軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ゴブリンの洞

翼人の里、泉のそばに降り立った一行は、そこで一夜を明かした。

「うーん、こんなに早く到着するなら、ローラさんの家で一晩泊めてもらってきても良かったな」

とは、オールトの弁。

明日、太陽が昇ってから探索をすることにして、見張りを二つに分けて休む。

翼人の里へ戻ってきたことを知ったゴブリンが、襲撃を仕掛けてくるかもしれないと緊張をしながら見張りをしていたが、幸いにも夜の襲撃はなかった。

翌朝、日が昇ってから朝食を摂ると、早速里の周囲を探索する。

すぐに、ゴブリンが通ったと思われる、細い道のような跡を見つけた。

隊列を作り慎重に森の中を進む。

オールト、ポウラットを前に、ウィンとレティを間に挟み、最後尾にルイスとイリザが続いた。

翼人は集落の周囲に道を作っていなかったようだ。

獣道とゴブリンが通った跡と思われる道の他、人の手が入ったと思われる道の痕跡が見つからなかった。

やがて朝に翼人の里を出発し、日が頂天へと達する頃合い――。

「おお、いるいる」

先頭を歩いていたオールトが立ち止まる。

崖にできた洞穴を利用して作られたと思われる、ゴブリンの集落を発見した。

「ゴブリン? どこ?」

初めて見るゴブリンを見たくて前に出ようとするウィンを制し、イリザが口に人差し指を当てながら「静かにして」と合図をする。

ポウラットが剣を抜き、ルイスは槍を握りしめた。

「こちらには気づいていない――犬頭の妖魔ってやつが見当たらないな」

洞穴の前に見えるのは、見張りをしていると思われる三匹のゴブリンだけ。

一匹は錆びついた斧のような武器を持ち、残りの二匹は棍棒のようなものを持っているだけだ。

「イリザ、お前の魔法で先制するぞ。斧を持っている奴からだ。残りの二匹は俺とルイスで片付ける。ポウラットは穴蔵から飛び出してくるゴブリンに注意していてくれ」

「わかった」

「ウィンとレティ」

オールトは二人の子供たちに声を掛けた。

「お前たちはひとまずここに隠れて俺たちの戦い方を見ておけ。見て覚えるのもいい勉強になる」

子供たちが頷くのを確認し、

「行くぞ!」

オールト、ルイス、ポウラットが茂みの中から飛び出した。

まず、口火を切ったのはイリザの魔法。

『我、火の理を識りて、火球と為す』

イリザを中心にして風が生まれると彼女の手のひらの上に、ポッと小さなロウソクほどの火が灯る。

火はすぐに人の頭ほどの大きさまで膨れ上がった。

球状になった炎は、徐々に手のひらからイリザの頭上より少し上まで上昇していくと球形のままとどまる。

『――炎弾となりて、穿て!』

イリザが斧を持っているゴブリンに向かって手を鋭く突き出す。

すると火球が凄まじい速度で射出された。

火球は、迫る熱気に気がついて振り向いたゴブリンの胸の辺りに着弾。

爆音と火炎を撒き散らした。

「ギャアアアアアアア!」

身の毛もよだつような悲鳴を上げるゴブリン。

爆風に吹き飛ばされ、全身火だるまとなって地面をのたうち回る。

爆風は周囲にも広がり、残りの二匹のゴブリンがその熱気にひるむ。

その隙にオールトとルイスがゴブリンに向かって走った。

オルトの持つ斧が片方のゴブリンの頭蓋を割り、ルイスの持つ槍がもう一方のゴブリンの胸をあっさりと貫き絶命させる。

「すげぇ……」

熟練した冒険者パーティーの連携に、ポウラットはただ感心する。

オールトとルイスの後に続いて茂みを飛び出したが、ポウラットは剣を握りしめているだけで出番はなかった。

「油断するな! 来るぞ!」

オールトの叱咤でポウラットが我に返る。

洞穴からゴブリンたちが出てきた。

数は十匹程度。

鉄製の武器を持っているのは二匹程度しかいない。

残りはやはり太い木の枝を削って作った棍棒のような武器を持っていた。

だが数は多かったものの、戦闘の準備を整えていた冒険者たちの敵ではない。

さして時間もかからずオールトが四匹、ルイスが三匹、そしてポウラットが二匹を片付ける。

イリザは魔法で仲間を巻き込むのを恐れてか、後ろで子供たちと一緒に戦闘を見守りながら、一匹だけ逃げようとしていたゴブリンを、火球の魔法で仕留めた。

「おい、ロードはいたか?」

「いや、見なかったっす」

「変だなぁ、これだけのはずがないんだが……」

オールトは斧の刃を地面に突き刺して立てかけると、右手を顎にやって考えこむ。

