軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

方向性は違えども③

夜、北方騎士団棟にあるディエゴの部屋のドアがノックされた。

「私だ、ゴードンだ」

「どうかなさいましたか?」

ディエゴがドアを開けると、そこには辺境伯家に長く仕える執事の姿があった。彼とも十年以上の付き合いになるのだが、夜にやってくるのは珍しい。

何か緊急事態だろうか、とつい身構えるディエゴに、ゴードンは微笑んだ。

「急ぎの用事ではない。……あの双子について、少し話したくてな」

「ヘイディとハンネスですか」

ゴードンを部屋に招き入れて椅子を勧めると、そこに腰を下ろした執事はうなずいた。

「私が彼らを見たのは、今日の午後が初めてのことだった。まだ仕事ぶりを目にしたわけではないが、人柄は悪くないと思っている」

「はい。候補として上げる際に能力だけでなく 為人(ひととなり) についても調査をしましたが、これといった悪い話は一切聞きませんでした」

ヘイディはともかくハンネスは遊び人のような雰囲気を漂わせるが、ただ単に服装がだらしなくて口調が軽いだけで、素行は至って真面目だという。

「そういう点も踏まえて勧誘したので、問題を起こすことはないかと」

「私もそう思っている。……だが、少し気になってな」

そうしてゴードンが話したのは、今日双子が見せた眼差しについて。

「閣下とシャノンの方を、熱のこもった目で見ていた……のですか」

「ああ。……そなたからは、あの双子は年齢のわりにエルドレッド様とシャノンへの忠誠心が高いと聞いている」

「……それが、恋情ではないかとお考えなのですね」

「可能性の芽は、早期に潰しておかねばならん」

そう言うゴードンの目は鋭く、ディエゴはうなずいた。

「……おっしゃるとおりです。まさかヘイディが閣下に、ハンネスがシャノンに懸想しているなどとは思いたくはありませんが、もしそのような言動が見られるのならば本採用するわけにはいきませんね」

「そなたが冷静な男で助かる。……では、ディエゴよ。夜の散歩に参らないか?」

「……。……そうですね、それもよいでしょう」

ディエゴが沈黙したのは一瞬のことで、老練な執事の意図をすぐに察した彼は微笑んで立ち上がり、上着を取りに別室に向かった。

辺境伯城は山岳地帯にあるため、夏といえど夜になるとそこそこ冷え込む。

エルドレッドのようにこの土地で生まれ育った者ならばともかく、ディエゴやゴードンのように暖かい地域から越してきた者は、夏でも夜間の外出時は上着が必須だ。

「行く先に目星がおありで?」

ディエゴが尋ねると、一歩先を歩くゴードンは振り返ってにっと笑った。

「さあてな。……おや、そういえばあの双子は現在、試用期間ではあるものの城で寝泊まりしているはず。確か部屋は、この辺りだったか……」

「なるほど」

ディエゴも小さく笑い、ゴードンの後を追った。

騎士団棟には宿舎もあるのだが、双子はまだ本採用されていないため本城近くにある宿舎に泊まっている。双子だが性別が違うので、ヘイディは女子用、ハンネスは男子用の棟に部屋があるのだが。

