作品タイトル不明
第37話 辺境の冬支度
北境の秋は短い。山の葉が色づいたと思えば、すぐに風が冷え、朝の水桶に薄い氷が張る。食養院は初めての冬に向けて、忙しくなった。
リディアは冬支度の一覧を作った。乾燥白葉草、北生姜、甘草。根菜の貯蔵。麦粉の防湿。救護所用の布。湯壺の数。村ごとの講習日。山道が閉ざされた時の連絡手段。
項目は多い。以前のリディアなら、全部自分で確認しようとしただろう。
今は違う。
トマは厨房担当の確認表を持つ。ユアンは兵舎の携行食を管理する。村の女性代表であるハンナは、各村の湯と布の準備をまとめる。マルタは全体の進行を見て、エルヴィンは必要な人員と予算を決める。
リディアは中心にいるが、一人ではない。ある朝、彼女は自分の欄に空白があることに気づいた。
自分の冬用外套の点検。誰が書いたのかと思うと、エルヴィンだった。
「これは」
「必要項目だ」
「食養院の冬支度では」
「あなたが倒れれば、食養院が困る」
周囲が頷いた。リディアは反論できず、自分の外套を確認表に加えた。
冬支度の最中、城下で小さな風邪が流行した。子どもたちが咳をし、老人が食欲を落とす。大きな疫病ではないが、北境の冬では油断できない。
食養院はすぐに動いた。白葉草の湯を作り、甘くしすぎない林檎の煮汁を子ども用に用意する。咳のひどい者には香りを弱く、食べられない者には葛湯。村の世話役が手順を持ち帰り、各家で実践する。
リディアは、最初の夜だけ食養院に残った。翌朝、マルタが迎えに来た。
「交代です」
「まだ記録が」
「トマが取れます。リディア様は二刻休んでください」
リディアは反射的に言い返しかけ、やめた。自分で作った仕組みを、自分が信じなければ意味がない。
「では、二刻だけ」
「三刻です」
「……三刻」
エルヴィンに似た言い方だと思ったら、廊下の向こうに本人がいた。彼は何も言わず、温かい外套を差し出した。
「公爵様まで」
「冬支度の項目にある」
リディアは外套を受け取った。守られることに、もう昔ほど戸惑わない。
休んで戻ると、食養院は回っていた。トマが記録を取り、ハンナが湯を配り、ユアンが兵舎から追加の布を運んでいる。
リディアは胸の中で、深く息を吐いた。自分がいない間も、朝は作れる。
それは寂しいことではない。むしろ、目指していたことだった。
風邪の流行は十日ほどで落ち着いた。重くなる者は少なかった。各村から届いた記録には、湯の量や食べられたものが丁寧に書かれている。
冬の入口で、北境はひとつ強くなった。リディアは確認表の最後に、自分の外套を点検済みと書いた。
エルヴィンがそれを見て、満足そうに頷いた。彼の胃の記録にも、睡眠三刻以上と書かれている。
お互いに守る冬が、始まっていた。