軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2  婚約破棄宣言の理由

「もう我慢ならない! シャノン、おまえとは結婚できない! 婚約を破棄させてもらう!」

馬鹿でかい声でそんなことをのたまうのは、ジャイルズ・マート。

場所は、国内のとある公爵家の屋敷。本日はここで、主催者である公爵の六十歳の誕生日を祝うパーティーが開かれていた。

王国を長く支えてきた公爵家当主の六十歳の祝いということで多くの貴族たちが招かれているが、さすが名門公爵家。パーティー会場のホールは王城のそれに劣らぬほどの広さで、数百人の客が集まっても狭苦しいとは思えないほどだった。

そんなめでたい場は人々の談笑する声や楽団の奏でる音色、食器の立てる軽やかな音で満たされていたのだが、ジャイルズの裏返った声を聞いて皆、ぴたりと口と手を止めた。

楽団はしばらくの間曲を奏でていたが、会場の様子がおかしいとのことで指揮者が指示を出したらしく、途中で曲も止まって無音状態になった。

だが当の本人であるジャイルズは興奮のあまりか、自分を取り巻く環境の変化に気づいていないようで、目の前にいるシャノンを真っ赤な顔でにらみつけている。

そういうわけでシャノンも皆に注目されることになってしまい、じわじわと顔が熱くなってきた。

(なんで、こんな場所でこんなことを言うのよ!?)

わなわなと手が震えそうになったので、持っていた空のワイングラスを近くのテーブルに置きながらも、シャノンは羞恥で吐き出しそうだった。

きっかけは、ほんの些細なことだ。

パーティー会場で落ち合う予定になっていたのに、ジャイルズは待ち合わせ場所に一向に現れない。

もしかして入れ違いになったのか、と思ってシャノンが会場に入るとそこで、知らない令嬢の腰を抱いて歩くジャイルズと真正面から鉢合わせをしてしまったのだ。

令嬢の方はまずいと思ったようでそそくさと逃げ、シャノンはどういうことなのかとジャイルズを問い詰めた。すると彼は「おまえなんかを横に置く俺の気持ちになれ」と逆ギレし、「だからといって約束を破ったり浮気をしたりするのはどうなんだ」とシャノンが言い返したことで逆上し、例の爆音婚約破棄宣言につながるのだった。

なんだなんだ、と周りの者たちがこちらを見てくるものだから、シャノンはたまったものではない。こんな内輪の揉めごとを、おおっぴらにするなんて。

ジャイルズと婚約して、三年。

来年には結婚式を挙げようかと考えている頃に発生した、婚約破棄問題である。

(と、とにかくまずは、この状況をどうにかしないと!)

こほんと咳払いをして、シャノンはジャイルズに近づく。

「落ち着いて、ジャイルズ。まずは場所を移動――」

「そうやって話をすり替えるつもりか! いつもそうだ! おまえは自分がでかくて不細工なのを棚に上げて、俺にばかり責任をなすりつける! 今日だって、おまえが悋気を起こさなければよかったんだろう!」

「……悋気も何も、あなたが待ち合わせの約束を破ったのが問題でしょう」

「何だと!?」

シャノンの正論が気に食わなかったようでジャイルズはますますかっとなり、それを見た周りの客たちがひそひそ話を始める。

……公爵家のパーティーで揉めごとを起こした、子爵令嬢と男爵令息。

これがもっと高位の貴族の男女であれば皆の反応も違っただろうが、シャノンたちに浴びせられるのは「下位貴族のくせに」という呆れたような眼差し。

他人のことを馬鹿扱いするのはよくないと分かっていても、正直ジャイルズのことは馬鹿だと思っていた。シャノンと同じ二十一歳なのに、精神年齢がやけに低いとは思っていた。

だが、これほどの馬鹿だとは思っていなかった。

「いいか! 俺はそもそも、おまえみたいなでかい女との結婚なんて御免被りたかったんだ! おまえの両親がうちに融資するって言うから仕方なくもらってやろうと思ったのに、おまえは謙遜することも俺を立てることもしない!」

