軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ロウ

「おい、貴様! そこの怪しい風体をした貴様だ!」

練武場へと場所を移動しようと、二人で学内の道を歩いていると、不意にロウは肩を掴まれそうになりそれを避けた。

「――――っ!」

あっさりと避けられてしまった学生は、少し体勢を崩しかけたが踏みとどまる。

「貴様、学生じゃないな? ここは貴様のような下賎な者が入って良い場所じゃない。すぐさま立ち去れ!」

准騎士の制服に身を包んだ三人。

学校内にある起床の鐘が鳴らされ、周辺には学生の姿がちらほらある。

始業の鐘がなる前に自主訓練や勉強、校外で朝食を摂ろうしている生徒たちなのだろう。

突然の大声に周辺の生徒たちが注目し、そして顔を顰めた。

絡まれているのは平民ながらに最近何かと目立つウィンと、まるで貧民街の浮浪者かといった格好の得体の知れない男である。

「事と次第によっては、容赦しないぞ!」

「いや、この人は別に怪しい人じゃなくて、ちゃんと許可を貰って……」

ウィンはロウを庇おうとして口を開き言葉に詰まった。

庇おうにもロウのことを何も知らない。

「俺はちゃんと許可証は貰って入ってるんだぜ? ほら許可証」

「……む」

ロウがズボンの隠しから取り出した朱印の入った木札を三人組の鼻先に突き出す。

「というわけで、問題ないだろ?」

「ち、確かに、許可証は持っているようだ……」

朱印の入った木札を引ったくるようにして見た三人は、忌々しそうな表情で男の手に木札を叩きつけるようにして返す。

「ウィンか……さすが平民出身の騎士様は、お付き合いされる方も我々の理解を超えた者らしい」

「勇者様と皇女殿下に親しくされているようだが、真の貴族である我々はお前のことなぞ認めないからな」

「伝統と格式のあるこの騎士学校に、このような怪しい奴に土足で踏み入れさせやがって」

「これだから平民は……」

「己の住む領域というものを理解していない。どうして皇族方はこの神聖なる学び舎の門戸を平民に開いたのか」

「大陸中に轟く由緒正しき名門の名が汚れてしまう……」

唸り声のような低い声音で絡んできた学生たちが睨みつける。

「まあまあまあ」

いつの間にか、ロウがそんな彼らの肩を抱くようにして手を回していた。

その動きに学生たちは少し驚きながらも、

「馴れ馴れしいぞ、貴様!」

「俺はウィン君と剣の勝負をしたくてここに来ただけだ。勝負が終わったらさっさと出て行くよ。知り合いに見つかりたくないし……」

「今すぐ出て行け!」

「そもそも、そんな格好の奴に誰だ許可証を渡した者は。どの衛視だ? 調べて懲戒にしてやる」

「待て待て、君たちの言うことも一理ある。まあ、こんな風体だし? でも、俺にかこつけてウィン君の生まれを中傷する必要性は無いと思うんだけどな。それに門番も真面目に仕事していたぞ?」

ああ、そうかと、ロウはポンッと手を打つと、

「ウィン君が勇者や皇女殿下に目を掛けてもらっているから、それが妬ましくて俺をだしにして憂さ晴らししようとしたのかな?」

「き、貴様ッ! 下賎な身で我ら帝国貴族を愚弄する気かぁ!」

「そこの平民と勝負するまでもない! 俺がここで貴様を叩きのめしてくれる!」

「んー……お前らと戦っても楽しそうじゃないけど、まあいいか。ウィン君は早朝鍛錬で身体が暖まってるけど、俺の準備運動の相手になってもらおう」

「ちょっと、ロウさん!」

「それに俺だけがウィン君の剣を見せてもらってるというのは、平等じゃないからね」

と、余裕の表情で笑うロウ。

「貴様、五体満足ですむと思うなよ!?」

いきり立つ三人の学生とその後ろにロウがついて行く。

今の騒ぎを見ていた学生は多い。

面白そうだと思ったのだろう、予定を変更してゾロゾロと多くの者がついてきていた。

(これ……後で教官室に呼び出し喰らわないかなぁ……)

