軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第2話 テンペルエイド(後編)

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翌日、村は大騒ぎだった。

朝早く狩りに出掛けたゴドン、カーズ、クインタが、斑縞鹿一頭と、大赤熊一頭をしとめたからだ。

男衆がほとんど総出でこの大きすぎる獲物を解体し、運搬した。

ゴドン、カーズ、クインタはその間見張りと護衛をした。

解体の途中、肉と血の匂いに引かれて耳長狼が五頭現れた。

四頭はまたたくまにカーズが仕留め、最後の一頭はクインタが苦戦の末倒した。

カーズたちは前日にも山鳥と兎をしとめていた。

しばらくは村中が腹一杯肉を食えるし、毛皮も使いでがある。

そんな騒ぎをよそに、バルドとタランカとカーラは、テンペルエイドの部屋にいた。

飲んだふりをして残しておいた茶を、カーラが改めた。

「クリジバの毒草の匂いと味がする。

間違いないわ」

タランカはテンペルエイドに 訊(き) いた。

「茶はいつも同じ人間が 淹(い) れるのでしたね」

「そうだ。

ジンガという男だ。

この男は、私の生家であるコンドルア家に仕えていたのだ。

不始末をしたとかでシェサの村を追い出され、ぼろぼろになってこの村にたどり着いたのだ。

私が生きていたと知って驚いていた。

こんな所で知り合いに会うとは思わなかったから、私も驚いたがな。

二か月前のことだ。

以来、私に仕え、身の回りのことなどをやってくれている」

バルドは騎士ガルクスを呼び、テンペルエイドの体調不良が毒によるものであること、それがジンガが淹れた茶に入っていたことを告げた。

「ジンガを呼びましょう」

騎士ガルクスに呼ばれてやって来たジンガは、震えていた。

テンペルエイドは直截な質問を放った。

「ジンガ。

ここにおられるカーラ殿は薬師だ。

私の体調不良が毒によるものだという。

お前が淹れてくれた茶に、クリジバという毒草が入っていたというのだ。

お前が毒を入れたのか」

ジンガはその場にくずおれて泣き出した。

そして白状した。

不始末をしてコンドルア家を追い出されたというのは 嘘(うそ) だった。

テンペルエイドが出奔してから七年目に、テンペルエイドの母はテンペルエイドのことを知ったのだ。

シェサ村の北方、大障壁の近くにアギスという村があること。

その領主テンペルエイドの正体は、死んだはずの長男オーサであることを。

そしてジンガにクリジバの根を乾燥させた毒の袋を与え、アギスの村に行って少しずつこの毒をオーサに飲ませるように命じた。

長年の恩を思えばその命令を聞かないわけにはいかなかったという。

「そうか」

テンペルエイドは、ベッドで上半身だけを起こした姿勢のまま、その告白を聞いた。

そして、ジンガにこう言った。

「ジンガ。

お前を苦しめて悪かったな。

このことは私が決着をつけるから、心配するな。

下がって休め。

お前はシェサに戻ってもよいが、帰りにくいだろう。

今まで通り、私に仕えよ。

毒のことは、皆には言わぬ」

そして見張りも付けずにジンガを下がらせた。

目を閉じて、長いあいだ考えにふけったが、やがて身を折って泣き始めた。

「おお、おお。

おおお。

母上。

母上。

私はあなたがいとおしかった。

あなたに孝たらんと欲した。

あなたは私を愛してくださらなかったが、せめてそれ以上憎まれずに済むようにと願った。

だから家督を弟のフィリカに譲ることを決心し、私は死んだふりをして家を離れたのだ。

何もかもを捨てたのだ。

だがあなたは私が生きていることを知った。

あなたの心にはどんな疑心暗鬼がうずまいたのだろう。

あなたは私を放っておくことができなかった。

いつか私が力を蓄え、フィリカからすべてを奪いに帰ってくるとでも思われたのか。

あなたは私に刺客を放った。

母であるあなたに子殺しを決意させた私は、とんだ不孝者だ。

ああ、ああ。

母上!

