作品タイトル不明
第6話 竜人(後編)
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そして一月一日。
パルザムは、城門内側の広場に王直轄軍の精鋭を布陣して待った。
騎士二百と槍部隊二百と弓部隊六百である。
城壁の上にも百人の兵が立ち並んでいる。
手に改良クロスボウを持って。
バルドはジュールラント王や側近たちとともに、宮殿の中にいた。
広場を見下ろすバルコニーの脇にある小部屋である。
ここは窓から広場を見下ろすことができる。
カーズ、タランカ、クインタ、カーラも一緒だ。
対になる部屋には重臣たちが詰めかけている。
ジュールラントのそばには近衛隊長キジェク・レイガーが付いている。
シャンティリオンの後任として何人かの候補の中からジュールラントが選んだ男である。
ドーバリオル公爵家の分家の伯爵家の子弟であり、剣の腕はシャンティリオンにも匹敵するらしい。
もう着任して五年になるが、ジュールラントはこの男を直轄軍の将軍にするか、手元において重臣として育てるか悩んでいる。
文武のどちらもいける男なのだ。
頼もしい側近の一人である。
9
果たして竜人たちは来た。
空のかなたに黒い点がぽつぽつと現れ。
鳥の群れのごとき影となり。
見る見る近づいてきた。
何という数か。
二百。
いや、それ以上かもしれない。
まさかこれほどの大群で来るとは思わなかったパルザムの騎士たちに、静かな動揺が広がる。
広場の一角に陣取るゲルカストたちは、強敵の出現にうれしそうにざわめいている。
パルザムの騎士たちは馬に乗っているが、ゲルカストたちはフィヨルドから降りている。
「やつらとは、地に足をつけてのほうが戦いやすい」
とは、エングダルの弁だ。
一匹の飛竜が近づいてきて、広場の上空で静止した。
空中にとどまる飛竜の翼が生む風で、兵たちは吹き飛ばされそうになっている。
なんという大きさ。
なんという威圧感。
たった一匹の飛竜が放つ、底知れぬ圧力に、バルドは下腹部に不快感がこみ上げるのを抑えられなかった。
翼の差し渡しは二十歩以上ということだったが、三十歩はあるのではないか。
これは違う。
今までの敵とは違う。
まともに戦えるような相手ではない。
「人間ども。
バルド・ローエンと霊剣は用意できたか」
耳障りな声で竜人が訊いてきた。
「竜人よ。
お前たちはなぜローエン卿と魔剣を欲するのか。
そのわけを述べよ!」
竜人に問い 質(ただ) したのはシーデルモント・エクスペングラーである。
上軍正将の正装たる白銀の鎧に身を包み、派手やかな飾りをつけた馬にまたがる姿は輝くばかりにりりしい。
竜人はそれには答えず、額の第三の目を光らせた。
そしてシーデルモントに再び訊いた。
「バルド・ローエンは、ここに来たのか」
すると、信じられないことが起きた。
シーデルモントが、まるで感情を感じさせないうつろな声で答えたのである。
「バルド・ローエンは、ここに来ている。
あそこに」
そしてシーデルモントは右手を上げかけた。
バルドの居場所を指し示そうというのだ。
その刹那、シーデルモントの左にいたシャンティリオンが、電光石火の動きをみせた。
愛馬ベイクリを一歩右に寄せつつ抜剣して、シーデルモントの側頭を兜ごしに打ち据えたのである。
鎧の上側から打撃を通すあの技だ。
たまらずシーデルモントは意識を失って馬から転げ落ちた。
そのシーデルモントを見向きもせず、シャンティリオンはベイクリを駆って走りだした。
短い助走ののちベイクリは見事な跳躍をみせた。
シャンティリオンは宙に浮かぶ飛竜に向かって魔剣〈イーレ・シチェル〉を一閃させた。
魔剣は飛竜の巨大な足を確かに捉え、金属同士の激突音に似た鋭い音が響いた。
