軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第58話 丸投げの美学、あるいは隠された絶望的なロードマップ

地下シェルターでの重苦しい会談を終え、地上――それも誰にも邪魔されない、自分だけの聖域(自宅のベッド)に戻ってきた俺は、枕に顔を埋めて叫んだ。

「いやー、なんとかなって良かったー……!!」

心底からの安堵だった。

世界の命運? 人類の存亡?

そんな重すぎる荷物を、たった今、世界最強の権力者二人に丸投げしてきたところだ。

肩の荷が下りた、どころの話ではない。

背負っていたエベレストを、通りすがりのマッチョ二人に「これ、君たちの仕事ね!」と笑顔で押し付けてきたような、爽快感である。

「よし、これで俺は『影の暗躍者』として、アルカディアだけ率いていればいいポジションを確保したぞ」

俺は仰向けになり、天井に向かってガッツポーズをした。

正直なところ、あの場で「俺が世界のリーダーになります!」なんて言わなくて本当に良かった。

『ダンジョン・フロンティア(ダンフロ)』には、確かに主人公が表舞台に立って世界を導く「守護者ルート」も存在する。

ゲームとしてプレイする分には、指導者としての苦悩やカタルシスがあって楽しいルートだ。

だが、それを「リアル」でやりたいかと言われれば、答えは全力でNOだ。

派閥争い、予算折衝、法律の制定、メディア対応、そして倫理観の低い市民からのバッシング。

そんなことをしていたらダンジョンに潜る時間がなくなるどころか、ストレスで胃に穴が開き、最終的に胃そのものが消滅してしまうだろう。

「俺には『暗躍者』が似合ってるよな……。責任は取らないけど、美味しいところだけは持っていく。これこそが健全な探索者ライフだ」

俺はニヤニヤしながら、先ほどの会談を思い返す。

大統領も首相も悲壮な決意を固めていた。

「神に誓おう」とか言っていた時の彼らの顔は、まさに映画の主人公そのものだった。

まあ、あれだけ脅したのだ。彼らも必死になるだろう。

「アーティファクト」や「ワールドボス」の話をした時の、あの青ざめた表情。

あれは演技では出せない、恐怖の色だった。

「……ま、実際、プレイヤーがいるから大丈夫だろ」

俺は独り言ちる。

この世界には俺がいる。

それに、俺が育成を促しているトップランナーたちも育ってきている。

いざとなれば、俺が介入してボスをワンパンで沈めればいいだけの話だ。

だがそれは、あくまで「物理的な戦闘」の話である。

組織の運営や、社会制度の維持といった面倒ごとは、彼らにやってもらわなければ困るのだ。

「それにしても……あそこで話した脅威なんて、ほんの一部なんだよなぁ」

俺は溜息をつき、脳内に広がる『ダンフロ』の膨大な 知識(ロードマップ) を検索する。

大統領たちには「スタンピード」や「アーティファクト」の話をしたが、あんなものは序の口だ。

チュートリアルが終わった直後のイベントに過ぎない。

この先に待ち受けているシナリオの数々を思い出すだけで、俺は軽い目眩を覚える。

「まず、この世界の世界観設定がバグってるからな。邪神とかポコポコポップするし」

そう、この世界におけるダンジョンとは、単なるモンスターの住処ではない。

異次元や、忘れ去られた神話世界との接続点だ。

深層へ行けば行くほど、理屈の通じない存在――「邪神」クラスの敵が、あたかもコンビニに行くような頻度で出現する。

クトゥルフ神話的な名状しがたい何かが、週末のレイドボスとして湧いてくるのだ。

あんなものを、いちいち真面目に相手にしていたら、人類のSAN値がいくらあっても足りない。

「それに、一番怖いのは外敵じゃない。『探索者自身』の問題もあるし」

シナリオの一つにある「神化暴走ルート」。

レベルが上がりすぎた探索者が、肉体の器の限界を超えてしまい、半神半人の存在へと昇華してしまう現象だ。

精神が人間の枠組みから外れ、善悪の彼岸を超えた「災害」として暴れまわる。

かつて仲間だった英雄が、ラスボスとして立ちはだかる展開は燃えるが、リアルで起きたらたまったものではない。

これを防ぐための精神防壁技術や倫理規定の整備も必要だが、それも全部「国際公式探索者ギルド」の仕事として丸投げ済みだ。

頑張れ、大統領。

「あとは……場所の問題だよなぁ」

俺は窓の外、遥か彼方の夜空を見上げた。

ダンジョンは地球の地下にあるだけではない。

『ダンフロ』の中盤以降、舞台は地球外へと拡張される。

「月ダンジョンに、火星ダンジョン……。極めつけは異星人ダンジョンか」

月面クレーターの奥底に広がる、重力が反転した迷宮。

火星の地下水脈に眠る、古代文明の遺跡。

そして太陽系外から飛来した、隕石型ダンジョンや、並行世界から侵略してくる異星人の前線基地。

これらを全てクリアし、最終的には「銀河コミュニティ」なる、ふざけた組織に参加する資格を得なければならない。

参加条件:『自星系のダンジョンを全て制覇し、かつ管理者権限の一部を奪取すること』。

ハードルが高すぎる。

棒高跳びのバーが、いきなり成層圏に設定されているレベルだ。

「忙しい……! あまりにも忙しすぎる!」

俺はベッドの上でジタバタと暴れた。

これらを全て、俺一人で管理し、計画を立て、実行する?

無理だ。絶対に無理だ。

俺はあくまで、一人の探索者であり、ゲーマーだ。

銀河規模の政治なんて、知ったことではない。

「それを大統領と首相が代わりに走ってくれるの、楽過ぎワロタ」

俺は再び笑みを浮かべた。

彼らはまだ、自分たちが背負わされた荷物の本当の重さを知らない。

「地球を守る」どころか、「銀河の荒波から太陽系を守る」という、とんでもないミッションの一端を担わされたことに気づいていないのだ。

知らぬが仏。あるいは、知らぬが政治家。

彼らが必死に「国際ギルド」を作り、地球内の問題を片付けてくれている間に、俺は悠々とレベルを上げ、来るべき宇宙規模の脅威に備えればいい。

「俺は探索者として、現れるボス達をしばき倒すか、仲間が倒すのを待てば良いと! 完璧な分業制だ」

もちろん、ただ利用するだけではない。

彼らには、それ相応の「対価」を支払うつもりだ。

ダンジョンから得られるオーバーテクノロジー。

魔法技術と科学を融合させた魔導工学。

不老長寿に近い医療技術。

俺が提供する情報の断片だけで、地球の文明レベルは数千年分、ショートカットすることになるだろう。

「まあ、その分、テクノロジー進歩しまくって社会構造が激変するだろうけど……そこは勘弁してくださいってことで」

俺は両手を合わせて、拝むポーズをした。

便利な技術には副作用がつきものだ。

エネルギー革命が起きれば、既存のエネルギー産業は死ぬ。

寿命が延びれば、年金制度は崩壊する。

だが、滅びるよりはマシだ。

そのあたりの調整も含めて、全ては大統領と首相の手腕にかかっている。

「頼んだぞ、世界の守護者たち。俺は後ろから応援しつつ、たまに美味しいアイテムを横流しするだけの『謎の協力者』でいさせてもらうからな」

「さて、寝るか。明日は忙しくなるぞ……主にオークションの監視でな」

俺は安らかな気持ちで目を閉じた。

悪夢のような未来図を他人に押し付けた罪悪感など微塵もなく。

ただただ、最強の「丸投げ」が成功したことへの達成感だけを胸に、俺は深い眠りへと落ちていった。