軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第6話 竜人(前編)

1

塩と酒をたっぷり手に入れて、村をあとにした。

人里には立ち寄らず、南に向かった。

メイジア領には寄らないわけにいかないと思ったが、当のゴドンが、

「 伯父御(おじご) 。

メイジアには寄らずに行きましょう。

いやいや。

伯父御が立ち寄られたとなると、皆が集まって来て、相当に引き留められますぞ。

ここは寄らずに行くのがよいでしょうな」

と言ってきたので、寄らないことにした。

引き留められるのはおぬしのほうじゃろう、と思いながら。

メイジア領の領主であるゴドンが、領地のことをほったらかして、もう二年もバルドと一緒にいる。

いくらなんでも一度メイジアに帰ったほうがよいのだが。

谷を渡り山を越え、リンツに着いたときには七月の初旬となっていた。

月魚の沢のある村を出てから丸一か月山野を旅したことになる。

クインタとカーラには野営ばかりの生活が少しきつかったようで、 津(みなと) を見たときには、見るからにほっとした様子だった。

馬に乗り続けてこれだけ移動したのも初めてだったろう。

「これは、バルド様、ゴドン様。

お迎えできてうれしゅうございます。

どうぞこちらでお休みくださいませ。

すぐに父もまいりましょう。

皆様がたもご一緒にどうぞ」

出迎えてくれたのはウェルナー・エピバレスだった。

リンツ伯爵サイモン・エピバレスの長男で後継者である。

ずいぶんと風格が出てきた。

家臣たちの言葉遣いからすると、すでに当主の座を譲られているようだ。

「おおおお!

バルド殿。

それにゴドン。

いやあ、おぬしたちを一緒に客にできるとは。

わははははは。

今夜は大いに飲もうではないか」

サイモンはバルドより少し年上のはずである。

ひどく痩せてはいたが、がっしりした体格も張りのある声も、以前会ったときのままである。

バルドは大いに安心し、喜んだ。

「三年ほど前に、家督も爵位もウェルナーに譲ってしもうた。

今はもう客を迎えるのが楽しみの、悠々自適の暮らしをしておるわい」

くったくのないリンツ伯に、いやサイモンに接していると、何かしら温かいものが流れ込んでくる。

友というのは得難いものだと、あらためて思った。

部屋に案内されて旅の汚れを落とそうとしたとき、ウェルナーが訪ねてきた。

「バルド様。

おくつろぎのところ、申し訳ございません。

実はあなたさまにお渡ししなければならないものがございます」

なんとそれは、ジュールラントからの親書であった。

二週間前、王からの使者がリンツを訪れた。

何事かと応対してみれば、バルド・ローエン卿への親書を言付けたいとのことだった。

パルザム王は、取り急いでローエン卿と連絡を取りたい用事があり、同じ内容の親書を三通作った。

一通はリンツ伯に言付け、一通はヒマヤの領主に言付け、一通はフューザリオンに届けるのだと勅使は言った。

まさかその二週間後にバルド本人がリンツに尋ねてくるとは思っていなかったようだが。

バルドは親書を開封した。

そこには、至急相談したいことがあるので直ちに王都に来てほしい、と書いてあった。

臣下でもないバルドをこのように呼び出すというのは、よくよくのことだ。

いったい何が起こったのか。

その夜、一行はサイモン・エピバレスの歓待を受けた。

「もう一度乾杯じゃ、バルド殿。

いやあ、愉快愉快。

ところで、バルド殿。

本当に明日には行ってしまわれるのか。

数日ゆっくりされるというわけにはいかんのか」

パルザム王からの呼び出しがあったといっても、辺境の奥地にいるバルドを王都に呼び出すのだから、それこそ何か月がかりの話だ。

一日や二日余分に日子がかかったからといって、何ほどのこともない。

そうなのだが、何か嫌な予感がする。

急がなければ手遅れになるような、そんな予感がするのだ。

バルドはサイモンの好意に感謝しながら、やはり明日の船に乗せてほしい、と言った。

翌日の昼には、バルドたちの服はすっかりきれいに洗って乾かされていた。

馬たちもきちんと手入れされている。

見事なもてなしである。

午後遅く 発(た) つ船にバルドたちは乗った。

サイモンはわざわざ船着き場まで見送りに来てくれた。

供には二人ばかりの下人を連れているばかりである。

ゴドンは、といえばこの場にいない。

昨夜、二年以上も領地を空けているということがサイモンにばれてしまい、ひどく叱られたのである。

サイモンはゴドンの母の兄である。

ゴドンが騎士の修業をしたのもサイモンのもとでであるし、サイモンは騎士の誓いの導き手でもある。

ゴドンがまったく頭が上がらない人物なのである。

朝早く、リンツからメイジアに向けて出る荷馬車があった。

それと一緒にゴドンはメイジアに帰ったのである。

帰らされた、というべきか。

オーヴァというのは、やはり特別な川である。

向こう岸は水平線のかなたに隠れ、船出していくことは、それ自体が旅であり冒険である。

豊かな水に浮かんで揺れる船に乗れば、それだけで常ならぬ場所に自分たちがいる、と感じられる。

水面を渡る風は、かすかな生臭さと豊穣な水のめぐみの気配を届ける。

オーヴァは命の営みを包み込んだ川なのである。

船が岸を離れた。

手を振るサイモンに、手を振り返す。

そのとき。

妙な男がバルドの目についた。

船着き場には人足たちのほか、大勢の見送り人がいて、それぞれ船上の人に別れを惜しんでいるのだが、その男は船上を見ていない。

その男の視線が向かう先はサイモン・エピバレスである。

そしてその男の右手が懐に差し込まれた。

遠くて表情は見えないが、剣呑な気配が感じられる。

いかん!

