軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

がんばれマティアス君②

廊下の方で足音がしたのでマティアスはすぐさま立ち上がり、ドアを開けた。

廊下には、二人分のお茶の用意が載ったトレイを手にレイラが立っていた。

「まあ、ありがとうございます」

「これくらい、どうってことないさ。……ドアを開けることはもちろん、どんなことでもこの俺に言ってくれよ。愛するレイラ先生のためなら、なんでもするから」

そう言って、エルドレッドほどではないが長身の体を少し屈めて顔を近づけ、ウインクを一つ。これでどんなにかたくなな女性でも、なんらかの反応は見せてくれるのだが――

レイラは穏やかな微笑みのまま、トレイを少し持ち上げた。

「この前、厨房の奥様からブドウ味の茶葉をいただいたのです。それで早速淹れてみたのですが……ブドウの匂い、するでしょう?」

「……。……うん、すごくいい匂い」

「ふふ、ですよね。さ、お茶にしましょう」

「……うん」

レイラは機嫌がよさそうにマティアスの腕の間をすっと抜け出して、テーブルにトレイを置いた。

(……まーじで、俺のことなんて眼中にないんだな)

せっせとお茶の仕度を進めるレイラの背中を見ていて……ふと、マティアスは気づくことがあった。

(いや、さっきの眼差し。……前にも、見た気がするな)

マティアスがレイラを口説いているときによく彼女が見せる、表情。目を細めて微笑みを浮かべているその表情は、前にも見たことがある。

いつ、どこで、彼女が見せたのかは思い出せないが、少なくとも目の前の色男にころっときたという顔ではない。

(だがこの疑問が解消されたら、一歩前に進めるかもしれないな)

にやりと笑ったマティアスは、レイラに進められてソファに座った。

そうして飲んだブドウ味の紅茶は、とてもおいしかった。

お茶を飲んだ後、レイラがごそごそと書類を集め始めたことにマティアスは気づいた。

「レイラ先生、どこかに行くのか?」

「ホイル様のところに報告書を届けに参ります。マティアス様は、ゆっくりしていただいて大丈夫ですよ」

「いやいや、こういうときこそ俺の出番だろう」

少し残っていた紅茶を一気に飲み干したマティアスは、小さな書類鞄を手にしたレイラに向かって気障な微笑みを向けた。

「城まで、俺がお供するよ」

「まあ。私、お城の中で迷子になったりはしませんよ。マティアス様たちがご不在の間、早くお城に慣れようと道を覚えましたもの」

ふふん、と胸を張ってレイラが言うので、マティアスは軽く手を叩いた。

「それは素晴らしい。……だが道中、先生を狙う獣が現れるかもしれないだろう? 先生はゴードンへの書類をしっかり守り、そんな先生を俺が守るよ」

自分の胸元を親指で差し、格好よく決めたつもりだが――レイラは「あら、それは嬉しいです」とあっさり受け入れ、さっさと部屋を出てしまった。

(……ほんっとうに、効いてないなぁ)

レイラが事務官室の鍵をかけ、彼女と一緒に廊下を歩きながら、マティアスは頭の中で必死に策を巡らしていた。

今のところ、彼が手札としている作戦は全て失敗している。いずれもレイラの反応が『無』なのが手厳しく、いっそのこと嫌悪なりの表情をしてくれた方がわかりやすくて次の策を講じやすいのに、と思ってしまう。

(ま、恋は障害がある方が燃えるっていうし、こうやって作戦を練るのも楽しいんだけどなぁ)

傍目から見ると完璧な護衛を務めながらも頭の中は雑念まみれのマティアスだったが、騎士団棟から本城に繋がる渡り廊下を歩いている際、レイラが足を止めた。

「先生、どうかしたのか?」

「あ、いえ。……あそこに、子どもが」

「ん?」

レイラの隣に立ったマティアスの眼下には、城の中庭が広がっている。ここらは進入制限などがないので、一般人も行き来できる場所だった。

そこに、母親に連れられた幼い少年の姿があった。まだ四つかそこらだろう彼は最初、母親のスカートに捕まっていたのだが、突然「とうちゃん!」と叫んで駆け出した。

ちょうど渡り廊下の真下から騎士団服姿の男性――今回マティアスたちと一緒に北方遠征に出向いた騎士が現れ、駆け寄ってきた少年をしっかり抱きしめた。

(ああ。そういやあいつ、春に四歳になったばかりの子どもがいるんだっけ)

久しぶりに父親に会えて嬉しいのか、少年は「とうちゃぁぁん!」と涙と鼻水を垂らしながら父親に抱きついている。その背中を父親が叩き、母親が笑顔で見守るという、なんとも心温まる光景である。

「……ふふ。素敵ですね」

「ん? ああ、そうだな」

「それに、あの子、見てくださいな。あんなに嬉し泣きして……」

レイラがそう言うので、マティアスは何気なく隣を見て――雷に打たれたかのような衝撃を受けた。

眼下に見える家族の光景――特にべしょべしょに泣く少年を見つめる、レイラの横顔。

その表情を見て、マティアスは気づいてしまったのだ。

マティアスが口説いているときにレイラが見せる表情と、全く同じであるということに。

(えっ? つまり……先生の中での俺って、あの鼻水垂らしてびいびい泣くガキと同じってこと?)

謎が解けた。

レイラはマティアスのアタックに気づかないのでも、無視しているのでも、迷惑がっているのでもない。

彼女にとってのマティアスは、四歳児と同じ。

彼女にとって、かわいらしくて見ていて思わず笑顔になってしまうような存在。

恋愛対象の男扱いさえされていないのだ、と。

ずうん、と落ち込むマティアスの気持ちに気づくはずもないレイラが、「あら」と声を上げた。

「すみません、寄り道をして」

「……いや、気にしなくていいよ。じゃ、行こうか」

「はい。護衛お願いしますね」

そう言うレイラは相変わらず『あの』笑顔だったが……悔しいことに、そんな微笑みがやはり素敵だと思えた。

(なるほど、そういうことか、先生。……でも悪いけれど、それくらいじゃ諦めないからな!)

レイラの隣を歩きながら、ふふふ、とマティアスは清廉潔白とはほど遠い笑みを浮かべる。

彼の恋が成就するのかどうか……誰にもわからなかった。