軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ジェイド

「さて――」

用済みとなったノイマンから目を話したジェイドは、ウィンへと向き直る。

「覚えているか? 俺とお前が初めて会った時の事を」

「初めて会った時?」

ウィンとジェイドが初めて顔を合わせた時は、シムルグ騎士学校の入学式の時だ。

ジェイドはウィンに絡んだ取り巻きの少年達を抑えると、表面的にはにこやかな微笑みを浮かべて握手を交わしたのだ。

しかし、その顔に浮かべた微笑みは作ったものだった。目は笑っておらず傲慢さに溢れていて、ウィンを見下すように見ていた。

そしてこう言ったのだ。

『この伝統あるシムルグ騎士学校は、貴様のような平民がいていい場所ではない。身の程を知れ』

ジェイドはため息を大きく吐いた。

「貴様のような平民が伝統ある騎士学校に通い、この俺と同窓である。その一点だけでも俺にとっては恥辱でしかない。そればかりか貴様は身の程知らずにも、この高貴な血統の者だけに許されるはずの謁見の間に立っている」

「俺は騎士になりたかっただけだ。そして周囲の人達がそんな俺を押し上げてくれて、今お前の目の前に立っている」

ウィンの返答を聞きジェイドは小さく鼻で笑う。

「投降しろジェイド。お前の亡者の騎士は近衛騎士達が抑えている。もうお前の味方がここへ駆けつける事はないんだ」

「投降、か。それは勝者が敗者へと告げる言葉だな。だが俺の野望はまだ、全てが潰えたわけではない」

「この期に及んで何を……」

「俺と一対一の勝負をしろ、ウィン」

ジェイドは左手に盾を持ち右手に剣を構えた。

「勝負!?」

ジェイドに剣先を鼻先に突きつけられて戸惑うウィン。

「クライフドルフ公子閣下。ウィンと勝負されるのは自由ですが、例えあなたが勝利を収めたとしても、最早あなたに逃げ場はないですよ?」

「それはどうかな?」

最後尾について部屋へと入ると口を挟んできたケルヴィンに対し、ジェイドは余裕のある態度で嗤って見せた。

「従士隊副長のケルヴィン……かつてはザウナスの配下で千騎長を務めた男だったな」

「今は十騎長ですがね」

「帝国の支配者となる野望はどうやらここまでのようだが、俺にはまだもう一つの目的がある」

「もう一つの目的……?」

「我が母の命と祖国を奪った帝国そのものに対する復讐だ!」

叫ぶと同時にジェイドはウィンへと斬りかかった。

ジェイドの剣の腕は、ウィンがこれまで剣を交えてきたレティシア、ラウル、ミトに比べると、比較にならない程劣っている。だが、気迫だけなら彼らに劣らぬものがあった。

魔力で強化されたジェイドの腕力はウィンを上回っているので、剣を合わせずに一歩引いて剣を躱す。そしてジェイドの剣を叩き落とそうと、剣の根本を狙って自身の剣を振るった。

ジェイドはその斬撃を――避けるどころか踏み込んできた。

左腕の盾を前にかざしてウィンの剣を受け止め、力いっぱい突き出すようにして押し返す。

力で勝るジェイドにウィンは弾かれるように後ろへと飛ばされた。

「ウィン!」

「大丈夫だ」

声を掛けたロックにそう叫び返すと、すぐに剣を構える。

「懐かしいな、平民。俺とお前は一度こうして見えたことがある」

「騎士学校で初めて模擬戦の授業をした時か?」

「あの試合で、俺は生まれて初めて他人に負けるという屈辱を味わった。あの時の借りを返させて貰おう!」

再びジェイドが剣を突き出す。

「お兄ちゃん!」

「邪魔をするな、勇者!」

「レティ! 手を出すな! 俺が一人で相手をする!」

ジェイドの突き出した刃を素早くさばいて、ウィンが間合いを詰めようとするが、そうはさせじとジェイドは盾を巧みに操ってウィンから距離を取る。

『我、火の理を識りて、炎弾となって穿て!』

更に、幾つもの火球を天井近くに生み出してウィンの頭上を襲う。その攻撃にはたまらずウィンも追撃を諦めて、一度間合いを広く取った。

再び、ジェイドは左腕の盾をウィンに向けてかざし剣を構える。

二人は動きを止めた。

「ジェイドが……こんなに強いなんて」

息詰まる攻防が一度止まった瞬間、ほうっと息を大きく吐いたロックが驚きを隠しきれない声で呟いた。

「確かに騎士学校じゃあ、ジェイドが主席だったけど……」

騎士学校で常に主席。そして飛び級で正騎士となったジェイドの成績は、侯爵公子という身分による贔屓が混じっていたのではないかと思っていたのだが、今のジェイドの戦い方を見ればそうでは無い事を悟った。

