軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第14話 魔石バブルの狂乱と日米同盟の覇権

港区ミッドタウン・タワーの高層階。

ギルド「アルカディア」のオフィスは静謐な空気に包まれていた。

だが、俺の目の前にある複数のモニターの中では、世界経済が熱を帯びて沸騰していた。

『速報です! 政府は本日、F級魔石の公定買取価格を、これまでの100円から一気に1万円へと引き上げると発表しました!』

ニュースキャスターが上擦った声で叫んでいる。

画面の隅には、買取カウンターに殺到する人々の映像がワイプで映し出されていた。

「100倍か。……まあ、予想通りのチャートだな」

俺はデスクに頬杖をつき、冷めたコーヒーを啜った。

驚きはない。

これは『ダンジョン・フロンティア』の経済シミュレーションにおいて、序盤に必ず発生する「第一次魔石バブル」イベント、そのままだからだ。

きっかけは先日のつくば研究所での一件だ。

俺が佐伯たちに与えた「F級魔石の 活用法(ヒント) 」――お湯を沸かす、電気を起こす、肥料にする――それらの研究データが、政府内部から意図的に、あるいは不用意にリークされたのだ。

「夢のエネルギー資源、実用化へ!」

「電気代がタダになる?」

「農業革命の予感」

メディアが煽り、企業が色めき立ち、そして政府が資源確保のために買取価格を釣り上げた。

1個100円のゴミ石が、一夜にして1万円の 宝石(ジュエル) に化けた瞬間だ。

「リーダー、見ました!? 1万円ですよ、1万円!」

ドアが勢いよく開き、リンが飛び込んできた。

彼女の手にはスマホが握りしめられている。

「F級ダンジョンで1時間狩れば魔石が3個は落ちますよね?

ってことは時給3万円!?

これ、完全にバグってますよ!」

「ああ、バグってるな。

だが、これが『適正価格』への第一歩だ」

俺は冷静に返した。

F級ダンジョンの浅い階層なら、装備さえ整っていれば危険は少ない。

そんな場所で、ただの石ころを拾うだけで時給3万円。

日給にすれば20万円以上。

月収なら数百万。

真面目に会社勤めをするのが馬鹿らしくなる数字だ。

実際、ニュース映像に映る行列の中には、スーツ姿のサラリーマンや制服姿の学生も混じっている。

「一攫千金」ではなく、確実な「高収入バイト」としてダンジョン探索が認知され始めた証拠だ。

「でも、リーダー。これって大丈夫なんですか?

みんなが仕事辞めてダンジョンに行っちゃったら、社会が回らなくなりません?」

「鋭いな。だが、まだそこまではいかない。

F級ダンジョンのキャパシティには限界があるし、入場規制もかかる。

それに……このバブルは、日本とアメリカだけの特権だからな」

俺は世界地図が表示されたモニターを指差した。

地図上の多くの国が赤く塗りつぶされている。

EU諸国、中国、ロシア、中東。

それらの国々は現在、ダンジョンゲートを「軍事的脅威」「未知のウイルス源」として認定し、コンクリートと軍隊で完全封鎖している。

「中から何も出すな、誰も入れるな」という鎖国政策だ。

一方で青く光っているのは、日本とアメリカだけ。

この二国だけがリスクを承知でダンジョンを開放し、民間人の参入を認め、資源としての活用に舵を切った。

「他国がビビって蓋をしている間に、日米だけが『魔石』という次世代エネルギーを独占的に採掘し、備蓄している。

当然、市場価格は俺たちの言い値だ。

供給元が二つしかないんだからな」

アメリカ大統領と日本の総理大臣(あるいは佐伯のようなフィクサー)が裏でガッチリと握手している絵が浮かぶ。

「他国が気づくまで、俺たちだけで美味い汁を吸い尽くそうぜ」という密約だ。

この「日米魔石同盟」こそが、10年後の世界においてこの二国を「ダンジョン覇権国家」へと押し上げる原動力となる。

逆に今封鎖している国々は、1年後に発生する世界規模の「スタンピード(大氾濫)」に対処できず、魔導技術の遅れも相まって三流国へと転落していく運命にある。

「まあ、政治の話はどうでもいい。重要なのは俺たちの倉庫の在庫だ」

俺は椅子を回転させ、事務員の方を向いた。

「在庫リストを出してくれ。特に『F級魔石』の総数を」

「は、はい!

