軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第83話 十重の呪いと極彩色の暴走、あるいはシステムを嘲笑うバフの暴力

マリアナ海溝。

世界を終わらせるために浮上した災厄の具現、SSS級ワールドボス『リヴァイアサン』に対し、人類史上最大にして最悪の「数」の暴力が襲いかかっていた。

黄金の光――ローマ教皇の命を代償とした『不滅のレギオン』の加護を纏った数百万の探索者たちは、死の恐怖から解き放たれ、ただひたすらに攻撃を繰り返す殺戮機械と化していた。

だが、相手は神話の怪物だ。

いくら死なないといっても、こちらの攻撃が豆鉄砲であれば、HPを削り切る前に人類側の精神が摩耗するか、あるいは別の「時間切れ(タイムオーバー)」ギミックが発動して終わる。

必要なのは「死なないこと」ではない。

「殺し切る火力(DPS)」だ。

暴風雨と雷鳴が轟く戦場の中央で、俺、八代匠は戦況を冷徹に分析していた。

「硬いな。さすがはSSS級、素の防御ステータスが異常だ」

数百万人がスキルを放っているにもかかわらず、リヴァイアサンのHPバーの減りは遅い。

漆黒の鱗は魔法を弾き、物理攻撃を減衰させる。

このままではジリ貧だ。

「……そろそろ入れるか。

『デバフ(弱体化)』のスペシャリストを」

俺はインカムのスイッチを切り替え、特定のチャンネルに呼びかけた。

「おい、カース班。準備はいいか?

あのでくの坊を、丸裸にしてやれ」

『――了解シマシタ、マスター』

ノイズ混じりの、感情の希薄な声が返ってきた。

それはアルカディアに所属する、ある特殊なユニークスキルを持つ男――通称『 呪いの王(カース・ロード) 』の声だった。

戦場の一角、リヴァイアサンの巨体を見上げる位置に、黒いローブを纏った集団が展開していた。

彼らは攻撃魔法を撃つわけでも、剣を振るうわけでもない。

ただ、禍々しい紫色のオーラを練り上げ、空に向けて指を突き立てていた。

ここで、この世界の「呪い(カース)」の仕様について解説しておこう。

『ダンジョン・フロンティア』のシステムにおいて、敵に対して付与できる「呪い」の数には、厳格な制限が存在する。

基本値は「1」。

どれだけ強力な呪術師が揃っていようが、どれだけ大勢で呪いをかけようが、敵1体につき適用される呪いは常に1つだけだ。新しい呪いをかければ、古い呪いは上書きされて消える。

これが鉄則だ。

もちろん、装備やパッシブスキルによって上限を増やすことはできる。

『呪い上限+1』の指輪や、『追加の呪いを適用可能』という鎧。

それらを極限まで積み重ねても、通常は「3つ」、あるいは「4つ」が限界だ。

それ以上はシステムが許さない。

だが。

この世界には、システムに愛された(あるいは嫌われた)例外が存在する。

「……対象、リヴァイアサン。固定完了」

黒ローブの男が、虚空に魔法陣を描く。

彼が持つユニークスキル【百鬼夜行の呪詛】。

その効果は、「自身が付与する呪いの数に制限を設けない」という、ルールの根底を覆すバグじみたものだ。

「展開開始。

――【エレメンタル・ウィークネス(全属性耐性低下)】」

リヴァイアサンの頭上に、属性防御が砕け散るアイコンが浮かぶ。

通常なら、これで枠は埋まる。

だが、男の詠唱は止まらない。

「――【コンダクティビティ(雷撃脆弱化)】」

「――【フラマビリティ(可燃性付与)】」

「――【フロストバイト(凍傷化)】」

さらに3つ。

炎、氷、雷。すべての属性に対する耐性が、強制的にマイナス域まで引き下げられる。

リヴァイアサンの鱗が、防御力を失って脆く変質していく。

「まだだ。動きを止める。

――【テンポラル・チェーン(時間鎖の呪い)】」

怪物の動作が、泥沼に浸かったように鈍くなる。

攻撃速度、移動速度、詠唱速度。すべてが半減する。

「――【エンフィーブル(衰弱)】」

「――【パニッシュメント(処罰)】」

「――【アサシン・マーク(暗殺者の印)】」

「――【スナイパー・マーク(狙撃手の印)】」

「――【ヴァルネラビリティ(物理脆弱化)】」

計10個。

実に10個もの最上級の呪いが、同時に、一匹の怪物に叩き込まれたのだ。

ドォォォォォンッ!!

