作品タイトル不明
第42話 王太子からの招待
冬の終わり、王太子セドリックから招待状が届いた。内容は、国王の回復を祝う春の小宴への招待だった。だがリディアが目を止めたのは、追伸の部分である。
御前厨房の一年目報告を、リディアにも確認してほしい。王宮側だけで満足せず、外からの目を入れたい。以前のセドリックなら、そんな言葉は書かなかった。
リディアは手紙をエルヴィンへ渡した。
「行くか」
「行こうと思います」
「今度は怖くないか」
「少し緊張します。でも、戻る場所があるので」
エルヴィンは頷いた。王都へ向かう馬車には、リディア、エルヴィン、マルタ、そして第一期生代表としてトマとネリが同行した。ネリは王宮から北境へ研修に来ていたため、帰省も兼ねている。
「王宮へ戻るのに、こんなに心が軽いのは初めてです」
ネリが言った。
「戻る場所が二つあるからかもしれません」
リディアが答えると、ネリは嬉しそうに頷いた。王宮の春の小宴は、以前よりずっと落ち着いたものだった。
国王の食事は別に整えられ、甘い香りは控えられている。客用の料理にも、御前厨房の助言が入っていた。華やかさは残しつつ、重すぎない。
セドリックはリディアたちを迎え、深く礼をした。
「来てくれてありがとう。報告書を用意している」
彼の顔つきは、以前より少し疲れていた。だが、その疲れは逃げていない人の疲れだった。
報告書には、国王の食事量が安定したこと、御前厨房担当者の休憩が守られていること、薬草購入費が下がったこと、花蜜湯の用途変更により嗜好品費が減ったことが記されていた。
リディアは丁寧に読み、いくつか指摘した。
「夏場の湿気対策が弱いです。北境より王都は湿ります。乾燥草の箱を見直した方がよいと思います」
ネリがすぐに書き取る。セドリックも頷いた。
「分かった。予算に入れる」
小宴の途中、国王がリディアへ声をかけた。
「北境では、公爵夫人として忙しいそうだな」
「はい。忙しいですが、食べています」
国王は笑った。
「それは何よりだ」
かつて国王の食事を心配するだけだったリディアが、自分の食事を王に報告している。不思議な変化だった。セドリックは小宴の終わりに、短く言った。
「私は、王になる前に朝を学べてよかったと思っている」
リディアは彼を見た。
「まだ学んでいる途中です」
「分かっている。だから、時々厳しく見てほしい」
「正式な依頼書があれば」
セドリックは苦笑した。
「用意する」
そのやり取りを、エルヴィンが隣で聞いていた。帰りの馬車で、彼は言った。
「王太子は変わったな」
「はい」
「あなたも」
「公爵様もです」
「私は胃が強くなった」
「睡眠も少し」
「少しと言うな」
リディアは笑った。王宮はもう、彼女を閉じ込める場所ではない。
必要な時に行き、必要なことを伝え、そして帰る場所がある。それだけで、春の光は以前より明るく見えた。