軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

樹光下の告白②

副頭目の男が最後に放った爆発系の魔法。

その轟音は彼の意図していた通り、味方の軍をドリアの村へと引き戻すことに成功したが、一方でロイズにもその音が届くことで事態の急変伝えることになった。。

ロイズは一緒に待機していた少女とともに、急ぎドリアへと走っていた。

「怖いですか?」

ふぅふぅと荒い息を吐きつつ走りながら言ったロイズの問いに、フードを目深に被った少女は答えない。ただ真っ直ぐに前方だけを見つめて走っている。

焦り、恐怖、悲しみ――

これから戦場へ――しかし少女から見える感情は決意と覚悟。

ただひたすらに真っ直ぐ前を向いて走っている。問いかけに応えるどころか、一瞥すらしない。

ロイズは少女へと向けていた顔を前へと戻し、自嘲的な笑いを浮かべる。

(まあ、当然だな)

副長であるケルヴィンと、ウィン、ロックの三人がロイズと合流した時、彼女は明らかにロイズを見て警戒心を抱いた表情を浮かべていた。

そもそもロイズの見てくれは、まだ三十代の半ばにも関わらずまるで麦酒の樽のような腹をし、頭頂部は禿げ上がり、顔は丸々と膨れ上がり、顎肉はたるみきっている。加えてかつては鋭いと評された目は、今では何か悪だくみしているようにしか見えないとまで言われていると来た。

ロイズ自身が認めざるを得ない程、この姿格好では初対面の女性は嫌悪感しか抱かないはずだ。

初対面時にすでに好印象を残していないわけで、その上彼女自身もひどい経験をしてきたという。彼女がロイズに対して警戒してしまうのも無理はない。

走っている際に話しかけるのは体力を使う。

それ以後、ロイズも少女へと話しかけたりせずただ走り続けた。

こちらの戦力が三人に対して、相手は二百。

まず普通に考えれば圧倒的な戦力差であり、ウィン達に勝ち目は見られない。

だがその数の少なさは逆に相手へ疑念を抱かせる。

案の定、敵の指揮官と思われる初老の男は、村の広場に手前で足を止めると五人の騎士と、手駒と思われる盗賊上がりの男たちを十人程度さし向けて来た。

伏兵を警戒してのものだ。

無警戒に広場へと突入し、周囲から範囲系攻撃魔法の一斉射撃もあり得る。

「散開しますよ!」

人数が少ないことが幸いした。

三人は村の方々へと別れる。

ウィンは近くの二階建ての家の中へと飛び込んだ。

騎乗した騎士と正面から戦っても勝ち目はない。騎士が馬に乗って戦えない場所へと逃げ込む必要があった。

「待て、こら!」

(まるでチンピラじゃないか!)

