軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

6.形勢逆転、からの逆転

「ブライアン……っ!」

わあああっとララがブライアンに泣きつく。

「レイリが、レイリが、あたし……っ」

「大丈夫だ、ララ。もう心配しなくていい」

そう言うと、彼はレイリをにらみつけた。

「どういうことだ。場合によってはただじゃおかない」

「構わないわ。私はただ――」

「聞かないで、ブライアン!」

悲鳴のようなララの声が遮った。

「レイリは嘘つきよ。ひどいわ、ひどい! ひどすぎる……!」

「あなた、この期に及んで何を……」

「黙れ、レイリ!!」

ブライアンがレイリを怒鳴りつけた。

「ララ、ララ、大丈夫だ。泣かなくていい。もう心配いらないからな」

「ブライアン、あたし、あたしっ……」

ララがブライアンにすがりつく。その華奢な肩を抱きしめて、ブライアンはふたたびレイリをにらんだ。

「もう我慢できない。出て行け、レイリ。お前はこの騎士団に必要ない」

「何言って……」

「他の皆も同じ意見だ。これ以上ララに近づくことは許さない。今日限り、お前はクビだ」

信じられない言葉に唖然としたが、彼は大真面目だった。

「お前はララに嫉妬して、くだらない嫌がらせをしていたそうだな。仕事を押しつけて、毎日遊び回ってるあげく、ララの刺繍を自分のだと言い張って。そんなやつ、この騎士団には不要だ。これ以上ララを傷つける前に、さっさと出て行け」

「冗談じゃないわ。ちゃんと話を聞いてちょうだい」

「お前の話なんて、聞く価値を感じない」

「な――」

唖然としたレイリに、ブライアンは憎々しげに言った。

「俺たちに必要なのはララだけだ。お前じゃない、レイリ」

「聞いて。刺繍に関することよ。すごく大切なの」

「だから必要ないと言ってる。そもそも、お前の刺繍なんて誰も欲しがらない。調子に乗るなよ、嘘つきが」

「私は嘘なんかついてないわ!」

思わずレイリは叫んでいた。

――どうして。

声にならない思いが胸に広がる。

悔しかった。

騎士団で働くようになってから、数え切れないほど刺繍した。彼らの事を知るたびに、より使いやすくなるよう考えた。

得意な戦い方、付与の組み合わせ、ちょっとした癖なども考慮して。

今の騎士団において、レイリの刺繍は欠かせなくなっている。

ブライアンのしているマントだって、刺したのはレイリだ。今は複雑な模様ではなく、ごくシンプルなものを身に着けているが、それだってレイリが仕上げたものだ。

別に、特別扱いしろと言っているわけではない。ただ「ありがとう」と言ってほしかった。

喜んでもらえたら嬉しいし、役に立ったらもっと嬉しい。最初はただそれだけだった。

彼らの任務を知り、その危険さを感じるにつれ、上手くなりたいという思いが強くなった。

彼らが無事でいますように。

何事もなく帰ってきてほしい。大怪我なんてしないでほしい。どうか無事でいてほしい。

――本当に、それだけだったのに。

うつむいたレイリの正面で、ララが勝ち誇ったように笑うのが見えた。

ブライアンからは決して見えない位置だ。

それを見て、レイリの胸に炎が点った。

(このままじゃ終わらせない)