ウィンはため息をつくと、先に行ってしまった彼らの後を追って走って行った。

◇◆◇◆◇

――練武場。

すり鉢の形をした石造りの建物である。

「光栄に思え、下民。私が相手をしてやる」

三人組の中で、濃い茶色の髪をした大柄の少年が騎士剣を持って前に出た。

「おい、訓練用を使えよ」

「黙れ、平民」

訓練用騎士剣ではなく、騎士剣を持ちだした少年にウィンが文句を言ったが、

「これから行われるのは試合じゃない。貴族を侮辱した怪しい賊に対する制裁だ!」

「許可証は見せただろう?」

「あれが本物かどうかはわかるまい? そもそも見ろよ、この格好。こんな奴が許可証なんて貰えるはずがないだろう!? あれは偽造だ。間違いない!」

見物に来ている学生たちへと聞こえるように声を張り上げる。

「まあいいよ、ウィン君。大した事はない」

「ですが、ロウさん。万が一もありますよ?」

心配するウィンを無視して、ロウは前に進み出て剣を抜いた。

「よし、抜いたな……心配するな、殺しはしない」

「それよりも、一対一じゃなくても俺はいいぜ? 三対一でも俺は一向に構わないんだけどな」

ロウのぼやきに取り合わず、茶髪頭の学生は肉体強化の魔法を唱える。

『我に力を』

「やれやれ……『我に力を』」

ロウと茶髪頭の学生の全身が白い燐光に包まれた。

「魔法が使えるのか? どうやらただの下民というわけでは無さそうだ。ほら、掛かって来いよ」

片手でもった剣の刃先をクイクイッと動かし挑発する茶髪頭の学生。

「じゃあ、お言葉に甘えて……ほいっ」

ロウの気の抜けた様な声。

と、同時に――。

ちんっとロウは剣を鞘に納めてしまった。

そして――カランッという金属音。

「……あ」

茶髪頭の学生が握る剣。

根本の部分で剣身が切断。

練武場の石畳の上に切断された剣が転がっていた。

「は?」

「あ……ああ……!?」

茶髪頭の学生は口をパクパクさせながら、己の握る剣の柄と切断された剣身に視線を行ったり来たりさせる。

切断面はまるで鏡のごとく綺麗な面を作っている――。

「で、どうする? 後の二人は? 俺は一緒で全然構わないけど?」

長く伸びた前髪の下から覗く眼光が学生たちを射抜く。

初めてロウの目と目線を合わせてしまった学生たちは、先ほどまでの威勢は何処へ行ったのか顔面を蒼白にして腰が抜けたのかへたり込んでしまった。

「ふむ……まあ、学生だしな。こんなもんだろ。よく頑張ってるほうだと思うよ? かっこは悪かったけどな」

ロウはすぐに三人から興味を失ったのか、ウィンへと向き直る。

「さて、邪魔が入ったけど改めて勝負を申し込むよ。ウィン・バード。君の実力が彼ら程度でないことを期待してる」

◇◆◇◆◇

練武場の真ん中――絡んできた三人の准騎士三人の前で、訓練用騎士剣に持ち替えたウィンとロウは対峙する。

面白半分に見に来ていた他の学生たちも、固唾を呑んで二人を見守っていた。

いや、正確に言えばロウの放つプレッシャーに気圧されていたと言っていい。

ただぶらりと自然に立っているロウ。

だが、まるで隙がなかった。

(さっきまでとまるで雰囲気が違う!)

風で揺れる長い前髪の下から時折覗く鋭い眼光が、ウィンの身体を射抜いている。

「そう言えば、ウィン君は魔法で強化はできないんだっけ?」

「はい」

「そっか……ところでいつまでも、お見合いしてるわけにも行かないし――行くぞっ!」

(――来るっ!)

