作品タイトル不明
サークル臨時①
朝、雨木が起きるとイージス端末にメッセージが届いていた。
連絡を取り合う相手は限られている。
一人はゴブリンダンジョンの駐在員で、女性警察官の熊澤。
先日正式に担当になったことで連絡先を交換した。
ただ彼女はイージス端末を持っていないため、やりとりは通常のスマホアプリだ。
何度かメッセージを交わしてはいるが、今回の通知はイージスNikkkiiアプリ。彼女ではない。
となれば冒険者関係だろう。
よく来るのは冒険者ネーム・コメット。
先日飲んだことで距離が縮まったらしく、ちょくちょく連絡が来る。
だが肉ダンジョンの予約が取れない気まずさもあって、当たり障りのない内容しか返していない。
昨夜もとりとめのない話で終わっていた。
今回のメッセージは、そのどちらでもなかった。
送信者名はカナタ。
先日、コメット主催の肉ダンジョン臨時野良パーティにいた男だ。
「サークル臨時に一緒に行かないか、ね。ふーん……あいつも肉ダンジョンの予約が取れないみたいだな。さて、どうするか」
サークル臨時。
雨木がイージス端末を入手してから知った冒険者用語だ。
冒険者には、他にもいくつか独特の呼び方がある。
冒険者の世界では、その時に潜る仲間を“パーティ”と呼ぶ。
いっぽうで、日常的に行動をともにする固定の仲間は“チーム”と呼ばれることが多い。
使い分けは厳密ではないが、業界では自然と区別されている言い回しだ。
そして“臨時”。
これは固定メンバーではない、その場限りのパーティを指す冒険者用語だ。
ただし主催者と何人かは顔見知りであるケースが多い。
不足分だけSNSで募集して埋める形になる。
これに“野良”が付くと意味が変わる。
主催者も含め、参加者全員が完全な初対面という意味になる。
応募だけで集まった、純度百パーセントの寄せ集めだ。
冒険者界隈では“野良臨時”と呼ばれ、雨木が先日参加したコメット主催の肉ダンジョンがこれに当たる。
サークル臨時は、それらがさらに大規模になった催しだ。
ダンジョン省公認で、いま最も募集件数の多い形式でもある。
ダンジョン省に公認されたチームが主催者できる。公認は十階層のボス攻略が条件だ。
行き先は六~九階層が多い。
噛み砕けば、行程の強敵は主催チームが倒す。
代わりに得られる収入の六〜九割を持っていく。
参加者は残りを分配され、往復の雑魚戦で“安全に経験値が得られる”という触れ込みだ。
そういう建前になっている。
「ここだけ見ればウィンウィンの良い話だ。問題は“レベルアップの報告が一切ない”ことだけどな」
現在、このサークル臨時は冒険者界隈で隆盛を誇っている。
だが、経験値が安全に稼げるという売り文句の割に、
雨木が調べた限り、冒険者に“レベル”という概念は無い。
イージス端末のアプリ内でも話題は皆無だった。
レベルアップが確認されているのは、能力の媒体である 記録書(レコルド) だけだ。
記録書(レコルド) は全冒険者共通で黒革装だが、五層刻みに存在するボスを倒すと装丁と紋章部の色が変わる。
新人でボス未討伐の雨木は黒のままだ。
五階層で灰色の灰紋。
十階層で深青の蒼紋。
十五階層で緑金の翡翠紋。
二十階層で紫銀の紫紋となる。
日本の最高記録は深紅の紅紋。
二十五階層のボス討伐者の証。
深淵十二紋の第一紋“フロストフレア”と第二紋“デュアル・レイ”の一軍メンバーのみが保持している。
七紋まではのきなみ紫紋だ。
八紋以下は二十階層未攻略で、翡翠紋止まり。
一般的に十階層攻略済みの蒼紋が中級扱いだ。
海外では四十階層まで進んでおり、白紋・黒紋・銀紋まで確認されている。
(さて、どうするか。一人で行く気にはならなかったが、カナタとならまだマシか。経験にはなるだろうしな)
(とはいえ、冒険者にレベルが無いのに“経験値稼ぎ”ってのは引っかかる。
レベルが無いなら、上前をはねられてるだけじゃねぇのか?)
冒険者という職に関しては、まだ手探りだ。
ダンジョンが公になって数年、冒険者という職が一般化してまだ二年ほど。
分かっていないことだらけである。
レベルアップの有無に関しても、有る派と無い派で論争になっている。
だがどちらの決定的証拠もない。
雨木の意見としては“無い”。
もしあるなら、すでに誰かが気づいて報告しているはずだからだ。
だがそんな報告はどこにも無い。
とは言え、報告義務がある訳でも無い。書き込みは任意だ。
有志が提供しているに過ぎない。
仮に自分がレベルアップをしたら?
雨木は自分なら、絶対に書き込まないだろうなと考える。
(有るのに話が出て来ない、だったらそれは何故か?
分からないが、単純に経験値だけが条件じゃないパターンがあり得る)
冒険者の多くは、“冒険をしない”冒険者だと雨木は知った。
雨木のように、単独でダンジョンに入る方が珍しい。
それどころか、仮免許から本免許に昇格する条件――魔石五つの収集。
これすらSNSで募集されており、“先輩冒険者に連れて行ってもらう”のが一般的だ。
コメットもそうだったし、カナタも同じらしい。
肉ダンジョン臨時野良パーティで一緒だった大学生のタカオとレオニスもおそらくそうだ。
当時は調べる気もなかった雨木だが、実際にSNSに募集が出ているのを見た。
参加費は十万円。まるで買い物感覚だとびっくりした。
「魔石集めは俺もやろうと思えばできる。けど無認可だから白タク扱いだ。ダンジョン省を敵に回すのは面倒だしな。認可が取れる最低条件の、十階層の討伐が先だ」
仮免許の冒険者を十人集めて、魔石五つ集めることを手伝えばそれで百万円だ。
五人チームなら一人二十万。
人数を絞れば取り分はもっと増える。
週に一度、それが出来れば月収はプラス八十万。かなり美味しいなと雨木は思う。
「十階層を超えて中級になれば、冒険者ってかなり稼げるんだよな」
その十階層の討伐すらも、金で片がつくのが今の状況だ。
五階層ボス同行に三十万円。
十階層ボス同行に五十万円。
それに本免許の取得費を合わせて九十万円。
「百万円以内なのはわざとだろうな。ギリ手が届く値段にしてやがる。
で、それで中級になった連中が出してるのがサークル臨時、と」
そんな連中が本当に、道中の強敵を倒せるのか? という疑問と、
なら自分でもやれるのではないか、という気持ちが同時に湧く。
「いずれ飽和したら値下げ合戦になると思うが……それまでは稼げる手段なのは確か。
主催側に回れれば、だが。その為には・・・・・・・」
知る必要がある。
知らないダンジョンに入るだけでも得るものはある。
少なくとも経験にはなる。
「よし。度胸一発、行ってみるか」
雨木はベッドの上でイージス端末を操作し、カナタへ返信した。
「いいよ。どこか行きたいところでもあるの?」