軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第8話 ワジド・エントランテ

1

バリ・トード上級司祭が怒り狂うという珍しい光景を、バルドは見ることになった。

バルドが重臣たちの査問を受けて帰宅した日のことである。

少し遅れてトード家に帰宅した上級司祭はバルドから事のあらましを聞き、怒りを爆発させたのである。

なんでもバリ・トードは王宮に呼び出され、いろいろ訊きたいことがあるといわれて一部屋に押し込められた。

予定の調整が狂ったとかで翌日になっても相手は現れず、あげくの果てにやって来た者は、愚にもつかない話をするばかり。

この国家の一大事に仮にも枢密顧問の時間を丸二日浪費させるなど、何を考えているのかと思いながら帰宅したのだという。

そこでバルドがどんな目に遭ったかを聞いた。

その結果、自分はバルドが罠にかけられているあいだ足止めされていたと気付いたのだ。

おそらく辺境侯も同じ目に遭っているだろう。

国家の元老になめたまねをしてくれたこっぱ役人どもを、それこそ木っ端微塵にしてくれる、とバリ・トードは息巻いたのである。

が、ジュルチャガが重鎮たちの鼻を明かした 顛末(てんまつ) を聞くと爆笑した。

大いに 溜飲(りゆういん) を下げた上級司祭は、落ち着きを取り戻した。

「いや、いや。

これはジュルチャガが一枚上だ。

おお、呼び捨ては失礼でしたな、ジュルチャガ殿。

え?

今まで通りがいい?。

はっはっはっはっは。

では、そうしよう。

なるほど、なるほど。

やりこめても仕方がない。

適度に弱みをにぎりつつ、にこやかにお付き合いいただくのが最上。

これで王陛下も少しはやりやすくなる」

そうだ。

今回の重臣たちの動きには腹が立つ。

しかし彼らを除いて王国の政治を動かす者はいないのも事実だ。

王一人で何もかもをするわけにはいかないのだから。

怒りに任せて彼らを粛清するのはたやすいが、その結果生まれるものは王と重臣たちの反目だ。

下手をすると王に好意的な者さえ敵に回してしまいかねない。

そうでなくても人材不足に悩んでいるジュールラントは、いよいよ手詰まりになる。

ジュルチャガの 滔々(とうとう) たる弁論に、少なからず自分たちへの皮肉が込められていたことを、頭のいい彼らが気付かないはずはない。

と同時に言葉の限りでは彼らを一切批判せず、むしろ功績をたたえていたことも理解したはずだ。

それがジュールラントの助けとなって返ってくる。

なぜなら今日彼らが犯した大失態を償うには、ジュルチャガが彼らをたたえた建前が真実であったと証明するしかないのだから。

この夜はジュルチャガを大いに慰労しようと思ったのだが、行く所があるからと出掛けてしまった。

忙しい男である。

また何か情報を集めにでも行ったのだろう。

バルドはバリ・トードから最近の情勢を聞いた。

王軍を破った物欲将軍は、カッセの街にとどまっているが、いつ王都に向かって進軍を始めるか分からない。

連日のように諸侯からは悲鳴のような救援要請が発せられている。

このまま放置はできない。

また現在のところライド伯の領地は無事で、緑炎石の輸送は途絶えていないが、このままシンカイ軍が王都に迫ってくればそれも危ない状況であるという。

今は、東方や南方の諸侯を呼び集めている最中なのだという。

だが諸侯の足並みはそろわず、現状の危機を理解していない者も多く、反撃のめどはまだ立たないのだ。

2

それから二日間、バリ・トードは王宮に詰めて忙しくしていた。

ジュルチャガもあまり帰って来ない。

バルドは工学識士オーロや剣匠ゼンダッタを訪ねたり、屋台をめぐったりして過ごした。

このころにはシンカイ軍が近く王都に攻め寄せてくるであろうことが相当大きな 噂(うわさ) になっており、いろいろ 訊(き) かれたが、はっきりと答えるわけにもいかなかった。

そして三日目。

ずいぶん早い時間に帰って来たバリ・トードが、あらたまった話があるという。

「バルド・ローエン卿に、 連合元帥(ワジド・エントランテ) の地位にお就きいただくことが決まりました」

ぽかんと口を開けてしまった。

連合元帥?

