軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2.レイリの日常

***

翌日。

昨日の出来事は何だったのだろうと思ったが、すぐに山積みの仕事に忙殺された。

「レイリ、これもお願い。今日中にやってほしいって言ってるの」

「無理よ、ララ。これ以上は手いっぱい」

見えるでしょう、と籠に山積みの依頼品を示す。

ララが仕事を増やすせいで、なかなか作業が進まなかった。今日こそは、たまっていた分を片づけなければ。

「でも……。みんな困ってるのよ。これ一枚くらい、いいでしょう?」

「だったらそれはララがやって。どうせまだ一枚も仕上げていないんだから、構わないでしょう?」

「そんな意地悪言わなくたって……」

案の定、ララが涙目になる。

だがしかし、よく考えてほしい。これは彼女の仕事である。しかも手に持っているそれは、勝手に自分で引き受けた分。どう考えても、ララが適任だ。

そこでふと、ララが持っているマントに既視感を覚える。

(あれって、昨日の……)

レイリに意味の分からない苦言を呈した騎士のものだ。

という事は、あれから彼はララを見つけ、直接頼んだという事か。そしてララが快く引き受け、レイリに丸投げしようとしているところだ。

ちゃんと説明したのに、分かってもらえなかったらしい。

頼む彼も彼だが、引き受けるララもララだ。

どちらも困るのは自分ではないから、あっさり面倒事を投げてくる。押しつけられる方の負担は考えていない。それでいてあの態度。本当に理解できない。

小さく嘆息し、レイリは首を振った。

「今日は無理よ。いくらなんでも間に合わないわ」

「そんなこと言わないで。レイリなら簡単でしょう?」

「その刺繍、すごく手間がかかるの。半日かかりきりになるから、とても無理ね」

以前に刺繍した時も、ものすごく大変だった。

ちょうど仕事が少ない時だったためやり遂げたが、今の忙しさではとても無理だ。使用する魔力も多いし、模様が複雑すぎて刺し切れない。

そもそも、一騎士には不相応な豪華さだ。

団長クラスならまだしも、彼に必要なものとは思えない。

「同じような効果がある、別の刺繍をしたらどう? 効果は落ちるし、見栄えはしないけど、使い心地は悪くないはずよ」

「そんなことできないわ……。約束しちゃったもの」

「そんなこと言っても、無理なものは無理よ。どうしてもっていうなら、ここにある分と引き換えでどう? それならなんとか終わると思うわ」

時間が余れば、残りを引き受けてもいい。

我ながら甘い条件だと思ったが、ララは「無理よ」と涙声で言った。

「レイリみたいにできないもの。あたし、そんなに無茶なことを言ってるかしら? 刺繍をひとつ頼んでいるだけよ。それなのに、どうして駄目なの? どうしてそんな意地悪言うの……」

「あのねえ、意地悪じゃなくて……」

言いかけたところで、騎士のひとりが入ってくる。

彼は泣いているララを見てぎょっとして、それからキッとレイリをにらんだ。

「おい、ララに何を――」

「いいのよ、違うの。誤解なのっ」

ララが激しく首を振り、「あたしが悪いの」と繰り返す。本当に悪いのだが、そう聞こえないのが厄介だ。

「あのですね、これは――」

「もういいの。いいのよ」

説明しようとしたレイリを遮り、「また後でね」と騎士を追い出す。不承不承に出ていく彼は、去り際にふたたびレイリをにらんだ。

(あれは誤解されたわね……)

無駄かもしれないけれど、一応、団長に報告を上げておこう。

ぐすぐすと鼻を鳴らすララは、まるで悲劇のヒロインだ。

その割に、絶対に針を持とうとはしない。

この刺繍が面倒なのはララも知っている。できればやりたくないし、レイリに押しつけたいのだろう。あの騎士に事情を聞かれて困るのはララだ。

はぁっと息を吐き、レイリはララの顔を見た。

「意地悪じゃなくて、無理なのよ。どうしてもやってあげたいなら、自分でやって。その代わり、今日の仕事は私がやるわ。そして、割り込みの仕事を持ってくるのはもうやめてちょうだい。正規の順番ならいくらでも引き受けるから。いいわね?」

「なんでそんなひどいこと言うの……?」

ララが涙をこぼしたが、ここでほだされるつもりはない。

彼女がいい顔をするせいで、しわ寄せをくらっているのはレイリなのだ。ここで甘い顔を見せれば、彼らはもっとつけあがる。ララも含めて、これ以上甘やかすつもりはない。

「次に刺繍を持ってきたら、持ち主に返すから。それか、順番待ちの最後に強制的に回す。泣いても無駄よ。あんまりひどいようなら、団長にも話すから。いいわね?」

「ひどい、ひどい、レイリ……っ」

ララが泣き出したが、構わずレイリは針を動かした。

今は冬に向け、魔獣の被害が増える時期だ。使える刺繍はひとつでも多い方がいい。

ララはしばらく泣きじゃくっていたが、レイリが代わってくれないのを知ると、しぶしぶ針を手に取った。ものすごく嫌そうな顔で、ちくちく針を刺していく。

しばらくサボっていたララにとって、ものすごくやりたくない作業のはずだ。うわべだけ取り繕うのは簡単でも、正確に復元し、魔力を込め直すのは難しい。それを怠れば、刺繍は効力を発揮しない。

この一年というもの、レイリは付与刺繍を猛勉強した。

刺繍自体は慣れているが、騎士団という特殊な場所で使われる付与、求められる付与がどんなものか、使えそうなものを徹底的に学んだ。過去の図案も見せてもらい、この辺りでは知られていない付与も覚えた。騎士団には貴重な図案がいくつも描き残してあり、仕事の合間に頑張って写した。

すべて覚えるのは無理だったが、この地で彼らが必要とするだろう付与は覚え切ったと言っていい。

それを知るか知らないかで、付与の効率はぐんと変わった。

それと同時に、仕事にやりがいを感じていた。

効率の良さ、使い心地、こんな刺繍がいいというリクエスト。

レイリは自分なりに努力したし、聞き込みもした。それによって得られた結果を刺繍に反映し、反応も上々だったはずだ。

――それなのに、いつのころからか。

挨拶をしてもそっけなく、時には無視されるようになったのは。

レイリの負担が少しずつ増えて、疲れが取れなくなったのは。

ララに聞いても、心当たりはないらしい。むしろ、「みんなレイリに感謝してるのに、どうして?」と、不思議そうに聞かれてしまう。

その理由が分からないから困っているのだ。

(さっきみたいなところを見られて、誤解されてるってことかしら……)

それなら、ララの口から説明してもらえば解決する。

元々ララに無理を言った騎士達が原因なのだから、そこが改善されればいい。だがしかし、彼女は絶対にそれをしない。刺繍が下手なのがばれたくないのか、それとも別の理由なのか。

レイリの願いを無視し、彼らの無茶な要望を叶え続けた結果が今だ。

とにかくまとめて団長に報告と思い、レイリは気を取り直した。