軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編 続・ランドセルと魔導書、あるいは義務教育という名のセーフティネット

霞が関合同庁舎五号館、特別会議室。

この場所の空気はいつも乾燥していて、埃っぽくて、そして憂鬱なインクの匂いがする。

俺、八代匠は、配られた分厚い資料の束を前に、深々とため息をついた。

窓の外では蝉が鳴いている。

夏休み真っ只中だというのに、俺はこうして冷房の効きすぎた部屋で、スーツ姿のおっさんたちと顔を突き合わせている。

「――それでは定刻になりましたので、『未成年者ダンジョン活動に関する経過報告および対策会議』を始めさせていただきます」

司会進行を務める内閣府の参事官が、緊張した面持ちで宣言した。

円卓を囲むのは、いつものメンバーだ。

文部科学省、厚生労働省、警察庁、法務省。

そして「有識者」という名の、実質的な最高意思決定者として座らされている俺。

前回の会議で俺が提案し、半ば強引に通した「学生探索者ライセンス制度」と「安全管理ガイドライン」。

それが施行されてから一ヶ月。

今日はその答え合わせの日だ。

「まずは学生への探索者ライセンス事業の進捗について、報告します」

文科省の担当局長が立ち上がった。

彼は以前のような悲壮感はなく、どこか誇らしげな表情でプロジェクターを操作した。

「結論から申し上げますと……極めて順調です。

想定していた混乱や事故は、最小限に抑えられています」

スクリーンに映し出されたのは、ゲート前に設置された専用施設の映像だ。

そこには黄色い帽子を被った小学生や、ジャージ姿の中学生たちが、整然と列を作っている様子が記録されていた。

「安全管理の徹底策として導入した『F級装備の格安レンタルシステム』。

これが功を奏しました」

局長が手元のレーザーポインターで画面を指し示す。

「子供たちは手ぶらでゲートに来て、受付で学生証とライセンスを提示します。

そこで体に合ったサイズの防具一式と武器をレンタルし、更衣室で着替えてからダンジョンへ入る。

そして帰還時には装備を返却し、私服に着替えてから帰宅する。

このフローが完全に定着しました」

映像の中の子供たちは、まるでプール教室に来たかのように楽しそうに、しかしルールを守って動いている。

レンタル装備には全てGPSとバイタルセンサー内蔵のビーコンが埋め込まれている。

万が一、装備を持ち逃げしようとしたり、装備を外して危険区域に入ろうとしたりすれば、即座にゲート管理室のアラートが鳴る仕組みだ。

「持ち逃げや転売の懸念もありましたが、今のところ被害報告はゼロです。

子供たちにとって、あの装備は『変身ベルト』のような憧れのアイテムであり、それを着てゲートをくぐる行為自体が、一種の儀式として神聖視されているようです」

「……なるほどな」

俺は腕を組んで頷いた。

子供は大人の真似事をしたがる。

「ルールを守って装備を着る」という行為が彼らにとって、「自分はプロの 探索者(おとな) の仲間入りをしたんだ」という自尊心をくすぐるスイッチになっているのだろう。

