軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

春が呼ぶ再会⑨

レイラはもう五日ほど休んだのちに約束どおり、シャノンの事務官室に来てくれた。

「まあ、ここでお仕事を……」

「はい。これ、ちょうど記録をつけ終わったところなんです」

病み上がりのためもこもこ上着を着たレイラを部屋に通し、帳簿や普段使っているデスクやペン、地図などを見せる。

しっかり休んだからかレイラはかなり元気になっており、シャノンが見せた帳簿などを興味深そうに読み込んでいた。

「仕事内容自体は……覚えることは多そうですが、非常に難解なものはなさそうですね」

「そのとおりです。それに困ったことがあったら前任者のディエゴさんや本城の書記官さんや執事さんたちが助けてくれるので、問題ありません」

「職場の環境もとてもいいのですね……」

レイラは感心したようにつぶやいた。

レイラの噂を聞いたようで、ディエゴたちも顔を見せに来た。

その中にはラウハもおり、レイラは少し緊張していたがラウハの方は「こんにちは、先生。元気になったなら何よりだよ」と人なつっこく声をかけていた。

「……そういえば、ここの人たちは皆大柄ですね」

「あっ、それ私も思いました!」

レイラと一緒に廊下を歩きながら、シャノンは同意する。

王都では「でかい女」扱いだったシャノンでさえ、北国の人々の体格のよさには驚いたのだ。

ましてやレイラは平均より少し背が高いくらいだし痩身なので、ますます小ささと線の細さが際立つ。エルドレッドなど身長が二メートル近いから、彼が前に立つとレイラだと恐怖さえ感じるかもしれない。

「でも皆、とっても心が温かいです。優しいし、気を遣ってくれるし」

「はい、私も実感しました。怯えてばかりだった私にも丁寧に接してくださって、いつも笑顔で……」

レイラは胸に手を当てて、噛みしめるように言う。

彼女付の医師は最初、「周りに対して怖がっているようです」と言っていたのだが、療養期間中にメイドや医師たちの優しさや温かさが十分伝わったようで、今は表情も穏やかだ。

二人で騎士団棟をぐるりと歩き、最後に本城にいるエルドレッドに顔を見せに行く。

彼は自分の前だとレイラが怖がると分かっているようで、椅子に座ったまま応じてくれた。

「シャノン、先生との城内探検はどうだった?」

「いろいろお話ができました! 先生はどうでした?」

「え、ええと……興味深いものがたくさんあって、目を惹かれました。シャノン様のお仕事の雰囲気も見られて、よかったです」

「そうか、それはよかった」

「ですが、その、閣下。僭越ながら申し上げますが……私のことはどうか、名で呼び捨ててくださいませ」

レイラが戸惑いつつ申し出ると、エルドレッドは「ん?」と首を傾げた。

「それは、私もあなたのことを先生と呼んでいるからか?」

「は、はい」

「うーん……あなたがそう言うのなら呼び方を改めなくもないが、シャノンにとっての先生なら私にとっての先生でもあるような気がしてきて……」

「ラウハたちも先生って呼んでいますね」

シャノンが言うと、レイラは「畏れ多いです……」と小さくなった。

「……そこまで嫌なら変えるが、分かりやすくていいと思ったのだがな」

「え、ええと……そうおっしゃるのでしたら、大丈夫です。何とでもお呼びください」

「よし、ではあなたはシャノンの師であり、私たちの縁を結ぶきっかけになってくれたということで、敬意を持って先生と呼ばせてもらおう」

自信満々にエルドレッドが言うので、シャノンは苦笑してしまった。

「ここまでおっしゃるなら……いいですか、先生?」

「もちろんでございます。ありがとうございます、閣下、シャノン様」

「私の愛する春の天使の恩人だ。今後も私のかわいい人をよろしく頼む、先生」

エルドレッドがさらりとそんなことを言ったものだから、レイラがぎょっとしてこちらを見てくるため、シャノンは首が熱くなってしまったのだった。

結果として、レイラは騎士団付事務官の後任にはならなかった。

ものは試しようということで半月ほどシャノンと一緒に仕事をしたところ、その働きは申し分なかった。

ディエゴも「彼女ならいけるのではないか」と言っていたものの、レイラ本人から断りの言葉があったのだ。

「事務官の仕事も、素敵だと思います。適性があると言っていただけたのも嬉しかったです」

「……何か、お考えがあるのですか?」

シャノンが問うと、レイラは微笑んだ。

レイラと再会して、約一ヶ月。

春の間にレイラはすっかり元気になり、若い頃と全く同じとまではいかずとも健康になった。

頬はふっくらしているし皺も少し減り、四十代半ばという実年齢よりは若く見えるくらい活力を取り戻していた。

「私、シャノン様と辺境伯閣下にはいくら感謝しても足りないくらいだと思っています。両親を喪った後、私はもう二度と笑うことはできないと思っていました。若くもなく金もない私が……せめて矜持を保ったまま生きていくには、修道院に入るしかないと」

