軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第10話 ヒルプリマルチェ(後編)

4

怪物が大剣を振った。

人の身長をしのぐ金色の光の弾丸が飛び出してキリーを襲った。

キリーは、目には見えないはずのその金色の弾をかわしかけた。

が、かわしきれず、ずたずたになって吹き飛ばされた。

バルドは槍を構えて怪物に迫る。

バルドの武器は魔槍である。

この相手には長さのある武器のほうがよいと考えたのだ。

怪物は光の奔流を放ってきた。

バルドとカーズとアーフラバーンが吹き飛ばされた。

顔を起こして前方を見ると、怪物は背を向けていて、その向こうでジョグとシャンティリオンがのたうっている。

光弾を受けたのだろう。

物欲将軍は一度に多くの敵をなぎ払うときは光の津波を起こし、一人の敵を討つときは光弾を放つ。

いずれもかわすことは難しい。

とはカーズから教わったことである。

その光はカーズやバルドのような者にしか見えはしないのであるが。

なるほど、これではかわしようなどない。

しかし物欲将軍の最も恐るべき攻撃は、その二つではない。

ジョグが素早く起き上がって再び怪物に突進している。

振り上げた黒剣を怪物にたたきつけた。

怪物は大剣に黄金の光をまとわせたまま、横なぐりにジョグの黒剣を迎え打った。

黒剣は真っ二つに折り砕かれ、ジョグは後方の地面にたたきつけられた。

死ぬほどの痛手を受けたジョグは、身動きもしない。

これだ。

この攻撃こそが、最も恐ろしい。

これを受けたら死ぬ、と思っておくほかない。

左からアーフラバーンが飛び込む。

怪物は大剣を振りかぶった。

アーフラバーンが盾を投げつけた。

怪物はアーフラバーンに斬りつけようとしていた大剣の軌道を変えて盾をはじいた。

その怪物の腹部にアーフラバーンの魔剣が食い込んだ。

かと思ったが、一瞬早く怪物は体をひねって左の拳でアーフラバーンを吹き飛ばした。

アーフラバーンの突撃と同時にバルドは遠間から怪物の脇腹に魔槍を突き入れた。

だが魔槍は鎧と筋肉に押し返され、浅く食い込むにとどまる。

次の瞬間、怪物の左の拳がバルドの胸をとらえ、バルドは魔槍を持ったまま吹き飛ばされた。

これほどの巨体でありながら、なんたる速度と反射神経か。

隙というものがない、とカーズが評していた意味がわかった。

手強(てごわ) そうな敵は懐にさえ入らせてくれない。

確かにこれはまともには戦えない相手だ。

だが。

だが、もう毒が効き始めてもよいころではないのか。

改良クロスボウの集中攻撃のあと、最強の顔ぶれで続けざまに攻撃を仕掛けているのは、それで倒せると思っているからではない。

動き回らせることによって、クロスボウの毒が怪物を倒すのを助けるためだ。

全部のクロスボウの矢尻には、 腐り蛇(ウォルメギエ) の毒がたっぷり塗布してある。

ジュルチャガに、はるばるパクラまで取りに行ってもらったのだ。

一人の相手を大勢で取り囲み、しかもクロスボウ部隊を伏せ毒の矢でねらうなど、およそ騎士と騎士との戦いではあり得ない作戦である。

そのあり得ない作戦をあえてバルドは取った。

相手は、あのカントルエッダが、カーズが、そしてザイフェルトが手も足もでなかったという敵なのである。

まさに人の姿をした巨大な魔獣と思うほかない。

そしてその作戦は見事に的中した。

的中したのであるが、怪物は倒れない。

なぜだ。

二十本ほどの矢が刺さっているのだ。

相当に深く体に食い込んでいる。

この毒が効かないというようなことがあり得るのだろうか。

もしそうだとしたら、もうこの怪物を倒す方法はないだろう。

なぜこの怪物は倒れないのだ。

苦しみもみせず、平然としているのだ。

と、怪物の斜め後ろでキリーが立ち上がり、神速の歩法で怪物に襲い掛かった。

怪物は素早く振り返り、剣に黄金の光をまとわせてキリーを横殴りにした。

キリーは襲い来る大剣をにらみつけながら、吹き飛ばされた。

大きく飛ばされて大地に横たわり、ぴくりとも動かない。

もはやジョグもアーフラバーンも立ち上がる力もない。

カーズとシャンティリオンは立ち上がろうとしているが、剣を振る力はほとんど残っていないだろう。

バルドはといえば、魔槍を杖代わりに立ってはいるが、攻撃するだけの余力はない。

そのとき、ふとバルドは思った。

御前会議の席でこの怪物を魔獣と思えと言ったのは、もののたとえであり、それ以上の意味はなかった。

だが、もしかすると。

もしかすると、それは正しいのではないか。

魔獣となった獣は、強靱な生命力を身につけ、体は大きくなり、斬っても突いても容易には殺せない化け物になる。

この男こそ、まさにそうではないか。

妖魔の妖気を浴びた獣が魔獣となるように、この男もまた妖魔の息吹を吸い込んだのではないか。

ならば。

それならば。

バルドは腰から古代剣を抜いた。

怪物はじっとこちらを見下ろしている。

バルドは古代剣を抜いて怪物のほうに突き出し、今はもういない愛馬の名を叫んだ。

スタボローーーーーース!!

剣から青緑の光がほとばしり、怪物に殺到した。

光が爆発した。

それが収まったとき、そこには平然と立つ物欲将軍の姿があった。

だめ、か。

バルドが思わず漏らした声に、怪物は返事をした。

「いや、そうでもなかった。

今のは効いたよ。

危うく持って行かれるところだった。

ぐぐ、ぐ。

よごれていない剣というのは、そこまでの力が出るのか。

だがわしは五匹の神獣を取り込んでいるからな。

一匹では勝てんよ」

激しい脱力感がバルドを襲った。

渾身(こんしん) の力を込めて古代剣の力を振るったのだ。

今にもバルドの意識は闇に落ちるだろう。

長い眠りになるだろうか。

いや。

倒れた自分を物欲将軍がほっておくはずはない。

二度と目を覚ますことのない眠りになる。

いかん!

