軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第67話 地下の地主たち・隠匿から管理へ、あるいは「ダンジョンオーナー」という新資格

ダンジョンゲートが世界に出現してから、九ヶ月が経過しようとしていた。

季節は秋。都内の並木道は色づき始め、冷たい風が人々のコートの襟を立てさせる時期になっていた。

世界は魔石エネルギーによる産業革命と、探索者という新たな富裕層の台頭によって劇的な変化を遂げていたが、

その足元――文字通りの「地下」には、未だ手付かずの時限爆弾が埋まったままである。

霞が関、内閣府庁舎の地下深くにある危機管理センター。

窓のない密閉された大会議室は、重苦しい沈黙と、煮詰まったコーヒーの焦げた匂い、

そして終わりの見えない議論に疲弊した官僚たちの溜息で充満していた。

「……つまり現状では、『お手上げ』ということですか?」

苛立ちを隠そうともせずに声を上げたのは、警察庁から出向している警備局長だ。

彼の目の前には東京都内の地図が広げられている。

そこには魔素濃度の異常値が観測された地点が、赤い点でマーキングされているはずだったが、

その地図は驚くほど白いままだ。

「お手上げという表現は不適切ですが……。

技術的な限界と言わざるを得ません」

答えたのは、文部科学省管轄のダンジョン研究機関の代表者だ。

白衣を着た彼は、憔悴した顔で首を横に振った。

「ダンジョンゲートの外部検知についてですが、結論から申し上げますと『不可能』です。

ゲートは空間そのものの歪みですが、その影響範囲は極めて局所的です。

半径数メートル以内――目視できる距離まで接近すれば、空間の揺らぎや特有の魔力波長を観測できます。

しかし壁一枚、扉一枚隔てた向こう側にゲートがあっても、

それを外部からセンサーで感知する技術は、現在の人類にはありません」

研究者は手元のタブレットを操作し、シミュレーション画像を表示させた。

住宅街の中に潜むゲート。

しかし外側からは、何の反応もない。

「魔力遮断シートや防音設備を備えた地下室に設置された場合、探知は絶望的です。

人工衛星だろうが、最新の魔導レーダーだろうが、見つけることはできません。

物理的にドアを開けて、目で見て確認するしか方法がないのです」

会議室に、絶望的な空気が流れる。

数ヶ月前に起きた「田園調布オーバーフロー事件」。

資産家が自宅の地下に隠していたダンジョンから魔物が溢れ出し、住宅街をパニックに陥れたあの事件以来、

新たな事故は起きていない。

だがそれは単なる幸運に過ぎない。

政府の試算によれば、都内だけでも数千、全国では万単位の「未登録ゲート」が存在すると推測されている。

それらは今も個人の家の押し入れや、工場の倉庫、あるいは雑居ビルの地下で、密かに口を開けているのだ。

いつまた管理不全で魔物が溢れ出すかわからない。

俺、八代匠は、末席に用意された革張りの椅子に深く腰掛け、

この不毛な堂々巡りを、冷めた目で見つめていた。

(……まあ、そうなるよな)

俺は心の中で毒づく。

彼らが必死になって探している「探知方法」。

実は俺にはある。

SSS級ユニークスキル【鑑定】を使えば、街を歩くだけで、

「ああ、そこの家の二階にF級ゲートがあるな」

「こっちの工場の地下にはD級があるな」

と、手に取るように分かる。

壁など関係ない。

情報は俺の網膜に直接ポップアップされるからだ。

だが、それを言うつもりは毛頭ない。

もし「八代さんなら探せます!」なんてバレたらどうなるか。

「国家の危機です! 日本中を歩き回ってゲートを探してください!」

と、人間レーダーとして酷使される未来しか見えない。

冗談じゃない。俺は忙しいんだ。

B級ダンジョンの攻略もあれば、魔石の相場操作もしなきゃならない。

政府の犬になって、ドブ板営業のようなローラー作戦に従事する義理はない。

「では物理的な捜査はどうなのですか?

怪しい家を一軒一軒回るわけにはいかないのですか?」

内閣官房の佐伯が、法務省の担当官に水を向けた。

佐伯の顔も、ここ数ヶ月の激務で随分とやつれている。

法務官僚は苦虫を噛み潰したような顔で首を振った。

「無理です。

法的根拠がありません。

現在の法律では、ダンジョンゲートの所持そのものは『グレーゾーン』ですが、明確な犯罪ではありません。

事件が起きていない段階で、一般市民の住居に踏み込むための令状など、裁判所が出すはずがない」

「しかし放置すれば、第二の田園調布事件が起きるかもしれませんよ?