確かに多少の贔屓はあったかもしれないが、ジェイドは主席として十分恥ずかしくない実力の持ち主だった。

「意外だったか? 俺があっさりと平民に倒されないことが」

ロックの呟きが聞こえたのか、ジェイドがそう言って嘲るような視線を送った。

「この俺がどれだけの間、あの敗北を味わった瞬間を思い出していたか貴様にわかるか? それこそ夢に見るまでに奴の、平民の剣筋が、俺の頭に焼き付いて離れなかったんだ!」

ジェイドは歯を食いしばると盾ごとウィンへと突っ込んで行った。まるで体ごとウィンにぶつかって行ったような感じだ。そして躱そうと身を翻すウィンが動く先へ、盾の陰から剣を鋭く突き出す。だが、その刃はウィンの髪をかすっただけだ。

「くそっ」

ジェイドが小さく舌打ちをする。

そして再び盾を前にかざして、ウィンに正面から相対した。

攻めあぐねているウィンをレティシアが心配そうな表情で、食い入るように見つめていた。

その横顔を見た時に、ケルヴィンはジェイドの真の狙いに気づく。

(そうか……そういう事でしたか)

それはケルヴィンがロイズと食事を供にした時に聞いた話だ。

アルフレッドがある時、ロイズへレティシアに勝つにはどうすればよいかと聞いたらしい。

その時ロイズは何もしないと答えたと言う。

何もしなければ、勇者も人である以上いずれは死ぬ――と。

そしてもう一つ、待つ事ができないのであれば次善の策をアルフレッドに開示していた。

心の拠り所を奪い、精神的に殺し、その上で本懐を遂げたと思わせれば、後は自殺か何かで勝手に死んでくれる――と。

ジェイドの目的の一つが帝国への復讐として、この詰んだ状況でもまだ彼の望みを叶える方法があるとしたら、この戦いでウィンを殺す事なのだ。

つまりレティシアの心の拠り所を奪い取る。

ケルヴィンの目から見ても、レティシアはウィンに全身全霊で依存している。

ウィンを殺せば、すぐにでもジェイドはレティシアの手で殺されるだろう。しかし、果たしてジェイドを殺しただけでレティシアの怒りと憎悪が収まるだろうか。

心の拠り所を失ったレティシアの、激しく燃え盛る怒りと憎悪の矛先は、その死の原因となった帝国にも向けられるかもしれない。

そうなれば、帝国は為す術もなく滅ぶ。

その考えに至った時、ケルヴィンはゾッとした思いに捕らわれた。

細い目を見開き、思わず傍らで戦況を見つめるレティシアを見る。

「大丈夫だよ、お兄ちゃんは負けない」

その時、レティシアがケルヴィンの思考をまるで読んだかのようなタイミングで呟いた。

「お兄ちゃんが負けるはずないよ」

「ええ、ウィン君は必ず勝ちます」

胸の前で祈るような形で手を組んだコーネリアもそう呟く。

帝国で最も高貴であろう少女二人の目線は、一心にウィンへと注がれている。

「お兄ちゃん。女の子二人がお兄ちゃんの勝利を信じているのに、負けるわけにはいかないよね?」

レティシアの呟きに答えるかのように、ウィンが気合の声を上げた。

そして、床を蹴ってジェイドに向かって突進する。

「正面から突っ込んでくるとは!」

ジェイドが左腕の盾でウィンの斬撃を受け流そうとする。それから反撃として剣を突き出すつもりだった。

ウィンの剣の位置を確認して、そして来るはずの刃の軌道を予測して盾をその軌道上に置く。流れるよに淀み無く行われたジェイドの動作。その動作の間のほんの僅か、瞬き程の時間だけジェイドの目線が自身の動かした盾で遮られた。

そして――。

(ウィンがいない!?)

