軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

出発前

エルツ冒険者ギルドの面する通りから一つ裏の通りへと入ると、商家に奉公に出る者、工房に出入りする徒弟が住む集合住宅が多く立ち並んでいる。その家々の中で一軒、狭いながらも小さな庭を持ち、漆喰を塗った壁を持つ二階建ての家があった。

共用井戸にも近い好立地で、窓には大きな硝子が填められている。家の中では暖炉と竈とは別に、パイを焼くための石窯もあって、更には地下室まで造られている。

数年前に流行病と農作物の不作を経験したエルツの町は、治安回復のための施策として衛士の巡回数を増やしたため、帝国各町と比較しても犯罪は少ない。

それでも他人の懐を狙う輩という者を完全に討滅することは難しい。

外観からして金持ちの住む家で、貴族や商家と違って警備兵もいないこの家は、そうした輩にとって格好の獲物のように思える。実際、新築間もない頃に、泥棒が入ったことが一度だけあったのだが――あっけなく捕まった。

この家に住む夫婦は、シムルグ、クラナド、ペルルといった町を点々として、幾多の冒険を成功させた冒険者だった。

そのことが知れ渡って以後、この家に忍びこむような無謀な泥棒はいない。

「おーい、ルイス! イリザ! いるか?」

その家の扉をオールトが軽くノックすると、ゆっくりと十数えるほどの時間が過ぎた頃に、家の中から足音が聞こえて扉が開いた。

「珍しいわね、オールトがこんな時間に訪ねて来るなんて」

濃い茶色の髪を後ろに束ねた、二十代後半くらいに見える女性、イリザが顔を出した。

「……って、あら? お客様?」

「ああ、仕事の話だ」

「仕事の話ならギルドで聞けばいいのに。どうせ契約書を書くのにギルドへ行くことになるんだから」

腰に両手を当てて自分の目線よりも高い位置にあるオールトの顔を見上げると、イリザは後ろに立つウィンたちへ目を移した。一人一人を見回していって、ウィンとレティシアに視線を移した所で目を見張る。

「覚えているか? 懐かしいだろう? ウィンとレティ……レティシア様だ。だからギルドじゃなくて、お前たちの家に連れてきたんだ。こっちの方がいいだろうと思ってな」

「うそ……。本当に? 本当に久し振りじゃない!」

「えっと、お久しぶりです。イリザさん」

ウィンが前に出ると挨拶をし、レティシアも軽く頭を下げる。

「オールト! 連れて来てくれたことには賛成するけど、どうしてその前に連絡の一つでもくれないの!? ちょっと待ってて。今、お茶の用意をするから。オールト、中が散らかっているのを片付けるから、相手をしててもらえる?」

そう言い残すと、イリザは身を翻して家の中に戻って行った。

少しばかり隙間が開いた扉の奥から、ルイスを叩き起こしているのだろうイリザの声が聞こえてきた。それからドタバタと物音がした。

「ああ、悪いな……待たせちまって」

オールトがなんとも言えない表情を浮かべると、後ろに立ちすくんでいるウィンたちを振り向いてポリポリと頬を掻いた。

「おお! お久しぶりっすね。ウィン君、レティシア様」

しばらく待っていると、ルイスが出てきてウィンたちは家の中へと通された。

案内された居間はルイスとイリザが慌てて片付けたものの未だ雑然としていて、窓の側にある机には読みかけの本が積み上げられ、棚の上には色々な小物が無秩序に置かれている。

