軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

出立

午前九時の鐘が鳴らされる頃。

商店であれば既に忙しさに追われ、職人であれば現場で汗にまみれている時間帯である。

だが、今日は皇宮の城門前から帝都正門前までの大通りの両端は、大勢の人で賑わっていた。

彼らの目的はもちろん、これからリヨン王国へ親善訪問に向かうアルフレッド皇太子と、それ以上に勇者レティシア・ヴァン・メイヴィスを一目見ること。

滅多に見ることが出来ない自分たちの国の皇太子と高名な勇者の姿を見るために、わざわざ仕事を休む者、店を閉める者もいた。

通りのあちこちで警備の騎士たちが立ち人々を整理しようと大声を張り上げている。そしてそんな彼らの声をも打ち消すように、この機会に儲けを出してやろうという商魂逞しい商人たちは、露店を広げて客の呼び込みを行っていた。

帝国で最も大きな祭りである建国祭にも劣らない人の賑わいである。

それもそのはず。帝国討伐以後、勇者メイヴィスが民衆の前に姿を現したのは、ザウナス将軍によるクーデターを鎮圧した時の一度きり。

それ以来の登場なのだ。

「だから、少しは民に手を振ってあげて欲しいかな」

「殿下、面白がっていませんか?」

「まさか」

「こうして注目を浴びるのが嫌で、私は殿下の御料馬車に同席をするのをお断りしたのですよ?」

「皇室と勇者殿の関係が良いことを内外にアピールするのは、レティシア殿にも悪いことじゃないよ。多少なりとも他国からの無用な干渉を防ぐ事ができる」

アルフレッドとレティシアの二人は、アルフレッドの御料馬車に同乗していた。

通常、御料馬車は箱馬車、もしくは御簾などで中に乗る貴人が見えないように作られている。弓矢や魔法による暗殺を防ぐためだ。

しかし、この御料馬車は、華美な装飾が施された台車の上に、背もたれ付きの座椅子を取り付けた様なものだ。帝国の臣民にアルフレッドとレティシアの姿がよく見えるような作りになっているのである。

あまりにも無防備すぎるのではないかと、この御料馬車を使用すると決めた際に反対の意見が出たのは当然であろう。だが、その意見を抑え込んだのは他でもないアルフレッドだった。

「私とともに勇者メイヴィス殿が同乗されるのだ。これ以上、安全な場所はほかにあるかい?」

もちろん、周囲の弓矢で狙撃が出来そうな場所は徹底的に騎士たちが配備され、行列が進む道中には幾人もの腕利きの宮廷魔導師たちが《魔力探知》の魔法で精査していた。

それでも万が一にでも、この警戒網を突破した暗殺者がいたとしても、最後は人類最強、いや『神に限りなく近づきし者』がいる。

その『神に限りなく近づきし者』であるレティシアは、先程から大勢の注目を浴びて固い表情を浮かべていた。

それでもアルフレッドに促されて、ようやく民衆に笑顔と手を振って見せた。

その瞬間――どうっと民衆の歓声で大気が震えた。

「さすがに勇者様の人気は凄いな。僕一人じゃここまではならないね」

「そうでしょうか?」

「確かに民たちが僕の顔を見る機会はそうそうないだろうけど、それでも僕や陛下は、新年祭や建国祭で顔を見せることはあるからね。前の方の列に並ぶことができれば、見れないこともない。