このまま倒れてはいかん。

これだけの陣容で、これだけの備えをして、今この時に討てなければ、この怪物は倒せん。

ジュールが殺される。

どうしてもここで倒しておかねばならん。

そのバルドの祈りが天から援軍を呼び寄せたのか。

後方から音がする。

馬が駆ける音がする。

よく鍛えられた馬が重装備の騎士を乗せたとき、こういう足音を立てるものだ。

一騎の勇士が突撃してきた。

首を動かせないバルドは振り返ることもできない。

物欲将軍は、物珍しげな目で走り寄ってくる騎馬を見ている。

そして大剣を振り上げた。

ひづめの音はいよいよ接近し、バルドの横を通り抜けた。

ゴーズ・ボアだ。

辺境競武会の馬上槍部門で優勝した騎士だ。

馬のような顔をしており、盾のような妙な形をした兜を使う男だ。

昨日久しぶりに顔を合わせ、またうまい酒を飲もうと約束したばかりだ。

ゴーズ・ボアは右手に長くて頑丈な突撃槍を持ち、巨馬にまたがり、左手に盾を持って突進してゆく。

そのゴーズの頭部めがけ、怪物が非情の剣を横なぎに浴びせる。

大剣はまばゆいばかりの黄金色に輝いている。

触れるものすべてを破壊する斬撃だ。

その一撃は難なく盾をはじき飛ばし、頭部をえぐった。

盾の動きに少しだけ方向をそらされたが、頭部に入った必殺の攻撃は、この異相の好男子を絶命させただろう。

誰もがそう思ったはずだ。

だが。

命を失ったはずのゴーズ・ボアはそのまま突進し、巨大な突撃槍は怪物の右腹部に突き刺さり。

そのまま大きく腹をえぐり内臓を引きちぎって突き抜けた。

ゴーズ・ボアの馬は、あるじを乗せたまま、怪物の攻撃などなかったかのごとく、走り抜けていった。

怪物の顔が驚愕にゆがみ、左手で思わず右腹を押さえた。

初めて怪物がみせた小さな隙を、カーズ・ローエンは見逃さなかった。

すなわち死角から怪物に走り寄ったのである。

その 捷疾(しようしつ) さは、およそ人の限界を超えるほどのものであり、残された気根のすべてを注ぎ込んだものであったろう。

後ろから何かが来る、と気付いた怪物は、振り向きざまに攻撃を加えようとしたが、わずかに遅い。

その怪物の大剣をにぎる右腕を、肘の上でカーズの魔剣〈ヴァン・フルール〉が断ち切った。

怪物は左手を振り回してカーズを打ち据えた。

カーズが吹き飛んでいくのと同時に、シャンティリオンの魔剣が怪物の下腹に突き刺さった。

怪物は左手でシャンティリオンをはね飛ばした。

だが怪物は、それ以上のことはできない。

立ったまま、身をよじって苦しんでいる。

そうだ。

そうだ、今こそ。

腐り蛇の毒が。

突き立てられた矢が。

ゴーズが、カーズが、シャンティリオンが与えた痛手が。

この怪物を苦しめ、殺そうとしている。

あとになって、バルドは想到した。

ルグルゴア将軍の 勁悍(けいかん) さは、五体の神霊獣を取り込んだことによる。

改良クロスボウによって射ち込まれた二十本の 勁矢(けいし) を食い止めた 体(たい) の 頑丈(がんじよう) さも、そうである。

光弾を放ち、光の津波を巻き起こし、剣に必殺の威力を与えるのもそうである。

だがそれは、おのれの内にある神霊獣の霊力を引き出すことによって生まれる攻撃力であり防御力である。

だから完全に不意を突く攻撃が決まったとき、さしもの怪物も無敵ではいられなかったのだ。

バルドが古代剣で怪物の中に蓄えられた霊力に 蕩揺(とうよう) を与えていたこともまた、ゴーズの一撃に 戮力(りくりよく) したかもしれない。

