作品タイトル不明
82.帝国へ
王宮からの続報はその日の深夜に入った。
叔父様からの手紙を受け取ったマティアス様が、
読み終えた後、ほっとしたように小さくため息をついた。
「マティアス様、サンドラ様は助かったのですね?」
「ああ、死ぬことはなさそうだ」
「よかった……」
サンドラ様と仲が良かったわけではないけれど、
死んでしまうかもしれないとなれば気にならないわけがない。
「逃亡罪には問われるが、足の腱は切らないことになった。
壊死した右足をひざ下から切断したらしい」
「切断……」
「片足であればわざわざ腱を切らなくても逃げ出せないだろうと」
「それはそうでしょうね」
怪我をせずに見つかったとしても、両足の腱は切られていた。
どちらにせよといったところだが……。
「しばらくは王宮で治療し、移送しても大丈夫になったら離宮に送るそうだ。
意識は戻っているが、足を失ったことで落ち込んで話さなくなっている。
状況から見て、ひとりで逃げようとしていたらしいが」
もし自分の足が片方無くなったとしたら、立ち直れるだろうか。
想像しようとして、無駄なことだと止めた。
サンドラ様の気持ちはサンドラ様にしかわからない。
「ああ、リンネアが心配していた侍女だが、目を覚ましたそうだ」
「後遺症はあるのでしょうか?」
「すぐにはわからないかもしれないが、今のところは何もないと」
「はぁ……良かったです」
王宮で働く使用人たちは苦労している者が多い。
働けなくなれば、居場所を失ってしまうかもしれない。
幸い、元通り動けるようになるまで治療されるそうなので、
薬を飲まされた侍女たちのことは大丈夫なようだ。
「これもフレゴリ公爵に伝えなくてはな」
「悲しむでしょうね」
「いや、怒り出すかもしれない。
王太子妃の座から逃げたのだからな」
「それでも、親としては悲しむのではないでしょうか?」
「……見せない場所で悲しむかどうかはわからないな」
私が両親に愛されて育ってきたからか、
何かあれば悲しませると思ってしまう。
フレゴリ公爵がサンドラ様のことをどう思っていたのかはわからない。
よけいなことを言ってしまったかもしれない。
「リンネア、明日は散歩してから帰ろう」
「時間に余裕はあるのですか?」
「余裕は作ればいい。しばらくはエルドレドに来ることはない。
少しくらいはいいだろう」
「はい」
手をつないでベッドまで移動する。
そのまま寄り添って二人で横になる。
何度か唇を重ねたことはあるけれど、
マティアス様はベッドではそういう行為をしない。
それでもふれようと思えばすぐに手が届く場所にいる。
それがうれしくて、ふわふわした気持ちを抱きしめるように眠った。
帝国への帰り道は何事もなく順調だった。
東の宮に着くと、留守番をしていたマッケート様とアラン様が待っていた。
「お帰りなさい、二人とも」
「お疲れ様でした」
「ああ、何事もなかったか?」
「……報告があるけど、先に湯あみしてきて」
「めんどうなことがあったようだな……リンネア、私室で湯あみをしてきて」
「大丈夫なのですか?」
マッケート様とアラン様の表情を見るに、厄介なことが起きてそう。
「おそらく話し合いに時間がかかることなんだろう。
だから、先に旅の汚れを落として来いということだ。
俺も私室で湯あみをしてから執務室に行く」
「わかりました」
私室に戻る際、マリアとカルラには部屋に下がるように命じる。
二人も旅の汚れを落としてこなければいけない。
カルラは私の湯あみを手伝えないのが悔しそうだったが、
さすがに何も言わずに部屋に下がった。
湯あみを終え、着替えた後、お茶の用意をさせてから執務室に行く。
そこではもうすでにマティアス様は来ていて、
報告を聞いた後なのか頭を抱えていた。
「お待たせしました。今、お茶を淹れますね」
「ああ、頼んだ」
全員分のお茶を淹れて侍女に配らせた後、
マティアス様の隣に座る。
「それで何が起きたのですか?」
「私から報告しましょう」
アラン様が報告してくれるというので、向き直る。
「クララが帝国に現れたのです」
「え?クララというと、ユグドレアで会った王兄の……」
「そうです。ユーリイスも帝国内にいるようですが、
確認できたのはクララだけでした」
「二人はポスニルア国に向かったのよね?」
「ええ、ポスニルア国にも監視するように手紙を送っていましたが、
ポスニルア国の王都では見つけられなかったそうなんです」
「どこにいるかポスニルア国の王家でも探せなかったってことかしら?」
「はい……ユーリイスには秘術がありますので、
姿かたちを変えていた可能性が高いです」
「そういえば髪色を変えて生活していたって」
王兄のユーリイスと娘のクララはユグドレアの平民街で暮らしていた。
銀色の髪を変えて、王族だとは知られないように。
「いつ帝国に戻ってきたのかはわかりません。
二週間ほど前から王都の平民街で噂が流れ始めました。
女神の子が現れた、と」
「女神の子?」
「怪我や病気の平民の前に現れて治療してくれる、
女神の子と呼ばれる娘がいると。
あまりにもあやしい噂なので調査したら、クララらしいと」
「まさか治癒術を!?」