人の命がかかっているんです!」

「だからと言って、全世帯を家宅捜索するなどという暴挙が許されるわけがありません!

そんなことをすれば人権侵害で訴訟の嵐です。内閣が飛びますよ!」

法務省と警察庁の言い合い。

「安全」か「人権」か。

答えの出ないシーソーゲームだ。

「かと言って事件が再び起きるまで待つというのも……。

もし次、学校の近所や繁華街の真ん中でオーバーフローが起きたら?

『探知できませんでした』『法的に無理でした』では済まされません。

我々の責任問題になります」

国土交通省の役人が頭を抱える。

彼らは「建物」の管理責任を問われる立場だ。

違法建築の地下室にダンジョンがあるなど、悪夢以外の何物でもないだろう。

会議室は再び、沈黙に包まれた。

誰もが「何かをしなければならない」と分かっていながら、

「何をしても地雷を踏む」という状況に竦んでいる。

俺は、そろそろ潮時かと判断した。

温くなったお茶を一口飲み、カップをコトリと置く。

その小さな音が静まり返った会議室に響いた。

全員の視線が俺に集まる。

「現代の魔法使い」「経済のフィクサー」「政府の知恵袋」。

勝手な肩書きをつけられた俺の言葉を、彼らは待っている。

「……皆さん。

議論の前提が間違っているんですよ」

俺は静かに口を開いた。

「間違っている……とは?」

佐伯が身を乗り出す。

「あなた方は『どうやって見つけるか』、『どうやって取り締まるか』ばかり議論している。

北風と太陽の話をご存知でしょう?

コートを脱がせたいなら、暴風を吹き付けるんじゃなくて、暑くすればいい」

俺は立ち上がり、ホワイトボードの前に立った。

黒のマーカーを手に取り、大きく文字を書く。

『没収』。

そして、その文字の上に大きなバツ印をつけた。

「まず、この『没収』という方針を止めるべきです。

これが全ての元凶だ」

「し、しかし!

ダンジョンは国の資源です!

個人の敷地に出たからといって、それを私物化することを許せば、地下資源の独占を許すことになります!」

財務省の役人が反論する。

古い考えだ。

石油や金鉱脈と同じように考えている。

「その考え方が国民を『隠蔽』に走らせているんです。

考えてもみてください。

自宅の庭に『金のなる木』が生えました。

国に報告すれば、木は没収され、土地は立ち入り禁止になり、一円の得にもならない。

逆に黙っていれば、毎日数万円、数十万円の実が収穫できる。

……あなたならどうしますか?」

俺の問いに、役人たちは口ごもった。

答えは明白だ。

誰だって隠す。

死ぬ気で隠す。

防音工事をし、魔力遮断シートを買い込み、近所にバレないように深夜にこっそり換金しに行く。

それが人間の欲望であり、合理性だ。

「現状の法律は、国民に対して『隠してくれ』と言っているようなものです。

見つかったら損をする。

隠せば得をする。

このインセンティブ設計がある限り、いくら警察が目を光らせても、隠れダンジョンはなくなりません。

むしろアングラ化し、ヤクザや海外のマフィアが介入してくるだけです」

「……ではどうしろと言うんですか?

八代さんがそう仰るなら、没収をやめろと?」

「ええ。止めましょう。

発想を180度変えるんです」

俺は『没収』の横に、新しい単語を書いた。

【管理資格】。

そして【所有権】。

「『隠していること』を罪にするのではなく、『無資格で運営すること』を罪にするんです。

そして、資格さえ取れば、堂々と所有し、収益を上げても良いと認める。

これなら彼らは喜んで手を挙げますよ」

「資格……ですか?」

佐伯が顎に手を当てて考え込む。

「ええ。

『ダンジョン管理士』……名前は何でもいいですが、国が認めた資格制度を作るんです。

ただし、これは極めて簡単なものでなければなりません。

難解な試験や高額な講習料が必要なものではダメです。

自動車の運転免許……いや、原付免許くらいのハードルでいい」

俺は強調した。

ここでハードルを上げすぎると、結局「めんどくさいから隠そう」となる。

「誰でも取得できるレベルに落として、最低限の安全管理ルール――

換気設備の設置、避難経路の確保、魔物があふれた時の通報義務――を守らせる。

その代わり、国は彼らに『お墨付き』を与える。

『あなたは正規のダンジョンオーナーです』とね」

会議室がざわめく。

パラダイムシフトだ。

これまで「犯罪者予備軍」として見ていた隠れダンジョン所有者たちを、「事業者」として認めるという提案。

「し、しかし権利関係はどうします?

