作品タイトル不明
48.王太子妃候補(ナタニエル)
アンジェラの部屋の前には騎士が二人立っていた。
部屋の中からはアンジェラが叫んでいる声が聞こえる。
「中に入ってもいいか?」
「かまいませんが、アンジェラ様を出すことはできません」
「わかっている」
外から鍵をかけていたのか、騎士が鍵を開けた。
扉をあけて中にはいると、ひどいものだった。
投げつけられた物が壊れ、家具は倒され、破かれたドレスが散乱している。
アンジェラはベッドにうつぶせになって泣きわめいていた。
「アンジェラ、大丈夫か?」
「っ!お兄様!!」
俺に気づいたアンジェラが顔をあげる。
泣きすぎて目をはらし、ひどい顔になっていた。
「どうして勝手にオードラン家の商会に行ったんだ」
「だって、お兄様は待てってそればかり。
自分は令嬢を紹介してもらうからって、私のことはほったらかしで」
「フレゴリ公爵から面会の申し込みを受けたのだから仕方ないだろう」
面会を申し込まれたときは驚いたけれど、
考えてみれば俺は公爵にあったこともない。
向こうにしてみれば、娘を嫁がせる前に顔くらい見ておきたいと思って当然だ。
もしかしたら娘にも会えるかもしれないと期待したが、
残念ながら公爵だけで夫人すら連れてきていなかった。
「商会に行けばダニエルがいると思ったのにいなくて、
屋敷に案内するように言ったのにそれも無理だって。
だったら、お詫びの品くらいくれっていいじゃない!」
「ダニエルは帝国人になったんだ。エルドレドの臣下の店じゃない。
そういうことは通用しないんだ。
せめて俺が一緒だったら警吏にも対応できたのに」
「じゃあ、今からでも皇太子にお願いして入国禁止を解いてもらってよ!」
「……今は無理だな」
「どうして!!」
おそらく俺は皇太子を激怒させた。
リンネアと身体の関係があると思わせれば、
純潔でもない令嬢なんて価値がないと思い返してくれると考えていた。
あの時、嘘が見破られて、殺されるかと思った。
令嬢を紹介してくれると聞いたときは聞き間違いかと思った。
もしかしたらひどい令嬢で、罰なのかもしれないとも思っている。
それでも帝国の公爵令嬢を属国の王太子が娶るなんて聞いたことはない。
特別待遇なのは間違いない。
だから、きっとこれで気持ちを収めろということなんだ。
リンネアをあきらめるならば、王太子妃になれる令嬢をくれてやろうと。
これ以上、皇太子を怒らせたら俺の立場が危うい。
「帝国から来る公爵令嬢を俺の妃にできなければ、
俺は王太子でいられなくなる」
「お兄様が王太子でなくなったら誰がなるというの?」
「セレスタンかクリストフだ」
「そんな!いやよ!」
アンジェラは側妃を認めていない。
その息子である二人が俺を差し置いて王太子になることを許せるわけがない。
「だったら、しばらくはおとなしくしているんだ。
俺が王太子でなくなれば、お前を守ることもできなくなる。
そんなのは嫌だろう?」
「でも……ここから出ちゃダメだって言うのよ?
お茶会もできなければ、買い物に行くのもダメだって。
退屈で死んじゃうわ!」
「……それでも我慢するんだ。
反省していれば父上も外に出してくれるようになるだろう」
「うう……わかったわ」
ようやく納得してくれたのか、アンジェラが黙り込む。
部屋をこのままにするわけにはいかないので、侍女に掃除を申し付ける。
自分の部屋に戻り、湯あみを終えたら疲れがどっと出てきた。
最近、何もかもが後手になっている気がする。
いったいいつからだろうか。
……リンネアがいなくなってからだということに気づき、
俺はもしかしたらとんでもないものを失ったのではないかと思い始めた。
いや、今さらだ。
あの皇太子から奪えるとは思えない。
リンネアもエルドレドの貴族出身だということは忘れていないだろうから、
皇太子妃になった後も、俺のために役に立ってもらえばいい。
次の日、予想外にも帝国の使者が先ぶれとして訪れた。
フレゴリ公爵家のサンドラ嬢が数時間後には到着するという。
何も聞かされていなかった俺は慌てて部屋の用意を命じる。
俺と同じ年だと聞いていたから、エルドレドにやってくるのは、
学園を卒業した後だと思い込んでいた。
そういえば社交を禁じられたと言っていた。
学園も社交に入るのか。
なんとかサンドラ嬢のための部屋を準備し、
帝国から来た馬車の列を迎える。
馬車のドアが開き、御者の手を借りて令嬢が下りてくる。
エルドレドでは見かけない赤茶色の髪。思ったよりも背が高い。
サンドラ嬢は俺を認識したのか、こちらを向いた。
猫のような茶目にふくよかな胸。
なんだ……てっきりひどく不細工な令嬢が来るのだと思っていたのに。
美人で胸もあって最高な令嬢じゃないか。
近くに寄ると、目が赤くなっているのに気づく。
泣いていたのだろうか?
属国に嫁ぐのは不本意だったのかもしれない。
気が変わって帝国に帰ると言われないように優しくしておいたほうがよさそうだ。
「ようこそ、エルドレドへ。王太子のナタニエルだ」
「……フレゴリ公爵家のサンドラよ」
「馬車の旅は疲れただろう。部屋を用意している。さぁ、こちらへ」
「ええ……」
最初の微笑みはぎこちなかったけれど、俺を見定めるような目に、
外見で俺が選ばれないわけはないと安心する。
案の定、俺のことが気に入ったのか、差し出した俺の手を取る。
これなら問題はなさそうだ。
だが、油断しないでサンドラ嬢のご機嫌取りをしなければいけない。
サンドラ嬢が王太子妃になりさえすれば、俺は問題なく国王になれるのだから。