「謙遜って……」

「おまえのような『壁令嬢』を隣に置かなければならない俺の気持ちなんて、分かっていないだろう! おまえと婚約してから、俺は馬鹿にされっぱなしだ! まるで男のような体格の女と結婚なんて、考えただけで反吐が出そうだ! 今日まで我慢してやったことを、感謝してほしいくらいだな!」

ぎゃあぎゃあわめくジャイルズを、シャノンは信じられない気持ちで見ていた。人間、驚きが頂点に達すると妙に冷静になれるようだ。

(……確かに、私は身長が高くて体格も大きい。だから、ジャイルズを困らせないように気をつけてきた)

靴はヒールがないものを選び、身長がかさ増しされないように髪型にも気をつけて、今流行のアップスタイルではなくて一昔前の下ろすヘアスタイルにしていた。

淡い色合いは膨張色だと言われたから、趣味ではないものの体の線が少しでも細く見えるように黒や濃い赤などのドレスを着てきた。

猫背になるのは避けたくてもせめてデートのときだけはと、背中を丸めたり膝を折ったりしてジャイルズが気を悪くならないようにした。

シャノンは、頑張った。

自分にできる形でこの体格をフォローしようとしてきた。

だが。

「……私の体格がいいのはもちろんだけれど、あなたが貧相なのも問題でしょう」

つい、うっかり、ぽろりとそんなことを言ってしまった。

いつか結婚するのだから、こんな自分でももらってくれるのだからと、ジャイルズのことを悪く思わない、言わないようにしてきた。

だが、そんな配慮さえ吹っ飛んでしまう。

「あなた、体を鍛えるのはしんどいから嫌だ、と言っていたけれど……少しは鍛えた方がよかったんじゃないの? 筋肉、なさすぎだもの」

「なっ……」

ジャイルズが、絶句する。

そして――

……んふっ、という笑い声が、どこからともなく聞こえてきた。

周りで様子を見ていたパーティー客たちが、ふふ、くすくす……と笑い始める。「確かに」「それもそうよね」と、声が聞こえてくる。

ジャイルズは、男性の平均よりやや小柄だ。

それについては生まれついての体格なのだから、シャノンはなんとも思わない。だが彼はあれこれ言い訳をして、鍛錬や運動から逃げていた。

そういうことで、ジャイルズは同世代の貴族男子に比べて身長が低ければ筋肉も少ない。モヤシのように頼りない体つきではあるが、逃げずに体を鍛えていれば話は違っただろう。

身長はともかく、体格はどうにでもなった。シャノンのように大を小にすることはできなくても、小を大にすることはできたのに……それから逃げたのは、ジャイルズ自身だった。そんな自分を棚に上げて婚約者をあげつらうのは、ジャイルズの方だ。

(……あ、なんだかちょっとすっきりしたかも)

これまで散々体格のことを貶されてきたシャノンが、ジャイルズの体格のことで言い返すのは性格が悪いことかもしれない。

だがこれから先も永遠に罵倒され続けるよりは、性悪女だと思われても言い返した方が後腐れがないと思われた。

ジャイルズはしばし真っ赤な顔で硬直していたが、自分が周りの者たちから嘲られていることに気づいたようで、「ふざけるな!」「覚えていろ!」と分かりやすい負け犬の台詞を吐きながら逃げていった。

……その途中、足を滑らせて派手に横転して皆の爆笑を誘っていたが、シャノンは淑女の情けで笑わないでやった。

諸悪の根元が逃げていったからか、楽団が再び曲を奏で始めた。まだシャノンの方をちらちらと見る者はいるが、なんとか元のパーティーに戻りそうだ。

(……でも)

ちら、と見ると、鬼の形相でこちらに走ってくる父の姿が。

どうやら、シャノンの方は「元の」とおりにはいかないようだ。