着地したシャンティリオンはベイクリの向きを変えて、今斬撃を加えた敵の様子をうかがった。
飛竜も竜人も、まったく平気なまま宙に浮かんでいた。
いや、多少のダメージは与えたのかもしれない。
だがそれは、なかった振りができるほどに、敵にとってはわずかな痛手でしかなかったのだ。
「手向かうか。
めんどうなことだ。
だが、許せん。
貴様らを皆殺しにして、城の中にいる者を引き出し、霊剣のありかを訊き出すことにしよう」
竜人はそう言って、上空に舞い上がり、群れと合流した。
飛竜の群れが降下を始めた。
遠くでみればさほどの速度に感じられないが、地上に近づくにつれ、それが見たことも聞いたこともないような速度であることが分かった。
クロスボウ部隊の指揮官と弓隊の指揮官が、ほぼ同時に命令を発した。
「 射(う) てええっ!」
「 射(う) てええっ!」
それから起きた出来事は、ほんの一瞬の間の出来事だった。
敵の二百騎の飛竜は斜め上方から突入してきて、城壁を越えた地点で水平飛行を行い、それから急上昇して再び高空に上がった。
そのあいだに多くの騎士や兵士を吹き飛ばし、引き裂き、戦闘不能に追い込んで。
二騎の飛竜が、クロスボウあるいは弓に翼を撃ち抜かれて、上昇しそこねた。
一騎は見張り塔の上部に激突し、塔を崩した。
飛竜も竜人も地上に落ち、竜人は駆けつけた槍部隊によってたかって突き殺された。
驚いたことに飛竜は息を吹き返し、辺りの兵士をはねのけて再び空に舞い上がった。
一騎はベランダに突撃し、前面の手すりを破壊してその奥の壁面と衝突した。
その衝撃は隣の部屋にいるバルドたちにも伝わるほどのものだった。
飛竜は頭を壁に打ち付けたようで、ひっくり返って手足をけいれんさせている。
乗っていた竜人は、ふらふらしながらも起き上がり、脇の間に人間がいるのを見て襲い掛かった。
近衛隊長キジェクの命令で四人の近衛騎士が竜人を迎え撃った。
近衛騎士二人が竜人の爪と尻尾で深手を負ったが、残りの二人が竜人の腹と足に傷を負わせ、キジェクが喉元に剣を突き込んで竜人を殺した。
竜人の体は金属鎧を着けたかのように硬くて強靱であるが、刃筋を立ててきちんと狙えば斬ることも突くこともできるようだ。
ベランダに乗り上げた飛竜はといえば、もがくうちにベランダから墜落した。
「翼だ!
翼を狙え!」
誰かが指示を出し、馬に乗った騎士たちが落ちて暴れる飛竜の羽を狙って斬り付ける。
飛竜の弱点は翼であり、飛べなくしてしまえばどうとでも料理はできる、とエングダルには聞いていた。
だがあの速度で突入されたのでは、飛んでいる最中の飛竜の翼を狙って攻撃するなど、神技がなければできないことだ。
この時点でのバルドは気付いていなかったが、実は改良クロスボウは飛竜にも竜人にもなかなか有効で、初撃でもそれなりの痛手を与えていた。
何度か繰り返して斉射を行えば、多くの飛竜を撃ち落とすこともできただろう。
だが敵がそんな機会を与えてくれることはなかった。
ところで、ゲルカストたちは四騎もの飛竜を撃ち落とすことに成功していた。
いずれも、相手の攻撃をかわしながら翼に斬り付けたのである。
ゲルカストの長大な身長と、異様に長い腕、そして長いクィズガルと呼ばれる曲刀あっての攻撃だった。
撃ち落とされた飛竜も竜人も、むろんただちにとどめを刺した。
飛竜の爪にかけられて大けがをした者もいたが、幸い死んだゲルカストはいなかった。
とはいえ、戦況全体をみれば、竜人側が圧倒的な優位にあった。
こちらが撃ち落とした飛竜はわずか六騎である。
それに対して、騎士と槍部隊で痛手を受けた者は、ざっとみても百に近い。
ベランダに激突してから地上に落ちた飛竜を、騎士たちが取り囲んで攻撃しているが、まだとどめは刺せないでいるようだ。