「……」

わずかな声に先に気づいたのは、ディエゴだった。

彼が足を止めるとゴードンも立ち止まり、ディエゴが手招きしたためこちらに戻ってきた。

「あちらに」

「……やはり、性別の違う者が話をするとしたら外しかないな」

針葉樹の陰に身を隠したディエゴとゴードンの視線の先には、男女別の宿舎棟の勝手口が。

そしてその手前に、灰色の髪の少年少女がいた。

「……本当に、ヘイディは分かっていない」

「分かっていないのは、あなたの方よ」

双子の声が、聞こえてきた。

普段はどちらかというとヘイディの方が淡々としておりハンネスが飄々としているのだが、今はハンネスの方が落ち着いた口調で、ヘイディは若干ヒートアップしているようだ。

「今日だって、エルドレッド様とシャノン様の方をじっと見ていたでしょう」

「何だよ、それはヘイディも同じじゃないか」

「私とあなたを同じにしないで。……私は、あなたの考えが全く理解できない」

「それは俺の台詞だ! あのお二人を見ていて、どうしてそんな想像ができるのやら……」

「あなたのようなお子様には分からないのよ」

言い合う双子に、ディエゴは内心首を傾げた。

今日、双子がエルドレッドとシャノンの方をじっと見ていた、というのはゴードンが言っていたとおりだ。

だがこの言い合いを聞くに、ヘイディがエルドレッドを、ハンネスがシャノンを見つめていたわけではなさそうだ。

ちらっとゴードンの方を見るが、彼も難しい顔で肩をすくめている。

これは一体、どういうことなのか――

「……何度も言わせないで」

ヘイディは聞き分けのない弟に業を煮やしたのか、声を震わせた。

「あなたがなんと言おうと、私は自分の考えを変えない」

「ヘイ――」

「あのお二人はっ……! 私たちの知らないところでネットネトで濃密な恋愛模様を繰り広げているのよっ!」

拳を固めて、ヘイディが宣言した。

……彼女の声が聞こえているのは、ハンネスと木陰にいる男二人だけだと信じたい。

「私たちの前だから清楚に振る舞っているだけで、きっと毎日濃厚な口づけを交わしているのよ。そして燃え上がった二人はそのまま……うふふふふ」

「やめろっ! 俺のエルドレッド様とシャノン様を穢すな!」

耐えきれなかった様子でハンネスが頭を抱えるが、エルドレッドとシャノンは彼のものではない。

「あの方々は、そんな爛れたことはなさらない!」

「愚かな弟ね。……あなたまさか今でも、キスをしたら赤ちゃんができるとでも思っているの?」

「そ、そそそそそれはさすがに分かっているさっ! でも……ほら……エルドレッド様とシャノン様なら……『ある』かもしれないだろう……?」

いや、さすがにそれはない。

ハンネスは、シャノンを何だと思っているのだ。

「エルドレッド様とシャノン様は、清くお美しい恋をなさっているんだ! 今日だって、見ただろう!? エルドレッド様とシャノン様には、ああいう控えめでかつ愛情に満ちた触れ合いがぴったりなんだ!」

「いーえ、あれは人前だからセーブしているだけよ。きっと夜になるとエルドレッド様はユキオオカミのように獰猛になって、シャノン様の華奢なお体をかき抱くのよ……ふふっ」

「ななななななんてはしたない妄想を! おまえ、日中真面目な顔で話を聞きながらそんな目でシャノン様を見ていたのか!?」

「そう言うハンネスだって、シャノン様とエルドレッド様がちゅっちゅするところを妄想してはきゅんきゅんしてるんでしょ?」

「おおおおお俺はそんなことっ! し……なくはないけど……」

いや、するのか。

姉弟揃って、どんな目でエルドレッドとシャノンを見ているのだ。

ディエゴは、眉間を指先で揉んだ。ここが痛くなるのは、久しぶりだ。

ひとまず彼は足下にあった小石を掴み、ぽいっと投げた。小石が転がる音を耳にしたのか双子ははっとして辺りを見て、一気に冷静になったようでそっくりな咳払いをした。

「……とにかく、私たちはエルドレッド様とシャノン様のために誠心誠意お仕えするのみよ」

「それは同意だ。俺たちが頑張れば、お二人が仲よくする時間も増えるんだからな」

「そういうこと。……くれぐれも、お二人にはばれないように」

「分かっているさ。全ては、エルドレッド様とシャノン様のために」

双子はうなずき合い、それぞれの棟に入っていった。

ディエゴとゴードンは棟のドアが完全に閉まってから、互いの顔を見合わせた。

「……」

「……」

「……ディエゴよ。あの双子を、不採用にするか?」

「……いえ、採用でいいかと」

ディエゴが言うと、ゴードンはやれやれとばかりに肩を落とした。

「そうだな。少々特殊な感情を抱いていようと、まああれくらいならば他害はなかろう。あの双子の能力と忠誠心はある意味本物だ。少なくとも、エルドレッド様やシャノンに横恋慕することは絶対にない」

「むしろ、もしお二人の邪魔をする者が現れたとしても、抹消するでしょうね」

「そして姉の悪いところは弟が、弟の悪いところは姉が押さえ込むことができる」

「あの調子だと、頭の中で妄想を繰り広げたとしてもそれを閣下たちに押しつけたりは絶対にしないでしょう」

二人は、静かにうなずいた。

「……採用で」

「うむ。念のための監督は続けるように」

「はい」

北方騎士団付事務官候補であるヘイディとハンネスは、シャノンのもとで順調に成長した。

真面目で冷静なヘイディと人なつっこくて明るいハンネスをシャノンは弟妹のように大切にし、その年の秋には正式採用するに至った。

翌年のシャノンとエルドレッドの結婚式で、二人はそれぞれ花婿と花嫁のお付きとして選ばれ、完璧に仕事をこなした。

シャノンが退職してからは二人で切磋琢磨しながら事務官としての仕事をこなしていき、その姿は「非の打ち所のない優秀な双子事務官」として、シャノンやエルドレッドをはじめとした年長者からはかわいがられ、年少者からは尊敬された。

……そんな二人の隠れた面を知るのは、ディエゴとゴードンの二人だけだったという。