盾の陰から視界が戻った時、ジェイドはウィンの姿を見失っていた。

探さねばと思う暇も無く、ウィンの刃が右手側から鋭く突き出されジェイドの腹を貫いたのだった。

「うぐっ……」

腹を貫かれた痛みよりもまず胸が熱くなって、口の中に鉄錆の味が広がる。そしてジェイドはゴボリと、大量の血を吐いた。

一歩、二歩と力なくよろけると、剣を杖代わりにして倒れるのをこらえようとしたが、そうすることもできずその場に膝をつく。

そして幾度となく咳き込むと、血の塊がその都度謁見の間を汚した。

「また……俺の負けか……」

「ジェイド……」

荒い息を吐きながら呟きジェイドは仰向けに寝転がった。

ウィンが自分を戸惑ったような表情で見下ろしているのが見える。

「恐らくは……父上も……勝てないだろう。平民……いや、ウィン……だったな。対魔……大陸同盟の解散で……各国は持てる力を向ける場所を失った。戦争は破壊を撒き散らすが、莫大な富を生み出す面も持っている」

「おい、ジェイド。喋るな」

ウィンが呼び掛けるその横にコーネリアがしゃがみ込み、治癒の魔法を掛けようとする。

しかし、ジェイドはその手を掴むと治癒魔法を拒んだ。

「今度は富を得るために……各国は持てる力を解放するだろう。世界は再び戦乱に包まれる。帝国へは、まずペテルシアが来るだろう。この度の騒乱の爪痕が癒えぬ内に大軍で……。その時、疲弊した帝国の国力でどうやって戦うか……貴様がどうするのか……俺は死んでも見て――」

弱々しく咳き込んだジェイドは、小さく唇を歪ませるようにして笑い――。

「は……は……うえ……」

口元に耳を寄せなければ聞こえないほどの微かな声。

それがジェイドの最後の言葉となった。

◇◆◇◆◇

この内乱の首謀者の一人と目されていたジェイドが息を引き取った。

ウィン達がジェイドの最期に、多かれ少なかれそれぞれが衝撃を覚えている内に、ただ一人のある人物がその場にいた全ての者達から存在を忘れられかけていた。

ノイマンである。

「どうすれば……。私はこれから先……、どうすればいいのだ……」

その問いに答えてくれる者は、この場に誰もいない。

これまで自分を利用していただけだったとはいえ、それでも次々とやるべき事を考えてくれていたジェイドは死んでしまった。

もうこの場でノイマンに何をすれば良いのか教えてくれるものは誰もいない。

ただ、ノイマンの頭でもわかっている事は、この内乱を引き起こした人物として、このままアルフレッドの前に連れ出されれば、間違いなく死を与えられるという事だった。

(そうだ……父上。父上にとりなして貰えば、あるいは……)

ジェイドを殺され後ろ盾を失ってしまったノイマンにとって、命を永らえる最後の手段は、皇帝である父アレクセイに頼み込み、アルフレッドを取り成して貰う事。

(俺は悪くない。そうだ! 俺は騙されていただけなのだ。騙されてアルフレッドが偽物だとして、この内乱を起こしてしまったのだ。俺は悪くないのだ! 悪いのは俺を騙したジェイド――クライフドルフ侯だ! 父上にそう申し上げて、アルフレッドにそう伝えてもらおう。俺は悪くないのだ、と。そう話せばわかるはずだ!)

いまだ、ジェイドの亡骸を囲んでいるウィン達に気づかれぬよう、足音を忍ばせて、少しずつ玉座のある階段へと近づいていく。

玉座の裏には皇帝の居室へと続く廊下がある。

そこに入れる者は、限られた者だけ。

この場でそこを通れる資格がある者は、コーネリアだけだ。

(この場はひとまず、父上の所に匿ってもらおう。コーネリアだけなら、何とでもなる)

そう思い、ひとまずこの場を逃げ出すために階段へ足を一歩掛けた時――。

「それ以上足を踏み出すでは無いぞ、ノイマンよ。貴様に、この玉座への階段に足を踏み出す資格は無い」

その低くくも力強い声は、謁見の間全体へ響き渡る。

いつからそこにいたのか。

ノイマンが、そしてウィン達がその声に驚いて視線を上げた先に。

謁見の間の最も奥、黄金と宝玉で装飾された玉座には、レムルシル帝国第十七代皇帝アレクセイ・ラウ・ルート・レムルシルが座り、一同を見下ろしていた。