軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第34話 視界の革命と黒き追放者たちの夜明け

ダンジョンゲートが世界に出現してから、五ヶ月と七日が経過した。

世界がその異変に慣れ始め、しかし依然として「未知」への恐怖と欲望が渦巻く中、日本政府は一つの爆弾を投下した。

それは物理的な火薬ではない。

探索者たちの「視界」を劇的に変える、技術的な 特異点(シンギュラリティ) の発表だった。

港区ミッドタウン・タワー。

ギルド「アルカディア」のマスターオフィスにて、俺、八代匠は、壁一面の大型モニターに映し出される官房長官の緊急記者会見を見守っていた。

『――本日、日本政府は、国立ダンジョン研究機関と民間企業の共同開発により、世界初となる「ダンジョン解析デバイス」の実用化に成功いたしました』

無数のフラッシュが焚かれる中、長官が掲げたのは、小さなガラス片が入ったケースだった。

『名称は「アナライズ・レンズ」。

コンタクトレンズ型、およびメガネ型の二種類を用意しており、これを装着することで、ダンジョン内のモンスターの体力や、未知のアイテムの簡易的な情報を視覚化することが可能となります』

会見場が、どよめきに包まれる。

当然だ。

これまで「鑑定スキル」を持つ極少数の能力者だけが独占していた情報を、ただの 道具(デバイス) で代替できると言っているのだから。

『初期ロットとして、コンタクトレンズ型2500個、メガネ型2500個の計5000個を生産いたしました。

これらはC級のライセンスを持つ「上位探索者」、および自衛隊や警察の特殊部隊へ、優先的に販売いたします――』

俺はコーヒーカップを片手に、ニヤリと笑った。

「5000個か……。

日本政府、かなり必死で頑張ったな」

俺が例のアーティファクト『偽りの鍛冶場』の存在と使用法を教えてから、わずか七日。

実質的な稼働日は、五日程度だろう。

その短期間で5000個もの「魔法のレンズ」を量産したのだ。

俺には見える。

その裏にある、血と汗と涙の結晶が。

(おそらく100人程度の低レベル鑑定スキル持ちが、かき集められたんだろうな。

彼らは地下の工場に軟禁され、マナポーションを栄養ドリンクのようにガブ飲みさせられながら、来る日も来る日も『偽りの鍛冶場』のハンマーを振るわされたはずだ)