突如、地響きが聞こえてきた。

ルグルゴア将軍が危地に陥ったことを知り、シンカイの騎馬軍団が突撃してきたのだ。

呼応するようにシーデルモントの号令が響き、連合軍も突撃を開始した。

連合軍の最前列には、突撃槍を構えた騎士たちが並んでいる。

この武器ならばシンカイ軍の長柄武器に、間合いで負けることはない。

その衝撃力たるや 戦慄(せんりつ) すべきものだ。

ゴーズ・ボアもこの一員であったのだ。

両軍合わせて千五百を超える騎馬が怒濤の突撃を行うのである。

その轟音は地を崩すかと思われるほどだ。

だが互角のぶつかり合いにはならない。

シンカイ軍の狙いは、ルグルゴア将軍を逃がすという一事にあるからだ。

ほどなく、連合軍はシンカイ軍を追い立てて、北の方角に走り去っていった。

5

勝った。

物欲将軍を、倒した。

あの傷では助からない。

腹の傷は腐りやすい。

まして臓物をかき破ったのだから、助かる見込みはない。

右手を失った今、最後のあがきも怖くはない。

追え、追え、シーデルモント。

やつらをこの地から追い払え。

と、一騎の騎馬がやってきた。

ゴーズ・ボアが戻って来たのである。

今にも倒れそうなバルドであるが、殊勲の勇士にせめて一声掛けてやろうと、気力を振り絞って意識をつなぎ止めた。

ゴーズが近づいてくる。

近づいてくるその姿を見て、バルドは掛ける声を失った。

左腕が、ない。

盾と一緒に吹き飛ばされたのだろう。

兜も取れて、素顔をさらしている。

その顔の半分がえぐり取られている。

左目と脳みその左半分を、この男は失った。

その状態で、人間は生きていることはできない。

バルドの前で、馬は止まった。

ゴーズは残った右目でバルドを見て、にこりとほほえんだ。

ほほえんだようにみえた。

そしてそのままぐらりと馬から落ちた。

バルドの体も倒れかけて、誰かに支えられた。

ジュルチャガだ。

バルドは呆然と、地に倒れたゴーズを見つめた。

そこに一人の娘がやって来た。

農民だろう。

その娘はゴーズのそばにひざまずき、開いたままの右目を閉じさせた。

そして両手でゴーズの血まみれの頭を抱き、泣いた。

この娘は、マルチェではないのか。

わけしらず、バルドはそう思った。

マルチェはロカルという村の少女だ。

十年ほど前ゴーズはその村を敵から守り、少女に感謝された。

だが半年後には、恐ろしい疫病に冒されたその村を焼き払い、住人を皆殺しにした。

マルチェという少女もそのとき殺してしまったはずだと、ゴーズは言っていた。

だが、死んでいなかったのだ。

ゴーズのことが心配でならず、この恐ろしい戦場にやって来たのだ。

突然、バルドの中でどす黒い感情が膨れ上がった。

自分自身で驚いて、その感情の正体を見極めようとした。

なんとそれは嫉妬であった。

バルドはゴーズがねたましくて仕方がないのだ。

誰も倒せなかった敵を倒して国と王と民を守り、 愛(いと) しい人の腕の中で息絶える。

騎士としてそれ以上の死に方があるだろうか。

死に損ね、老醜をさらして生き永らえている自分と、何という違いか。

だからゴーズがうらやましくてうらやましくて仕方がないのだ。

そんな自分にあきれながら、バルドは意識を手放した。

6

少女はやはりマルチェだった。

ジュルチャガが、マルチェやゴーズの従者たちから何かと聞き出してくれたおかげで、バルドは目を覚ましたあとにそれを知ることができた。