地下資源は国のものという原則が……」

「原則なんて、時代に合わせて変えればいいでしょう。

公園や道路など公共の場に出たゲートは、国の管理物とする。

それ以外、私有地に出現したゲートは、その土地の管理者、あるいは所有者に帰属する。

シンプルに、こう定義し直すんです」

俺は官僚たちの顔色を伺いながら、甘い蜜を垂らす。

「そうすれば、どうなると思いますか?

まず、今までアングラに流れていた魔石が、正規ルートで流通するようになります。

国はそこから堂々と『税金』を取れる。

固定資産税の評価額も上がるでしょう。

さらに登録制にすることで、どこの誰がゲートを持っているか完全に把握できる。

安全管理の指導もできるし、万が一の際の責任の所在も明確になる」

税収アップ。

管理コストの低減。

責任の転嫁。

官僚たちが大好きなキーワードを並べ立てる。

「北風を吹かせるより、太陽の光でコートを脱がせて、

そのコートに税金をかける方が賢いでしょう?」

俺の皮肉混じりの例え話に、財務省の役人がニヤリと笑った。

どうやら損得勘定が一致したようだ。

「……なるほど。

『所有権』という飴を与えて、『資格と納税』という首輪をつけるわけですね。

理に適っています」

「国交省としても、建物の安全基準さえ守らせれば文句はありません。

むしろ違法建築まがいの地下室を作られるより、正規のリフォームとして申請してもらった方が指導しやすい」

「警察庁も同意します。

闇市場の資金源を断てるなら、それに越したことはない」

空気が変わった。

「できない理由」を探していた会議が、「どうやって実現するか」という前向きな(そして欲望に忠実な)方向に動き出した。

「よし……。

ではこの方向性で、『民間ダンジョン管理適正化検討ワーキンググループ』を立ち上げましょう」

佐伯が力強く宣言した。

「とりあえず国民の理解を得る所からスタートです。

法改正には時間がかかる。

スピード感としては……1年を目安に考えましょうか!

来年の国会での法案提出を目指して」

1年。

気が遠くなるほど遅いが、それが民主主義の手続きというものだ。

だが俺には、そんなに待つつもりはない。

1年もあれば、市場はまた別の形に変わってしまう。

もっと早く、俺の手元に情報を集める仕掛けが必要だ。

「待ってください、佐伯さん」

俺は手を挙げた。

「1年後の法整備は結構ですが、それまでの間、指をくわえて待っているわけにはいきません。

現状把握として『完全匿名』での情報収集キャンペーンを打ちませんか?」

「匿名での情報収集……というと?」

「実態調査です。

『将来的に合法化する予定だから、今のうちに教えてくれれば優遇するよ』というアナウンスと共に、アンケートを実施するんです」

俺は手元のメモ帳に、アンケートの項目を書き出した。

「例えば……

『家に出現してるから、没収が怖くて申し出ることが出来ない』

『山にゲートが出来たが、今の所害はないから放置している』

『会社の敷地に出来てるけど、こっそり社員に掘らせて管理してる』

……といった生の声を集めるんです。

これは法案を作る際のエビデンス(制定理由)にもなります」

「なるほど。

『処罰しない』『匿名を保証する』と約束すれば、隠している人たちも声を上げやすいですね」

「ええ。

いわば『懺悔室』を作るようなものです。

そして、ここからが重要なんですが……」

俺は声を潜め、ここだけの秘密を共有するように身を乗り出した。

「このアンケートには必ず、『ゲートの写真』を添付させるようにしてください」

「ゲートの写真?

場所の特定もせずに、写真だけ集めて何の意味が?」

佐伯が首を傾げる。

俺は心の中で舌を出した。

これこそが俺の真の狙いだ。

「写真さえあれば、私が『鑑定』できますから」

「……あっ」

佐伯が気づいた顔をした。

そう、俺のSSS級鑑定スキルは、写真越しでも有効だ。

ゲートの渦の巻き方、色の濃淡、周囲の空間の歪み。

それらの情報さえあれば、そのゲートが「F級のゴミ」なのか、

「希少な鉱脈に繋がる宝の山」なのか、

あるいは「危険な変異種が湧く時限爆弾」なのか、

すべて見通すことができる。

(俺が欲しいのは、有象無象のF級ダンジョンのリストじゃない。

その中に紛れ込んでいるかもしれない特異なダンジョン……例えば『古代遺跡型』や『資源特化型』、

あるいは『アーティファクトの反応があるゲート』の情報だ)

