軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第79話 アルプスの白き神獣と不老の泉、あるいは権力者たちの醜悪なる皮算用

世界にダンジョンゲートが出現してから、一年と三ヶ月。

あの日米主導によるスタンピード(大氾濫)の鎮圧と、それに続く『国際公式探索者ギルド連盟(I・G・U)』の設立は、人類の歴史における明確な転換点だった。

港区ミッドタウン・タワー。

世界最強のギルド「アルカディア」のマスターオフィスにて、俺、八代匠は、デスクに積み上げられた書類の山と、絶え間なく明滅するモニター群を前に、深い溜息をついていた。

「……終わらん。誰だよ、世界を一つにまとめようぜ、なんて言い出した奴は。俺か。……俺だったわ」

俺は冷え切ったコーヒーを胃に流し込み、目頭を揉んだ。

忙しい。控えめに言って、過労死の三歩手前だ。

I・G・Uの運用は、俺の予想以上に順調に進んでいた。

アメリカと日本以外の国々――I・G・Uに加盟したヨーロッパ諸国や、アジア、南米の国々も、スタンピードの余波が収まると同時に、本格的な自国ダンジョンの攻略に乗り出した。

彼らの進捗は驚くほどスピーディだった。

わずか数ヶ月の間に、多くの国がF級、E級を制圧し、現在ではD級ダンジョンのクリア報告が連日のように上がってきている。

この異常なまでのハイスピード攻略。

その理由は明白だ。

彼らは、日本やアメリカが初期に経験した「手探りの地獄」を、完全にスキップしているからだ。

初期の日本を思い出してみろ。

システムを理解せず、錆びた鉄パイプで素殴りをしてはゴブリンに殺され、ステータスの振り方を間違えては理不尽な罠で死んでいった暗黒時代。

だが今の後発組の国々は、そんな無駄な死に方をしない。

彼らには「教科書」がある。

俺が書き綴ったビルド指南ブログは多言語に翻訳されて世界中で読まれているし、I・G・Uが配布する公式マニュアルもある。

さらに日本が開発した『ユニークスキル鑑定』の水晶によって、国民一人一人の適性が最初から可視化されている。

盾役、火力役、回復役。

最初から完璧なパズルを組んだ状態で、パーティーを結成できるのだ。

そして、何より装備の質が段違いだった。

「マスター。イギリスの『王立探索騎士団』から、追加の防具発注書が届いています。

初心者向けのスタンダードモデル(HP・耐性固定)を三千着。

それと、フランスからは魔法使い用の杖のオーダーです」

秘書の 乃愛(ウィズ) がタブレットを片手に、事務的に報告してくる。

「イギリスの奴ら、またか。先月も二千着、納品したばかりだぞ。

……まあいい。エミリーの工房と、ウチの提携工場にラインを回しておけ。

支払いはユーロじゃなく、D級魔石の現物払いで頼むとな」

「了解しました」

そう。

後発組が死なない最大の理由は、圧倒的な資本力に物を言わせて、最初から「正解の装備」を買い揃えているからだ。

日本とアメリカの工場で大量生産される、生存特化の良質マジックアイテム。

これを全身に着込んだ状態でF級やE級に潜れば、よほどのドジを踏まない限り死ぬことはない。

結果として各国の探索者部隊の生存率は劇的に向上し、攻略のノウハウも最適化された。

それは人類全体にとって素晴らしいことだ。

だが、そのツケは全て「I・G・U最高技術顧問」という肩書きを押し付けられた俺のところに回ってきていた。

『Mr.ヤシロ! 我がドイツ軍の主力タンクのビルドについてだが、ブロック率とアーマー、どちらを優先すべきか見解を!』

『八代殿! 中国のD級ダンジョンで、見たことのないギミックに遭遇した! 画像をそちらに送るゆえ、即座に鑑定と攻略法を!』

『ブラジル支部です! 新しいオーブの使い方が分かりません!』

アドバイザー。

聞こえはいいが、要するに世界中のトップ探索者たちからの「24時間体制の攻略Wiki兼Q&Aセンター」にされているのだ。

俺の【鑑定】とゲーム知識がなければ、彼らはD級のギミックボス一つ越えられない。

頼られるのは悪い気はしないが、時差のせいで昼夜問わずスマホが鳴り続けるのは勘弁してほしかった。

「あーもう! 俺は日本のアルカディアのマスターなんだぞ!

