作品タイトル不明
68.襲撃
マティアス様はアンジェラ様の相手をするのに疲れたのか、
ため息をついた後、私の手を取って身体を引き寄せた。
「マティアス様?」
「俺の大事な妃はリンネアだけだ」
腕の中に抱きしめられ、額に軽く口づけされる。
そんな場合ではないのに、恥ずかしくて仕方ない。
「何をしているの!!リンネア!離れなさい!
マティアス様は私の物よ!」
「いいかげんにしろ。俺はリンネアのものだ」
「いやよ!信じられない!
リンネア!私から奪ったものを返しなさいよ!」
興奮したのか、アンジェラ様が私に飛び掛かってくる。
私につかみかかろうとしていたが、それよりも早くマティアス様が後ろに下がり、
クルスがアンジェラ様の腕をつかんで取り押さえた。
と思ったら、アンジェラ様の顔にクッションがぶつかる。
「!!」
「リンネア様に何する気なのよ!!」
「……え?カルラ!?」
部屋のすみに控えていたはずのカルラが、
ソファに置いてあったクッションを持って、
アンジェラ様の顔を何度も殴っている。
「ちょっと!?何するのよ!!」
「うるさい!黙れ!毎回毎回リンネア様に嫌がらせばっかりして!!
もう、いい加減にしてちょうだい!!」
「お、おい、カルラっ!?」
アンジェラ様の腕をおさえているクルスも、
暴走するカルラにどうしていいかわからないようだ。
「ええ……どうしたら」
「いい、好きなようにさせてやれ」
「マティアス様!?いいのですか?」
「王女がリンネアに乱暴しようとしたのはわかっている。
カルラは狼藉者を取り押さえようとしているだけだ。
多少のことは目をつぶってやろう」
「いいのでしょうか……?」
マティアス様と話している間もカルラの暴走は止まらない。
アンジェラ様は止めるように叫んでいるようだが、
カルラが顔をクッションで殴っているものだから半分も聞こえていない。
そのうち叫ぶのをやめたのか静かになる。
「おい、カルラ!」
「まったく!いつもいつもいつもリンネア様にひどいことばっかりして!!」
「カルラってば!一度止まれ!」
「うるさいわよ!クルス!こうなったら今までの恨みを!!」
「おーい。一度止まれよ……」
止まらないカルラにクルスも呆れてしまっている。
「これまでずっとリンネアに対する仕打ちを近くで見てきたんだ。
その分の恨みがあったんだろう。思う存分やらせてやればいい」
「ですが……皇太子殿下。
王女はもう気を失っているようですよ?」
「気を失っている?」
「カルラ!一度やめてちょうだい」
「ええぇ……わかりました」
私が声をかけると、ようやくカルラは止まった。
殴っていたのはクッションだから怪我はしていないと思うけれど、
気を失ったアンジェラ様はぐったりしている。
「カルラったら。やりすぎよ」
「申し訳ありません……」
最近は侍女らしく落ち着いてきたと思っていたのに。
やっぱりカルラはカルラだった。
叱らなくてはいけないのはわかっているのに、どうしてか笑ってしまう。
「ふふふ。まったくもう!」
「……お叱りはお受けします。我慢できなかったんです」
カルラはまだクッションを握りしめたまま、しょんぼりと肩を落とす。
その姿を見たらよけいに笑いが止まらない。
それはマティアス様もそうだったようで、くくくっと笑い声がもれている。
「いや、叱ることはしないよ。
むしろ褒美をやらなくちゃいけないな。
リンネアを守ることが侍女としての一番の役割だから間違っていない。
よし、正式にカルラをリンネアの専属侍女に命じよう」
「本当ですか!!ありがとうございます!!」
飛び上がって喜ぶカルラからクルスが慌ててクッションを取り上げる。
喜ぶのはいいけれど、クッションを放り投げそうな勢いだった。
「さて、アンジェラ様はどうしましょうか……」
まだ気を失っているのか絨毯の上に倒れたまま。
近づいてみると、本当に前とは容姿が変わっている。
吹き出物かと思っていたけれど、肌が所々赤くまだらになっている。
何かにかぶれたような感じに見えるけれど、これがかゆがっていた原因か。
「王女付きの侍女を呼んで、引き取らせよう」
「それがよさそうですね」
騎士に命じて、王女の部屋まで侍女を呼びに行かせようとしたら、
廊下に出てすぐに戻ってきてしまう。
「どうしたんだ?」
「エルドレドの近衛騎士が来ました。
王女を引き取りに来たと言っております」
「王女を引き取りに?それなら通せ」
「はっ」
侍女を呼びに行く前に、近衛騎士が迎えに来てしまったらしい。
マティアス様が許可を出すと、数名の騎士が部屋の中に入ってくる。
マティアス様に礼をすると、アンジェラ様を担ぎ上げて部屋から出ていく。
騎士のうちの一人がした説明によると、ナタニエル様の命令だという。
「この頃、アンジェラ様がサンドラ様に嫌がらせをすることが度々ありまして、
そのたびにナタニエル様がアンジェラ様に謹慎を命じていました。
今回、皇太子殿下の部屋に押しかけたと聞いたナタニエル様は、
もう妹でも庇いきれないと。アンジェラ様を貴族牢に入れるように命じられました」
「アンジェラ様をを貴族牢に入れるの?」
「帝国の皇太子殿下と婚約者様に無礼なことをするなんて、
部屋に謹慎させる程度では許されないとのことです」
「それは……そうだけど」
ナタニエル様がまともな判断をしたのが信じられない。
これまでアンジェラ様がどんなことをしても庇っていたのに。
「王太子がそう判断するのなら、こちらからは何もしないでおこう。
明日は結婚式だからな。前祝いだと伝えろ」
「はっ!ありがとうございます!」
騎士は深々と頭を下げると部屋から出て行った。
「リンネア、大丈夫か?」
「ええ。少し驚いただけです。
突然押しかけてきたアンジェラ様の変わりようもそうですが、
厳しい処罰を命じたナタニエル様に。
この国もあのころとは変わってきているのですね」
「そうだな。良いことだと思おう。
リンネアがいなくても大丈夫な国になってもらわないと困るからな」
「それはその通りですね」
いつまでも私がいなければ回らないようでは困る。
私がこの国の王妃になる未来はもうないのだから。