軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1話 三国共同部隊(後編)

6

「コリーーーーーーン!

鎧(よろい) だっ。

俺の鎧と剣を持って来いっ」

ジョグが後ろも見ずに叫んだ。

「分かったっ」

と大声で返事した騎士が従卒たちに何事かを命じている。

あれは確かジョグ・ウォードの側近で、コリン・クルザーとかいう騎士だ。

バルドはかたわらのザイフェルト団長に、立会人をアーフラバーン伯爵に頼んでくだされ、と告げた。

そしてジュルチャガを目で探した。

いた。

まだ命令もしていないのに城門の中に駆け込んでいた。

察しのよい男である。

ザイフェルトが呼ぶまでもなく、アーフラバーン伯爵が城から出て来た。

ザイフェルトの頼みを聞いてうなずき、ジョグの前に進み出て、

「貴公がジョグ・ウォード卿か。

私はティルゲリ伯爵アーフラバーン・ファファーレン。

ゴリオラ派遣軍の軍杖を預かる者だ。

この決闘の見届け人をさせていただくが、よろしいか」

と言った。

ジョグはアーフラバーンのほうを見もせず、あいかわらずぎらぎらした目でバルドのほうをにらみつけながら、

「ああ」

とだけ答えた。

コリンと従卒がジョグの鎧を運んできて、着せ付けを始めた。

といっても、下着部分や胴の部分はそのままである。

アーフラバーンが城の中の闘技場に移動するよう勧めても、ジョグの答えは、

「ここでいい」

というものであり、決闘の方法と決着の付け方、勝利者の権利について確認しようとしても、

「好きな得物で相手を殴り、負けたほうが勝ったほうの言うことを聞く。

それだけだ」

と返すばかりだった。

バルドから目線をそらそうとしない。

まるで目を離せばいなくなってしまうとでもいうかのように。

ジョグがほとんど鎧を装着し終えるころ、ジュルチャガがユエイタンを引っ張って現れた。

その後ろから騎士ナッツと騎士ニドと騎士フスバンが、バルドの鎧と剣を持ってやって来る。

コリン・クルザーは、ジョグの馬の馬具やひづめの具合を確認すると首をなで、耳元でダストしっかりな、と声を掛けた。

そして、従者と一緒にジョグを馬に乗せた。

ジョグが馬上から見つめる前で、バルドは落ち着きはらって革鎧を脱いだ。

胴、腰、両足、両手、そして頭に鎖かたびらを着ける。

その上に順番に金属鎧を着けていく。

王からの下賜品で、職人たちが突貫作業で調整してくれたものだ。

バルドが支度を終えると、ユエイタンがすぐ横に歩いてきて、そして足をたたんで腹を地につけた。

おおっ、というざわめきが広がる。

もうこのころには城の中にいたパルザム、ゴリオラの騎士たちも城の外に出て、二人を取り巻いて様子を見ていた。

ざわめきは、よくもここまで馬を訓練したものだという感嘆と、あんな状態から重装備の騎士を持ち上げられるのか、という危惧の混ざったものだった。

実は一番驚いたのはバルドだ。

ユエイタンがこんなことをするとは思いもしなかった。

が、驚いていないふうを装って、この巨大な愛馬にまたがった。

ユエイタンは、バルドを乗せたまますうっと立ち上がった。

もう一度ざわめきが起こった。

助けも借りず馬に乗ったバルドと、事もなげに立ち上がったユエイタンへの感嘆である。

と、ジュルチャガがユエイタンに近づいて、よくやった、あとでうまい野菜食わしてやるぞ、と話し掛けている。

そして、硬い鎧に包まれたバルドの両の足をしっかりと 鐙(あぶみ) にくくりつけた。

こうして二人は馬上からお互いを見つめた。

7

ジョグ・ウォードの乗馬ダストは漆黒の美しい毛並みを持った巨馬で、目と目のあいだに白い毛が一筋生えている。

ジョグの鎧も全身黒い。

髪もひげも目も黒いから、まさに全身黒ずくめで、その場所だけが陽光を吸い込んでいるかのようである。