えっと……現在ギルド倉庫に保管されているF級魔石は約五万個です。

メンバーからの納入分と、初期にリーダーがアメ横などで買い集めた分を合わせて」

「五万個か。悪くない」

俺は電卓を叩いた。

五万個 × 1万円 = 5億円。

初期投資はほぼゼロに近い。

アメ横で二束三文で買ったものや、メンバーがレベリングのついでに拾ってきたゴミだ。

それが5億円のキャッシュに変わる。

「全部、売るんですか?」

リンが目を丸くする。

「ああ。売り時(利確)だ。

これ以上待ってもF級の価格は、しばらく1万円で頭打ちになる。

それに、保管スペースも圧迫しているしな。

C級やB級の魔石を置く場所を空けたい」

「5億……。凄すぎて実感が湧かないです」

「5億なんて 端金(はしたガネ) だよ、リン」

俺は笑い飛ばした。

強がりではない。本心だ。

一般人からすれば5億円は一生遊んで暮らせる大金だろう。

だが、この「ダンジョンバブル」の規模は、そんなレベルではない。

俺の脳内にある『ダンジョン・フロンティア』の長者番付。

そのトップに君臨する「ロスチャイルド家生まれ」のようなプレイヤーたちは、このバブル相場を利用して数十兆円規模の資産をさらに数百倍に膨らませていた。

彼らは魔石そのものを売るのではなく、魔石関連の「先物取引」や「鉱山採掘権(ダンジョン所有権)」、あるいは国家への貸付で富を築く。

文字通りの「無敵モード」。

俺が何度かプレイしたあのルートでは、金が空気のように湧いてきて、逆に使い道に困るほどだった。

それに比べれば俺の5億円など、子供の小遣い銭に過ぎない。

これから俺が目指す「市場の完全支配」には、まだまだ 弾薬(キャッシュ) が足りないのだ。

「それに、この1万円という価格も、実は政府に『安く』買い叩かれているんだぞ」

「えっ、そうなんですか?

100円が1万円になったのに?」

「ああ。裏の『企業勢ルート』……つまり大手電力会社や重工メーカーが、政府を通さずに直接買い付けるルートでは、すでに1個5万円の値がついている」

俺はモニターの裏サイトの相場表を指差した。

企業の連中は魔石の真価に気づき始めている。

1万円で買って、それを加工して新エネルギーとして売れば、将来的に数千万円の利益を生むと計算しているのだ。

だから5万円でも安いと思って買っている。

政府が1万円で公募しているのは、一般市民から安く吸い上げて、それを企業に横流しして利ざやを稼ぐためでもある。

ボッタクリもいいところだ。

「うわぁ……汚い。大人って汚いですね」

リンが顔をしかめる。

「俺たちもその『汚い大人』の側だけどな。

まあ今回は面倒な裏取引をするより、公式ルートにドカンと卸して一気に現金化するのが手っ取り早い。

5万円ルートを開拓する手間と時間を攻略に回したほうが建設的だ」

俺は立ち上がった。

「よし、出荷作業だ。

トラックを手配しろ。五万個の魔石を政府の買取センターに持ち込むぞ」

数時間後。

都内の湾岸エリアに新設された「特別資源買取センター」。

巨大な倉庫のような建物の前には、魔石を詰めたリュックを背負った探索者たちが長蛇の列を作っていた。

彼らの顔は一様に明るい。

今日の稼ぎで焼肉を食おうか、新しいスマホを買おうか、そんな会話が聞こえてくる。

そこへ一台の大型トラックが、重々しいエンジン音と共に現れた。

側面に『ARCADIA』のロゴが入った、黒塗りの輸送車だ。

「おい、なんだあれ?」

「すげえトラックだな……」

ざわめく列を尻目に、トラックは一般レーンを無視して大口取引専用の搬入口へとバックで入っていく。

俺は助手席から降り立ち、待ち構えていた職員に書類を渡した。

「ギルド『アルカディア』だ。事前連絡した通り、F級魔石五万個の納品に来た」

「ご、五万個ですか!?