予想していたよりも手応えがなさ過ぎた。

ゴブリン二匹と戦い息を切らしているポウラットに比べ、オールトとルイスはさっさと息を整えていた。

彼らにとって見れば、ゴブリン程度など物の数ではない。

しかしオルトの見立てでは、もっと強力な魔物がいるはずだった。

この程度のゴブリンの集団で、あの翼人たちの里が壊滅するとは考えにくかった。

「やれやれ、穴蔵の中に潜んでるんすかね? イリザの魔法でいっそのこと生き埋めにしたらどうっすか?」

「抜け穴があったら意味が無いだろう」

「じゃあ、中に潜って調べるんすか? あの穴の奥、明らかに臭そうっす。俺は嫌っすよ」

「文句言うなよ、仕事だろ」

オールトとルイスが軽口を叩いているのを見て、イリザは溜息を吐いた。

「まるで緊張感が無いわね」

呟き苦笑する。

冒険者の卵たちが見ている前で、あまり悪い例を見せるのは良くないかもしれない。

そう思いながら、自分の横で戦いを見学していたウィンとレティへと視線を向ける。

そして気が付いた。

「どうしたんだ? レティ」

レティは身体を強張らせて、ウィンの左手にしがみついている。

(もしかして初めて戦闘を見たから、刺激が強すぎたのかしら。まだこの子には冒険者は早過ぎると思うもの)

「大丈夫よ、ポウラット君も私の仲間もとっても強いから。ゴブリンなんかあっという間にやっつけちゃうよ?」

イリザはレティの視線の高さに合わせるためしゃがみこんだ。

怯えているレティへと優しく声を掛ける。

「お兄ちゃん……」

少し震える声でレティが口を開く。

そしてウィンの目を見た。

心配そうにレティの顔を覗きこんでいたウィンの顔が、急に真剣なものに変わる。

「どうしたの?」

レティのただならぬ気配を見てイリザは眉をひそめる。

レティはウィンから視線を外すと、洞穴へと向ける。

その時――。

ようやくイリザも気づく。

周囲を漂っている微かな魔力。

その発生源は――。

「オールト、上!」

「クソっ――!」

イリザの叫びにとっさに反応し鉄の盾をかざすオールト。

間一髪、頭上から降って来た影が振った鈍器が盾にぶつかり、オールトはたたらを踏んだ。

影は犬頭が特徴とした妖魔コボルト――にそっくりだった。

ただし、普通のコボルトの大きさはゴブリン同様、人間と大差のない大きさである。

しかし、目の前にいるコボルトは三メートル以上の巨躯を誇り、右手に持っているのは大人の背丈よりも巨大な棍棒――というよりも、もはや丸太と呼びたくなるようなもの。

そして、焦茶色の毛皮の下に盛り上がって見える、それだけの武器を振り回せるだけの筋肉。

何かもがコボルトとしては規格外だった。

「おいおい、コボルトってのはこんなにデカイもんだったか?」

崖上から落下した勢いを足した強烈な一撃を防ぎ、盾を持つ左手が痺れているのを我慢しながら、オールトは油断なくこの巨大なコボルトを睨みつけた。

「さながら、オーガっすね。聞いたことはないっすけど、こいつはコボルトロードといったところっすかね?」

「ポウラット、背後に回れ。三人で囲んでやるぞ」

コボルトの正面にオールトが陣取り、右手側にルイス、そして背後にポウラットが回りこむ。

「さあて、始めようかね……」

乾いた唇を舌で湿らし、左半身を前に出して左手の盾をかざす。

右手に持つ片手斧を握りしめる。

グルルルという唸り声を上げながらも、コボルトはすぐに跳びかかってこない。

後ろに回りこんでいるポウラットと、右横手にいるルイスが気になるのか、しきりに視線を行ったり来たりさせている。

三人の頬を冷たい汗が滴る。

コボルトの持つ武器は、もっとも原始的とも言える棍棒。

ただ振り回すだけの武器。

ただ振り回し粉砕する。

戦闘形態の想像が容易なだけに、威圧感は凄まじい。

オールトの位置から十メートル近く離れた場所から見守るウィン、レティ、そしてイリザ。

ウィンは木剣を握りしめて、食い入るように見つめていた。

「みんな、大丈夫かな」

「三人とも強いから大丈夫」

ウィンの呟きに返答しながら、イリザは魔法の詠唱に備えて目を閉じる。

息を深く吸い、吐き出す――深呼吸。

全身から力を抜き、集中する。

周囲の雑音が消えるくらいに、深く、どこまでも深淵に――ゆえにイリザは気がつかない。

ゴブリンとの戦闘から、巨躯の犬頭の妖魔と見続けて、ただ怯えて慕っている男の子にしがみついていただけの少女――レティが、出会ってから初めてイリザへと目線を向けたのを。