心の中で思いつつ、ウィンは階段を駆けあがる。

続いて、ドタンっ! という乱暴に粗末な板戸を蹴り開ける音が響き、三人の男たちが飛び込んで来た。

「自ら逃げ場がないところに飛び込むなんてな……へへへ」

「舐めた真似してくれやがって、ぶっ殺してやる」

口々に言いながら殺到してくる。

階段の上で待ち構えたウィンは突き出されてくる槍を半身ずらして躱すと、剣を振るった。

多勢に無勢ではあっても、魔法で身体強化をした騎士ならばともかく、訓練を積んでいるウィンと盗賊や傭兵崩れであれば、ウィンに分がある。

肩から胸を切り裂かれ、不安定な体勢になっているところをウィンは思いっきり蹴り飛ばした。

「うわっ!」

「クソがっ!」

斬られた男の身体に巻き込まれた二人がもつれながら階段の下へと落ちていく。

ウィンは落ちていく男たちを確認もせずに剣を腰に収めると、二階の一室に飛びこむ。そして記憶に頼って鎧戸の一つから外へと飛び出した。

着地先は家に飛び込む前に位置を確認していた、その横に建てられていた納屋の上。

板を渡した屋根が抜けないかと、一瞬心配したが屋根は問題なくウィンの体重を受け止めてくれる。

ウィンは飛び出した勢いで屋根の上を走る。

そして――再び思いっきり飛んだ。

「な、きさ……がっ!」

馬上の騎士の一人に体当たり。地面に騎士もろとも転げ落ちる。

この場合、状況を想定していた者とそうでない者とでは立ち直る早さが違う。

また、両者の装備の差も幸いした。

金属鎧を身に着けた騎士に比べ、革鎧という軽装のウィンの方が立ち直るのが早かった。

起き上がろうともがく騎士を無視して、馬に飛びつくと手綱を持つ。

「ロック!」

騎馬の入って来られない家と家の合間で戦っていたロックへと、ウィンが馬を走らせる

「何だ!?」

慌てて飛び退く男たちを見て、ロックはウィンの下へと走るとその後ろに飛び乗った。

「助かったぜ、ウィン」

「後ろ! 魔法よろしく!」

「二人ともこっちだ!」

すでに馬を奪い取っていたケルヴィンが先に立って走り出す。ケルヴィンの身体は敵のものなのだろう、返り血に濡れていた。

ケルヴィンが戦っていた場所へと目を向けると、一頭の馬は右肩から右脚にかけて失った状態でもがいていた。そのそばには倒れて動かない人影が二つ。

騎乗した状態の騎士をどうやって倒したのか。

馬が奪われ、こちらに伏兵がいないと悟ったのだろう。

敵の騎士たちが動き出す。

「ロック!」

「わかってるよ!」

ロックは片手でウィンの腰にしがみつきながら風の魔法で飛来する矢を逸らす。ケルヴィンとウィンの騎馬二頭しかいないというのが幸いする。

狭い範囲しか守らなくて良い。

「森へ!」

ケルヴィンが叫び、森の中の細い道へと駆ける。

背後から騎馬が追って来た。

「矢で助かった!」

ロックがウィンの背にしがみつきながら言う。

矢であれば、風の魔法で軌道を逸らすことが出来るが、攻撃魔法を連射されると、ロック一人の防壁ではとても防ぎきることは出来なかった。

最初に対峙した際に馬に乗っていなかったこと。装備が革鎧という軽装だったことから、騎士たちは三人を冒険者か傭兵とでも思ったのかもしれない。

今は魔法も矢も撃たれていない。

馬を走らせながら攻撃魔法を撃つのは難しいし、矢を打ち込んでもロックによって魔法で逸らされてしまうからだ。

また、距離が徐々に縮まってきていることも理由だろう。重武装の騎士たちが乗る馬であるが、さすがにウィンとロックの二人乗りに比べれば速い。軽装であるケルヴィンの乗る馬は、すでに大分先を走っていた。

「くそ、ウィンまだか!?」

矢を撃たれないかと後ろを気にしつつ、ロックが叫ぶ。

その時――。

「ロイズ隊長!」

ケルヴィンが叫び、ロイズがドタドタと巨体を揺らしながら走って来るのが見えた。

「ハア……ハア……避難……した人は、森の中に……早く……後は任せて……」

ケルヴィンはロイズの真横で馬を止めた。その横をウィンとロックの馬が駆け抜ける。

そして――。

「ねえ、お兄ちゃん……」

世界樹の若木から零れる光のしずくの中、微笑みを浮かべたレティシアが呟いた。

「お兄ちゃんがどうして私に戦うなって言ってくれたのか良く分かった。ううん、本当は私が気付かなければならなかったんだよね。私がお兄ちゃんを巻き込んじゃってるということに――」

ウィンの否定の言葉を遮ると、レティシアはウィンの頬へと右手を伸ばし、そっと触れた。

ウィンを見つめるその瞳は優しさと、時には切なさも入り混じりつつも、そしてどこまでも透明な――。

「ありがとう、お兄ちゃん。心配してくれて。そしてごめんなさい」

言葉を切り、レティシアは一瞬だけ俯く。そして、きっと顔を上げた。

笑顔ではなく、真剣な表情でウィンの顔を真っ直ぐに見つめた。

「ごめんなさい。私に人の温もりを教えてくれたのはあなたでした。戦い方を教えてくれたのはあなたでした。私はあなたと出会うことで、この広い世界で一人じゃないと知ることが出来ました。だから、私はこれからもあなたとともに歩みたい。戦いたい。その為に人を傷つけ、人から化け物と呼ばれても、魔王と呼ばれることになったとしても。それでも――私はあなたとともに歩みたい。だから、これは私のわがままです。私は私の意思で戦います」

――世界中から認められなくても、私はあなただけに認められたらそれでいい。

ロイズの横を駆け抜けたウィンとロック。そして、もう一人――。

すれ違う一瞬の事であったが、フードを目深に被ったレティシアとウィンの視線が絡み合う。

ウィンはグッと唇を噛みしめた。

今はまだ、その隣に立つことは出来ない。でもいつか――。

ケルヴィンはロイズを馬の背へと引き上げようとしながら、一度レティシアと敵の騎士たちへと目を走らせる。

(まずいですね……)