俺がデザイン監修したライセンス証(ホログラム入りで無駄にカッコいい)も、彼らのコレクション欲を刺激しているはずだ。

「保護者同伴、および同意書の厳格化についても、現場で徹底されています。

初回講習には必ず親権者が同席し、リスク説明を受けた上で署名する。

このプロセスを経ることで、親側の意識改革も進んでいます。

『子供の遊び』ではなく、『危険を伴う課外活動』として認識されつつあるようです」

警察庁の代表も頷く。

「ゲート周辺での補導件数も激減しました。

ライセンスを持たない子供が入り込もうとしても、正規のライセンスを首から下げた子供たちが『ルール違反だぞ』と注意する、自浄作用すら生まれています」

素晴らしい。

子供社会特有の「ルールを守る奴が偉い」という力学が、良い方向に働いている。

今のところ、俺の描いた絵図通りに事は進んでいるようだ。

「続いて、教育現場からの報告です」

文科省の別の担当者がマイクを握った。

「仮プログラムとして導入した『ダンジョン学』。

道徳の授業の一部を使って実施しておりますが、こちらも概ね好評です」

ダンジョン学。

聞こえはいいが、要するに「探索者への偏見をなくそう」「力を持ったからといって調子に乗るな」というモラル教育だ。

「懸念されていた『探索者への差別』や『区別』についてですが……。

これに関しては、当初の予想とは違う形で推移しています」

担当者が少し言い淀む。

「当初、我々は探索者をしている生徒が『野蛮だ』『汚い』とイジメられることを懸念していました。

しかし現実は逆でした。

ライセンスを持つ生徒は、クラスのヒーロー扱いされています。

『強い』『お金を稼いでいる』『大人の世界を知っている』。

これらは子供社会において、圧倒的なステータスになります」

俺は苦笑した。

そりゃそうだろう。

クラスで一番足が速い奴がモテるのと同じ理屈だ。

ましてや彼らは実際にモンスターを倒している「戦士」なのだから。

「ですので、イジメられる傾向はほぼゼロです。

むしろ懸念すべきは……探索者の生徒が『イジメっ子』になる可能性です」

担当者の声が低くなる。

「レベルが上がり、ステータスが向上した彼らの身体能力は、一般の児童とは比較になりません。

もし彼らがカッとなって手を出せば、それは喧嘩ではなく、一方的な傷害事件になります。

幸い今のところ大きな事件は起きていませんが、ヒヤリハット事例はいくつか報告されています。

『掃除の時間に机を運んでいて、うっかり握り潰してしまった』。

『ドッジボールで投げたボールが、壁にめり込んだ』などです」

会議室に乾いた笑いが漏れる。

笑い事ではない。

彼らはすでに、生物としての枠組みを超えつつある。

精神が未熟なまま、肉体だけが進化していくことの危うさ。

それが今後の最大の課題だ。

「これについては引き続き指導を徹底します。

『力を持つ者は、それを行使する責任がある』。

このノブレス・オブリージュの精神を、徹底的に刷り込んでいくしかありません」

「あと、予備校の問題もありますね」

経産省の役人が口を挟んだ。

「一部の学習塾や予備校で、『レベリング講座』や『ダンジョン実習コース』の需要が爆発的に高まっています。

『夏期講習:F級完全攻略コース(3日間)』なんて広告が、駅前に堂々と貼られている状況です」

教育ビジネスの参入だ。

親たちは「子供に怪我をさせたくないが、ライセンスは取らせたい」と考える。

そこでプロの探索者を講師に雇い、安全にレベル上げをさせてくれる塾に金が流れる。

「政府としては、これを推奨するわけではありませんが……禁止する理由もありません。

むしろ素人が勝手に教えるより、管理された環境で学べるなら、安全マージンは取れる。

現在は『塾講師にも一定以上の探索者ランクを義務付ける』などのガイドラインを策定し、静観している状況です」

これもまた経済の一環だ。

引退した探索者の再就職先としても機能している。

悪くない循環だ。

ここまでは、順調すぎるほど順調だった。

俺が事前に設計したセーフティネットが機能している証拠だ。

だが。

ここからが本題だった。

「……さて」

厚労省の児童家庭局長が、重い口調で切り出した。

場の空気が一変する。

澱んだ湿り気を帯びた空気が、会議室を満たす。

「ここからが、本日皆様にお集まりいただいた最大の理由です。

いわゆる『毒親』……児童虐待の問題が、新たなフェーズに入り、表面化しています」

俺は眉をひそめた。

想定していたことではある。

子供が稼げるようになれば、それを搾取しようとする親が出てくるのは世の常だ。

「稼いでこい」と暴力を振るい、子供をATM代わりにする。

そんな胸糞悪い報告を聞かされるのだろうと、俺は覚悟していた。

「子供への虐待が深刻化しているのですか?」

警察庁の幹部が尋ねる。

だが、厚労省の局長は首を横に振った。

「いえ、逆です。

虐待されていた子供たちが……『親に反逆している』事例が、全国で多発しているのです」

会議室がざわめいた。

反逆?

子供が、親に?