なんで、イタリアの魔法使いのスキル構成まで添削してやらなきゃならねえんだよ!」

「そう言いつつ、さっききっちり『その構成なら詠唱速度が足りないから、指輪のMODを変えろ』って長文で返信してましたよね」

乃愛がジト目で突っ込んでくる。

「……ゲーマーの性だよ。間違ったビルドを見ると、口出しせずにはいられないんだ」

俺は頭を掻きむしった。

俺が世界を急成長させた。その責任は取る。

だが、そろそろ俺自身もB級ダンジョンの深層や、その先にあるA級への本格的な攻略に集中したいのだ。

リンたちトップチームも、俺の同行を待ちわびている。

そんなふうに俺が過労とフラストレーションの波に呑まれかけていた、まさにその時だった。

ピロリンッ。

デスクの上の、最もセキュリティレベルの高い専用端末が甲高い警告音を鳴らした。

それはI・G・Uのトップ――すなわち、日米の首脳レベルからの緊急通信通知だった。

「……ん?」

俺は眉をひそめ、通話ボタンを押した。

画面に映し出されたのは、内閣官房の佐伯の血の気のない顔だった。

『八代くん……! すまない。大至急、I・G・Uの仮想会議室にログインしてくれ。

とんでもない事態になった』

「とんでもない事態? どこかの国がダンジョン内で全滅でもしましたか?」

『いや違う。逆だ。

……スイスだ。スイスにダンジョンが出現した』

「スイス?」

その言葉を聞いた瞬間、俺の脳内でカチリと歯車が噛み合う音がした。

スイス。

永世中立国として知られる、その美しい国は、これまで世界中でダンジョンゲートが発生する中、なぜか「一つもゲートが出現していない」という極めて特殊な例外地域だった。

地脈の関係か、魔素の偏りか。

理由は不明だが、彼らはダンジョンの脅威からも、そしてその恩恵からも完全に切り離されたサンクチュアリ(聖域)として、一年以上を過ごしてきたのだ。

そのスイスに、今更ゲートが出た。

(……来たか)

俺は内心でニヤリと笑いそうになるのを、必死に堪えた。

数ヶ月前のニューヨークでの国連会議の後、俺が密かに待ち望んでいた「次なる特大イベント」のフラグだ。

スイス、アルプス山脈、遅れてきた特異点。

(あの『異常ダンジョンゲート』だな。

やっとお出ましか。待ちくたびれたぜ)

俺は『ダンジョン・フロンティア』の攻略知識を引っ張り出しながら、表向きは驚いたような、深刻そうな顔を作った。

「あのスイスに、ですか。今まで一つも出なかったのに、不気味ですね。……すぐに行きます」

俺は端末のVRゴーグルを被り、I・G・Uの暗号化された仮想会議空間へとダイブした。

視界が切り替わると、そこは円形闘技場のような荘厳なデザインのVR会議室だった。

中央の巨大な円卓を囲むように、アメリカ大統領、日本の総理大臣をはじめ、イギリス、フランス、中国、ロシアなど主要加盟国の首脳や、ダンジョン対策の最高責任者たちのホログラム・アバターがずらりと並んでいる。

そして今日に限っては、普段はこの場にいないスイス連邦大統領の姿もあった。

議場の空気は、極度の緊張と、得体の知れない未知への警戒心で、むせ返るようだった。

「おお、来たか。I・G・U最高技術顧問、ヤシロ殿」

アメリカ大統領が俺のログインを認めて重々しく頷いた。

「事態は聞いているな?

