作品タイトル不明
下水道ダンジョン
ゴブリンダンジョンで八階層の中ボスを倒し、久しぶりに稼いだ翌日。
雨木は下水道ダンジョンと呼ばれるダンジョンに来ていた。
都内に存在し、最寄り駅からも近い。
アクセス面だけで言えば優秀なダンジョンだ。
だが、冒険者人気は低い。
中に生息する魔物が忌諱される系の虫型が主であること、
そしてダンジョンが既に攻略済みであること。
この二つの理由が大きい。
このダンジョンを攻略したのは、深淵十二紋の第一座〝フロストフレア〟
――と、いうことになっている。
話は、まだ二人がチームを組む前まで遡る。
氷帝・御堂 真白
炎帝・円城 煉
互いにソロの冒険者として活動し、人を寄せ付けない美貌で有名だった二人。
その二人は、とあるダンジョンのスタンピード鎮圧で初めて顔を合わせた。
そして、円城煉が御堂真白に一目惚れした。
彼の人生で初めての、本気のアプローチ。
その末に二人はコンビを組む。
こうして誕生した美男美女の実力者冒険者コンビ。
マスコミは〝暁の双華〟と勝手に名付け、派手に報じた。
その二人による、最初の攻略ダンジョン。
それがこのダンジョンだ。
もっとも、ダンジョン内は当時とは様変わりしている。
当時は枯れた地下迷宮型ダンジョンだったらしい。
だが二十階層のボス攻略後、下水が流れ込み、今では下水道ダンジョンと呼ばれている。
その下水道ダンジョンを簡単にマッピングしながら、雨木は三階層を進んでいた。
「……順調なのは良いけど、想像以上に臭ぇし、気持ち悪りぃな。
来なきゃ良かった……」
湿った空気。
鼻につく汚臭。
壁面を這う黒い染み。
そして、嫌悪感が先に走る虫型の魔物。
人気がないのも当然だろう。
精神的な疲労感が、他のダンジョンより明らかに強い。
それでも進んでいるのは、もちろん収入の為だ。
イージス端末と睨めっこして過ぎた数日の収入は、当然ながらゼロ。
取り戻す為にも、ダンジョンへ潜る必要がある。
そして精霊〝コダマ〟との約束もあった。
ネット上では、それらしい情報は見つからなかった。
ならば祠を探すには、新しいダンジョンへ入るしかない。
「どうせ虱潰しになる。
……なら、近くて探しやすいところからだ。
……何て思ったんだけどな」
数分おきに文句が口を突く。
そんな自分に嫌気が差しつつも、だからこそ足を止めたくはなかった。
あまり何度も通いたい場所ではない。
だからこそ、確認しておきたいこともある。
世界中に現れたダンジョンには、いくつか共通点が存在する。
通常、最奥階層のボス部屋で主を倒せば、そのダンジョンは消滅する。
現在確認されている中で、消滅した最も浅いダンジョンは二十階層。
日本国内でも既にいくつか攻略され、そのまま消滅していた。
次に浅いのは三十階層。
こちらも海外で攻略されたダンジョンの、消滅が確認されている。
四十階層を攻略した国は、まだ少ない。
そして現在まで、四十階層以上で消滅した例は存在していなかった。
この下水道ダンジョンは、二十階層のボス攻略後、部屋奥のポータルから先へは進めなかったらしい。
代わりに、そこから地上へと帰還出来るようになっていたという。
これは消滅したダンジョンと同じ特徴だ。
討伐者が帰還するとダンジョンには入れなくなり、暫くすると、いつの間にか消滅している。
だが、このダンジョンは消滅しなかった。
今も変わらず、ダンジョンへ入ることが出来る。
もっとも、同じような例は世界中に存在する。
日本国内にも、他に二つ確認されていた。
そういったダンジョンでは、それまでとは別系統の魔物が出現するようになる。
そして、ダンジョン内のどのボスも復活しなくなるという変化が共通している。
「せっかく来たんだから、五階層のボス部屋までは……と思ってるんだけどな。
ボスがいないことを確認して、六階層のポータルから地上に帰る。
そこまでは踏ん張りたい。
……あぁ、けど既に帰りたくて仕方がない自分もいる」
道中の魔物は、さほど問題ではない。
六階層までは群れて現れないのは、他のダンジョンと同じようだ。
毒を持つ種もいるという情報はあった。
だが単独なら、雨木の敵ではなかった。
問題は、そのサイズだ。
元々、雨木はあまり虫が好きではない。
その好まない虫の中でも、特に忌諱するタイプの害虫型。
それが三十センチほどの大きさの魔物となって襲ってくる。
その事実に、雨木の精神はかなり削られていた。
「……帰りたい。帰りたい。
だが、我慢だ、くそが」
頭を上げて威嚇するゲジゲジ型の虫の魔物。
その頭を、ロングバールの先端で叩き潰す。
踏み潰す気にはなれなかった。
雨木は距離を取り、何度もバールで叩いて潰した。
このダンジョンでは、ロングバールだけで戦っている。
最悪、使い捨てるつもりで。
さすがに特注の鉄製トンファーは、ここで使いたくなかった。
なので早々にしまっている。
そして、もう一つ理由があった。
明日の午後には、美濃原が振って来た、引退する冒険者との顔合わせの予定が入った。
(……妙に、鷹見さんが張り切ってるんだよな)
話が早い。
とんとん拍子に進みすぎて、少し面食らっている。
そうは思うが、雨木に断る理由もない。
そして会えば、〝槍術スキルカード〟が手に入る可能性がある。
得てしまえば、使いたくなる。それが道理だ。
長物にも慣れておきたかった。
「……まぁ、気持ち悪いから長物で叩き潰したい。
……ってのも、噓偽りのない本音だけどな」
話がまとまれば、百万円の出費。
破格とはいえ、財布が軽くなることも確かだ。
そしてスキルカードを買えば、当然 武器(槍) も必要になる。
ロングバールも長さだけなら十分に長物だ。
だがダンジョン内での扱いは、あくまで棍棒系武器。
ロングバールでは、槍術スキルは発動しない。
ダンジョン産の槍は、安ければ十五万円程度から売られている。
しかしその辺りは、特殊効果のない外れ品だ。
どうせ必要な出費だ。
なら、特殊効果付きのレア物が雨木は欲しかった。
だが、そうなれば安くても五十万円は超えてくる。
そして昨日連絡を取った、女性警察官、小鳥遊日向のこともあった。
どうにも〝会って〟話がしたいらしい。
別に雨木はそれが嫌、という訳ではない。
だが昨日の今日でと言われると、少し返答に困る。
数日、イージス端末と睨めっこしていたツケが溜まっている。
金が無い訳ではないが、缶詰めになっていた反動で、やることが積み上がっていた。
会うのは構わない。
だが、そこまで彼女の優先順位を上げようとも思えなかった。
「弱音吐いてる場合じゃねーよ、ったく。
頑張ろうぜ、俺っと……」
そうして下水道ダンジョンを進んでいた雨木は、四階層の途中で、
三匹の虫の魔物に囲まれた青色のきらきらした何かを発見する。
「……なんか。
……既視感を、感じるんだけど……」
そう呟いて雨木は自分の左肩へと視線を向けた。
そこにとまっている、元緑色のきらめき。
今は緑色の蝶の姿となった、風の精霊リフェリアへと。