私を許されよ。

私が一人なら、殺されてあげればそれで済んだ。

あなたに安心をあげることができた。

だが、私はこの村の領主なのだ。

領主としての私は、あなたの罪を許すわけにいかぬ。

この村の人々の安全と幸せを守るために、私は生き延びねばならぬ。

母上。

母上。

この不孝者をお許しあれ」

なんという深い情愛か。

この独白は、すなわち神々に向けた告解の言葉であり、誓言だ。

テンペルエイドが母に向ける思いが、ひしひしと伝わってくる。

だが、生き延びねばならぬ、とは何を指すのか。

バルドは悟った。

テンペルエイドは母殺しを決意したのだと。

いかん。

この若者に母親を殺させてはいかん。

テンペルエイド殿、とバルドは話し掛けた。

5

テンペルエイドは、泣きはらして赤くなった目を見開き、バルドのほうを見た。

バルドは訊いた。

シェサ村からこのアギスの村までは、どのくらいの距離があるかと。

「さて。

ずいぶんと離れているだろう。

百刻里はあるのではないか」

その言葉を受けて、バルドは言った。

そこがまず違うのう。

確かに、シェサからここに来るのは大変じゃ。

木々の生い茂る森を抜け、山や川を越え、霧の谷を 迂回(うかい) しなければここには来られん。

しかし距離でいえば、せいぜい四十刻里ほどしか離れておらん。

辺境の奥地での四十刻里という距離はそう近いとはいえんが、何かの拍子に噂が届くこともある距離じゃ。

テンペルエイド殿。

おぬしは母親に憎まれずにすむようにと、死んだふりをして故郷を捨てた。

その志は尊い。

じゃが、もっと離れた場所に行くべきじゃった。

そこにおぬしの落ち度がある。

その落ち度が、母御に子殺しを決意させたのじゃ。

「ううむ。

そうかもしれない。

では、バルド殿。

私はどうすればよいのですか」

さらに遠い場所に移るのがよかろう、とバルドは言った。

「それは、できません。

私とガルクスだけならできます。

しかし小さいとはいえ、この村には六十人の人間がいます。

これだけの人間が辺境の奥地で生きていけるような場所は、めったにあるものではありません。

この場所が見つかっただけでも奇跡に近いのです」

そこでバルドはフューザリオンのことを話して聞かせた。

東部辺境の北のはずれに、新しい街が出来ていることを。

そこには広く豊かで安全な土地があり、塩や布や農具が手に入るということを。

「大フューザのふもとか。

そんな遠くならば、確かにシェサに噂が届くということもないだろう。

ガルクス。

どう思う」

「よい話のように思います。

どのみち、この場所での生活にも無理がきています。

このままではじわじわと滅んでいくだけです。

そんな豊かな場所があり、私たちを受け入れてくれるというなら、移住すべきです。

ただ、村のおもだった者にも意見を聞いてみましょう」

そこでガルクスは三人の男を連れて来た。

三人の男はテンペルエイドの説明を聞き、しばらく三人で話し合った。

「ご領主様。

騎士ガルクス様。

わしらには難しいことは分かりません。

ただお二人が来てくださらねば、わしらはとうに死んでおったでしょう。

お二人は、わしらを守り、村を調え、希望を与えてくださいました。

お二人が移り住むべきだとおっしゃるなら、わしらはそれに従います。

ただ一つ、気になることがございます。

そのフューザリオンという街に移ったとき、ご領主様はどうなるのでございましょう。

わしらは、テンペルエイド様以外のかたがご領主様になられるのなら、そこには行きません。

わしらのご領主様は、テンペルエイド様以外にはおられません」

これにはテンペルエイドも難しい顔をした。

フューザリオンにはフューザリオンの秩序があり、しきたりがある。

それを受け入れ従うのでなければ、自分たちを受け入れてはくれないだろう、とこの明敏な青年は考えたのだ。

だが、バルドは言った。

それはもっともだ。

ならばフューザリオンの近くに移住し、そこに新たにアギスの村を作ればよい。

フューザリオンはアギスと交流し、援助するだろう、と。

さすがにこの提案には、テンペルエイドも驚いた。

そんな都合のよい話があるのだろうかと、疑って当然だ。

しかしバルドの顔をしばらく見つめたあと、バルドを信頼することにしたのだろう。

ベッドから降りて、深く礼をした。

騎士ガルクスも、村人の代表たちもまた、バルドに礼をした。

アギスからフューザリオンまでは長旅になる。

バルドたちがしたように、山脈を突っ切って進むわけにはいかないからだ。

ハベル街道を西に進み、ヒマヤからフューザリオンを目指すことになった。

バルドは地図を描いて与え、また、事情を説明した手紙をジュルチャガとドリアテッサに宛ててしたためた。

おそらくテンペルエイドたちが到着するころには、バルドたちもフューザリオンに帰り着いているだろうが、念のためだ。

これからテンペルエイドたちは移動の準備を始める。

多くの荷車が必要だし、食料もためておかねばならない。

テンペルエイドの健康も回復してからでなければ出発できない。

出発はおよそ二か月後。

移動には同じほどの日数がかかるだろう。

馬の数も少ない。

それは困難な旅になる。

しかし希望のある旅だ。

皆が事のなりゆきに安堵した表情をしているなかで、ひとりタランカは硬い表情をしていた。

6

夕食のあと、バルドはタランカを誘って月見に出た。

そして、村はずれまで歩いて、タランカに話し掛けた。

何か言いたいことがあるようじゃのう、と。