「具体的な事例を申し上げます。

都内在住、中学2年生の男子生徒A君のケースです。

彼は幼少期から継父による身体的虐待を受けていました。

今回、ライセンス制度が始まったのを機に、継父はA君に対し『学校が終わったら毎日ダンジョンへ行け』『ノルマを稼ぐまで帰ってくるな』と強要しました」

典型的な経済的虐待だ。

ここまでは予想通りだ。

「A君は従いました。

来る日も来る日もF級ダンジョンに潜り、ゴブリンを狩り続けました。

恐怖と痛み、そして家庭でのストレスを、モンスターへの攻撃衝動に転嫁するように。

……その結果、何が起きたか」

局長が息を呑む。

「わずか半月で、A君のレベルは15を超えました。

ステータス補正により、彼の筋力は成人男性の3倍、反射神経はトップアスリート並みに成長していました」

俺は目を閉じた。

想像がつく。

その結末が。

「ある日、ノルマ未達を理由に、継父がA君を殴ろうとしました。

A君は無意識にその拳を受け止め……そして逆に、継父の腕をへし折りました」

ゴキリ、という音が聞こえてくるようだ。

「逆上した継父が包丁を持ち出しましたが、A君はそれを素手で叩き落とし、継父を壁まで蹴り飛ばしました。

肋骨骨折、内臓損傷。

継父は全治三ヶ月の重傷を負い、A君は駆けつけた警察官に保護……いえ、傷害の現行犯として補導されました」

静寂。

誰も言葉を発しない。

「これは氷山の一角です。

『稼いだ金を使い込まれた女子高生が、魔法で母親を吹き飛ばした』。

『食事を与えられなかった兄弟が協力して両親を拘束し、逆監禁した』。

……同様の報告が、全国の児童相談所や警察署から上がってきています」

局長は悲痛な顔で続けた。

「虐待の連鎖が、暴力という形で逆流しているのです。

かつては無力だった子供たちが、ダンジョンという環境で『力』を手に入れてしまった。

その力が積年の恨みと共に、親へ向けられている」

「……それは、自業自得ではないのですか?」

誰かがボソリと言った。

恐らく、この場にいる全員が心のどこかで思っていることだ。

虐待していた親が、強くなった子供にやり返される。

因果応報。

物語ならカタルシスのある展開だ。

「ええ、心情的には自業自得でしょう。

私も個人的には、そんな親に同情の余地はないと思います」

警察庁の担当者が苦々しく言う。

「ですが法治国家として、これを放置するわけにはいきません。

いかなる理由があろうと、子供が親に暴力を振るい、重傷を負わせれば、それは犯罪です。

正当防衛が成立するケースもありますが、中には過剰防衛、あるいは報復としての暴行も含まれている。

彼らをどう扱うべきか……現場は混乱しています」

被害者であるはずの子供が、加害者として保護観察処分になる。

あるいは少年院へ送られる。

家庭という地獄から抜け出した先が、別の檻の中だとしたら、あまりにも救いがない。

「それに、逆襲された親たちの対応も厄介です。

彼らは自分たちが虐待していたことは棚に上げて、『子供に殺されかけた!』『あいつはモンスターだ!』と被害者面をして、警察やメディアに訴えています。

世論が『探索者の子供は危険だ』という方向に傾けば、せっかく定着しつつあるライセンス制度そのものが揺らぎかねません」

面倒な話だ。

力を持った弱者による革命。

それが家庭という密室で起きている。

「……八代さん」

また俺に、お鉢が回ってきた。

源が縋るような目で、こちらを見ている。

「どう思われますか?

この『力の逆転現象』に、我々はどう対処すべきでしょうか」

俺は天井を見上げた。

蛍光灯の白い光が、目に染みる。

『ダンジョン・フロンティア』のゲーム内でも、似たようなイベントはあった。

NPCの孤児が力をつけて復讐するサブクエスト。

プレイヤーは、それに協力するか止めるかを選べた。

だが現実は、選択肢を選んで終わりではない。

その後も、彼らの人生は続くのだ。

「……力は、精神を変えますよ」

俺は静かに口を開いた。

「自分は弱い。だから我慢するしかない。

そう思って耐えていた子供たちが、ある日突然、自分を虐げていた巨人が、実はひ弱な生き物だったと気づくんです。

ゴブリンよりも遅く、オークよりも脆い。

指先一つで壊せてしまう存在だと認識した瞬間、彼らの中のタガが外れるのは当然でしょう」

俺はテーブルの上で指を組んだ。

「これを止めるのは不可能です。

子供たちから力を取り上げることはできないし、親の人間性を一朝一夕で変えることもできない。

だとしたら、やるべきことは一つです」

「……何でしょうか?」

「『隔離』です」

俺は冷徹に言い放った。

「物理的に距離を取らせるしかない。

虐待の事実が確認された時点、あるいはその兆候が見られた時点で、即座に子供を家庭から引き剥がす。

従来の児童相談所の一時保護なんて生温いものじゃなく、もっと強制力を持った介入が必要です」

「しかし、保護した後の受け皿が足りません。

施設は常に満員ですし、力を持った探索者の子供を一般の児童養護施設で管理できるかどうか……」

「だから、新しい受け皿を作るんです」

俺は提案した。

「『探索者育成寮』、あるいは『ジュニア・ギルドハウス』と言ってもいい。

家庭に居場所のない、しかし探索者としての才能を持った子供たちを収容し、衣食住を提供する施設です」

「育成寮……?」

「ええ。

そこでは徹底した管理の下で生活させつつ、ダンジョン探索を継続させる。

稼いだ金は彼ら自身の口座に積み立てさせ、親には一円も触らせない。

彼らが成人、あるいは自立できる年齢になるまで、国とギルドが親代わりになるんです」

これは俺たちアルカディアが構想している「 第三部隊(サード) 」のシステムを、公的機関に応用したものだ。

行き場のない才能を囲い込み、教育し、戦力化する。

「資金はどうするんだ、という顔をされていますね?