ところが君ときたら、帝都に凱旋して以後、公の場に出てきたのは数える程しか無い。それも民衆の前にともなれば、クーデターを止めた時以来だ。

民たちがこれだけ盛り上がるのもわかるよ」

アルフレッドは隣に座るレティシアと同様、手を振りながら、後半は少し非難するような口調で言った。

「実際に君の姿を見て、その美しさを讃えている声も大きいね。たくさんの画家によって君の絵姿は国内外に広まりつつあるけど、実物の美しさを描ききるのは無理だと思う。

勇と美を兼ね備えた勇者メイヴィス。

それに僕も普段の君、ドレス姿の君を目にしたことはあるが、そうして制服姿でいる君の姿は、また格段に美しいと思う」

「それはどうも」

レティシアの返事は素っ気ない。

アルフレッドは苦笑する。

大抵の貴族の娘であれば、彼にここまで言われれば頬を染めて喜ぶものだが、レティシアにはまるで喜ぶ様子も見られなかった。

「あれが勇者様か。噂に聞く以上の美しさだ」

「アルフレッド殿下とお仲がよろしいのかしら? お二人で親密そうにお話されているわ」

「陛下は殿下の妃にと、望んでおられると聞くが……」

「お二人が結ばれれば、帝国の繁栄は約束されたようなものだ」

群衆の間から聞こえてくるそうした噂話は徐々に広まって行き、やがて――。

「お二人の未来に祝福を!」

「帝国万歳!」

大歓声が上がった。

「まさか……扇動者などを」

レティシアは隣に座るアルフレッドの横顔へ、少し剣呑な眼差しを送る。この皇太子であればやりかねない。

アルフレッドは笑みを向けただけだ。

貴公子然としたアルフレッドと、美しいレティシアが並んで手を振る姿はとても絵になって見える。

その様子を見て更に沸く民衆。

御料馬車を中心とした行列は、帝都の大通りをゆっくりと進んでいく。やがて帝都シムルグ城門前広場へと到着した。

この城門前の広場では、朝には自由市が開かれ、市が終わった後には旅の商人たちが露店を広げている巨大な広場。

しかし、今日は商人と買い物客の代わりに、騎士たちが人の流れを制限し、たくさんの花や帝国の国旗と貴族たちの紋章が入った旗が翻っていた。そして城門の左右には、大きな幕が張られ、背もたれのある高級そうな装飾が施された椅子が並び、帝国の貴族や重鎮たちが起立して待っていた。

行列はその幕の中に並んでいる彼らの前まで進むと一度停車した。

向かって左側の上座には、爵位の高い貴族たちが並び、右側に騎士団、魔導師団の幹部、そして神殿の神官たちが並んでいる。その上座である左側の人々の中から二人の人物が、アルフレッド、そしてレティシアの乗る御料馬車の前へと進み出てきた。

帝国第一皇女コーネリア・ラウ・ルート・レムルシル。そしてもう一人はノイマン・エルツ・ルート・レムルシル。

皇位継承権第位二位と第三位の二人である。

慣例に則った、帝都城門前で皇族代表者による見送りだ。

「私が留守中、陛下を良く補佐しこの国のことを頼む」

「は。国のことはお任せください。兄上も、長い旅の道中は何が起こるか知れませぬ。くれぐれも身辺にはお気をつけくださるよう」

「道中の無事をお祈りいたします」

頭を下げて表情の窺えないノイマン、そして旅の無事を祈る妹にアルフレッドはうなずきを返す。

続いて、大臣、騎士団、魔導師団の幹部それぞれが挨拶をし、最後に帝国の大神官と神官団による旅の無事を祈る祝福の祝詞を捧げられると、一行は帝都シグルドの城門を潜ったのである。

◇◆◇◆◇

何やら、人の声と犬の鳴き声がする。

リーズベルトがゆっくりと目を覚ますと、目に飛び込んできたものは木造建築のさほど高くない天井と、犬に伸し掛かられている女の子の姿。

先程から聞こえてきていた人の声は、彼女のもののようだ。

他にパキパキという薪が爆ぜる音と、囲炉裏の鉄鍋から聞こえるクツクツという音が聞こえてくる。

起き上がろうとして、背中を走った痛みに顔を顰める。

いや、背中だけではない。足からも腕からも、全身痛みを感じない場所が存在しないようだった。

その時に漏らした呻き声に気づき、女の子がリーズベルトへと顔を向ける。

エルフから見ても恐ろしいほどに整った顔立ち。

白銀の髪に赤い宝玉を思わせる瞳。

(ん? この特徴、どこかで……)

ハッキリしない頭で考えているリーズベルトを後目に女の子は立ち上がると、

「お母さん!」

走って家の外へと出て行った。

エルフ語ではない人間の言葉だ。

(ここは人の里か……そうか、俺は……生き延びたのか)

この傷を負った時の事を思い出す。

燕尾服に身を包んだ白髪混じりの初老の男。

不気味な赤光を明滅させている巨大な魔法陣。

そして赤黒い光を纏った骸骨。

内部から弾け散るという凄惨な死に方をしていった仲間たちの姿。

里は燃え落ち、彼らが守るべき大切な世界樹の若木は、濃密な瘴気によって枯死した。

あの辺り一帯は、精霊力の枯渇した土地――忌まわしき魔疎の地となるだろう。

(ぐ……一刻も早くこの事を本国に報せないと……)

しかし、その思いとは裏腹に彼の身体は動いてはくれず、リーズベルトは耐え難い痛みにのたうち回る羽目になってしまった。

『動いちゃダメですよ!』

エルフ語。

リーズベルトたちが話すエルフ語よりも、随分と訛りの酷いものであったが、間違いなくエルフ語であった。

痛みに閉じていた目を開くと、一人の娘が彼の身体を支えていた。

『お医者様に診ては頂きましたが、無理をしたらまた傷口が開いてしまいます』

『あ、ああ……すまない』

娘の手を借りて、再び寝床へと戻されて楽な姿勢を取らせてもらう。

『熱は大分下がったようですね……』

リーズベルトの額に手を伸ばした娘はそう言って立ち上がると、囲炉裏のある部屋から土間へと行き、陶器の杯を手に戻ってきた。

『お水は飲めそうですか?』

水!

