軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

前夜1

砦へと到着した一行は、明日からの探索に備え一夜を過ごす。

砦で一泊するのではなく、砦前の開けた場所でわざわざ野営としたのは、この任務が訓練を兼ねている為だ。

ここまでの道のりは馬を使っての移動であったとはいえ、学生たちはかなり疲労の色を浮かべていた。

しかし、誰も横になろうとしない。

無理もない。

騎士たちが常駐している砦の前とは言えど、目と鼻の先にある、ただ闇が広がっているかのような森の中には、凶悪な魔物達が潜んでいるかもしれないのだ。

帝都に近いこの周辺、強力な魔物はさすがに存在してはいないであろうが、だからといって恐怖心が薄れるものではない。

明日からの行程を考えれば、少しでも横になって休息をとったほうがいいことは、全員頭では理解していたが、緊張によって冴えた目がそれを許さない。

広場にいくつか起こされた焚火の傍で、それぞれ知己である者同士が固まって座る。

食事は砦で用意されていたため、それを食べて腹を満たすと学生たちは思い思いに時を過ごしていた。

特に盛り上がっているのは、数名参加している女性准騎士の周囲だ。

こういう殺伐とした雰囲気で、彼女たちの存在は男たちにとって一服の清涼剤となる。

男性であれば家格に関係なく騎士を志す者は多いが、女性で騎士を目指すものの多くは、家格が低い者が多い。

多くの場合は騎士の家系の娘だ。

上流貴族の子息と交流できる、玉の輿の機会ということもあり、娘たちの方も積極的に話しかけている。

とはいえ、軍としての行動中であり、見張りも兼ねた正騎士たちが彼らの周囲を巡回しているということもあって、おかしな雰囲気とまではいくことはなかったが。

コーネリアにもまた、普段とは違う雰囲気にあてられたのか一人の男子学生が話しかけてきた。

彼女に生徒が話しかけてくるのは珍しい。

同性ですら、どことなく避けられているようなのに、それが異性から話しかけられているともなれば、少なくともひと月だけの付き合いではあったが、ウィンの記憶の中にはなかった。

彼女はウィンとロックとともに、三人で火を囲んでいたのだが、レギンという名の准騎士は、おもむろに彼女に近寄ってくると話しかけてきたのだ。

「これはこれは大変にお美しい。炎で照らされたその横顔は、まるで名画の中に描かれた女神アナスタシア様のようだ。貴女とこのような場所でご一緒となるのも、きっと神のお導きに違い相違ありません。どうです? あちらで私達と語らいませんか?」