壁際には、槍を得意とするルイスのものだろう、何本もの槍が立て掛けられていた。

部屋の中央にはもうひとつ丸い卓が置かれていて、四脚の椅子が置かれている。

「ちょっと、人数が多いっすね。床に座って話しましょうか」

ルイスが卓を部屋の隅へと移動させて、イリザが敷布を持ってきた。

「女性に椅子に座ってもらって、男性の方には床に座ってもらってもいい?」

レティシア、コーネリア、リーノそしてお茶を用意したイリザが椅子に腰を掛けて、男たちは床に車座となって座る。

「改めて自己紹介をしようか。俺の名前はオールトだ。よろしくな」

オールトが先陣を切って自己紹介をすると、ウィンたちも順々に自己紹介をして、差し出された手を握り返す。

「イリザよ。よろしくね」

「ルイス・ユイムっす」

「申し訳ございません。家のしきたりで、異性の方と触れ合うことが許されていないのです」

「あ……そうっすか」

イリザに続いてコーネリアと挨拶を交わし手を差し出したルイスが、その手をやんわりと拒絶されて、手を彷徨わせる。それから戸惑ったように周囲を見回した。

レティシアと同様、コーネリアも普通の庶民とは違った雰囲気を身に纏っているのを感じ取れる。

成功した冒険者であるオールトたちは、貴族たちとも親交があった。その彼らに通じる雰囲気。それも上位の姫君が持つ雰囲気である。

オールトたちの間で、コーネリアもまたそうした家柄の出身で、自分たち平民層の人間を蔑視して交流を拒絶する類の人種かという考えが頭をよぎった。

しかし、本当に申し訳無さそうな表情を浮かべているコーネリアを見て、とある帝国で最も有名な一族に伝わるしきたりを思い出す。

「異性と手を触れ合わせることが出来ない習慣……騎士らしき護衛とレティシア様が同行。そしてお名前がコーネリアで、桔梗を象った徽章……」

イリザは呟いてから、ウィンへ顔を向けた。

「これは言葉遣いも改めたほうがよろしいのかしら?」

「いえ、お構いなく。普段通りで結構ですよ」

そのイリザへ、コーネリアが微笑んでみせた。

「ウィンは、騎士になったんだな」

互いの自己紹介を終えた所で、オールトが腕組みをして言った。

ルイスとイリザも感慨深げな表情を浮かべる。

「はい、といってもまだまだ新人ですけど」

気恥ずかしさを覚えてウィンは照れ笑いを浮かべる。

「レティちゃん……いえ、レティシア様の噂は私たちの耳にも届いていたわ。子どもの時に見せられた凄い魔法のおかげで、実はレティシア様が勇者で、その勇者が十歳程度の子どもだって聞いても、すぐに納得できたわよ。レティシア様は私たちのことを覚えているのかしら?」

「いえ、ごめんなさい。実はあんまり覚えていないんです」

ちょっとすまなさそうな表情をして、レティシアが謝る。

「でしょうね。あの頃のレティシア様。まだ幼かったせいもあるんでしょうけど、それ以上にウィン君のことばかり気にしていたものね。それ以外は眼中に無いっていうか……。それは今でも変わらないようだけど」

後半、少しイタズラっぽい笑みを浮かべてイリザが言うと、レティシアが少し赤くなって俯いた。

レティシアが座っている椅子は、床に座るウィンのすぐ傍である。まるでその場所にいるのがあたりまえだというように。そして、他の仲間たちもウィンの横にレティシアがいることは自然であるというように振舞っていた。

イリザとしては、時折ウィンへと視線を送っているコーネリアとの関係にも興味を覚えていたが、ゆっくりと観察する間もなくオールトが一つ咳払いをすると本題を切り出した。

「積もる話は酒と料理の肴のために後で取っておくとして、仕事の話から先にしようか」

車座となっている一同の中央に鉱山労働者ギルドから貰って来た地図と、冒険者ギルドで貰って来た地図を広げる。

冒険者ギルドから貰った廃坑道の地図には、道に沿って赤い線が引かれてあった。これが廃坑道内の魔物を討伐した際に使用された地図だ。

「この地図を見ての通り、リヨンへと抜ける廃坑道を通るには、漁師町のあるミンガル湖や、今の鉱山街がある場所とは反対側を登る必要がある。もう聞いているとは思うが、一度廃坑になった場所へは鉱山夫たちは近づかない。そうすると、野生の獣や魔物、それから幻獣種が住み着いていてもおかしくないわけだ」

地図に目を落としていたオールトが顔を上げて、ウィンたちの顔を見回した。

「マジルの山に住む危険な獣は狼と熊。後は猪や巨大な鹿や山羊なんかもいるが、こいつらはこちらから近づくか、余程のことでも起きない限り人を襲うことはない。だが、問題なのは魔物と幻獣種。こちらは平地や森で出会うものたちとはレベルが段違いと言っていい」

「例えば、どんな魔物が出るんです?」

「良く出会う魔物といえば、巨人族っすかね」

ウィンが尋ねるとルイスが答えた。

「巨人族って言うと……オーガとか?」」

「オーガが一番多いっすけど、たまにもっと大きな巨人族にも出会うっす。そこいらに生えている木よりも余程デカイ……ああ、そうっすね! わかりやすい例だと、大きいやつならそこらの鐘楼くらいのデカさがあるっすよ」

「鐘楼くらいって……」

ルイスの巨人族の説明を聞いてリーノが絶句した。

軽い口調でルイスは言うが、大きいということは豊富な生命力と体力を誇るということである。力だって凄まじい。鐘楼並みの大きさを持つ巨人族であれば、その拳を受ければ人間なんてひとたまりもないだろう。

「大丈夫よ。あいつら木の上から頭が出てるくらい大きいから、遠くからでもどこにいるかすぐにわかるし」

青ざめているリーノにイリザが笑いかける。

「それに、あいつら大きいだけあって目は良いけど、嗅覚とかはそれほどでもないわ。例え近くに来ても、隠れていればいくらでもやり過ごせるのよ。それに山の中だから、隠れる場所はいくらでもあるしね」

「そんなにデカイ奴は……何を食って生きているんですかねぇ」

「俺が見た時は、大蛇を食っていたな。あ、それとちょうどこの家くらいの大きさの鳥を食らっているのも見たことがある。最も、その逆の場合もあったが。奴らにとってはオーガも食いもんなんじゃないか?」