物理的な重みすら伴って、呪いの重圧がリヴァイアサンを押し潰す。

空に浮かんでいた怪物の巨体が、ガクンと高度を下げた。

『グガァァァァァッ!?』

リヴァイアサンが悲鳴を上げる。

今まで蚊ほどにも感じていなかった探索者たちの攻撃が、急に「痛く」なったからだ。

耐性が下がり、皮膚が柔らかくなり、動きが鈍り、クリティカルを受けやすくなった。

絶対強者だった怪物が、一瞬にして「殴られ放題のサンドバッグ」へと転落した瞬間だった。

周囲の探索者たちが、その異変に気づく。

「おい見ろ! あいつの頭上のアイコン!」

「1、2……10個!? 10個もデバフが入ってるぞ!」

「ありえねえ! どんな装備してんだよ!」

「アルカディアのカース班だ! あいつらがやったんだ!」

歓声が上がる。

最強のデバッファーが味方にいる心強さ。

リヴァイアサンを縛り付ける鎖は、物理的な鎖ではなく、この理不尽なシステム介入だったのだ。

「よし、敵は柔らかくなった。

次はこっち(味方)を硬く、強くする番だ」

俺は次なる切り札に指示を出した。

「バッファー班、起動しろ。

『チャージ共有』、全開だ!」

戦場の中央、最も探索者が密集しているエリアに、一人の少女が立っていた。

彼女は巨大な旗――戦旗のようなアーティファクトを掲げている。

彼女の周囲には、赤、緑、青の3色の光球が、衛星のようにくるくると回っていた。

【チャージ(Charge)】。

それは戦闘中に特定の行動をとることで蓄積される、一時的な強化スタックのことだ。

『耐久力チャージ(Endurance Charge)』。

『狂乱チャージ(Frenzy Charge)』。

『パワーチャージ(Power Charge)』。

通常、これらは個人が自分で稼ぎ、自分で消費するものだ。

他人に譲渡することはできない。

だが、ここにもアルカディア独自の「例外」が存在する。

少女が持つユニークスキル【 共有する魂(ソウル・リンク) 】と、特殊装備【導きの戦旗】のシナジー効果。

これにより、彼女が獲得したチャージは、周囲の味方――この場合、戦場にいる「レギオン」の加護を受けた全探索者に、リアルタイムで 共有(コピー) されるのだ。

「行きます!

チャージ・ジェネレーション、最大出力!」

少女が旗を振るう。

彼女の装備している特殊なアクセサリーが唸りを上げ、秒間数十個というペースでチャージを生成していく。

そして、その限界突破したチャージが、光の波となって全軍に波及した。

シュウウウウウウッ……!

戦場にいる数百万人の探索者の体の周りに、3色の光球が出現する。

1個、2個、3個……。

数は止まらない。

通常の限界である3個を超え、5個、7個……そして10個へ。

「うおおおおおっ!? なんだこれ!?」

「チャージが……10個ずつ溜まってる!?」

「体が……燃えるように熱い!」

探索者たちが自分の体を見下ろして驚愕する。

彼らのステータス画面には、信じられない数値補正が表示されていた。

【耐久力チャージ × 10】

・物理ダメージ軽減:+40%(1個につき4%)

・全属性耐性:+40%(1個につき4%)

「カチカチだ……!

これならリヴァイアサンの攻撃を受けても即死しないぞ!」

タンク役の男が、自分の皮膚が鋼鉄のように硬化しているのを感じて叫ぶ。

属性耐性+40%は、実質的なダメージ半減に近い。

教皇の加護で死なないとはいえ、痛みが減り、吹き飛ばされにくくなるのは巨大なメリットだ。

【狂乱チャージ × 10】

・攻撃速度:+40%

・詠唱速度:+40%

・ダメージ増幅(More Damage):+40%

「は、速い!