これまで沈黙を保っていたスイスの、アルプス山脈・マッターホルン近郊の岩肌に、突如として巨大なゲートが出現した。

スイス政府からの緊急報告を受け、我々も衛星画像を確認したのだが……」

大統領が手元のパネルを操作すると、円卓の中央に高解像度のホログラム写真が投影された。

雪と氷に覆われた険しい山肌。

そこに、ぽっかりと空いた巨大な空洞。

しかし、そのゲートは通常の「青」や、腐敗を意味する「赤」ではなかった。

――純白。

眩いばかりの神々しさすら感じさせる白銀の光の渦が、吹雪の中で静かに脈動している。

その神聖な輝きは、それが通常の魔物の巣窟ではないことを、一目で理解させた。

「……こいつは」

俺はホログラムに近づき、じっと目を凝らした。

首脳たちが固唾を飲んで、俺の言葉を待っている。

彼らの耳には全員、俺が開発に噛んだ『魔石翻訳機』のイヤホンが装着されているため、俺の日本語はリアルタイムで彼らの母国語として伝わる。

「八代くん。君の『眼』で、これが何なのか分かるかね?」

日本の総理が尋ねてきた。

「ええ。少し待ってください」

俺はVR空間を通じたデータリンク越しに、自身のSSS級ユニークスキル【鑑定】を発動させる……フリをした。

写真の解像度と、現地から送られてくる魔素の波長データ。

それらを照合しているような「演技」をしながら、俺の頭の中では既に答えが出ている情報を、どうやって彼らにプレゼンし、どうやって「丸投げ」するかを計算していた。

(やっぱりだ。アルプスの隠しダンジョン、通称『神獣の住処』。

超高難易度の特殊レイドであり、同時に最高のボーナスステージ……。

さて、こいつらの鼻先に極上のニンジンをぶら下げてやるとするか)