イリザの一挙手一投足、全ての動きをまるで観察するかのように見続けていたことを。

「おおおおおおおおおお!!」

雄叫びを上げてオールトが一歩前へ足を踏み出す。

叫んだのはコボルトの注意を自身に引きつけるため。

踏み出すと同時に足腰に力を入れ、踏ん張る。

コボルトの両目が獰猛に光り、右手の棍棒を頭上へ大きく振りかぶった。

何かが爆発したような轟音、そして衝撃。

「ぐぐっ……」

踏ん張っていても、盾もろとも体を持って行かれそうになる衝撃がオールトを襲う。

「しまっ――!」

「――ルイス!」

必死に衝撃に耐えるオールトの耳に届くルイスの声。

かざしていた盾の後ろからオールトが見た光景は、コボルトの大振りの攻撃の隙をついて踏み込んだルイスが、その脇腹へ棍棒をまともに受けて吹き飛ばされる姿だった。

コボルトの攻撃はルイスが予想していたよりも鋭く、疾く、まるで暴風のように吹き荒れた。

槍の穂先がコボルトの心臓を貫くよりも早く自身の身体に到達すると察したルイスは、咄嗟に槍を引き戻し、その柄で受け止めようとしたが、その柄もあっさりと粉砕され脇腹に痛撃を受けていた。

冗談のように吹き飛んだルイスは、十メートル近く先で地面に叩きつけられる。

「が……くはっ……」

二転三転と地面を転がる。

オールトの盾と槍の柄と、二段階で威力を相殺できたせいか、ルイスは吹き飛ばされたものの意識はあるようだ。

呻きながらも、目を開けてコボルトのほうを見てもがいている。

まともに受けていたら、内臓を潰され即死間違いなかっただろう。

だがあの様子では、肋骨が何本か折れたに違いない。

「化け物め――っ!」

再び雄叫びを上げつつ、オールトはコボルトの左手側へと一歩踏み込む。

攻撃を振り切った体勢のコボルトの視線がオールトへと釣られ、その刹那。

『――――炎弾となりて穿て!』

飛来した火球がコボルトの胸の辺りに炸裂――轟音とともに爆炎を上げた。

爆発の衝撃にたたらを踏むコボルト。

苦悶の声を上げながらも、まだ倒れない。

熱気と炎がオールトにまで迫る。

オールトは盾をかざして身を守りながら叫んだ。

「ポウラット!」

「おおおおおおおお!」

叫ぶと同時に繰り出したポウラットの剣先が、分厚いコボルトの胸板を貫いた。

「や、やった……」

ポウラットが剣の柄から手を放すと、心臓を貫かれたコボルトが前のめりのドウっと倒れる。

「よし、よくやったぞ。ポウラット」

「あ、ああ」

初めて大物の妖魔を倒した。

ポウラットは自身の両手に視線を落とす。

まだ、足が震えている。

子供たちの前では虚勢を張っていたものの、彼もまだ十八歳。

先ごろ、ようやく一人前と呼ばれるようになった程度の冒険者なのだ。

「ルイス!」

イリザが倒れたままのルイスへと駆け寄る。

「アイタタタ……いやぁ、しくじったっす」

「もう! ちょっと黙ってて……」

ルイスの側に座り込むと、棍棒で殴られた脇腹に両手を添える。

『我、理を識りて、請い願う。力よ、集いて汝を癒やせ!』

「助かるっす」

イリザの両手が淡い輝きに包まれる。

癒やしの魔法だ。

「肋骨が折れてるから、完治とまではいかないわよ?」

「……歩ける程度に治ればいいっす」

(思ったよりも強かったな)

ルイスへイリザが治癒魔法をかけているのを見ながら、オールトは安堵の溜息を漏らした。

危うく犠牲者を出すところだったと反省しながら、愛用の盾を見る。

棍棒の衝撃の大きさを物語るように、盾が大きく凹んでいた。

ルイスがあの程度の負傷ですんだのは幸運が味方したというところだろう。

ゴブリンと犬頭の妖魔――たかがコボルトという思い込みが、どこか油断を招いたのかもしれない。

前のめりに倒れ伏しているコボルトへと視線を向ける。

突き刺した剣を引き抜こうとポウラットが四苦八苦しているのが見えた。

力強く突き刺していたので、骨に刃が引っかかっているのかもしれない。

子供たちの方は大丈夫だろうかと視線を動かす。

「――ん?」

レティがウィンの腕にしがみついたまま、視線をこちらに向けて震えているのが見えた。

(刺激が強すぎたか? 萎縮しちまったか……)

オールトは顔に笑みを浮かべると、子供たちの方へ歩いていこうと向き直る。

「おーいお前ら、もう大丈夫だ。どうした? 初めて見た戦闘は恐ろしかったか? ちょっと、ルイスのやつがポカやらかしたが、何てことはないからな。どうだ、いい勉強になっただろう?」

「……オールトさん」

「どうした? ウィン」

「レティが……レティがそいつ、まだ死んでないって!」

「うわ……ああああ!?」

ウィンの言葉と同時に、ポウラットの悲鳴混じりの声が響き渡る。

「……なに!?」

オールトが振り向いた先には、胸を剣で貫かれたままのコボルトが立ち上がっていた。