「バルド様。

テンペルエイド殿をフューザリオンのそばに迎えるということは、果たしてどうなのでしょうか」

バルドは心の中で笑った。

やはりそのことだった。

タランカが何を感じ考えたかを、じっくり聞いてみたいと思った。

バルドの沈黙を受けて、タランカはさらに言葉を重ねた。

「テンペルエイド殿は若年ながらただ者ではありません。

あの情愛の深さには驚きました。

しかもその情愛さえも、領主としての務めの前に犠牲にする覚悟もお持ちです。

あのときテンペルエイド殿は、母御と直接対峙し、そのいかんによっては母御を殺すことさえ決意したようにみえました。

その覚悟の決まりかたは、並大抵のものではありません。

しかも、この村にはあとからやってきたのに、乞われて領主になったといいます。

そんな話は聞いたこともありません。

加えてあのように領民から慕われています。

テンペルエイド殿は、まさに英傑というべきお人です。

そのようなかたが、フューザリオンのそばに来る。

しかも領主の座を保ったまま。

ということは小なりといえど独立領を持つということであり、オルガザード家の臣とはならないということです。

こんなことをお認めになるとは、正直バルド様のなさりようが理解できません」

テンペルエイド殿が来れば何が起こると心配しておるのじゃ、とバルドは訊いた。

「そんなことは明らかではないですか。

あれほどのかたです。

フューザリオンの人民の中にもその徳に引かれる者が出てくるでしょう。

それはオルガザード家の権威を脅かすことになります。

一つの国に太陽が二つあってはならないのです」

お前は、ジュルチャガとドリアテッサが、テンペルエイド殿に劣ると思っているのか、とバルドは訊いた。

「そんなことは問題にしていません。

問題は、ジュルチャガ様とドリアテッサ様が亡くなられたそのあとです。

テンペルエイド殿は、お二人よりずっとお若いのです」

そのあとというのは、アフラエノクのことかの、とバルドは訊いた。

「アフラエノクシリン様かどうかは知りませんが、ジュルチャガ様とドリアテッサ様亡きあとオルガザード家を継がれるかたのことです」

ふふふ、とバルドは笑った。

面白い。

タランカは、実に面白い。

バルドは体の向きを変え、森のほうを見た。

辺境の奥地の森は、深い闇に包まれている。

折り重なる山々を夜霧が包み、 茫洋(ぼうよう) とした裾野が幾重にも重なり合って視界をふさいでいる。

それは、荒々しい生命、不可思議な生き物で満たされた未知なる世界だ。

タランカに背を向けたまま、辺境は 惛(くら) いのう、とバルドはつぶやいた。

のう、タランカ。

辺境は惛い。

この暗さを照らすには、明かりは一つより二つのほうがよい、とは思わぬか。

一つの明かりをほそぼそと守るのもよい。

じゃが、二つの明かりが 切磋琢磨(せつさたくま) しながら大きな明かりになっていくのが、なおよい。

そうは思わんか。

背中のタランカから返事はない。

バルドの言葉をかみしめているのだろう。

ややあって、小さな、しかしはっきりした声でタランカは訊いた。

「ですが、オルガザードの跡を継がれるかたに、テンペルエイド殿と競い合うだけの器量があるでしょうか」

驚くべき言葉だ。

それは臣下として口にできるぎりぎりの、あるいはそれを超えた言葉だ。

バルドは振り返ってタランカと顔を合わせた。

タランカは真正面からバルドの顔を見上げている。

その目には強い光がある。

バルドはタランカの目を見据えながら言った。

なければ、鍛えよ。

タランカの目が見開かれた。

そしてその顔に、喜びが浮かんだ。

その次には、とまどいが浮かんだ。

そして最後に、決意が浮かんだ。

タランカは、バルドに礼をして、宿舎に帰って行った。

決然とした足取りで。

バルドは再び森のほうに向き直り、夜の辺境の風景をながめながら、深い笑みを浮かべた。

面白い。

タランカは、面白い。

あの少年には、三十年先、四十年先が見えている。

フューザリオンの発展の形が見えている。

フューザリオンの騎士として、オルガザード家の臣として、しっかりと未来を見通している。

今フューザリオンを支え導いている者たちがいなくなったあと、自分に何ができるのかを考えている。

あの目に浮かんだ喜びは、バルドが発した鍛えよ、という言葉を受けてのものだ。

タランカは、オルガザードの後継者が誰にせよ、その人物に仕えて力を振るう覚悟を持っている。

その相手はタランカにとって侵さざるべきあるじなのだ。

すなわちそれは、タランカが騎士としての忠誠の向け所をつかんでいるということにほかならない。

だが、バルドは、その相手を鍛えよ、とタランカに命じた。

鍛えてよいのだ、とタランカは受け止めた。

臣下として命を受け従うだけでなく、その人物の成長を見守り 叱咤(しつた) し錬磨する立場に立て、とバルドは命じたのだ。

そう命じられた喜びが、表情に浮かび出たのだ。

その次に浮かんだとまどいは、ではしかし自分にその人物を鍛えるだけの中身があるのか、というとまどいだ。

ありはしない。

あるとはいえない。

まだ今のタランカは半端な従卒に過ぎず、知識も力も経験も何もない。

その次に浮かんだ決意は、ならばまず自らを鍛える、という誓いだ。

命じられた役割にふさわしく。

命じられた役割を果たせるように。

厳しく自分自身をまず鍛えねばならない。

そうタランカは決意したのだ。

バルドは思わず笑い声を立てた。

愉快だった。

辺境は惛い。

だがその未来には光がある。