俺は佐伯に向かって、ビジネスパートナーとしての顔を見せた。

「写真があれば、どのような性質のゲートか、空間異常で他ランクのモンスターが湧く予兆がないか、ある程度把握できます。

貴重なゲートなら、所有者に個別に接触して、国が買い上げるなり、ウチ(アルカディア)が管理代行を申し出るなり、口説き落とせばいい。

逆にどうでもいいゲートなら、そのまま放置して資格を取らせればいい」

俺はニヤリと笑った。

「とにかく、有用なゲートには法律ができる前に『唾』を付けておきたいんですよ。

実利と管理の布石にするわけです」

佐伯は呆れたように、しかし感心したように息を吐いた。

「……君という男は、どこまで強欲なんだ。

国の政策すら、自分のビジネスの踏み台にする気か」

「人聞きが悪い。

『官民連携』と言ってください。

俺が美味しい思いをする=日本の国力が上がる、ということですから」

「……分かった。

『ダンジョン実態調査・特別相談窓口』。

完全匿名、写真添付必須。

この条件でサイトを立ち上げよう」

「ありがとうございます。

解析班(俺)は、いつでもスタンバイOKですよ」

こうして政府とアルカディアによる、壮大な「宝探し」の準備が整った。

表向きは「安全管理のための実態調査」。

その裏側にあるのは、未発見の優良物件を青田買いするための、俺専用のカタログ作りだ。

数日後。

政府の広報サイトと、俺のSNSアカウントで同時に告知が行われた。

『【重要】隠れダンジョンをお持ちの方へ。

政府は現在、ダンジョンの私有を認める方向で法改正を検討しています。

つきましては現状の実態を把握するため、匿名でのアンケートにご協力ください。

写真添付で相談いただければ、専門家(俺)が危険度判定も行います。

没収はしません。約束します。

あなたの家の地下が、未来の資産になるかもしれませんよ?』

この告知は、爆発的な反響を呼んだ。

これまで「バレたら終わり」と怯えていた隠れオーナーたちが、一斉に食いついたのだ。

『マジか!? 没収されないのか!?』

『うちの蔵にある穴、やっぱりダンジョンだったのか……。写真送ってみようかな』

『危険度判定してくれるのはありがたい。最近、変な音がして怖かったんだ』

『資産になるって……これ勝ち組確定か?』

送信ボタンが押されるたびに、俺の手元のタブレットに画像データが蓄積されていく。

薄暗い地下室の渦。

庭の物置に隠された亀裂。

オフィスの更衣室の鏡の裏。

日本中に、これほど多くの「穴」が開いていたとは。

俺は送られてくる画像を、片っ端から【鑑定】していく。

「ふむ……これはただのF級スライム窟だな。ハズレ」

「おっ、こっちはD級相当か。魔鉄鉱が取れそうだ。場所は……群馬か。キープ」

「……ん?」

数百枚目の写真をスワイプした時、俺の手が止まった。

それは古びた神社の境内にある、枯れ井戸の底を写した写真だった。

暗闇の中で、青ではなく「銀色」に輝く渦が巻いている。

【鑑定結果:時空の狭間・銀の回廊】

レアリティ: 秘匿領域(シークレット)

特性:時間の流れが外部と異なる(加速/減速のゆらぎあり)。

産出物:時の砂、劣化防止のスクロール、古代の遺物(低確率)。

「……ビンゴ」

俺は口角を吊り上げた。

時空系の特殊ダンジョン。

これは単なる狩場ではない。

「熟成」や「保存」、あるいは「促成栽培」に使える、産業革命級の設備だ。

「場所は……京都の山奥か。

所有者は高齢の宮司さん……。

よし、すぐにアポイントを取ろう。

『国の調査員』として、丁重にご挨拶に行かなければな」

俺は佐伯に連絡を入れた。

もちろんダンジョンの詳細な価値は伏せて、

「少し気になる反応があったので、現地調査に行ってきます」

とだけ伝えて。

ワーキンググループの設置。

法整備への道のり。

それらは全て、俺がこの「銀色の井戸」のようなお宝を、誰にも邪魔されずに手に入れるための壮大な目くらましに過ぎない。

1年後、法律ができる頃には、めぼしい優良物件はすべてアルカディアの管理下(あるいは提携下)に置かれているだろう。

そして一般人には、残った「普通のダンジョン」の管理資格を与えて、小銭を稼がせてやればいい。

「……悪いな、国民諸君。

美味しいところは、最初に見つけた奴が総取りだ」

俺はオフィスの窓から、秋の空を見上げた。

風が冷たくなってきたが、俺の懐はこれからもっと暖かくなる。

地下に眠る無数の金脈。

その全てが、俺の「鑑定」を待っているのだ。