村がゴーズ率いる領主の兵に焼き払われたとき、マルチェは近くの村に嫁いだ姉を訪ねていて留守だった。

初めは村が焼かれ皆が死んだことに衝撃を受け、悲しくてしかたがなかった。

だが村を焼いた指揮官がゴーズだと知って、別のことが気になった。

あの優しい騎士様は、心を痛めているに違いないと。

そうではないのだと伝えたかった。

素早い処置のおかげで、死灰病は広がらずにすんだ。

姉の嫁ぎ先の村も、そのほかの村も無事だった。

だから感謝しているのだと、恨んでなどいないのだと伝えたかった。

それで数年後、ゴーズに会いに領主の住む街に行った。

だがゴーズは別の領地を治める伯爵の養子になっていて、もうそこにはいなかった。

もう少し大きくなってからその伯爵の治める街を訪ねたが、あいにくゴーズは留守だった。

それから三度訪ねたが、いつもゴーズは留守だった。

実はゴーズは留守にしていたわけではなかった。

伯爵が、村娘をゴーズに会わせないよう家臣たちに命じたのだ。

これを聞いたバルドは伯爵のやり方に怒りを覚えた。

だが考えてみれば、皆殺しにした村の生き残りが会いに来たのだから、会わせないというのは伯爵の優しさであったかもしれない。

今回、ゴルト平原に国中の騎士が集まってシンカイ軍と戦うという 噂(うわさ) を聞いた。

それならゴーズも来るかもしれないと思って、危険だから行くなという姉の制止を振り切って、両軍が見える場所まで出てきたのだという。

そうなのだ。

マルチェの住む村はここから近い。

滅びてしまったロカルの村も、このゴルト平原の一角にあったのだ。

ゴーズ・ボアは満足して死んでいったろう、とバルドは思った。

今度こそ、守るべきものを守れたのだから。

ジュルチャガは、吹き飛ばされた兜に取りつけられていた花筒を外してマルチェに渡した。

その由来を聞いたマルチェは新しい涙をこぼし、花筒を抱きしめた。

ゴーズの従者たちは、それをとがめようとはしなかった。

ゴーズの亡きがらや武具は従者たちが運んでいったが、なぜか左腕が残された。

マルチェはそこに穴を掘ってゴーズの腕を埋め、石を積み上げて墓標とした。

そして花筒の中に残されていた花を供えた。

シャンティリオンとアーフラバーンは追撃軍のあとを追って行き、残ったカーズとジョグとキリーは墓標に黙祷を捧げた。

戦いからしばらくして、季節はずれの長雨が降り、戦いのあともゴーズの墓標も押し流してしまった。

不思議なことに、殺風景だったその場所は草地となり、色とりどりの花を咲かせるようになった。

誰いうともなくその場所は、 マルチェの花畑(ヒルプリマルチェ) と呼ばれるようになった。

7

逃げるシンカイ軍を追い、連合軍はカッセの街を解放し、そのままファーゴとエジテを奪取した。

シーデルモントはそれ以上の追撃を禁止したが、少なくない諸侯がシンカイ軍を追った。

シンカイ本国が極めて豊かな国であることは間違いなく、その富を切り取らんとしたのだ。

だがかの国の底力は恐るべきものであり、深追いした諸侯は手ひどい反撃を受けた。

ルグルゴア将軍を捕らえ殺すことはついにできなかったが、多くのシンカイ将兵を討ちあるいは捕らえた。

ゴリオラ皇国に侵攻してコブシの城に立てこもっていたバコウ将軍は、城を捨てて引き上げた。

夜のあいだに突然城を去ったその 却退(きゃくたい) の鮮やかさに、ゴリオラ皇国の将たちは、怒るより感心した。

パルザム王ジュールラントは、前王ウェンデルラントの死はシンカイ国の陰謀の一部であり勝利によりその無念は果たされたと布告し、葬儀を執り行った。