「だったら、刺してるところを見せてもいいわ。それならどう?」

「は? 何を……」

「ララの言うことが本当なら、私は刺繍ができないはずよ。そうでしょう?」

その逆に、ララはレイリと同じ付与ができる。少なくとも、本人はそう言っている。

二人同時に目の前で刺せば、さすがの彼も分かるだろう。

「どっちが嘘をついているのか、それで判断してちょうだい。そうすれば――」

「痛いいぃぃっ!」

その時、ララが悲鳴を上げた。

「痛い、痛い、痛いっ! 指が痛い……!」

「ララ!?」

「さっき、レイリにやられたの。あたし、これじゃ、針を持てない……っ」

いつの間にか指を押さえたララが、指をかばうようにうずくまった。

なんともお粗末な理由だが、芝居だけは神がかり的に上手い。さすが、彼らを騙し続けていただけの事はある。案の定、それを聞いたブライアンが顔色を変えた。

「なんてことを、レイリ!」

「そんなことしてないわよ……」

思わず答えたが、彼は聞いていなかった。

「ララ、大丈夫か? そんなに痛むのか。骨は?」

「あたし、当分針は持てないわ。だから刺繍もできない……」

ララが悲しげにまつげを伏せる。その姿はいっそあっぱれだったが、それで済むはずがない。

「だったら私が刺すわ。それならいいわよね」

「はぁっ?」

思わずといったようにララが言い、直後にはっと口を押さえた。

「何も問題ないでしょう。この人に見てもらうだけよ」

いいでしょう? と彼に問う。ブライアンはうろたえつつも頷いた。

「あ、ああ。だが……」

「レイリの口車に乗らないで!」

ララが手を押さえたまま叫んだ。

「騙されないで。レイリは嘘をついてるのよ!」

「ララ……」

「あたしの手を傷つけた人を信じるの? あたしを信じてくれないの、ブライアン……?」

ララがぽろぽろと涙をこぼす。

本性を知っているレイリでも、思わず手を差し伸べてしまいそうな頼りなさだった。

ブライアンはそれ以上だったらしく、慌てて首を振る。

「しっ、信じるぞ、ララ!」

「ほんとに、ブライアン?」

途端に泣きやんだララが、雫のたまった目でブライアンを見上げる。

「ああ、本当だ。危うく騙されるところだった。お前の言うことなんて信じるか、レイリ」

「あなたねぇ……」

その変わり身の早さは尊敬するが、いくらなんでもあんまりだ。

「ララが嘘をつくはずない。嘘つきはお前だ」

「何言って――」

「うるさい、黙れ!!」

騒ぎを聞きつけて、他の騎士達もやってきた。

泣きじゃくるララと、それをかばうように抱くブライアン、そして対峙するレイリを見て、彼らも一様に視線を険しくする。

「何をしてるんだ、レイリ」

「それは――」

レイリが説明しようとしたが、「聞いて、みんな!」とララが遮る。そばにいたブライアンから話を聞き、彼らはレイリの前に立ちはだかった。

「これ以上ララに近づくな。厄介者の嘘つきめ」

「お前の刺繍なんか必要ない。さっさと出て行け」

「ララは俺たちの天使で、大切な仲間だ。お前なんかとは違う」

彼らはレイリをにらんでいた。その目には少しの躊躇もない。ほぼ全員がララを守り、レイリに敵意を向けている。何か言いかけ、レイリはぐっと唇を噛んだ。

――どんなに頑張っても、彼らが認めてくれる事はない。

ララの嘘を真に受けて、彼らはレイリを糾弾する。真実を確かめようとさえしてくれない。

気づかなかった自分が間抜けなのだ。

だけど、たったひとりでも確認してくれたら、ちゃんと分かったはずなのに。

「――もういい」

噛みしめた唇から声が漏れた。

「信じてもらえないなら、もういい。あなたたちには期待しない」

「はぁ? それはこっちのセリフ――」

「ララ! いいわよね」

それを遮るように聞くと、ララはびくりと身じろいだ。

「あなたも私がいなくなることを望んでるのよね? そうでしょう?」

「え、あの……えっと」

「明日から大変だと思うけど、頑張ってちょうだい。仕事を押しつける相手も、代わりに刺繍してくれる人もいないけど、全部自分でやるのよね?」

そう告げると、ララの顔がこわばった。

彼女が押しつけていた大量の仕事は、ほとんどレイリが引き受けていた。いくら簡単な付与でも、あれだけあったら手が回らない。

それに加えて、三種の付与に、複雑な模様。レイリがしていた多くの付与は、ララには理解すらできないだろう。

まして、「レイリは何もしていない」と言ってしまった。そう口にした手前、レイリの不在を理由にはできない。ララの言葉を借りるなら、三種の付与など、 彼女(レイリ) は手掛けた事がないのだから。

