに感じない。

むしろ、海老を味わう楽しみを増加させてくれる。

堂々たる女主人ぶりというべきである。

この妹御は、なかなかやるわい、とバルドは思った。

バルドがすっかりくつろいでいるのを見て、ゴドンも大いに喜び、話ははずんだ。