ケルヴィンは身体の内側からこみ上げる欲求に身体を震わせる。

――戦いたい。思う存分殺し合いたい。

ドリアの村で、二百の軍勢と対峙した時、口では逃げると言いながらも、突撃したい欲求と戦っていた。無論、勝てるとは思っていない。

盗賊や傭兵崩れには百人だろうと負ける気はしなかったが、さすがに武装した騎士。それも馬に騎乗した騎士が相手では三、四人殺すくらいが精一杯だろうが。

ケルヴィンは戦場の生死の境を分ける一瞬の高揚感が好きだ。

その一瞬の快楽を得る為ならば、自らの命を懸けることもいとわない。

そしていま、ケルヴィンの前に二百の軍勢よりも美味しそうな、極上の獲物がいる。

膨れ上がる殺気。

抑えきれない。

「おい、ケルヴィン。悪い癖が出てるぞ」

ようやくのことでケルヴィンの後ろによじ登ったロイズの言葉に、ケルヴィンは、はっと我に返った。

「……何のことですかね? それにしても隊長、体重落とされてはいかがです? 馬が重量超過でかわいそうなんですけど?」

「うっ……正直すまん」

軽口を返し、冷静な思考を取り戻す。

ロイズがしがみついたのを確認し、馬を走らせる。

レティシアはケルヴィンたちを振り向きもしなかった。

始めての野営の際、ウィン達に絡んでいた帝国騎士たちをも黙らせた剣気――殺気を叩き付けても、レティシアはまるで意に介さない。

(なるほど、確かに化け物だ。危うく、斬りかかるところでした)

ロイズがケルヴィンの放つ殺気に気付き、声を掛けなければ間違いなく斬りかかっていた。長い付き合いの男である。ケルヴィンの思考を読むことなど、簡単に違いない。

(もっとも、私はあなたとも戦ってみたいんですがね)

後ろで必死に均衡を取ろうとしているロイズ。

四苦八苦している上官の様子に心の中で苦笑しつつ、一度エルネスト伯爵家の女性陣と彼の食生活改善について、話し合う必要があると考えていたのだった。

ロイズとケルヴィンの二人がようやく馬を走りださせたとき、追手の騎士たちがレティシアの前に姿を現した。

前方の道、わずかに広くなった場所。

騎士たちの行く手を遮るように立つフードを被った人物の姿に、先頭を走る指揮官と思われる騎士が手を挙げた。

騎士たちがフードを被った人物を捕らえるためにこの場に留まるものと、迂回して追おうとする集団とに別れようとし――。

ザンッ! 一陣の疾風。いつの間にか抜かれた剣。

地面に、出来た一筋の横一文字の溝が、迂回しようとした騎士たちの前にできていた。

「貴様、何者だ!」

騎士たちの間から起こる誰何の声。

被っていたフードを脱ぐ。零れ落ちる、金色の髪。エメラルドの宝玉のような双眸。

今度は少女の、そのあまりにもの美貌に多くの騎士たちは言葉を失い、ほんのわずか数人の騎士が、動揺のあまり絶句した。

「ま、魔法だ……は、早く魔法を! 全員、全力で魔法を撃て!!」

動揺していた騎士の一人が、取り乱したかのように叫ぶ。

少女の美貌に見惚れていた騎士たちの何人かはその声に我に返り、慌てて呪文を詠唱し魔法を行使する。

しかし、その火箭は叫んだ騎士の思惑ほどの量は無い。

それでも複数人が一点を目標として放った《火槍》の魔法は、少女へと全弾着弾すると猛火となった。

「馬鹿野郎! 全員、全力で撃てと言ったはずだぞ!」

しかし、彼の焦りとは反して周囲の騎士たちは戸惑ったように顔を見合わせるだけ。

それはそうだろう。

確かに稀にみる美貌の少女であったが、それだけだ。むしろ、先程の火力ですら酷すぎる。任務であるとはいえ、死ぬにはまだ幼い年齢と、あの美貌を惜しむ気持ちの方が多くの騎士たちの中で勝っていた。

