作品タイトル不明
12 街にいるぞ
12 街にいるぞ
夕食の席は、いつもと変わらない穏やかな空気で始まった。
だが、それが崩れたのは、ローズライン夫人のエリザが口を開いた時だった。
「今日の王城のお茶会は、キャサリンのことで……少し、気まずい思いをしましたわ」
フォークを置いて、エリザは静かに言った。
「どうして?」と侯爵が顔を上げる。
「キャサリンが行方不明だと。それで、身一つで令嬢を追い出したと」
「行方不明? 当たり前だぞ。勘当したんだから」
「はい。夜会の後から、どこにいるかわからないと」
「勘当しているぞ。関係ないし。王城だって婚約破棄したではないか。王室も貴族も見ていたではないか」
「そうよね。婚約破棄も勘当も皆さん見ていたじゃないの」
テーブルに少し沈黙が落ちた。
「キャサリンなら、町にいるじゃないか」
そう言ったのはパーシーだ。肉を切りながら、あっさりとした口調で続けた。
「え?」とエリザが目を丸くする。
「どこにいるというの?」とエリザが身を乗り出した。
「先日、街で見かけたよ。冒険者ギルドの近くだ。クレープを食べていたな。アビゲイルも見ただろう?」
アビゲイルは首を横に振った。
「そうか。まあ、確かに見たし、別の日は話もしたよ。元気そうにしていたよ」
「町にいるんだな」と侯爵が念を押した。
パーシーはうなずく。
「間違いない」
侯爵は少し考えてから、エリザに向かって言った。
「だいたい、心配はいらんだろう。勘当した娘がどこで何をしていようと」
「ですが、王妃様が気にしておられます。見つけなければ、王室の傷になると」
「それは王室の問題だ」と侯爵はぴしゃりと言い、ワインを飲んだ。
その夜のうちに、この情報は執事から王太子のもとへ届いた。
翌朝、騎士団が、王都の中でキャサリンの姿を探し始めた。
ケイトは護衛のマイクと一緒にいつものように、冒険者ギルドへ向かっていた。
「なんか、町が騒がしくないですか?」
ギルドへ続く通りを歩きながら、ケイトは首をかしげた。騎士の姿がいつもよりやたらと多い。
「そうだな」とマイクが短く答える。
その横顔が、いつもより少しだけ険しい。来るものが来た、という顔をしている。
「マイクさん、何か知っていますか?」
「さあな」
「さあなって顔じゃないですけど」
マイクは答えなかった。代わりに、ケイトの少し前に出て歩くような位置どりになった。
ギルドに入るといつもと違い、騎士団が壁際に立っていた。
ケイトは気にしなかったがマイクは、かすかに殺気を放った。
「おはようございます」とケイトが声をかけた時だった。
「おい、キャサリン」
後ろから声がした。
聞き覚えのある声だ。振り向く前に、もうわかった。
パーシーだった。騎士を二人連れている。
「許してやるから戻ってこい」
「ギルド員に対する乱暴な言葉遣いはおやめください」
クーパーさんがカウンター越しにはっきりと言った。マイクさんも一歩横に出て、静かに、しかし確実にパーシーと騎士たちの間に入る位置に立った。その気配が変わった。声には出さない、鋭い警戒だ。
ケイトは正面からパーシーを見た。
「パーシー、戻らないってはっきり言いましたよ。婚約破棄されて勘当されましたからね。あの場には証人もいます」
「だから、困っているだろう」
「困っていません」
きっぱりと言った。
パーシーが少し眉を寄せる。
「困っていない、だと? 頼れる家もなく、身分もなく」
「だから困っていないんです」とケイトは繰り返した。「家がなければ誰かの都合で動かされることもない。身分がなければ義務もない。わたしは今、自分で稼いで自分で生きています。ゆっくり眠れますし。阿呆に付き合う必要もない」
パーシーは答えなかった。
「殿下が困っているんだ」と、少し間を置いてから言った。
「そうでしょうね」とケイトは淡々と答えた。
「仕事のできない方ですから。新しい婚約者の三か月年上の義妹も出来るはずないし。でも側近もいるし文官もいるし、数を頼めばなんとかなるのでは?」
「三か月年上の妹って、貴族は独特だなぁ」
ギルドの隅から誰かの声が上がった。
「三か月年上の妹ってすげえな」
別の声が続く。
「ほら、貴族はごまかすのが好きなんじゃない?」
ギルド内がざわりとした。いつのまにか、何人もの冒険者が自然を装いながらこちらを見ている。
パーシーの顔色が変わった。
「また会おう」
それだけ言うと、騎士を引き連れて扉から出て行った。
ケイトはゆっくりと息を吐いた。マイクが元の位置に戻り、ケイトの隣に並ぶ。
「大丈夫か」と小声で言った。
「平気です。慣れています」とケイトは答えた。
「慣れているのか」
「王宮の公務で鍛えました」
マイクが苦笑いした。
クーパーさんがカウンター越しに腕を組んで言った。
「今日の採取の帰りは早めにしてください。また来るかもしれませんので」
「わかりました。命草の場所は把握しているので、さっと行ってすぐ戻ります」
「頼んだぞ」とマイクさんが言った。
ケイトは肩掛けカバンの肩紐を握り直した。さて、仕事仕事。ここで足が止まる理由はない。