俺は息を深く吸い込み、魔石翻訳機のマイクをオンにした。

表情は、あくまで「恐るべき真実に触れてしまった」かのような重々しいものを装う。

「……では、鑑定結果を報告します」

俺の声が各国の言語に翻訳されて、議場に響き渡る。

全員の視線が俺の一挙手一投足に釘付けになった。

「このゲートは、通常のダンジョンのように多層構造で魔物がうようよしている場所ではありません。

ダンジョン名は『神獣の住処』。

魔力規模としてはB級ダンジョン相当ですが……内部にはゴブリンやオークのような雑魚モンスターは一切存在しません」

「雑魚がいない? では空っぽの空間なのか?」

フランス大統領が眉をひそめる。

「いいえ。

中にはたった一体の『ボス』だけが鎮座しています。

ただし、その実力は……最低でも『A+級』。

以前、日本の横浜を壊滅寸前にまで追い込んだ『オーガキング』を遥かに凌駕する、神話クラスの化け物です」

A+級。

その言葉の重みに、議場が静まり返る。

オーガキングの絶望を映像で知っている彼らにとって、それ以上の存在が単独で待ち構えているという事実は、悪夢以外の何物でもない。

「な、ならば即刻、核による爆撃、あるいは何重ものコンクリートで封鎖を……!」

スイス大統領が青ざめた顔で叫んだ。

自国にそんな時限爆弾が出現したのだ。パニックになるのも無理はない。

「まあ、最後まで聞いてください」

俺は手を挙げて彼を制した。

ここからが、このダンジョンの「真の価値」だ。

「このダンジョンは放置しても、スタンピードは起こしません。

ボスは自らの領域から出ることはなく、ただ静かに侵入者を待つだけです。

ですが……この神獣を倒し、一度だけダンジョンを 攻略(クリア) した場合、最奥に存在する『ある物』にアクセスする権利が得られます」

「ある物だと?」

アメリカ大統領が身を乗り出す。

「はい。

ボスの背後には『奇跡の泉』と呼ばれる施設が存在します。

そこに一定量の魔石を捧げることで、泉は一滴の液体を生み出す。

その液体の名は――『エリクサー』」

エリクサー。

その単語が翻訳された瞬間、各国の首脳たちの顔に、明確な「疑問」と「興味」が浮かんだ。

「それは……ゲームや神話に出てくる万能薬のことかね?」

イギリス首相が探るように問う。

「ただの薬ではありません」

俺は鑑定ウィンドウに表示されている体裁で、そのアイテムの狂気的なテキストを読み上げた。

「このエリクサーは、あらゆる物理的欠損、病気、ウイルスの感染、そして現代医学では治療不可能な先天性疾患すらも、一瞬にして『完全治癒』させます。

……そして、それだけではありません」

俺は一拍置き、議場にいる「老いた権力者たち」の顔をぐるりと見渡した。

彼らが最も恐れ、最も抗いたがっているもの。それを提示する。

「この霊薬は『老い』にも有効です。

飲めば不老不死になるわけではありませんし、記憶が消えて若返る(子供になる)わけでもありません。

ですが肉体の細胞レベルでの劣化を修復し、その人間の、生物としての見た目を除いた『全盛期の肉体年齢』まで、状態を回帰させる。

つまり……実質的な『寿命の大幅な延長』を可能にする、真の奇跡です」

――静寂。

文字通りの針の落ちる音すら聞こえそうな、絶対的な静寂がVR空間を支配した。

そして次の瞬間。

議場の空気は恐怖から「ドス黒い欲望の業火」へと一変した。

「ほ、本当なのか……!? 全盛期の肉体に戻るだと!?」

御年70を超えるロシアの指導者が、目を血走らせて立ち上がった。

「あらゆる病が治り、寿命が延びる……!

神の雫ではないか!」

心臓に持病を抱える某国の代表が、震える手で胸を押さえる。

彼らは権力の頂点にいる。

金も、地位も、軍隊も、すべてを持っている。

彼らが唯一持っていないもの。そして、どれだけ金を積んでも買えなかったもの。

それが「時間(若さ)」と「絶対の健康」だ。

それが今、アルプスの雪山に、ただの液体として置かれているというのだ。

「す、スイス連邦として主張する!」

我に返ったスイス大統領が、裏返った声で叫んだ。

「そのゲートは我が国の領土内に発生した!

スイスの主権において、その『奇跡の泉』およびエリクサーは、我が国の完全な管理下に置く!

I・G・Uの関与は無用だ!

他国の無断侵入は、いかなる理由があろうとも主権侵害とみなす!」

永世中立国。

普段は温厚で平和を愛するはずの彼が、瞳に狂気を宿して唾を飛ばした。

無理もない。これほどの価値を持つものが自国にあると知れば、独占したくなるのが人間の性だ。

だが、その主張が通るほど、世界のトップたちは甘くない。

「寝言を言うな!!」

ダンッ!!

円卓を強く叩いたのは、アメリカ大統領だった。

彼はスイス大統領を冷ややかに、そして獰猛な目で見下ろした。

「主権だと? 笑わせるな。

貴国はダンジョン探索を放棄し、探索者の育成も怠ってきた。

そんな貴国が、どうやってその『A+級』の神獣を倒すというのだ!?

指をくわえて見ているだけで、エリクサーが手に入るとでも思っているのか!」

「そ、それは……!