それは、何か。

バリ・トードは、順を追ってご説明いたします、と言った。

3

王軍大敗の知らせは一般には伏せられたが、無論一部では大騒ぎになった。

そのうちの一つが後宮である。

それまで側妃たちは正妃であるシェルネリアに距離を置いていたが、この出来事への不安からよく話をするようになった。

第一側妃がシェルネリアにこんなことを言った。

「正妃様のお国はとても大きく、大勢の騎士様がおられるのですよね。

万一正妃様の御身が危険にさらされるようなことになれば、援軍をお差し向けくだいますでしょうね」

シェルネリアは自分より少し年上のこの第一側妃に、無邪気そうに笑いながら、あらパルザム王国には英雄バルド・ローエン卿がおられるではないですか、と答えた。

側妃たちはいずれも自家の勢力を高めるために送り込まれたのだから、有力な騎士の名やどの派閥に属しているかについては厳しく教え込まれている。

バルド・ローエンとは、その知識にもない名だ。

それはどういうおかたですかと尋ねる側妃たちに、そのお話をするには適任の者がおりますわと言って、シェルネリアはドリアテッサを呼んだ。

ドリアテッサは顔を紅潮させながら、バルド・ローエンの英雄譚を語ったのである。

その物語は側妃たちを魅了した。

話そのものが面白くまた胸弾む内容であった。

そして、この時まで側妃たちは正妃であるシェルネリアに気後れを感じていた。

野蛮な北国から嫁ぐ姫を優しく導いて差し上げようと思っていた彼女らのもくろみは、本人に会って崩れ去っていたからだ。

装いは豪奢にして品が良く、物腰は洗練され話題は豊富、お茶の知識ともてなしのわざは舌を巻くほどで、どうしてあんな北の地にいながらこれほど南方の茶に詳しいのかと思わずにはいられない。

シェルネリアの女官が 淹(い) れたお茶を飲むと、自分たちのお茶会にシェルネリアを呼ぶのが苦痛になってしまった。

そんなシェルネリアとその側近といってよいドリアテッサが、口を極めてパルザムの騎士を褒めたたえるのである。

その騎士は辺境で長年功績を積んだ老練な将であり、なんと現パルザム王ジュールラントの師父にして導き手であるという。

しかもごく最近中軍正将の座を得て三国連合軍の総指揮を執り、魔獣の大群を撃退したばかりだという。

大将軍の座は後進に譲って今は無位の身であるが、この人物が指揮を執ればシンカイのごときは恐れるに足りないというのだ。

側妃たちを通じてこの話は王都の名家の姫たちに伝わった。

すると何が起きたか。

姫たちはドリアテッサの話を聞くために、後宮に詰めかけたのである。

歓迎の舞踏会以来ドリアテッサは王都の姫たちのあこがれの人となったが、いくら夜会に招いてもドリアテッサは応じてくれない。

シェルネリア姫の元に行けば、そのドリアテッサに会うことができるばかりか、彼女が語る物語を聞けるというのだ。

姫たちは側妃たちに懇願した。

どうか正妃様に私たちをお招きくださるようお願いくださいませと。

白銀の軽鎧に身を包んでドリアテッサが熱く語る英雄譚は、姫たちを 虜(とりこ) にした。

彼女たちは自分の父に、夫に、祖父に、なぜ王宮はバルド・ローエン卿をお用いにならないのでしょう、と訊いた。

女性が政治や軍事に口を出すなどもってのほかで、こうした問いにまともに答える必要はないといえばない。

しかし女の力というものは侮れない。

しかもその中には三人の側妃が含まれていた。

彼女たちの父あるいは祖父は、この国で最も権勢のある公爵たちである。

そしてわが娘あるいは孫娘とはいえ、王妃とは彼らにとり膝を折らねばならぬ相手なのである。

その言をまったく無視し続けるのは具合がよくない。

そんな折、重臣たちが魔獣との戦いにおけるバルド元大将軍の賞罰を決する査問会を開き、その功績が明らかになった。

その直後、ゴリオラ皇王の親書がパルザム王の元に届いた。

そこには、中原全体が侵略の恐ろしき魔の手に侵されんとする今、なぜ英雄バルド・ローエン卿の出馬を乞わないのか、と書いてあった。

これだけなら他国の軍事に 容喙(ようかい) するごとき振る舞いであるが、そのあとにはパルザムの重臣や大貴族たちが目をむくようなことが書いてあった。

今やシンカイの侵略軍はゴリオラの要害を攻め取ってこれを堅守し、皇国の騎士たちも攻めあぐねている。

パルザムにおいては西の拠点を落とし、遠からず王都に軍を進める。

万一パルザムがシンカイの軍門に下るようなことがあれば、テューラとセイオンはかの国の言いなりになっている現状もあり、ゴリオラは一気に戦火の渦に投げ込まれよう。

このときにおいてゴリオラは、先般パルザム王国より申し入れのあった軍事同盟に参加する用意がある。

そしてゴリオラの騎士たちに信望も厚いバルド・ローエン卿が総指揮官の座に就く限りにおいて、純軍事面での指揮を委ねる、と書いてあったのである。

しかもこの親書を持参した首席外務卿チャンバローナ侯爵ギムジナウ・スコーレは、同盟結成のあかつきには騎士従騎士合わせて百五十騎を派遣することが可能であると明言した。