ロックがこぼした疑問に、オールトが家の中を見回して答えた。

それを聞いて、思わずウィンたちは硝子が填った窓から、壁のように迫って見えるマジル山脈へと目を向けた。

雄大さを誇った自然の中では、魔物たちも豪快な活動をしているのか。

「竜種だっているっすよ。遠目に見たことがあるだけっすけどね」

「竜種……竜か」

その言葉には、ウィンは畏れよりも憧れのこもった口調で呟いた。

物語では良く題材として扱われてきた竜。

地上最強の生物種であり、神霊にも魔族にも関わりを持とうとしない、第三の強者種。

天空を舞い、神々の不滅の魂すらも焼き尽くす吐息を吐くという。

竜は数が少ない上に霊峰や高峰といった深山に住むため、極々稀に天空を飛ぶ姿が目撃されることがある程度だ。

冒険者を志す者であれば、竜を見ることは金にはならないが一つの夢だ。

竜に関しての噂の一つに、小国ながらに強大な力を持っていた旧セイン王国が、どうやって各国に名を馳せる人物を輩出することができたのかというものがある。彼らは王家が供出した学費で外国に留学し、大成を為した。それに先々代『剣聖』メルヴィック四世の『竜殺し』の件が関係しているのではないかという説だ。

竜は鱗の一枚から尻尾の先まで全てが強力な魔法の触媒、薬品、魔道具の材料となる。魔導師、薬師、魔法工学に携わる技師にとって、垂涎の物だ。それに竜はその巣に宝物を黄金を始めとした宝物を貯め込むという伝説もある。

だが、実際に『竜殺し』に成功すれば歴史に名が残ると言われるように、それを為すのは難しい。竜の鱗は鍛えられた鋼も弾き返すほどに堅固で、その上に高音の吐息も吐く。

その『竜殺し』に成功したメルヴィック四世は、莫大な黄金等も手中に収めただろう。

しかし、メルヴィック四世が『竜殺し』に成功した後、その殺した竜をどう扱ったかについては文献が残っていない。

メルヴィック四世が『竜殺し』に成功したことは、多くの立ち会った人間が存在していて証言したため、疑いの余地が無い。だがその後の竜の死体の行方は不明となっていた。その時に立ち会った者たちも、すでに存命していないためだ。

竜の死体という宝に、欲望に目が眩んだ大国が手を伸ばしてくるのを危惧して隠したのだろう。そう結論づけられている。

ともあれ竜には、様々な曰くつきの噂が付随しているものだ。

騎士物語、英雄物語を好むウィンだけでなく、コーネリア、ロック、リーノ、ウェッジまでもが、どこか憧れの入り混じった表情を浮かべたのは、至極当たり前かもしれない。

「まあ、いつもそんな化物と会ってばかりじゃないから安心して。普通の動物のほうが多いから」

巨人族や巨大な鳥、見たことのない魔物への恐れと、竜種に出会えるかもしれないという期待感。ころころと変わる表情を見せる若者たちにイリザが微笑む。

イリザもそういったモノが見たくて、貴族である身分を捨てて家を飛び出して冒険者となった。

見ればオールトとルイスもイリザと同様、ちょっと嬉しそうにニヤけた笑みを浮かべている。

彼らもまたイリザと同じだ。

未知のモノを見る感動と興奮。

それに魅せられて、一生遊んで暮らせるだけの大金を稼ぎだしても今なお、冒険者という家業を続けているのだ。オールトに至っては、もう引退を視野に入れてもおかしくない年齢だというのに。

「だが、まあ、外で出会う魔物に関しては問題ないだろう」

オールトがレティシアを見て言った。

オールトたちが見た鐘楼の高さにも匹敵する巨人族、そして一頭倒すだけで歴史に名を残せる竜種。

戦いこそしないが、ひと目見ただけでもその強さは伝わってくる。

人が戦おうと思うなら、軍隊でも引っ張ってくるしか無い相手。

分厚い城壁も拳だけでぶち破りそうな相手なのだが、オールトたちが噂で聞いている通りのレティシアの力が真実であれば問題は無い相手のはず。

そしてレティシアはオールトたちの期待を違えること無く、何でもない事のようにコクンと頷いてみせた。

それを見て、オールトは若干呆れ混じりの軽い笑みをこぼしてしまった。

(あの時の魔法を見た時にも思ったが、やっぱりとんでもない嬢ちゃんだな)

「後は、旅支度に掛かる金か。食糧、水、燃料。防寒具やザイル、薬品など結構な量を買い込む必要がある」

「それは大丈夫です」

ウィンが頷いてみせた。

アルフレッドから路銀として、多めに貰っている。

最悪、行く先で大きな町があれば金を借りることが出来るよう一筆も貰っていた。

最も、この一行には帝国から当然のように金を引き出せる皇女コーネリア。公爵家令嬢でもあり、実家の公爵家どころか神殿、果ては大抵の国でも頼めば資金を融通して貰えそうなレティシア。各国に支店を構えているマリーン商会という大商会の次男坊ロックもいて、実は信用の置ける背景を持った金持ちが多かったりする。

「よし、じゃあとっとと必要な物を買い揃えて出発するとしようか。俺たち冒険者は、いつでも出発できるように最低限の準備は常にしてあるからな。時間が無いんだろう?」

オールトがそう言って締め括ると、一同は立ち上がってそれぞれの準備に取り掛かるのだった。