ウィンの身体が半歩後方へとずれたのとチンッという音が聞こえたのはほぼ同時。

ロウはぶらりと力を抜いた姿勢から一歩も動いたようには見えない。

だが、ウィンは心臓がドッドッドッドッっと、早鐘を打つのを感じていた。

「へぇ……今のを避けたのか。肉体強化も無しに?」

口元に少し微笑みを浮かべて余裕を見せていたロウは、少し唖然とした表情を見せた。

それから、クククッと小さく笑い出すと爆笑し始める。

「ワハハ! 面白え! こいつは確かにあいつが言うわけだ。なるほどな、すげーなお前。さっきのあいつらとの俺がやりあった時に、俺の剣の長さを測っていたんだろう? その半歩が俺の剣が届かなくなるギリギリの距離だったってわけだ」

ロウの言う通りだった。

ウィンは今のロウの剣の軌道が見えていたわけではない。

先ほど、学生を相手にした時ロウが剣を抜いた時を見逃さず、剣の長さを測ることができた。

なので、ロウが動く瞬間を見極めて半歩下がってみせただけ――。

初見であれば今のでウィンが負けていた。

正直、格が違いすぎる。

ウィンの知る中でこれほどの相手となると、やはりレティシアとなるか。

(格が違う……違うと思うけど、どこまでやれるか試したい!)

ウィンの中で意識が対レティシア戦用に切り替わる。

ウィンが知る限り最強の存在――。

「ほう?」

ロウが目を細めてウィンを見る。

構えを小さく、そして集中力を高めているのが見て取れる。

(何か仕掛けるつもりか?)

しかし、ウィンは動かない。

左足を前に出して腰を落とし、剣を構えたままロウの動きを観察している。

「いいぜ、来ないならこちらから行くぞ」

ドンッ! とロウは弾けるように加速。

一瞬で間合いを詰めると、右から左へと横薙ぎに剣を振るう。

ロウの攻撃速度は確かにウィンより速い。

肉体を強化していない状態での身体能力、剣の振るう速度では圧倒的にウィンが劣る。

しかし、向かってくる相手であれば、ウィンの剣も捉えることが出来る!

ロウの踏み込んだ足が間合いに入った瞬間、ウィンの剣が迸った。

「――――っ!」

小さく、最速の軌道で振りぬかれたウィンの剣を、ロウはグッと瞬時に足を踏ん張り、さらに後方へと上半身を仰け反るようにして鼻先一寸の距離でウィンの剣先を躱してみせる。

(うほぉ、早え早え……)

ロウの動きを完全に捉えているわけじゃないのだろう。

極限にまで高めた集中力で気配だけを探り、間合いに入った瞬間にとにかく最速の動作で振り抜く。

ロウが持つ莫大な量の戦闘経験が、間合いに踏み込んだ瞬間危険を訴え、完全に間合いへと踏み込む前に後ろへ引くことが出来たから避けることができた。

あともう半歩踏み込んでいたら、まだ本気ではないとはいえ、今度は逆にロウは敗北していたかもしれない。

(やべぇ……背筋がゾクゾクしてきた!)

体勢を崩したと見てウィンが追撃の攻勢を仕掛けてくる。

下から伸びてきた突きをロウはウィンの横へと回りこむようにして躱す。

(魔法を使っていなくてこの動きかよ! 魔法を使ってないから五分の条件じゃないと思っていたが、訂正する必要があるぜ――って、ん?)

瞬時に右横へと躱されてロウを見失ったはずのウィンが、左足で蹴ると右後方へと間合いの開いたロウを追ってきた。

右足を鋭く踏み込んでの全身全霊の力を乗せた疾風のような突きから、右横薙ぎ、上段へ振り被ってからの鋭い斬撃。

そして間髪入れずに腹から肩口にかけて逆袈裟に斬り上げる。

(自身を点にした円運動をすることで、最小限の動きで俺の速度についてくるってか! なら、こいつはどうだ!)

ウィンの横薙ぎに振り払った斬撃に合わせてロウは躱しざまに、

「っらぁ!」

右手一本で持った剣を左肩から腹に向けて斬り下ろす。

(――――っ!?)