実のところ、現時点でゴリオラ皇国からの援軍を積極的に受け入れたいと思う者は少なかった。

助けを求めればそれに見合う代償を支払わねばならないからである。

だが、王の婚姻によって急に身近となったこの北方の大国とのこれからの付き合いの上で、これはまたとない機会である。

軍事同盟結成自体が非常に大きな意味を持つし、しかも条件にかなえばその指揮権をこちらに与えるというのである。

つまり形の上ではパルザムが盟主の立場に立ったことになる。

今はたった二国による同盟であるが、この二つの大国の同盟に今後加入する国があれば、その体制の中に組み込むことができる。

これは見逃し難い機会であると、大貴族たちも重臣たちも考えた。

次に問題になったのはバルドの処遇である。

中軍正将に戻してもよいのだが、それはパルザムの軍制の中での職位であり、同盟軍の中での立場はあいまいとなる。

そこで新たに軍事同盟最高指揮官の職名を設けた。

将を 統(す) べる将。

すなわち〈 連合元帥(ワジド・エントランテ) 〉である。

4

まさに青天の 霹靂(へきれき) である。

バルドとしても、ジュールラントが苦境にある今、パルザムを見捨ててただちに放浪の旅に戻るつもりはなかった。

カーズとジュルチャガの能力を生かして、わずかでも助けになるようなことはできないかと考えていたのである。

しかしまさか、こんな立場が与えられるとは。

バルドは臨時に雇われ将軍とはなったが、この国の臣ではない。

本人に何の相談もなく、そんな地位への就任を決めてしまうというのは、ちょっと怒りを感じないでもない。

こんな老人で、しかもろくな戦略指揮もできない者をあてにするより、ほかに人選はなかったのかとも言いたい。

また、引き受けた場合の自分の基盤の危うさを思わずにはいられなかった。

バルドはこの国のいかなる大貴族ともつながりがない。

つまり、大貴族たちからすれば、見捨てやすい指揮官なのである。

戦の 趨勢(すうせい) がパルザムに不利となれば、自領に引き上げて様子を見守る大貴族は少なくないだろう。

そして勝利者が確定してから、その勝利者の元に参じるのだ。

バルドは薄氷の上で軍配をふるうことになる。

その一方で、これこそ運命かもしれないとも感じていた。

物欲将軍と対決してこれを打ち破り、中原に平和を取り戻すこと。

それこそが天から与えられた自分の役割なのではないかと、考え始めていたところだったのだ。

それに重臣たちがこの件に乗り気だというのは、興味深い。

重臣たちは、各大貴族家の利益代弁者であるとともに、国の中枢をつかさどる者たちであり、独自の矜持と使命感を持つ。

その重臣たちが、この国の軍権をバルドに委ねてもよい、と考えたのだ。

無論それは事あれば簡単に捨て去られる信頼である。

けれども信頼には違いない。

それはこの難局にあってジュールラントの思いのままに事を進めさせようとする機運でもある。

また兵糧その他の準備をめぐっても重臣たちの強力な応援がひとまずは当てにできるだろう。

それは大きい。

バルドはカーズを見た。

物欲将軍の名を聞いても、そのすさまじい暴れぶりを聞いても、この男は特に表情を変えなかった。

そもそもその物欲将軍がカーズとその祖国にとっての怨敵その人である可能性は低い。

しかし物欲将軍の後継者を倒し、シンカイの野望をくじくこと。

それには復讐以上の意味がある。

これ以上の〈奪われたる者〉が生まれるのを防ぐこと。

この男の誓いを果たす上で、これは避けて通れない道なのではないか。

そう思った。

カーズの目は相変わらず静かだが、そこには決意のようなものが宿っているように思えた。

それからジュルチャガを見た。

相変わらずへらへらしている。

最近バルドは、やっと分かってきた。

ジュルチャガは、自分のための欲というものが存外少ない。

ただし誰かのためにその力をふるうとき、この男は万能といってもよいすごみをみせるのだ。

この二人が自分の元にやってきたということも、天意なのかもしれない。

待っておれよ、 物欲将軍(グリゴール・エントラ) 。

お前が見たことのないものを見せてやる。

まだ見ぬ大敵に、バルドは心の中で呼び掛けた。