「ごめんなさい」

即答だった。

コーネリアは焚火の炎に魅入られたかのように見つめたままで、気取った態度で跪き手を差し出すレギンの顔すら見ることなく断りの言葉を告げた。

「……ぷ……あはは」

ロックが背中を曲げ、しばらく肩を揺るがせていたが、とうとう堪えきれずに笑い出した。

「笑うな!」

まさか即答で断られるとは思わなかったのだろう。

一瞬呆気に取られたような表情を浮かべていたレギンは、笑い転げているロックを怒鳴りつける。

「ごめんなさい」

一瞬笑いを止めると、ロックはコーネリアの口調を真似てレギンに謝ったあと、こらえきれなくなったのか、再び腹を抱えて笑い続ける。

「くそ、平民上がり風情が……」

顔を真っ赤にしてレギンは笑い転げているロックを睨みつけると、その横に座っているウィンへと目を向ける。

「おっと、ウィンじゃないか? 去年、俺がコテンパンにしてやったのに、まだ諦めてなかったのか?」

「ああ」

レギンは昨年の主席だった男だ。

試験においてウィンとレギンは対戦し――ウィンに引導を渡した本人でもある。

「ふん、無駄な努力だというのに。さっさと自らの相応しい世界へと戻ったらどうだ?」

「何を言ってんだ。ウィンの剣がまともなものだったら、逆の立場だったのはお前じゃないのか?」

笑いすぎて呼吸困難にでもなったのか、真っ赤な顔をしたロックが目に涙を浮かべて言い返す。

「バカを言うな。負けたことを剣のせいにするとは、さすが平民。負け惜しみにも程がある」

「だが、事実だろう」

笑いをおさめて、ロックは吐き捨てるように言う。

「どうせ試験官を金で買収でもして剣をすり替えたんだろ。その証拠に試験後、ウィンの使用した剣はさっさと処分されていたしな」

「私がなぜそんなことをしなければならん」

「ジェイドが便宜を図ったんじゃないのか?」

「話にならんな」

レギンは呆れたように首を振ると、彼らから少し離れたところに座っているジェイドへと目を向けた。

ジェイドは他の学生達の輪に入らず、いまも一人で座っている。

道中もそうだが、ジェイドが取り巻きを連れていないのは珍しい。

この任務、ジェイドの取り巻きたちは参加しなかったのだろうか。

「俺の家、レインハート家とクライフドルフ家は対立している。政治的にもな。奴が俺に便宜を図る理由がないだろう」

「ぐ……」

ロックが押し黙る。

事実だ。

レギンの家であるレインハート侯爵家は、クライフドルフ侯爵家の政敵であった。

両家とも多くの将を輩出し、軍部での権力闘争を繰り広げてきていた。

レギンもまた、取り巻きたちに囲まれている身分だった。

特に今回の任務では、彼の取り巻きたちの多くがこの任務に参加しているらしく、そのことが逆にジェイドがまるで一人で孤立しているかのような印象を与えていた。

両家がそんな関係にある以上、ジェイド・ヴァン・クライフドルフがレギン・ヴァン・レインハートに便宜を図るはずもない。

ロックが教官に迫った際にも、それを暗に匂わされて追い払われた。

「それにあのまま、戦ったとしておれの主席合格は動かない」

これもまた事実。

レギンの剣の腕は確かに今いる准騎士の中でもトップクラスであり、試験を受けた時点ですでに合格は実力で決まっていたようなものだった。

主席を目的にして不正を働くといった理由すらも、彼にはなかったのである。

「わかったか? わかったなら、分不相応な夢など抱かず、さっさと身分相応な世界へと戻るがいい」

身分不相応な夢。

ウィンは腰に帯びている騎士剣に目を落とした。

装備課からこの任務の期間中のみ貸し与えられた、中古品である。

これを正式に授与されるのが彼の夢だ。

三年かけて借り物とはいえ、これを腰に帯びることができた。

これは、その身分不相応な夢への一歩となったのではないか。

「そういえば……」

レギンの誘いを断ったあと沈黙を守っていたコーネリアが、炎から視線を外しウィンを見つめた。

「ウィン君はどうして騎士になることを諦めないのですか?」

ロックとレギンの言い争いを半ば他人事のように聞き流しつつ、腰の騎士剣に目を落としていたウィンは、コーネリアの質問で我に返った。

同じ質問を前にも受けたことを思い出したからだ。

あれはレティシアと再会した時だった。

「四年も通おうなんて、どうしてそこまで騎士になろうと思ったのですか?」

ただ道に迷った後輩からの質問だと思い、返した返答――

『自分に誓ったからね。必ず騎士になるって』

例えその道が果てしなく遠い道であったとしても、諦めなければきっと辿り着く。

ウィンはそう信じて毎日剣を振っている。

『それに昔、親しい友人がいてね。今も遠い地でたった一人頑張っているはずなんだ。きっともう二度と会えないと思うけど、いつかまた会えたなら、例え騎士になれていなくても胸を張って会いたい』

たったひと月前の事なのだが、レティシアがあの頃に感じていたよりも、更に遠い存在に思えてしまう今となっては、遥か過去の話のように思える。

だけど――

「子供の頃に騎士を見て憧れてかな。俺の中では騎士というのは、何者よりも強く、賢く、決して折れることのない剣。弱いものの味方であり、守るべき主人の最後の盾。そんな理想の体現者なんだよ」