『鑑定』して、『付与』して、倒れて、回復して、また『付与』する。

ブラック企業も真っ青のデスマーチ。

1個作るのに、どれだけのマナと精神力を削るか、俺は知っている。

それを5000回繰り返したのだ。

名もなき鑑定士たちに、心からの「お疲れ様」を送りたい。

現在、国内の探索者人口は約100万人と言われている。

その中の5000個。

割合にすれば0.5%という微々たる数だ。

だが、この5000個がトップ層に行き渡るという意味は重い。

SNSのタイムラインは、すでにその話題で持ちきりだった。

『マジかよ! スカウターの実用化とか嘘だろ!?』

『上位ランカー限定販売だって。俺たちには、まだ回ってこないのか』

『でもトップ層が解析情報を共有してくれれば、攻略wikiの精度が一気に上がるぞ』

『日本すごくね? アメリカですら、まだ開発できてないんだろ?』

歓迎ムード一色だ。

これまで「手探り」で命を懸けていた探索者たちにとって、情報の可視化は生存率に直結する福音だ。

たった5000個でも、業界全体に与える安心感と期待感は計り知れない。

だが、この公表で面白くない顔をしている連中もいる。

太平洋の向こう側、アメリカ合衆国だ。

俺の手元のタブレットには、今朝からCIAの極東担当者や、アメリカの大手ギルドの幹部たちから、ひっきりなしにメールが届いている。

『YASHIRO。日本政府の発表は事実か?』

『あのデバイスの技術供与について、君は何か噛んでいるのか?』

『アルカディアが裏で糸を引いているという噂があるが……』

焦っている。

手に取るように分かる。

アメリカはダンジョン攻略において、常に世界のリーダーであるという自負があった。

軍事力、資金力、そして人材。

すべてにおいて日本を凌駕していると信じていた。

それが突然、極東の島国で「ブレイクスルー」が発生した。

彼らにとって、この技術革新は寝耳に水だったはずだ。

なぜなら、これは科学技術ではなく、日本政府だけが偶然発見した「神話級アーティファクト」による産物だからだ。

科学者がどれだけ頭を捻っても、魔法のコピー機を作ることはできない。

「……さて、どう返事をするか」

俺はキーボードを叩き、彼らへの返信を作成する。

もちろん核心(アーティファクトの存在)には触れない。

『件のデバイスについては、日本独自の「遺物研究」の成果だと聞いています。

私もテスターとして数個譲り受けましたが、なかなか便利な代物ですよ。

技術的な詳細は政府の管轄なのでお答えできませんが……』

のらりくらりと躱す。

だが、アメリカを敵に回すのも得策ではない。

日本政府もそれは理解しているようで、水面下では高度な政治的取引が行われていたようだ。

ニュースの続報が入る。

『なお、日米同盟の強化、および国際的なダンジョン攻略協力の一環として、生産されたレンズの一部、計2000個を米国へ輸出することが決定いたしました』

うまい落とし所だ。

コンタクトレンズ型1000個、メガネ型1000個。

合計2000個をアメリカに「お裾分け」することで、彼らの顔を立てつつ、外貨を稼ぎ、技術の優位性を保つ。

だが、これがまた新たな火種を生んでいた。

俺はアメリカ国内の探索者用掲示板(翻訳済み)を覗き見る。

そこは日本以上の地獄絵図となっていた。

『ふざけるな! たった2000個だぞ!?』

『アメリカには500万人の探索者がいるんだ。誰がその2000個を手に入れるんだ?』

『NYの「自由の翼」ギルドが政府に圧力をかけて500個確保したらしい』

『汚い! さすが大手は汚い!』

『西海岸のギルド連合が輸送機を襲撃する計画を立ててるって噂だぞ』

あっちはバチバチだ。

日本のように政府が「ライセンスランク順に公平に販売します」なんて管理ができる国ではない。

金と力、そしてコネクションがある者が全てを奪う。

たった2000個のレンズを巡って、ギルド同士の抗争、引き抜き、裏切りが横行しているらしい。

平和な日本でよかったと心底思う。

だが、その日本でも、このレンズの普及をきっかけに、ギルドの在り方が大きく変わろうとしていた。

ギルド。

探索者たちが集まり、互いに協力し、利益を共有する組織。

日本では現在、俺たち「アルカディア」が頭一つ、いや頭三つほど抜けて目立っているが、それ以外にも無数のギルドが存在する。

しかし、その実態はお粗末なものだ。

大半は大学のサークル仲間がノリで作ったグループや、会社の同僚が週末に集まる程度の「仲良しクラブ」だ。

組織としての規律もなければ、明確な収益モデルもない。