バルドはサイモンの名を叫びながらその男を指さした。

男は短刀を抜いてサイモンに走り寄っている。

サイモンは振り返った。

ずっとのちにバルドは知るのだが、この男はサイモンが事業のすべてをウェルナーに譲ったことに不満を持つ親族が差し向けた刺客だった。

そのときバルドは不思議なことをした。

なぜそんなことをしたのか、あとで振り返っても、自分で分からない。

古代剣を抜いたのである。

そして短刀がサイモンに突き込まれようとしたまさにその瞬間。

スタボロスの名を呼んだ。

古代剣から光の玉が飛び出した。

光の玉は男を直撃した。

男は走り込んだ勢いのまま、崩れ落ちた。

崩れ落ちながらサイモンと交差したのでバルドはひやりとしたが、サイモンはそのまま立っている。

うまくかわしたようだ。

船はどんどん離れていく。

サイモンはバルドのほうに大きく手を振りながら、何かを叫んでいる。

男は倒れたまま起き上がらない。

バルドはほっと息をついた。

サイモンは無事に難を逃れたようだ。

思わぬ珍事に、見送りの人々がざわめいているようだ。

だが追い風をつかまえた船はぐんぐん沖に進んでいく。

間もなく船着き場の様子も見えなくなった。

2

二晩を船で過ごし、対岸の交易村パデリアに着いた。

いや。

村というよりも、もう街というべきである。

辺境との交易交流は年を追って盛んになり、この街も栄えている。

ここから王都に行く。

ゲルカストのゾイ氏族を訪ねるのはそのあと、ということになった。

バルドたちはミスラに急いだ。

ミスラまでは平坦であり、さえぎるものがない。

問題はミスラから王都への道である。

迂回しながらもたもた進むのならともかく、今回は急いで王都に向かわなければならない。

そうすると主街道を通ることになる。

主街道を通ると、途中の街を通過していかなければならない。

今はもう大将軍という身分をもたないのだから、その通過に手間取ることが考えられた。

だがこの問題は、ミスラ子爵が解決してくれた。

ミスラ子爵はバルドの顔を見ると喜悦し、一晩大いに歓待してくれた。

そして自身が発行できる最高位の通行証を発行してくれた。

翌朝バルドたちが子爵邸を出ようとすると、広場と沿道に大勢の人々が並んでいた。

何か行事があるのかとミスラ子爵に訊けば、あれはあなたを一目見ようと集まっているのです、という答えだった。

「六年前、あなたは大将軍としてコルポス砦にお越しくださり、わが兵たちを叱咤して魔獣たちを撃退してくださいました。

あなたがおられなければ、コルポス砦の兵たちは全滅したでしょう。

このミスラの街もどうなったことか分かりません。

コルポス砦から生還した騎士たちから聞いて、この街の者はあなたから受けた恩を知ったのです。

それだけではありません。

あの砦にいた騎士たちに、あなたは誇りを取り戻させ、戦い方を教えてくださいました。

それからというもの、砦に勤める者たちは一気に人気者になったのです。

そして五年前、ロードヴァン城に押し寄せた魔獣のすさまじい大群を退け、われらをお救いくださいました。

ミスラの民は、恩人が街を訪ねてくださったことを知って、こうして駆け付けたのです」

「ちょっと、ちょっと!

バルド様。

ほら、みんなあんなに手を振ってるじゃない。

手を振り返してあげなさいよ」

意外ななりゆきに当惑していたところ、カーラからそう言われて思わず右手を上げた。

とたんに大きなどよめきが上がった。

「ローエン卿。

よろしければ、その神剣スタボロスを抜いて、民の歓呼にお応えください」

いや、なんじゃ、その神剣スタボロスというのは、と訊き返そうと思ったが、カーラがさえぎった。

「ほら、バルド様。

魔剣を抜いて。

早く、早く。

剣匠ゼンダッタの技を見せつけてあげるのよ。

さあっ、さあっ」

カーラの勢いに、つい古代剣を抜いて頭上にかざした。

とたんに。

とてつもない歓声が沸いた。

一行は、大勢の民に涙ながらに見送られ、ミスラの街をあとにした。

3

結局のところ、通行証は必要でなかったかもしれない。

多くの街で、門で名乗るなり賓客待遇で迎えられた。

だが素早く通過することはかなわなかった。

どこの街でも、宿のありかを訊くまでもなく、領主や代官に招待された。

街の主立った者があいさつに訪れ、一晩で立ち去るのが難しいこともしばしばだった。

それでも八月初旬には王都に到着した。