あの時と同じく、ウィンの騎士への思いは変わっていない。

遠い地で一人頑張っていたレティシア。

二度と会えることはないと思っていた彼女は、自分の予想を遥かに超え――『勇者』として帰ってきた。

魔王を倒すという、誰にも成し得なかった偉業を成し遂げて。

翻って見て自分はどうか――

いまだ准騎士の資格すら取ることができず、夢に向かってあがき続けている。

「騎士になるには才能もない、魔力もない、権力もない、お金もない、ないない尽くしだけどさ。夢だけは諦められない」

あがき続けるしかない。

自分にはこれしかなかったから。

コーネリアから目を逸らし、パチパチと火の粉を散らす炎を見つめる。

帰ってきたレティシアは幼かったあの頃と違わず、今もなおウィンのことを慕ってくれていた。

自分よりも遥かな高みに昇り詰め、そこへ彼もまた必ず到達することを信じ続けてくれている。

彼女の立っている世界は、自分にとっては果てしなく遠く険しい道の先にあり、とてもそこまで行けるとは思えないが、彼にも矜持というものがある。

レティシアは自分に対して好意を抱いている。

女性として、一人の男性であるウィンを見ている。

だがそれに気づいていても、ウィンはその想いに応えることができない。

周囲がそれを許さない。

ならせめて、彼女の親友という立場だけでも確保してみせる。

それにはかつて誓った騎士になるという夢を叶えることぐらい成し遂げてみせねば、彼女の親友をすらも名乗れなくなるではないか。

「まあ憧れ続けてはいても、前にも言ったとおり三度も試験を失敗してるんだけどね。でも諦めの悪さだけは誰にも負けない自信があるんだ」

「確かに、お前の諦めの悪さは帝国一かもな」

胸の内を隠しておどけた口調で言うと、ロックはウィンの肩を叩いて明るく笑い声を上げた。

「ふん、平民には高望みの夢だな」

レギンが嘲笑した。

そんな中にあって、コーネリアだけは笑わずに、苦笑を浮かべるウィンの横顔をじっと見つめていた。

独白しながら焚き火の炎を見つめていた彼の瞳には、強い意思の輝きがあった。

彼女は訓練で何度か彼と剣を交えておりその度に思っていたのだが、彼が何度も落ちてしまう程の落ちこぼれであるようにはとても思えなかった。

初めは互いに訓練相手がいないという理由から組んだ間柄でしかなかったが、彼のその強い意思を宿したその瞳を見ていると、彼女自身の立場上問題ではあるのだが、彼の事を知りたくなってくる。

――問題になるのに。

それでもコーネリアは、自らの内から湧き上がるウィンへの興味を抑えることができなくなりつつあった。

コーネリアと同様に、離れたところからウィンを見つめている人物がいた。

アルドである。

この任務にウィンが参加していることを知って驚いた。

彼の成績は魔法関係の実技の成績が著しく悪い。

それだけでなく、平民出身ということもあってか、上からの覚えも悪いようだ。

だから、この任務に推薦されることはないと踏んでいたのだが。

「誰か気になる学生でもいるのですか?」

ウィンの後ろ姿に視線を向けているアルドに、この砦で合流した騎士の一人が声をかける。

彼もアルドと同様、以前は前線に出向いていた騎士であり、アルドとは古い顔なじみだった。

「あれは……ウィン候補生ですね? アルドさんが気にかける程の奴なんですか?」

「彼にとって騎士とは理想だそうだ。何者よりも強く、賢く、決して折れない剣……」

アルドは目をつむってウィンの言葉を反芻する。

「子供の夢か、物語の中に出てくるような騎士の姿ですね……」

だが、そんな感想を漏らす彼も笑うことはなかった。

確かにそんな騎士は物語の中でしか出てこない。

現実はそんなに甘くはない。

だが、彼が語った騎士像こそ、本来彼らが目指すべき理想ではないのか。

とはいえ、理想と現実が異なるからこそ、彼らは決断を迫られることになったのだが。

「本来なら、とっくに騎士となっていたのかもしれないな、彼は」

「え? ですが彼は確か今年で四度目の入学になるはずの落ちこぼれですよ?」

「そうか、まだ一部にしか知れ渡っていないからな」

ウィンから目を外し、ゆっくりと歩き出す。

砦の近くとは言え、近くに魔獣が近づいてこない保証はない。

計画の事を考えれば、与えられた仕事はきっちりとこなしておく必要があった。

「一度でも、彼の剣技を見れば誰もがそう思う」

「へえ、それは楽しみですね。アルドさんが認めるほどの使い手ということですか」

「ああ、 使い手になる筈だった(・・・・・・・・・・) 」

暗い響きの混ざったアルドの言葉に、同僚の騎士も沈黙する。

本人に自覚はあまり無さそうだが、あの『 勇者(レティシア) 』が師匠と慕っている人物である。

彼の存在が今回の計画にどう影響を及ぼしてくるか。

どう物事が進展するにしても万が一、ウィンが生命を落とすような事態にでもなったなら――恐らくあの人の姿をした『神に限りなく近い存在』が、自分達もろともに帝国を焼き尽くすのではないか。

とはいえ、もう計画は始まってしまい、引き返すことはできない。

――閣下は、あの勇者を上手く封じ込めることができるのだろうか……。

自分達と別れの盃を交わし笑顔で送り出した、自分達の元上司である老将の顔を思い浮かべると、アルドは小さな息を吐く。

計画が成功しようと、失敗しようと、どちらにせよあの尊敬すべき老将と再び会えることは適わないだろう。

あの方にはもう時間がない。

だからこそ、この計画を失敗させるわけにはいかない。

暗い決意を胸に抱き、アルドは帝都シムルグがあるであろう方角へと視線を投げかけたのだった。