「次だ! 次を撃つぞ!」

彼の必死の声に同調している騎士はわずかしかいなかった。

しかし――爆炎が収まり、ゆっくりと煙が風によって流されて、戸惑っていた騎士たちも顔色を変える。

彼の焦りを理解する。

少女はまるで一歩も動いていなかった。

身に着けている服にも焦げ目は無く、火傷はおろか髪の毛一本すら乱れていない。

まるで何事もなく敢然と立っている。

彼らの多くは騎士階級の出身者だった。貧しくもなかったが、決して裕福というわけではない。

だから直接、見たことがあるわけでもなく、せいぜい話に聞いて絵姿を見たことがあるのみ。

知識としては知っている。歳はまだ十四。金髪にエメラルドの宝玉のよう瞳、整った鼻梁。絶世の美女。そしてレムルシル帝国の大貴族であるメイヴィス公爵家の第三姫。

誰が想像するだろう。

勇者メイヴィス――レティシア・ヴァン・メイヴィスが自分たちの前に立ちふさがるというこの状況を。

「まず、あなた方にあやまります。私は殺すことにためらいを覚えません。そうしないと生きていけない世界にいたから。だから、あなた方を見逃す気は一切ありません。どうぞ、お覚悟を」

「う、うわああああああああああ!」

今度こそ騎士たちは全力を振り絞って魔法を放った。

集中砲火となった火箭は、凄まじい轟音とともに天を嘗め尽くすような爆炎を上げる。

「撃て! 撃て! 撃て!」

もはや誰が叫んでいるのかもわからない。誰もがとにかく魔法を撃ち込んだ。

全身全霊、全ての力を振り絞って。

やがて、最大魔力を込め続けて打ち込み続けた騎士たちは、息を切らしながら地面へとへたり込んでいく。

騎士たちの全ての視線が一点へと集中する。

炎の勢いが徐々に収まり、纏わりつく煙が――突如巻き起こった突風とともに吹き散らされた。

突風の中心に立つのは、やはり火傷一つ、服に煤すらも見られないレティシア。

「う、うわあ!」

「化け物!」

箍が外れたように、ついに規律ある騎士たちが算を乱して走り出した。

恥も外聞もかなぐり捨てて、仲間だろうと押し退けて森の中へ散り散りになって飛び込み逃げようとする。

しかし――。

「な、何で?」

「どうしてここに戻ってしまうんだよ」

森に飛び込んだはずが、次の瞬間元の道の開けた場所へと戻って来てしまった。ドリアの村方面へと走った者は、なぜか逆方面の道から元の場所にたどり着く。

「《迷いの森》――森は我々の領域。被害を及ばさないため、魔法で結界を張ってある」

いつの間にか、一人のエルフ――ティアラが立っていた。

大量の魔力を使うため、本来であれば複数人で儀式する必要がある魔法結界をたった一人で行使していた。

「馬鹿な! エルフは人の諍いには手を出さないのではなかったか!?」

「外交問題だ!」

「エルフは手を出さない。あくまで森を護るだけ」

激昂する騎士たちに対し、ティアラは淡々と言葉を紡ぐ。

「あ、ああ」

逃げ場所を無くし、騎士たちはレティシアを振り向く。彼女を中心に無数の赤光の光弾が浮いていた。

そして無造作に光弾を放った。

騎士たちは瞬時に《障壁》の魔法を唱える。日頃の鍛錬の賜物。が、あっさりとその防壁は貫かれた。

多くの騎士たちが苦悶の声とともに倒れ伏す。

そしてわずかな騎士たち。そのほとんどが、レティシアに対して最初から全力で魔法を撃ち込んでいた騎士たちだけが生き残っていた。

レティシアとの力の差に、最初から気づくことが出来た手練れたち。

レティシアの放った光弾を正面から受け止めるのではなく、威力を削げるように防壁を張ったおかげで、吹き飛ばされ全身を痛打したり、手足がおかしな方向に曲がっていたりと半死半生の状態だった。

どちらにしろ、これで戦闘力は完全に失っている。

レティシアはほっと一息つく。

「ありがとう、ティアラ」

「私は森を護っただけ。エルフは人の争いには不干渉。でも、ごめん。一人逃げられた」

普段は無表情に近いティアラの顔に、珍しく悔しそうな表情が浮かぶ。

「指揮官の男?」

「そう」

レティシアを見て見惚れる者、動揺し慌てる者たちの中で、ただ一人冷静に観察していた。

二度目の爆炎の際にレティシアの視線が遮られた時に、何らかの方法でこの戦域から離脱したのだろう。

煙を吹き飛ばした後、男の姿は消えていた。

大賢者の称号を持つティアラの結界魔法をこじ開けるほどの実力者。

(厄介な敵を取り逃がしたかもしれない)

レティシアはそう思いつつも、踵を返すとウィンたちが待っているであろう場所へと向かって走り出したのだった。