その様子を見ようとしたバルドは、広場の騎士や兵士が宮殿の上のほうを見つめているのに気付いた。
広場の騎士、兵士たちだけではない。
城壁の上に並んだ改良クロスボウも、宮殿の上のほうを見上げている。
実はこのとき、上空から十騎ほどの飛竜が、城門側ではなく宮殿側に下降してきて、宮殿の上で静止飛行をしていたのだ。
王のいる場所に弓を向けるわけにはいかず、弓部隊も沈黙して様子を見守った。
次の瞬間、驚くべきことが起きた。
城壁の上に立ち並んだ改良クロスボウ部隊が、ばたばたと倒れたのだ。
また、宮殿前の広場にいた弓兵たちも、ばたばたと倒れた。
槍兵と騎士には、ほとんど倒れた者がいない。
バルドは顔から血の気が引くのが分かった。
竜人の特殊能力による攻撃だ。
空への攻撃方法を封じられたのである。
次の竜人たちの攻撃を迎え撃つのに、もう改良クロスボウも弓も使えない。
槍隊と騎士たちは蹂躙されるばかりだ。
竜人たちは、城壁の外側の上空に集結し始めた。
今度は前面から一気に突入して来るつもりだ。
態勢の崩れた槍隊と騎士たちには、その攻撃を支えることはできない。
なぶり殺しにされてしまうだろう。
飛竜の爪は、一撃で重装備の騎士をも殺す威力を持っているのだから。
広場の戦力が皆殺しになったあと、竜人たちは城を突き崩させるだろう。
あの飛竜にはそれだけの力がある。
来る。
来る。
二度目の攻撃が来る。
だが迎撃すべき騎士たちは、まったく態勢が崩れている。
シャンティリオンが必死に号令を発しているが、それに従える者はごくわずかだ。
何をする間もなく、二度目の攻撃が来た。
今度は飛竜のうち五十匹かそこらが、門壁に倒れ伏す改良クロスボウ部隊を襲った。
というより、門壁ごと弓兵たちを襲った。
凶悪な威力を持つかぎ爪と巨体に押しつぶされ、門壁の上部があちこちで吹き飛んだ。
兵たちは、押しつぶされ、転落していった。
また別の百匹ほどは、わざと宮殿に激突した。
激突の瞬間には羽をめぐらせて勢いを落とし、太い足で宮殿の石壁を蹴りつけたのである。
その衝撃で石壁は至るところでがらがらと崩れた。
バルドたちのいる部屋も大きく揺れ、調度品は倒れ、壁の一部が崩れた。
ジュールラント王は、近衛隊長キジェク・レイガーに誘導されて宮殿の奥まった部屋へと避難した。
広場は惨状を呈していた。
態勢を崩した騎士たちは迎撃態勢も取れず、飛竜たちに襲われた。
ある者は押しつぶされ、ある者は壁にたたき付けられ、ある者は引き裂かれた。
ゲルカストたちだけが戦果を上げていたが、そのゲルカストたちも相当に痛手を受けている。
そして飛竜たちは三度大空に舞い上がり、攻撃態勢を整えようとしている。
駄目だ。
駄目だ。
もう一度攻撃を受けたら、騎士団は壊滅的な打撃を受ける。
何とか。
やつらを何とか地上に引きずり下ろせないものか。
そのとき。
バルドの心にある場面が思い浮かんだ。
リンツを出航したときのことだ。
あのとき。
古代剣から光の弾が飛び出して、刺客を撃った。
刺客は意識を刈り取られたようだった。
この古代剣には、そういう力があるのだ。
その力を。
今こそその力を。
この空から襲い来る敵ども全体に放つことができれば。
いや、できる。
そう自分に言い聞かせてバルドは古代剣を抜いた。
そして、崩れかけたベランダに飛び出し、今まさに急降下を開始しようとする竜人たちの軍団に古代剣を向け、力の限り叫んだ。
スタボローーーーーーース!!!
剣は光ではじけた。
無数の光の弾が飛び出し、空を滑空して近づきつつある飛竜たちを捉えた。
光の弾は次々と飛竜たちを撃ち抜き。
勢いよく降下していた飛竜たちは急に鋭気を失った。
そしてそのまま翼に風を受ける力も失って、墜落していった。
きりきりと舞いつつ落ちる飛竜の群れを見ながら、バルドの意識は途絶えた。