いつのまにか目のぎらついた光は消え、夢見るような柔らかい視線をバルドに向けている。

目線はバルドに向けたまま、右手を開いて斜め後ろに突き出した。

コリン・クルザーが従卒に手伝わせてジョグの剣を運んできた。

ジョグが柄を持つと、二人は 鞘(さや) を抜いていく。

黒みがかった長大な剣身が姿を現していく。

ゴリオラの騎士たちが、引きつった目でそのあまりに巨大な鋼の塊を見ている。

鞘が抜けきると、剣先はどさりと地を打った。

まったく考えられないほどの長さである。

幅も広くさぞ重かろうその剣を、ジョグは右手一本でぐいと持ち上げ、左手を添えて軌道を修正すると、右肩の上に乗せた。

対するユエイタンは、わずかに薄墨を混ぜたような白馬である。

バルドは、紺色の地に細かくたたき込まれた黒銀の金属板を張り付けた鎧を着ている。

左胸には王国の紋章が浮かび上がり、これが将軍だけに許される装備であることを教える。

ジュルチャガと騎士ニドが、バルドの剣を左側から差し出した。

バルドはそれをユエイタンの首の上で受け取った。

二人が鞘を抜いていくと、いぶした銀色の剣身が現れていく。

今度は声に出して驚きを表す者もいた。

ジョグ・ウォードの剣にも負けない長大な剣である。

宮殿の武器庫をあさって見つけたのだ。

長さはジョグの黒剣とほぼ同じか、もしかすると少し長い。

ただし、ジョグの剣が根本から先までが幅広であるのに対して、バルドの剣は幅はそれほどでなく先にいくほど細い。

その代わり、厚みはジョグの剣に勝っている。

ジョグの剣にせよバルドの剣にせよ、ここまで長く重い剣は、ふつう馬上では使わない。

馬上の騎士をたたき落とすために使う。

ここまでの巨大さだと、 膂力(りよりよく) で振り回すことは不可能だ。

もっともジョグ・ウォードにはその常識は通じないのだが。

ジョグが馬を反転させ、バルドから遠ざかって行き、百歩少々離れると振り返った。

ジョグは剣を右肩にかついだまま、手綱をくらに巻き付け、左手で面頬を下げた。

バルドも、剣を右肩に預けて手綱の余りを結わえると、左手で面頬を下げた。

二人とも手甲は鉄でなく革のものを使っている。

でなければこの剣を握り込めないからだ。

バルドには、古代剣で闘うという選択肢もあった。

古代剣の扱いに慣れてきた今のバルドなら、ジョグの初撃さえかわせば一撃で勝負を決めることができるだろう。

しかしそれはどうしても、策を用いた戦い方になる。

この決闘は、それではだめだ。

正面から正々堂々と雌雄を決するのでなければ、全軍の信頼は得られない。

その結果ジョグが勝つとしても、虚を突くような勝ち方をするよりジョグに指揮権を与えたほうがましだ。

体力も気力も若返っているとはいえ、筋力もしなやかさも、今のジョグのほうが上だろう。

それでもこの一番は正面から闘う、とバルドは決めたのだ。

ジョグの馬が走り始めた。

まったく同時にユエイタンも走り始めた。

兜の中でジョグの瞳は炎のように燃えさかっているだろう。

走る、走る。

特別な馬だけが持つ驚異的な加速を見せつけて二頭の巨馬が走り寄る。

大地を踏み割らんばかりの爆発的な足音は、馬はそれ自体が怪物的な生き物であることを雄弁に語っている。

二人の騎士は圧倒的な重量感を持つ大剣を振り上げた。

またたく間に二人はお互いを射程にとらえ。

両の手で大きく振り上げた大剣を。

お互いの頭上に振り下ろした。

剣と剣とが正面からぶつかり合い。

天と地が砕けるような激突音が鳴り響いた。

8

雷神ポール=ボーが、森の神ウバヌ=ドドの美しき妻イーサ=ルーサを奪わんとして〈雷槌〉をウバヌ=ドドに振り下ろしたとき、ウバヌ=ドドとイーサ=ルーサの息子キドがこれを〈大地の剣〉ではじいた。