話には聞いていましたが、本当に……」

職員が青ざめた顔でトラックの荷台を見上げた。

荷台が開くと、そこにはコンテナに詰め込まれた紫色の輝きが、山のように積まれている。

周囲の空気が魔力の濃度で歪むほどだ。

「検品は? 一個ずつ数えるか?」

「い、いいえ!

重量計測と無作為抽出による品質チェックで対応させていただきます!

少々お待ちを!」

職員たちが慌ただしく動き回る。

フォークリフトが唸りを上げ、次々とコンテナが運び込まれていく。

その様子を遠巻きに見ている一般の探索者たちが、ポカンと口を開けて眺めていた。

「おい、あれ全部魔石かよ……」

「何億になるんだ?」

「アルカディア……八代匠のギルドか。格が違いすぎる」

羨望、嫉妬、畏怖。

様々な視線が突き刺さるが、俺にとっては心地よいスパイスだ。

やがて査定が終わった。

責任者らしき男が震える手で明細書を持ってきた。

「査定完了いたしました。

品質は全てAランク以上。不純物なし。

買取価格は……本日レートで、金五億二千万円となります」

「ご苦労」

俺はタブレットにサインをした。

即座にギルドの法人口座に、数字の羅列が着弾する通知音が鳴った。

5億2000万円。

これで当面の運転資金と、次の「仕掛け」のための軍資金は確保できた。

「ありがとうございます!

またの持ち込みをお待ちしております!」

職員の最敬礼に見送られ、俺は再びトラックに乗り込んだ。

車内でリンが興奮冷めやらぬ様子で話しかけてくる。

「リーダー、あの職員の顔見ました? 目が飛び出てましたよ!」

「まあな。個人の持ち込み量としては過去最大だろうからな」

「これで私たちも大金持ちですね!

何買いましょうか?

新しい装備?

それともオフィスの改装?」

「金は使うためにあるんじゃない。増やすためにあるんだ」

俺は窓の外を流れる東京の風景を眺めながら言った。

「5億なんてすぐに溶ける。

次のC級ダンジョン攻略、そしてオークションでの競り合い。

それに……そろそろ『海外』の動きも気になる頃だ」

「海外?」

「ああ。アメリカだ。

日本だけで盛り上がっているように見えるが、向こうのトッププレイヤーたちも同じように魔石バブルで肥え太っている。

いずれ市場が統合される時が来る。

その時、向こうの『怪物』たちに資金力で負けるわけにはいかない」

アメリカのトップギルド。

『スター・ストライプス』や『リバティ・フロント』といった連中だ。

彼らはバックに軍産複合体やウォール街の投資家がついている。

資金力で言えば、今の俺たちとは桁が二つ違う。

彼らが日本のオークションに参入してくれば、俺が狙っているレアアイテムを札束の暴力で根こそぎ奪っていく未来もあり得る。

それを防ぐためには、俺自身が「ロスチャイルド」に匹敵する財力を築かなければならない。

「金持ち喧嘩せずと言うがな。

この世界では、金を持っている奴が一番強い喧嘩ができるんだよ」

俺は目を細めた。

5億円はただの弾丸だ。

これから始まる本当の「経済戦争」のための、最初の一発に過ぎない。

「帰ったら次の 計画(プラン) を発表する。

魔石拾いは卒業だ。

次は『魔石を作る』側……いや、もっと効率の良い『錬金術』を始めるぞ」

トラックは夕暮れのハイウェイを走り抜ける。

煌めく都市の灯りが、すべて魔石の輝きに見えた。

バブルはまだ始まったばかりだ。

そして、その頂点に立つのは日米の政府でも投資家でもない。

俺たち「アルカディア」だ。