また、ロードヴァン城をゴリオラ皇国に譲渡し、ガドゥーシャ辺境侯マードス・アルケイオスをファーゴに移封した。

同時に王領としたエジテの統治代行を命じ、新たに鎮西侯の栄職を設けてマードスをこれに任じた。

王を守り抜いて死に、またシンカイ軍についての有用な情報をもたらしたザイフェルトについては、他の功績とも合わせ、死後ながらその位階を伯爵から侯爵に進めた。

そしてその長男に侯爵位を継がせ、やはり王領としたカッセの街の執政官に任じた。

若い執政官であるが、ザイフェルトが育てた優秀な家臣団がその任務を 輔(たす) けるだろう。

ジュールラントはまた、勲功の第一等はバルドとしたが、王国の騎士ではないため、賞詞と恩賞金以外の褒賞はないものとした。

勲功の第二等はゴーズである。

王宮の広場には石碑が建てられ、爵位が授与され、養父である伯爵には恩賞金が下賜された。

結論がなかなか出なかったのが、捕虜の扱いである。

一般兵については一定年限の奴隷労役で問題ない。

鉱山などで無給の重労働をさせるのである。

参戦した諸侯にも恩賞の一部としてそれぞれ下げ渡す。

問題は将軍たちの扱いである。

一般兵と彼らを一緒にすると扇動して反乱を起こしかねない。

隙を見せればあるじを殺して逃げ出す力を持った奴隷であり、反抗する気持ちも強いから、ひどく使い勝手の悪い奴隷となることは明らかだ。

かといって、見張りを付けてただ捕らえておくだけでは、やたらと費用ばかりがかかる。

殺すほかないという方向に議論が向いたとき、シーデルモントが異見を唱えた。

許して解放しましょう、と。

将軍たちは彼らの国では勇士であり英雄である。

英雄を助ければ恩を売ることができるし、殺せば恨みを買う。

シンカイがこのままおとなしくしてくれるなら問題はない。

だが再び諸国に牙をむいた場合、どうなるか。

その場合、恨みに燃えて復讐をしようとする敵と、恩を与えた敵では、どちらがよいか。

そう考えた場合、何の条件も付けずに解放することが、もっともよい。

この意見が採用された。

捕らえた将たちは馬と食料を与えて解放し、伝言をことづけた。

身代金は要求しないが、この戦争で負けたことを認めるなら形で示せ、と。

やがてシンカイから大量の金塊が届けられた。

シンカイはまったく交渉に応じようとしないので、終戦の申し合わせもできず困っていたのだが、この金塊を賠償金と見なして終戦が宣言された。

金塊は諸侯にも分配され、一般兵捕虜の奴隷労役は十五年から十年に短縮された。

パルザム王宮の重臣のうち二名がシンカイ国と内通していたことが分かった。

シーデルモントは、この二人を活用するべきだと主張した。

「彼らは、まったく国交のないパルザムとシンカイのあいだをつなぐ細い吊り橋のようなものです。

旧悪を許して彼らを用いれば、パルザムの様子もかの国に伝わるでしょうし、かの国の情報もいくばくかは得られましょう。

彼らを 誅殺(ちゆうさつ) してしまえば、両国のあいだには断絶だけが横たわり、いたずらに疑心暗鬼を募らせることになります」

だが、この意見は入れられず、内通した重臣二人は自殺を強要され、家臣たちも 誅(ころ) された。

この戦争は中原のほとんどの主要国が直接関わることになった歴史上初めての戦であるから、諸国戦争と呼ばれる。

三年後の戦役と区別するため、第一次諸国戦争と呼ばれることもある。

(第5章「諸国戦争」完)