その途端、リーズベルトは抗い難い程の喉の渇きを覚えた。

娘が身体を支えて上半身だけ起こしてくれる。

左腕は骨折し、右腕もひどい裂傷を負っていたため、娘が口元まで陶器の杯を持って来てくれた。

『ゆっくりと飲んでくださいね。一息に飲むと身体がびっくりしちゃいますから』

旨い。

水が乾ききった身体に染み渡っていくかのようだ。

ゆっくりと飲み干して一息つく。

それから、再び娘の手で床に寝かされたところで、リーズベルトは気がついた。

『ん? 君はあの時の……確か、セリと言ったか?』

『はい』

エルフの父親と人間の母親を持つハーフエルフの娘――セリは、小さく微笑んだ。

『水をありがとう。そしてすまない……あの時、私たちは君をあんなに酷い目に合わせてしまったというのに』

『いいえ、過ぎたことです。それにあなたを助けたのは私ではありません』

その時、先程外へと出て行った女の子が一人の人間の女性を連れて戻ってきた。

「セリさん、エルフの方がお気づきになったとか」

「ええ。熱も大分下がっているようですし、もう一晩も眠れば食事も大丈夫ではないかと」

『セリ殿、こちらのご婦人は?』

『ローラさんとその娘さんのイフェリーナさん。森で倒れていたあなたを、自分たちの住む家へと連れて帰って治療してくださったのは、このお二人ですよ』

『そうか』

重傷を負ったリーズベルトを家へと連れて帰ったローラたちは、すぐに帝都から医者を呼んできて治療してもらった。

そして傷口からくる高熱によってうなされるリーズベルトを、ずっと看病してくれていたのだという。

『そうか。それは世話になった』

話を聞いたリーズベルトはお礼を言おうとして、自分がセリにすら名乗っていないことを思い出した。再び上体を起こすのをセリに手伝ってもらうと、セリの顔を見て言った。

『助けてもらったというのに、名前すらも名乗らずに大変失礼した。

私の名前はリーズベルトと言う。

どうやら私を助けてくださった恩人のお二人には、エルフの言葉が通じないようだ。申し訳ないが、君の口から私のありがとうございますという感謝の言葉を伝えてはもらえないだろうか』

セリは頷くと、ローラとイフェリーナに彼の言葉をそのまま伝えた。

イフェリーナがにっこりと笑い、ローラは「困った時はお互い様ですよ」と彼の御礼の言葉を受け入れてくれた。

『それで、私はどのくらい眠っていたのだろうか?』

『およそ……三日というところでしょうか』

『……三日? 三日も俺は眠っていたのか!』

『どうかされたのですか?』

『クソ! こうしてはいられない。早く本国へ報せないと!』

『ダメです! 傷口が開きます!』

痛みを訴える右手で身体を支えて無理にでも立ち上がろうとするが、ローラとセリの二人がかりとはいえ、あっさりとリーズベルトは押さえこまれてしまった。

それでもどうにか二人を押しのけようともがきながら、悔しげに声を漏らす。

『こうしている間にも……魔族が! 一国も早く姫様にお伝えしないと…‥…』

『姫様?』

『お前たちの間では大賢者様で名が通っておられる方だ』

『大賢者様? あの、それなら……』

『大賢者』と聞いた途端、セリのリーズベルトを押さえ込む力が弱まった。その変化があまりにも急だったために、リーズベルトは前につんのめって骨折している左腕を床に打ち付けてしまった。

『――――――――っ!』

声にならない悲鳴。

脂汗がだらだらと流れ落ちる。

顔色は土気色になり、しばしの間、リーズベルトは歯を食いしばって痛みと闘わねばならなかった。

「ほら、まだ動くのは無理ですよ。熱も下がってきたとはいえ、まだあるのですから安静にしてください」

言葉は分からなかったが、ローラが何を言っているのかは大体理解できた。

悔しいが少しの衝撃でこれほどの痛みを覚えては、報告しようにも半日と持たずに行き倒れてしまうだろう。そもそも焦って動いたところで、今の彼には本国へ情報を報せる手段も無いことに気が付いた。

寝床に戻ったリーズベルトは無力感に打ちのめされる。

(里のみんなが死んで、俺だけが生き延びたというのに……)

『あの……』

そんな彼にセリがおずおずと話しかけた。

『大賢者様ってティアラ様のことですよね?』

『ティアラ』というエルフにとっての王族、ハイエルフの姫の名前を聞きリーズベルトは顔を上げた。

『私、レティシア様に相談してみましょうか?』

リーズベルトは目を見開いた。

『そ、そうか! 確かに勇者様なら……』

『あ、でも……皇太子様とご一緒にリヨンに向かわれたのでした』

『いや、大丈夫だ。それよりも、君にお願いしたいことがある。ケルヴィンという男を知っているだろう? 君が囚われていた時に私たちの里へ訪れた騎士の一人だ』

言われてセリはウィンたちの上官だった細い目をした優男の事を思い出す。

『あの男に何とか連絡を取ってもらえないだろうか』