弱小もいいところだ。

「マスター。最近、新しいギルドの設立申請数が急増しているそうですよ」

事務作業をしていたリンが、タブレットを見ながら報告してくる。

「『株式会社○○・ダンジョン事業部』とか、『一般社団法人・探索者支援機構』とか。

なんか、きな臭い名前が増えてますね」

「金になる匂いを嗅ぎつけた大人たちが、本格的に参入してきた証拠だな」

俺は頷いた。

これまでは「命知らずの冒険者」の世界だったが、鑑定レンズの普及でリスク管理が可能になれば、企業はそれを「ビジネス」として計算できるようになる。

そうなれば次に流行るのは明白だ。

――ブラックギルド。

効率至上主義。

探索者を 社員(コマ) として扱い、ノルマを課し、搾取する組織。

アルカディアのような精鋭の大所帯ギルドを作るのは無理でも、烏合の衆を集めて人海戦術で稼ぐブラックギルドなら、誰でも作れる。

そして『ダンフロ』のシナリオにおいて、この時期に頻発するのが――

「『追放』だ」

「はい? 追放ですか?」

「ああ。

『お前のような無能は、ウチのパーティには要らない』。

『役立たずはクビだ、出ていけ』。

……そういう胸糞悪いドラマが、これからのトレンドになる」

リンが、きょとんとしている。

無理もない。

彼女は優秀だし、俺という最高の理解者がいるから「無能扱い」される経験がない。

だが世の中は、そうじゃない。

今回普及する「鑑定レンズ」は確かに便利だ。

HPが見える。

ステータスの数値が見える。

しかし、それには限界がある。

俺の【鑑定】のように、隠された適性や将来化ける「晩成型スキル」までは見抜けないのだ。

想像してみろ。

攻撃力という数値だけを見て、メンバーを評価する無能なリーダーを。

『おい、お前の攻撃力、たったの50かよ。レンズで見たら一目瞭然だ』

『でも僕はバフ(支援)が得意で……』

『うるさい! 数値が全てだ! お前みたいな寄生虫はクビだ!』

……という悲劇が、日本のあちこちで起きる。

数値化されたからこそ、その数値の裏にある真価を読み取れない馬鹿が増える。

皮肉な話だが、ツールが進化すればするほど、使う側のリテラシーの低さが露呈するのだ。

「ぜひ、追放された人はウチで拾いたいものだな」

俺は愉悦に浸るように言った。

これはチャンスだ。

『ダンフロ』はこの時期から「キャラゲー」としての側面が強くなる。

初期は装備とプレイヤースキルが全てだったが、中盤からは「強力なユニークスキル」を持つ固有キャラクター(ネームド)たちが頭角を現してくる。

「追放された荷物持ちが、実はSSS級の【アイテムボックス】持ちだった」

「クビになったヒーラーが、実は【聖女】の加護を持っていた」

「無能と言われたテイマーが、最強のドラゴンを手懐けた」

そんな「ざまぁ」展開の主人公たちが、ブラックギルドから放り出され、路頭に迷う。

そこを俺が拾う。

完璧なシナリオだ。

「……マスター。

なんか今、すごく悪い顔してましたよ?」

リンがジト目で見てくる。

「失礼な。俺は『社会貢献』を考えていたんだぞ。

理不尽に捨てられた才能を、適正な待遇で迎え入れる。

これぞホワイト企業の鑑だろう?」

「まあ、アルカディアの待遇が良いのは事実ですけど……。

マスターの場合、その人の『才能』を骨の髄までしゃぶり尽くす気満々なのが透けて見えるんですよね」

「人聞きが悪い。

俺は彼らに『輝ける場所』と『最強の装備』を与えるだけだ。

その対価として、世界の覇権を握る手伝いをしてもらう。

Win-Winの関係だ」

俺は窓の外、広大な東京の景色を見下ろした。

このコンクリートジャングルのどこかで、今も未来の英雄たちが無能な上司に罵倒され、涙を流しているかもしれない。

待っていろ。

俺の鑑定眼は、レンズごときとは解像度が違う。

お前たちの価値を正しく理解し、正しく使い潰してやるのは、この俺だけだ。

強スキル持ちが増えてくる。

ここらへんから、この世界はますます面白くなる。

俺は手元の端末を操作し、SNSの検索ワードに『クビ』『追放』『引退』といったネガティブな単語を登録した。

網は張った。

あとは大物が掛かるのを待つだけだ。

「さて、まずはレンズを手に入れた上位勢が、どんな勘違いをして『選別』を始めるか……。

高みの見物といこうじゃないか」

俺はコーヒーを飲み干し、来るべき「人材回収フェーズ」に向けて思考を巡らせ始めた。

ブラックギルドが流行れば流行るほど、俺のアルカディアは肥え太る。

皮肉な食物連鎖の頂点で、俺は静かに笑った。