が、その攻撃を予期していたかのように、ロウの斬撃の挙動に合わせウィンが身体を沈め――剣はウィンの頭上わずか上を掠めて行く。

「うぉおおおおおおお!」

身体を沈めたまま足下を薙ぎ払うようにウィンが剣を一閃、

「ちぃ!」

ロウは舌打ちとともにそれを飛び上がるようにして躱し、ウィンが低い姿勢のまま剣を振った勢いのまま身体をくるりと一回転。

そのまま伸び上がるようにしながら、横薙ぎの斬撃を放つ。

ギンッ!

空中に身体があるため躱しきれない。

ロウは剣を縦にすると、ウィンの斬撃を止めてそのまま弾き飛ばした。

肉体強化で筋力が増している。

剣を弾かれる形で宙へと飛ばされたウィンは、空中で体勢を立て直そうとしたが出来ずに地面に叩きつけられるとゴロゴロと転がった。

が、すぐに立ち上がり油断なく身構える。

「速度で追いつけないなら、間合いを取らせずに攻勢に打って出るか……しかも、一歩間違えば即死だぜ?」

ウィンの凄まじい集中力が可能にする、寸の見切り――。

攻勢に出ながらも、ロウの攻撃を誘い込むと同時に斬撃を放つ。

誘いを見破られれば、斬られていたのはウィンの方。

「誰にでも……するわけじゃ……ないですけどね……」

肩を激しく上下させながら息を切らして言うウィン。

だが、その目にはロウにも勝るとも劣らない眼光を宿し、口は笑みの形になっている。

何百、何千回にも及ぶ修練の賜物だろう。

その修練の中で仮想していたウィンの相手――ロウにはそれがはっきりと見えた。

「なるほどね……確かにあいつの影が見える。なら、俺も全力を出さないと失礼というものだな!」

ロウの纏う雰囲気が、プレッシャーがより強くなる。

身体を包む白い燐光がさらに輝きを増していく。

ウィンは再び左足を前に出し剣を構える。

自身を点として最小限の動作を摂ることで、間合いに入った瞬間に斬る――。

「今度は反応する間も与えねぇよ!」

叫ぶと同時にダンッ! という爆発音のような踏み込み。

ロウは瞬間移動したかのようにウィンの間合い深くまで飛び込む。

疾い!

ウィンも何とか反応して剣を振り抜こうとするが、目は動きを追っているものの身体がその反応についていけない。

ウィンが防御しようとする動きよりも数段速く、ロウの剣が迸る。

剣が一閃――刃が潰してあるはずのウィンの騎士剣が空に跳ね上がるように切断し、返す剣がウィンの頭上へと振り下ろされ――。

ギンッ!

という鋼のぶつかり合う音が周囲に響く。

ロウの振り下ろした強烈な斬撃を、剣身を失った剣の根本でどうにか受けようとしていたウィンの背後から、一振りの剣が差し出され受け止めていた。

「レティ……」

朝日で金色に輝く髪をたなびかせ――レティシアがロウを睨みつけていた。

そのまま、ロウの剣を跳ね上げるようにして弾き飛ばすと、瞬時に斬撃を繰り出していく。

その鋭い斬撃をロウは剣で受け止め、鍔競り合いとなった。

「怪我でもさせるつもり?」

「一応、刃は潰してあるんだぜ?」

「あなたが振るったら、刃が潰されていても死にかねないわよ」

「ちゃんと寸止めするさ」

「お兄ちゃんに怪我でもさせたら、ラウルでも許さないわ」

競り合う剣を徐々に押し込みながら、レティシアはチラリと視線を地面の方へと走らせる。

ウィンの足下には、斬り飛ばされた訓練用騎士剣の刃が転がっていた。

「一応これでも【剣聖】を名乗ってるんだけどなぁ」

「【大陸最強】のあなたがここで何をしているの?」

「【世界最強】という君のお師匠様とやらを見に来たのさ」

【勇者】、【剣の神姫】、【神々に限りなく近づきし存在】――レティシア・ヴァン・メイヴィスに、ロウ――【剣聖】ラウル・オルト・リヨンは剣を交差させたまま笑顔を返した。