剣が止まらねえ! 魔法が機関銃みたいに出る!」

アタッカーたちが狂喜する。

単純な加算(Increased)ではなく、最終ダメージに乗算される「増幅(More)」が40%。

さらに速度が1.4倍になれば、総火力(DPS)は2倍近くに跳ね上がる。

戦場全体の攻撃密度が、目に見えて分厚くなった。

そして極めつけは――。

【パワーチャージ × 10】

・クリティカル発生率:+500%(1個につき50%)

「500%ォォォッ!?」

「全部クリティカルじゃねーか!」

「目の前がクリティカルエフェクトで見えねえ!」

これこそが最大の火力源だ。

基礎クリティカル率が5%の武器でも、+500%されれば30%になる。

元々クリティカル特化しているビルドなら、確率は100%でカンストし、余剰分はクリティカル倍率へと変換される。

10個の呪いで豆腐のように柔らかくなったリヴァイアサンに、

10個のチャージでドーピングされた数百万の探索者が、

確定クリティカルの雨を降らせる。

それは戦闘ではない。

一方的なリンチであり、数値による暴力的な蹂躙だった。

「アルカディア……半端ねえ!」

「こんなバフ、見たことねえぞ!」

「神か! 八代は神なのか!」

世界中から感謝と畏怖の声が上がる。

さらに、そこへ畳み掛けるように、乃愛たち魔法部隊が展開した「オーラ」が重なる。

攻撃力を上げる【 憎悪(ヘイトレッド) 】。

防御力を上げる【 決意(ディターミネーション) 】。

移動速度を上げる【 迅速(ヘイスト) 】。

全種類のオーラが、虹色の幕となって戦場を覆い尽くす。

最強の矛と、最強の盾。

そして最強の支援。

すべてが揃った人類軍は、今や神話の怪物すら凌駕する「災害」となっていた。

『グオォォォォォォォッ……!!』

リヴァイアサンが苦悶の声を上げる。

七つの首のうち、すでに三つがへし折れ、再生が追いついていない。

自慢の絶対防御も、時空魔法も、この理不尽な暴力の前では無力だった。

だが、腐ってもワールドボス。

追い詰められた怪物は、最後の足掻きを見せる。

ズズズズズッ……!

リヴァイアサンの周囲の海面が黒く沸騰し、そこから無数の異形が這い出してきた。

【深きものども(ディープ・ワンズ)】。

ボスの眷属であり、1体1体がA級モンスターに匹敵する戦闘力を持つ親衛隊だ。

その数、数千。

「雑魚召喚か!

探索者を散らして、各個撃破するつもりだな!」

俺は即座に状況を把握した。

ボス本体への攻撃の手を緩めさせ、乱戦に持ち込んで時間を稼ぐ。

典型的な遅延行為だ。

俺はマイクを掴み、全軍に指示を飛ばした。

「狼狽えるな!

未来(パターン) は見えている!

雑魚の湧き位置は座標C-3からE-5!

魔法部隊、範囲魔法(AoE)の準備だ!

10秒後に召喚される!

出てきた瞬間に蒸発させろ!」

俺の【鑑定】は、未来の事象すら「確定した情報」として読み取る。

敵がどこに現れ、どう動くか。

すべては台本通りだ。

『10秒後! 魔法部隊、詠唱開始!』

『座標固定! タイミングを合わせろ!』

乃愛の指揮の下、数万の魔法使いたちが杖を掲げる。

10、9、8……。

海面が盛り上がり、怪物の頭が見えた瞬間。

「今だッ! 放てぇぇぇッ!!」

ドガアアアアアアアアンッ!!!

何万発ものファイアボール、サンダーボルト、アイススピアが、一点に集中して着弾した。

出現したばかりの深きものどもは、産声を上げることもできずに消し飛んだ。

出落ち。

完全なる出落ちだ。

『グッ……!?』

リヴァイアサンが驚愕に目を見開く。

自分の切り札が一瞬で潰されたのだ。

「次が来るぞ!

全体攻撃(ワイプ技)だ!

10秒後、右舷から左舷へ向けて、薙ぎ払いのブレスが来る!」

俺は間髪入れずに次の指示を出す。

リヴァイアサンの喉元が赤く輝き始めている。

即死級の熱線だ。

これをまともに食らえば、ブロック率や回避率に関係なく、HPごと身体が消滅する。

「ブロック持ちとタンク以外は即死する!

だが避けるな! 避ける時間が惜しい!

食らって死ね!