けれど実際は、何もできないのはララの方だ。

だから。

「今までとは段違いに難しいけど、頑張ってね」

ララの顔がさあっと青ざめる。

やっぱりな、とレイリは思った。

ララはずる賢いわりに、物事をあまり深く考えられないタチだ。

レイリの手柄を奪い、ちやほやされる事を楽しんでいただけで、それがどんな結果を生むか分かっていない。

理由も分からず嫌われ続ければ、レイリだって疲弊する。いつまでも我慢する事はできない。どうにかならないかと努力したが、それが実を結ぶ事はなかった。当然だ。すぐ身近に、その元凶がいたのだから。

元凶を倒せればよし、そうでなければ。

「この状況で、どこまでできるか見ものだわ」

「ま、待ってレイリ、あの……っ」

呼び止めようとしたララに、レイリはにっこりと笑った。

「邪魔者は去るわ。いいでしょう?」

遠からず、彼らは真実を知るだろう。

ララの怪我は真っ赤な嘘で、どこにも傷はついていない。それなのに、いつまでも刺繍のできないララを見て、彼らは何を思うだろう。

最初は同情心だけでも、やがて疑問を抱くはずだ。

ララの刺繍は初心者レベルで止まっている。練習さえしなかった分、下手になっているのだ。

刺繍の他に、縫い物や繕い物を任される事もあった。それをしていたのもレイリだ。刺繍はまだしも、そちらまでできなかったら、彼らはどう思うのか。

どちらにしても、今までのようには暮らせない。

「少し前に、『あなたがしたことはとんでもないことだ』って言ったの、覚えてる?」

その本当の意味を、彼女は理解しているのか。

「刺繍の付与は、ただ刺すだけじゃない。それぞれに合った形があるの。一応書き留めてあるけど、あなたには理解できないわ。それをすべて覚えて、一針も間違えずに刺すこと、果たしてあなたにできるかしら?」

それだけではない。

詳しい使い心地を聞く事で、より正確な対応ができた。騎士という危険な任務において、それは命を守る事にもつながったはずだ。

レイリの手柄を奪うだけならまだよかった。けれど、ララは彼らの安全まで犠牲にした。レイリの口から真実がばれるのを恐れ、その後の確認をさせなかったのだ。それだけはどうしても許せなかった。

「レイリ、考え直して。あなたは大切な友達よ。だから、これからも一緒に――」

「お断りするわ」

「そんなこと言わないで。また一緒に働きましょう? レイリがいてくれないと、あたし、困るわ。だから……」

「断るって言ってるの」

「レイリったら、意地張らないで。どうしたら残ってくれるの? そうじゃないと、あたしは――……っ」

断り続けるレイリにめげず、ララが懸命に食い下がる。それはそうだろう。今ここでレイリがいなくなったら、ララは窮地に立たされるのだ。

「ラ……ララ? どうしたんだ、一体?」

必死にレイリを引き留めるララに、彼らが戸惑った顔になる。

彼らにとって、レイリは怠け者の嘘つきだ。その上、ララを虐げた存在でもある。それなのに、なりふり構わず留めようとする理由が分からないのだろう。彼らは困惑した様子だった。

「せっかくレイリが出ていくんだぞ。なんで引き留めようとするんだ?」

「ララはやさしいから……でも、ほんとになんで?」

「もしかして、何か理由でもあるのか?」

「ないわよ!! でも!!」

ララが叫んだ時だった。

「――失礼。取り込み中だろうか」

落ち着いた声が、場の雰囲気を断ち切った。