作品タイトル不明
74:義弟は可愛い
父は、私に爵位で呼ばれるのは嫌らしいので、謝っておこうと思う。
「あら、失礼いたしました、ルシエンテス男爵」
「いいえぇー?」
「んもぉ、二人の会話はギスギスしてて楽しくないわ」
「ママ試合中はまだ酷いよ?」
「試合中、私語はなるべく駄目でしょ!」
そう、チェスは紳士のスポーツなので、基本は会話やヤジなどは、母が言うように禁止である。ただ、国によってルールが違うことと、市民たちでやる試合はまた違うし、会話やヤジがないと思い込んで対戦して心を揺らされてボロボロになることもある。
だからこそ父はわざと会話をする。
「そうだけどね。自分たちがやるためじゃなく、されたときに対処出来るよう経験を積んでおくんだよ。エマは……全無視しようと思えば出来る子だけど、トゥロは直ぐに顔に出るからね。可愛いよ」
「おっさん、可愛いは嬉しくねぇ」
「ブフッ。ねぇ、トゥロ」
「…………なんだ……あ。なんですか?」
「慣れるまでは、おっさんって呼び続けていいわよ」
「アンタ、変な人だな」
眉間にシワを寄せて、青い瞳に困惑を乗せていたトゥロは確かに可愛かった。少年のような顔も出来るのね。
「ふふっ。チェックメイト」
「あ? ……あ。クソ…………ルーク以外も動かせねぇようになってんじゃんか、おっさんどうなってんのコレ」
「あははは。エマにはね、僕も時々負けちゃうんだよね」
「は? おっさん、無敗じゃねぇのかよ!?」
「試合ではねー。エマ試合に出ないから、実質僕が最強なんだけどっ!」
「は!? それはちげぇだろ!」
「違いませんー! 僕が最強ですー!」
どうしよう、混乱しまくって父を問い詰めるトゥロが凄く可愛い。義弟か……いいわね、弟。
母に視線を向けると、トゥロに胸ぐらを掴まれてガクガクと揺らされている父を見て楽しそうに笑っている。
我が家はなんだか大丈夫そうね。
ホッとしつつ、デメトリオさんに待たせてすみませんと謝ろうとしたら、デメトリオさんが無表情になっていた。
――――あ。
こういうとき、デメトリオさんは感情を抑え込んでいるのだと最近気付いた。ただ、無表情になるのは本当に一瞬だったりするので、自分の中で消化するための時間なんだとは思う。
「リオ」
「――っ、ん? どうした?」
「付き合ってくれてありがとうございました。殴れてすっきりしました」
「ふはっ! ん、エマの晴れやかな笑顔が見られてよかった」
「実家の両親と弟の前で、イチャイチャしないでくれないかい?」
「新婚なもので、失礼いたしました。ルシエンテス男爵」
私、基本的に追撃はしたい派なのよね。怒っているときは、特に。
「もぉ、ごめんって!」
「しばらくしたら許してあげます」
「厳しいなぁ」
まぁ、こんな会話をしている時点で『エマ』としては許してるんだけどね。
「おや、もうこんな時間か。お昼はどうする? 食べてくかい?」
「ううん。今日は帰るわ」
午後からは、デメトリオさんと二人で過ごす時間にしたいから。