そして即座に起き上がれ!」

狂気の指示。

だが、これこそが「不滅のレギオン」の正しい使い方だ。

回避行動を取れば攻撃の手が止まる。

DPSが下がる。

ならば死んで、0.1秒で蘇生して、殴り続けた方が速い。

「来るぞ! 衝撃に備えろ!」

ズオォォォォォォォッ!!

極太の熱線が海上を薙ぎ払う。

数万人の探索者が光に飲まれ、蒸発した。

HPバーが一斉にゼロになる。

だが次の瞬間。

キンッ! という音と共に、彼らの体は光の粒子から再構成され、何事もなかったかのようにその場に立っていた。

「……あ、死んだわ俺」

「生き返った! HP満タンだ!」

「ポーション飲む手間が省けたぜ! ラッキー!」

「殴れ殴れぇぇぇ!!」

死んでも止まらない軍団。

ゾンビよりもタチが悪い、無限の命を持つ不死者の群れ。

リヴァイアサンにとっては、悪夢以外の何物でもないだろう。

追い詰められていく神話の怪物。

七つの首は全て落ち、残るは巨大な本体のみ。

HPバーは残り1%。

「本来なら……。

お前のようなSSS級の怪物は、同じくSSS級に至った『英雄』が一対一で戦い、その武勇を示すための試練だったはずだ」

俺は消えゆく怪物を見下ろして呟いた。

ダンフロ終盤のシナリオではそうだった。

主人公が極限までレベルを上げ、最強の装備を纏い、孤独な戦いの末に勝利する。

それが美しい物語だ。

「だが、現実は違う。

まだ人類にはSSS級の個体はいない。

英雄は不在だ。

だからこそ……こうして『凡人の群れ』が、知恵と数とシステムを悪用して、泥臭く、しかし確実に神を殺す」

「総員、とどめだ!

ありったけを叩き込めぇぇぇぇッ!!」

世界中の探索者の叫びが重なる。

魔法、剣技、矢、砲弾。

人類が持つ全ての殺意が、一点に収束した。

ドォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!!

マリアナの海が割れた。

光の柱が宇宙まで届く。

その光の中で、リヴァイアサンの巨体は崩壊し、霧散し、そして膨大な量の魔石とアイテムの雨となって降り注いだ。

討伐完了。

システムログが、静かに勝利を告げる。

静寂が戻った海の上で、誰かが歓声を上げた。

それは瞬く間に広がり、地球の裏側まで響き渡る大合唱となった。

「勝った……! 勝ったぞおおおおお!!」

「世界を救った! 俺たちが救ったんだ!」

「ざまぁみろ! 人間様を舐めるな!」

抱き合う者、泣き崩れる者、勝利のダンスを踊る者。

その様子は世界中に中継され、シェルターで震えていた人々も、テレビの前で拳を突き上げた。

俺は大きく息を吐いた。

「……ふー。

なんとかなったな」

全身の力が抜ける。

緊張の糸が切れ、心地よい疲労感が襲ってくる。

「マスター! やりましたね!」

「私たちが、世界を守りきりました!」

リンと乃愛が、涙目で俺に抱きついてくる。

田中も男泣きしている。

旭は部下たちと肩を組んで歌っている。

「ああ。上出来だ。

これ以上ない、完璧な勝利だ」

俺は彼女たちの頭を撫でながら、空を見上げた。

暗雲が消え、太陽の光が差し込んでくる。

それは新しい時代の夜明けの光だ。

教皇の犠牲は無駄ではなかった。

彼の命が作った盾が、人類を未来へと繋いだのだ。

「……見ていてくれましたか、教皇猊下。

あなたの守りたかった人間たちは、こんなにも強欲で、逞しいですよ」

俺は心の中で、あの老人に語りかけた。

少しだけ胸が痛むが、それは感傷というやつだろう。

「さて……。

感傷に浸るのは後だ」

俺はすぐにビジネスモードに切り替えた。

目の前の海には、リヴァイアサンが落としたSSS級の素材や魔石が山のように浮いている。

これを回収し、分配し、市場に流す。

それが終わるまでが、俺の戦争だ。

「総員、回収作業に移れ!

一個たりとも取りこぼすな!

これは世界を救った報酬だ! 骨の髄までしゃぶり尽くせ!」

「「「イエッサー!!!」」」

歓喜の声が、再び響き渡る。

世界は救われた。

そして人類は、新たなステージへと足を踏み入れたのだ。

より強く、より賢く、そしてより強欲に。