はじかれた〈雷槌〉のすさまじい破壊の力は大地を大きくえぐった。

このとき出来た裂け目が、現在テューラからメルカノ神殿自治領にかけて大地を走る〈大亀裂〉であり、少年キドこそのちの戦神マダ=ヴェリである。

見守る誰もがこの神話を思い出した。

ジョグ・ウォードは、この長大な剣を半日でも振り回し続けられる男である。

その男が、ただの一振りに半日分の精力を注ぎ込んだ。

それに対抗できるだけの気迫の斬撃を老騎士も繰り出した。

この二人の巨軀の騎士が巨馬にまたがり渾身の力を込めて突進した、その突撃力がただ一点でぶつかり合ったのである。

鳴り響いた轟音に、さしもの歴戦の勇士たちも魂を削られたかと思った。

互角。

二つの破壊の力は互角だったのだろう。

大剣は二人の騎士の顔と顔の前で激しく競り合っている。

と、二人は同時に剣を引いた。

二頭の馬も、一歩ずつ後ろに引いた。

そして二人は高々と剣を持ち上げ、相手の頭上に振り下ろした。

再び金属同士がぶつかり合って火花と激突音を発した。

これも居並ぶ騎士たちの度肝を抜く光景であったろう。

両手大剣というものは、振り回して加速をつけて使うものである。

馬に乗って振るとすれば、馬の突進力を利用して剣に威力を乗せる。

腕の力で振り回して使えるような剣ではないのである。

二人の 膂力(りよりよく) は、およそ人間の常識を飛び越えたものだ。

それは、戦慣れした騎士たちであるからこそ分かる。

二度目の激突は、バルドの腰に悲鳴を上げさせた。

右肩の後ろも鋭い痛みを発している。

バルドの闘志は炎のように燃えさかり、その痛みをかき消した。

バルドの全身から吹き上がる闘気は離れて見守る騎士たちの顔を焼いた。

それはバルドの精一杯のあがきである。

瞬発力ではジョグのほうがまさっている。

持久力ではジョグのほうがはるかにまさっている。

そのジョグの斬撃に数撃だけでも対抗するには、ただ気力をもってするしかない。

バルドはもう一度剣を引き上げた。

腕の筋肉が、みしみしと悲鳴を上げている。

だが無理やりに、高々と振り上げた剣に 腕力(うでぢから) で加速を与え、ジョグの頭に振り下ろした。

ジョグはといえば、剣をぐいと右後ろに引き、激しく腰を回転させながら黒剣を振った。

剣先が落ち込みもせず、そのまま真横に剣は振り抜かれた。

驚異的な筋力であり、バルドにもこれはまねができない。

そしておそらくジョグ・ウォードは、何度でも繰り返してこれができる。

バルドの剣はジョグの左肩を打った。

ジョグの剣はバルドの胴体の左に食い込んだ。

衝撃に目がかすむ。

だが強引に意識の手綱を握りしめ、足の動きでユエイタンに指示を出した。

ユエイタンはバルドの意図をあやまたず酌み取り、後ろに数歩下がった。

ジョグは兜の中でどんな顔をしているだろうか。

苦痛に顔をゆがめているのか。

宿敵を今にも殺せる予感に笑みを浮かべているのか。

ままよ!