我が国の軍隊が……!」

「戦車やミサイルが通用しないことは、日本の横浜で証明済みだろう!」

ロシアの指導者も、アメリカに同調するように立ち上がった。

「その通りだ。

宝の持ち腐れは、人類に対する罪だ。

スイスよ。もし貴国がそのゲートを独占し、我々のアクセスを拒むというのなら……。

我々は『人類の共有財産を保護する』という大義名分のもと、軍事侵攻を行ってでも、その山を我が手に収める用意がある」

「なっ……!? 中立国への侵略を公言するのか!」

「エリクサーの前では、国境の線など子供の落書きに過ぎん!」

中国の代表も怒号を飛ばす。

議場は完全にカオスと化していた。

「うちによこせ」「いや我々が先だ」「分配の比率を今すぐ決めろ」。

スーツを着た紳士たちが、まるで泥棒の分け前を巡って争う野盗のように、醜い顔で怒鳴り合っている。

日本の総理と佐伯は、その光景に圧倒され、青ざめた顔で黙り込んでいた。

無理もない。

エリクサーの魔力は、第三次世界大戦の引き金になりかねないほどの毒性を秘めている。

(……やれやれ。

やっぱり、こうなったか。どいつもこいつも、目の前のニンジンに釣られた見苦しい連中だ)

俺は心の中で冷ややかに笑った。

だが、ここで彼らに戦争を起こされては、俺の商売の邪魔になる。

それに、俺がわざわざこの情報を小出しにしたのは、彼らに「倒してもらう」ためだ。

俺は深く、わざとマイクに拾われるように盛大なため息をついた。

その音は激論を交わす首脳たちの耳に、冷や水を浴びせるように響いた。

「はいはい。皆さん、落ち着いてください。

みっともないですよ。世界を導くリーダーたちが、取らぬ狸の皮算用で戦争を始めようだなんて」

俺は椅子から立ち上がり、円卓の中央にあるホログラムの神獣の画像を、指先でコンコンと叩いた。

「いいですか。

先ほども言いましたが、こいつは『A+級』です。

今のあなた方が自慢している精鋭部隊……アメリカの聖杯強化兵だろうが、日本の重装盾兵だろうが、百人単位で突っ込ませても一分で全滅しますよ」

「なっ……!

バカな。我々の軍隊は世界最強だぞ!」

「レベルが足りないんですよ。

それに、こいつは特殊なギミックを持っています。即死攻撃も持ってる。

適当に火力をぶつければ倒せるような、脳筋モンスターじゃない」

俺は冷たい視線で彼らを一瞥した。

「まず『入手する(倒す)』ことが先決でしょう。

倒せもしないうちから分配で揉めるなんて、絵に描いた餅を奪い合っているのと同じです。

それに……」

俺はスイス大統領に向き直った。

「スイス大統領。あなたが独占を主張する気持ちは分かりますが、現実を見てください。

あなた方の軍隊だけで、あのA+級を倒せますか? 無理でしょう。

自国だけで無理をして全滅し、世界中から孤立して軍事介入を招くか。

それとも……」

俺は言葉を切り、再び全体を見渡した。

「まずは『様子見』をしてはどうですか?