簡単です。

彼らは稼げるんですから。

寮費や食費は、彼ら自身の稼ぎから天引きすればいい。

自立支援という名目で国が初期投資をする価値は、十分にあります」

俺は続ける。

「そして親に対しては、法的な『親権停止』のハードルを下げてください。

子供を食い物にするような親から、法的に絶縁できるルートを整備する。

『稼げる子供』を手放したくない親は抵抗するでしょうが、そこは虐待の証拠を突きつけて黙らせる。

あるいは……『子供が稼いだ金の一部を養育費として渡す代わりに、親権を放棄させる』という手切れ金的な解決も、現実的かもしれませんね」

汚い話だが、金で解決できるなら、それが一番早い。

毒親というのは、得てして金に汚いものだ。

「つまり子供を『家庭』という密室から解放し、『社会』という広場に出してやるんです。

彼らはもう、庇護されるだけの子供じゃない。

一人の稼げる 職業人(プロ) なんです。

ならプロとして扱い、相応の自由と責任を与えるべきだ」

会議室が静まり返る。

俺の提案は、日本の伝統的な家族観を破壊しかねない劇薬だ。

だが現実は、すでに壊れかけている。

「……検討に値しますね」

厚労省の局長が、重々しく頷いた。

「従来の児童福祉の枠組みでは、彼らのような『強者であり弱者である子供たち』を支えきれないのは明白です。

探索者特区法などを活用し、新たな保護スキームを構築する必要があるでしょう」

「相談窓口の拡充も急ぎましょう。

『親を殴ってしまいそうだ』と悩んでいる段階で、SOSを出せる場所が必要です。

スクールカウンセラーに探索者経験者を配置するのも、有効かもしれません」

議論が動き出す。

「自業自得」で切り捨てるのではなく、システムとしてどう受け止めるか。

官僚たちの顔つきが、評論家から実務家へと変わっていく。

会議が終わったのは、夕暮れ時だった。

庁舎を出ると、湿気を含んだ生暖かい風が頬を撫でた。

「……ふぅ」

俺はネクタイを緩め、空を見上げた。

茜色に染まる空の下、無数の子供たちが今日もダンジョンから帰還しているだろう。

ランドセルではなくリュックサックを背負い、教科書ではなく魔導書や剣を手にして。

彼らの中には、今日、親に反逆した子がいるかもしれない。

明日、家出を決意する子がいるかもしれない。

「力を持つってのは、残酷なことだな」

俺は独りごちた。

レベルが上がれば世界が変わる。

今まで絶対的な支配者に見えていた親が、ただの暴力的な小人にしか見えなくなる。

その落差に気づいてしまった時、子供時代は終わりを告げる。

彼らは早すぎる自立を強いられているのだ。

ダンジョンという理不尽なシステムによって。

「まあ、俺にできるのは、彼らが路頭に迷わないように、少しだけ道を整備してやることくらいか」

アルカディアの下部組織でも、家庭に問題を抱える子供たちを積極的に受け入れる準備を進めている。

結城旭あたりに任せれば、うまく面倒を見てくれるだろう。

彼もまた、理不尽な環境から這い上がってきた人間だから。

俺はスマホを取り出し、旭にメッセージを送った。

『近々、訳ありの新人(子供)が増えるかもしれない。

寮の部屋を空けておけ。

あと、美味い飯を腹いっぱい食わせてやれ。

請求書は俺に回していい』

送信。

即座に『了解です! 任せてください!』と元気なスタンプが返ってくる。

俺は少しだけ笑った。

世界は残酷で理不尽で、どうしようもないことばかりだ。

だが捨てたもんじゃない、と思える瞬間もたまにはある。

俺は駅へと向かって歩き出した。

雑踏の中、どこかの家からカレーの匂いが漂ってくる。

そのありふれた日常が、彼らにとっても当たり前のものになる日が来ることを、柄にもなく祈りながら。