作品タイトル不明
第39話 公爵夫人の初仕事
結婚式は、冬の終わりに行われた。北境の空は淡く曇り、城の屋根にはまだ雪が残っていた。王都からの客もいたが、式は華美ではない。食養院の人々、兵たち、村の代表、王宮からはグラントとネリ、そして国王の祝福状が届いた。
リディアは白いドレスを着た。重すぎる宝石は断り、母の木匙を小さな飾りとして内側に結んだ。マルタは最初驚いたが、すぐに丁寧に縫い留めてくれた。
「花嫁道具としては珍しいですが、リディア様らしいです」
「母も一緒にいてほしいので」
式の前、エルヴィンが控え室の前まで来た。扉越しに声だけが聞こえる。
「食事は取ったか」
リディアは笑った。
「公爵様こそ」
「取った。記録もした」
「では、安心して式に出られます」
扉の向こうで、彼が少し笑った気配がした。式は静かに進んだ。
誓いの言葉で、エルヴィンは「守る」とだけ言わなかった。
「互いの名と仕事を尊重し、必要な時は止め、必要な時は支える」
リディアも同じ誓いを返した。参列者の中で、ユアンが泣きそうな顔をしていた。トマはすでに泣いていた。ネリも泣いていたので、グラントが大きな布を差し出している。
式の後、リディアの最初の仕事は、披露宴の食事ではなかった。城門前で、一人の老人が倒れた。
遠い村から参列に来た代表で、寒さと緊張で目眩を起こしたのだ。周囲が慌てる中、リディアはドレスの裾を持ち上げ、すぐに近づいた。
「温かい湯を。甘みは入れすぎないで。布を二枚。風を避けます」
新しい公爵夫人が雪の上に膝をつく姿に、王都の客は驚いた。だが北境の人々は動いた。
トマが湯を運び、ハンナが布を持ち、バルトが脈を診る。エルヴィンは人垣を下げ、風よけになるよう外套を広げた。
老人はすぐに落ち着いた。目を開け、リディアを見て慌てる。
「奥様、申し訳」
「謝らないでください。倒れた時は、まず息を整えます」
その声に、周囲の緊張がほどけた。披露宴は少し遅れて始まった。
王都の客の中には、花嫁が式の日に救護をするなど前代未聞だと囁く者もいた。だが、北境の老騎士が笑って言った。
「これが我らの公爵夫人だ」
その言葉は広間に広がった。リディアは席につき、ようやく自分の温かい粥を一口食べた。
エルヴィンが隣で言った。
「初仕事だったな」
「予定より早かったです」
「よく動いていた」
「一人ではありませんでした」
彼女は広間を見た。湯を運ぶトマ、老人を気遣うハンナ、記録を書くネリ、食事量を確認するバルト。誰も、ただ見ているだけではなかった。
公爵夫人の初仕事は、一人で誰かを救うことではない。皆が動ける場所を作ることだった。
リディアはそのことを、白いドレスのまま深く理解した。