先ほど言ったように、このダンジョンは一度攻略されるまでは消えません。そしてスタンピードも起きない。

焦って戦争を起こす必要は、どこにもないんです」

「だ、だがエリクサーが……!」

「奇跡の泉は、一度攻略すれば、あとは『魔石』を捧げるだけでエリクサーを生成し続けます。

つまり、所有権だの独占だのと言うから角が立つんです。

攻略は『出来る人たち』……つまり日米の精鋭部隊を中心としたI・G・Uの合同レイドチームに任せればいい。

そして攻略後の泉の管理は『I・G・Uの共同管理』にするんです」

俺は彼らに、最も合理的で平和的な「落とし所」を提示した。

「スイスには、場所を提供した対価として相応の利益(場所代や警備費)を支払う。

そして泉の利用権は、各国の『魔石の拠出量』に応じて分配する。

魔石さえあれば、エリクサーはいくらでも手に入るんです。

軍事侵攻なんて馬鹿なことをするより、魔石を持ち寄って山分けするのが、一番ベターでスマートなやり方じゃありませんか?」

俺の提案に、議場の空気がピタリと止まった。

血に飢えていた彼らの脳内に、冷ややかな「 計算(そろばん) 」が戻ってくる。

戦争をして奪い合うリスク。

神獣に挑んで戦力をすり潰すリスク。

それらに比べれば、I・G・Uという枠組みの中で、各国の経済力(魔石)を使って平和裏に取引する方が、よほど確実で安全だ。

それに「攻略は出来る人に任せる」という俺の言葉は、彼らにとって都合が良い。

自分たちの血を流さずに、日米の探索者にリスクを押し付けられるのだから。

「……確かに。

ヤシロ殿の言う通りだ。

我々は少々、熱くなりすぎていたようだ」

アメリカ大統領が、ふぅと息を吐いて椅子に座り直した。

それに続くようにロシアも中国も、そしてスイス大統領も、渋々と、しかし安堵したように頷いた。

「では本件については『保留』とする。

まずはダンジョンの周辺をI・G・Uの共同警備隊で封鎖し、安全を確保。

攻略の時期と選抜チームの編成については、I・G・Uの主導で進めるということで……異存はないな?」

大統領の問いかけに、反対の声は上がらなかった。

暴走しかけた欲望の機関車は、俺というブレーキによって、辛くもレールの上へと戻されたのだ。

「ええ。準備が整い次第、日米の精鋭たちを向かわせましょう。私は後方でアドバイスしますよ。

それまでは皆さん、自分の国のダンジョンで一生懸命『魔石』を掘って、泉に捧げるお布施を貯めておいてください」

俺は皮肉たっぷりに言い放ち、会議室のログアウトボタンを押した。

VRゴーグルを外し、現実のマスターオフィスに戻ってきた俺は、深い溜息をついて天井を仰いだ。

「はぁぁぁ……。

疲れた。マジで疲れた。

なんで俺が、第三次世界大戦の調停役みたいなこと、やらなきゃいけねえんだよ」

肩を回しながら愚痴をこぼすと、待機していた乃愛が冷たいおしぼりを差し出してくれた。

「お疲れ様です、マスター。

……でも流石でした。あんな一触即発の空気を一言でまとめ上げるなんて。

見事な仲裁でしたよ」

「勘弁してくれ。俺はただの商人兼ゲーマーだ。

あんな老人どもの欲望に付き合わされるのは御免だね」

俺はおしぼりで顔を拭きながら、ニヤリと笑った。

共同管理?

魔石による等価交換?

攻略は出来る人たちにお任せ?

確かに俺はそう言った。

日米のトップランカーたち(と俺の装備)なら、時間をかければあの神獣も倒せるだろう。

俺は後方で「この攻撃を避けろ」と指示を出すだけでいい。

見事な丸投げだ。

だが俺は一つだけ、「重要な事実」を彼らに伝えていない。

奇跡の泉でエリクサーを生成するためには、莫大な魔石が必要だ。

だが、その魔石はF級やE級のゴミ魔石ではダメなのだ。

生成に必要なのは『A級以上の魔石』。

現在、世界中探してもアルカディアしか安定して入手・精製できない、超高純度のレア魔石。

「……さて。

各国がエリクサー欲しさに、ウチからA級魔石をいくらで買ってくれるか。

今から楽しみで仕方ないな」

結局のところ、泉の蛇口を握るのはI・G・Uでもスイスでもない。

燃料(A級魔石)の供給源を独占している俺たちアルカディアなのだ。

世界を救うふりをして日米にボスを倒させ、世界の富を根こそぎ奪い尽くす。

これこそが真の「錬金術」。

「まずは、あの白き神獣をぶっ飛ばす準備だ。

日米のトップランカーたちに、対神獣用の特注装備を売りつけるカタログを作れ。

俺は高みの見物で、彼らがボスを倒すのを応援させてもらうぞ」

俺は疲労も忘れ、立ち上がった。

欲望に塗れた政治劇の後は、純粋な商売の時間が待っている。

ダンジョン・フロンティアの真骨頂は、ここからだ。