バルドの気持ちが攻撃に向かった瞬間、ユエイタンは突如前進した。

先ほどと逆側、つまりジョグとその馬を左に見ながらの突進である。

バルドは残った力を振り絞って大剣を持ち上げた。

左から右へとジョグをなぎ払う剣筋だが、もう振り回すほどの力はない。

馬の突進力を借りて剣を相手にたたき付けるのが精一杯である。

ジョグは上から押さえ込むような形でバルドの剣を受け止めた。

ぎり、ぎりと、大剣同士がつばぜり合う世にも珍しい光景を、観戦する騎士たちは目にすることになった。

ここじゃ!とバルドが思うと同時に、ユエイタンが体を持ち上げた。

ジョグの体が持ち上がる。

態勢をくずされかけたジョグは、逆にぐいと伸び上がり、思い切り体重をかけてバルドの剣を押し返そうとした。

腰は完全に 鞍(くら) から離れ、 鐙(あぶみ) に掛けた足と太ももの挟む力で自らを支えている。

バルドは手首を返して剣をねじった。

その剣の上をジョグの剣が火花を立てながら滑っていく。

渾身の力で押し返そうとしたその相手に、力をそらされてしまったのである。

ジョグは完全に態勢を崩し、その右足が鐙からはずれた。

すかさずユエイタンは一歩下がり、跳躍した。

バルドは体全体で大剣を支えながら角度を調整した。

剣はジョグの顔をとらえた。

大剣の重量とユエイタンの跳躍から生まれた衝撃力がジョグの顔に炸裂したのである。

ジョグは吹き飛ばされるように落馬した。

勢いのまま数歩を走ってから、ユエイタンは反転して静止した。

バルドには、もう攻撃を繰り出す力は残されていない。

ジョグは倒れたまま起き上がろうとしなかった。

9

「勝者、バルド・ローエン卿!」

アーフラバーンの宣告が、ひどく遠い。

騎士ナッツが駆け寄って剣を受け取ってくれた。

剣先は地に付き、今にも取り落とすところだったのだ。

またもユエイタンが腹ばいになり、騎士ニドと騎士フスバンに支えられながらバルドは下馬した。

ジュルチャガが驚くべき手早さで兜を脱がし、頭部の鎖かたびらをはずしてくれた。

バルドは荒い息をついた。

胸が空気を激しく求めてけいれんしている。

汗は噴き出し、髪はべっとりとひっつき、足元はふらつく。

このわずかな時間にまるで体重が半分に減ってしまったかのように自分の体が頼りない。

当然である。

ふつうの人間が何日もかけて使う力を、ほんの一瞬のあいだに使い切ってしまったのである。

すべての筋肉は力を失ってしまったようで、立っていることさえ難しい。

それでもバルドはおのれの足に命じて、ジョグに歩み寄って行った。

「ジョ、ジョグ!」

金縛りが解けたようにコリン・クルザーがジョグに駆け寄った。

そして、寝たままのジョグの兜を器用にはずした。

ジョグもまた汗まみれである。

と、ジョグが右手を上げて差し出した。

バルドに。

バルドはまだおぼつかない足を進め、ジョグの手をつかんで引き起こした。

といっても立ち上がらせたわけではない。

それは無理だ。

バルドの精一杯の力は、ジョグの上半身を何とか引き起こせたのみである。

ジュルチャガがバルドに、コリンがジョグに、水筒を差し出した。

二人はこの命の甘露をごくごくと飲み干した。

汗がぶわりと噴き出してくる。

水が体に入って、こわばっていた体がやっと動き始めた。

しばらく呼吸を調えたあと、ジョグはバルドに言った。

「化け物じじいめ」

その目にはもう獣のような 猛々(たけだけ) しさはなかった。

ジョグはなんと自分一人で立ち上がってみせた。

いつもながら驚くべき男である。

ジョグは自身の部下たちを見回し、 拳(こぶし) を突き出し、大声で宣言した。

「この戦が終わるまで、俺たちの指揮は」

ここで息を吸い込み、さらに大きな声で続けた。

「バルド・ローエンがとるっ!!」

ジョグの部下たちは、口々に応諾の声を発した。

二人はその場で鎧を脱いだ。

脱がせてもらった、というべきか。

「おい、バルド」

にこりともせず、ジョグが話し掛けた。

バルドが、なんじゃと答えると、ジョグは、

「酒、飲ませろ」

と言った。

バルドは、おお、うまい牛肉も腹一杯食わせてやろう、と返事を返した。

あとで知ったのだが、ガイネリアには牛は少なく、ジョグといえどもそうたくさんは食べられない。

だから、このときジョグが舌なめずりをしたのも無理はなかったのである。

実のところ、酒と肉を欲しかったのはバルド自身だ。

もうへたりこんでしまいたいほど、消耗していた。

バルドの体こそが、酒と肉を欲していた。

バルドはジョグとともに歩き始め、アーフラバーンも酒席に誘った。

そしてザイフェルトに、あることを命じた。

うなずいたザイフェルトは、居並ぶ三国の騎士たち全員に響き渡る大声で叫んだ。

「ただ今、三国連合軍総指揮官バルド・ローエン大将軍から命令が下った。

今日の夕食では、 酒保(しゆほ) が開かれ、全員に一杯ずつ酒が支給される!」

もちろんこの場合の酒とは、いつも食事に添えられる水で薄めたワインのことではない。

酒精のたっぷり入った大ひしゃく一杯の蒸留酒のことである。

全員から大きな歓声が上がったのはいうまでもない。

門の脇に、剣匠ゼンダッタが立っている。

ゼンダッタはコリン・クルザーをつかまえ、

「そのジョグ・ウォード将軍の剣はこちらに」

と指示を出した。

「え?

お前、誰だ」

「私はバルド大将軍直属の剣匠だ。

それはジョグ将軍の主武器とお見受けする。

今の決闘で相当に痛んだはず。

ただちに研いでおかなければならん。

こちらにお運びいただきたい」

「え?

いや。

バルド将軍の剣が先じゃないのか」

「バルド将軍の剣はあとでよい。

まずはジョグ将軍の剣だ。

さあ、急がれよ」

「お、おう」

ちょっとばかりうれしそうな表情で、コリン・クルザーは従者たちに命じて剣を鍛冶場に持って行かせた。

ゼンダッタがバルドの剣はあとでいいと言ったのは、バルドがもうそれを使わないことを知っていたからなのであるが、それをわざわざ言うこともない。

ふと振り返ると、ジュルチャガがユエイタンを引いてきている。

考えれば、今日の殊勲者はこの馬だというのが正しい。

筋肉の力でも素早さでもジョグに劣り、耐久力では比べるべくもないバルドにとって、唯一まさっていると思えたのが、馬である。

ユエイタンの体の大きさと強さ。

そしてバルドの意を酌み取って動く利発さと素早さ。

これがなければ勝利はなかったのである。

ユエイタンにたっぷりとうまい物を食わせてやってくれ、というバルドの言葉に、ジュルチャガは片目をつぶって返事した。