「……」

「しかし私は、決めました。……私は、ここで生きていきたい。ここでもう一度人生を歩み、私にできる形で貢献していきたいと思ったのです。そして……できるなら、若い頃と同じような仕事をしたいと」

「それって……」

シャノンが先を促すと、レイラは笑顔で首を傾げた。

「この前、シャノン様がお持ちの資料を読ませていただきました。……いずれ、辺境伯領に学校を造ろうとお考えのようですね」

「ええ。エルドレッド様も賛成なさっていて、早ければ来年には仮校舎を建てる予定です」

「私、その学校で働きたいのです」

なんとなくそう言い出すのでは、と思っていたので、シャノンは「素敵です!」と手を打った。

「私たちも、学校を造るなら先生になる人を探さないと、と言っていて……もし先生に引き受けてもらえるなら、ってこっそり話していたんです!」

「嬉しいことです」

そこでレイラは一旦言葉を切り、神妙な口調で「シャノン様」と言った。

「私はこれまで一度も結婚をしたことがないのですが、若い頃に一人だけ、結婚を考えている人がいました。しかし婚約期間中に私は病に罹り……それが原因で、捨てられてしまいました」

「……えっ!? どういうことですか!?」

レイラが自分のお腹に手を当てて言うので、シャノンは声を裏返らせてしまう。

(先生は結婚について、「これまでご縁がなかった」と言っていたけれど……病気が原因で、捨てられた? どうして?)

「病気持ちの女はいらない、子どもが産めないかもしれないから、と言われました。……もちろん、そんなの相手方の勝手な言い分ですし、医師からも完治していると言われました。……ですが激しく拒否され罵られると……捨てないで、とは言えませんでした」

「そんな……!」

「私は、結婚を諦めました。期待しなければ、傷つくこともないと分かったので。……でも、だからこそ私は、家庭教師になりました。これから先子どもを産むことがなかったとしても、私は別の方法で子どもたちを育てたい、育てられるはずだ、と思って」

だから、とレイラは笑顔で続ける。

「私、もう一度先生になりたいのです。シャノン様のせっかくのお誘いを無下にするようで、申し訳ないのですが」

「いいえ! とっても素敵なことだと思います!」

シャノンが思わずレイラの両手を握ると、彼女は微笑んだ。

「そう言っていただけるなら、私も嬉しいです」

「先生なら絶対に、大丈夫です! ああ、それならエルドレッド様にも報告をしないと! こうなったら何が何でも絶対に、学校建設の話を進めなければなりませんからね!」

「ありがとうございます、シャノン様。……助けてくださっただけでなく、私の夢を肯定してくださったこと……心から感謝します」

「お礼を言いたいのは、私の方ですよ」

『シャノン様、こちらへどうぞ』

子どもの頃、姉や妹と比べられてばかりだったシャノンに声をかけ、レイラはそっと抱きしめてくれた。

『あなたはご立派な方です。あなたには、あなたにしかない魅力と才能がある。それを、絶対に忘れてはなりませんよ』

レイラのおかげで、シャノンは自分の家庭環境が異常だと分かった。

そんな異常な屋敷でも、自分らしく生きるということを学んだ。

生きる方法を、外の世界の美しさを知ることができた。

だから。

「……ありがとうございます、先生」

心を込めて礼を言い、シャノンは一回り小さなレイラの手をしっかりと握りしめた。

レイラはその後、いったんは本城の使用人として勤めた。

そして翌年、念願の学校が建設されるとエルドレッドとシャノンの紹介を受けて教師になり、辺境伯城や城下町で暮らす子どもたちに文字や計算を教えるようになった。

シャノンと再会した直後とは同一人物とは思えないほど生き生きとして笑顔になったレイラを気にする男性もいたものの、「レイラ先生に冗談で声をかけたら、辺境伯閣下とシャノン様の怒りを買う」と恐れられた。

それでもめげない同じ年頃の正騎士の一人がアプローチを続けていたというが、レイラ本人はその話題を出されると笑ってかわしていたという。

レイラはシャノンから頼りにされ続け、彼女が子どもを産んだときにはその教育係に任命された。

彼女の名前は辺境伯夫妻から厚く信頼された臣下として辺境伯家の記録に残されただけでなく、「ランバート辺境伯領で歴史上、最も多くの子どもを育てた女性」として伝わるのだった。