軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

目指してきた者

ミトが少しでもレイナードを視界に入れていれば、その卓越した反射神経でその赤光の槍も躱せたかもしれない。

しかし、ミトはガーゴイルの攻撃から必死に身を守るアベルを援護しようと、レイナードに背を向けてしまっていた。

アベルは背後からの攻撃を警戒して柱を背にして戦っていた。その位置関係上、ミトはレイナードに背を向けるしか無かったのである。

「「「ミトさん!」」」

口から血を吐き出し、ポッカリと穴の空いた胸部から大量の血を溢れさせて床に崩れるミト。

明らかな致命傷、そして即死。

「こ、このおおおお!」

怒りに駆られたレティシアが、レイナードへ斬り掛かろうとしたが――。

「きゃ」

小さな悲鳴を上げて踏み止まった。

レイナードから放たれる深紅の輝きが強さを増し、物理的な圧力を持って、レティシアを襲ったのだ。

と、同時にミトの亡骸に向かって赤光が伸びていく。

そして倒れたミトに駆け寄っていたリアラを吹き飛ばした。

「リアラさん!」

吹き飛ばされたリアラの軽い身体が柱へと叩きつけられそうになった所を、ウィンが間一髪で抱きとめる。

そして――。

「な、な、なんだよ、こ、これ……」

最も近くでそれを見る事になったアベルの声が、引きつっている。

ドクン、ドクンとミトを包んだ赤光は脈動を繰り返し、その度に力の抜けたミトの肉体がビクン、ビクンと跳ね上がる。

トサッという何かが倒れるような音がした。

その音がした方へ目を向けると、レイナードの身体が地に伏している。

その身体からは、深紅の輝きが消え失せていた。

「一体、何が起きているんだ」

ウィンの掠れた質問に、誰も答えることができない。

やがて、ミトの身体を包み込んだ赤光が脈動を終える。

そして、ゆっくりと立ち上がった。

その身に深紅の輝きを纏い、その顔は、ウィンたちの知る厳しい顔つきに優しい目をした老ドワーフのものではなく、爛々と黄色に輝く目をした青年のドワーフだった。

「ミトさん?」

「ちっちっち、違うね。僕だよ。レイナードだ」

ウィンの発した問い掛けに返された答えは、最悪のもの。

ミトに乗り移ったレイナードは、手に持ったハルバードを軽く一振りしてみせた。

「なるほど。こうしてみれば、勇者が言ったことがよく理解できたよ」

軽くその場で跳躍を繰り返し、そして再びハルバードで軽く演武をしてみせる。

それはまさにミトの動きそのもの。

「ちちっ、さっきは暴言を吐いてすまなかった、勇者。確かに君の言う通りだった。ただ力を手にしてそれを振り回すのでは、そこらの酒場の暴漢にも劣る。認めよう。僕は確かに愚か者だった」

目を閉じると首を小さく横に振る。

「本当にすまなかったよ。だけど安心して欲しい。今度こそ僕は、君を殺せるだけの力を手に入れたからねって、おっと――」

レイナードが話している途中で、レティシアが斬り掛かる。

ドンッ!

剣とハルバード、二人の武器がぶつかりあっただけで轟く爆発音。

大気が切り裂かれた余波で、周囲の柱の亀裂が広がり、天井のから少しばかり岩が崩落した。

しかし、そのレティシアの一撃は、レイナードのハルバードを押し切る事は出来なかった。

逆に軽く払いのけるようにして、レティシアの身体を振り払う。

「ちっちっち、そう慌てないでくれ。勇者よ」

「レティの攻撃が躱された……」

それはウィンにとって初めて見る光景だった。

いや、それよりもいつもはどんな相手にも余裕を見せ、自分から攻撃を仕掛けることが無かったレティシアが、不意を突く形で攻撃したのである。

そしてその上で、攻撃が躱された。

「レティ……」

ウィンの傍にいるリアラも、その光景に目を見張る。

勇者の力を発現させたレティシアの一撃を、こうも軽々と弾く存在は、今までに見た小音が無かったのである。

「勇者の言う通り、私も幾十、幾百の戦場を駆け巡り、幾千、幾万の敵と戦った肉体を得た。その経験を得た。さあ、君の言う大きな差とやらは縮まったぞ? それでは再開しようじゃないか。僕が魔王とそしてコンラート・ハイゼンベルクを超えた存在になるための儀式を」

そして再び、レティシアの剣とレイナードの振るうハルバードがぶつかりあった。

◇◆◇◆◇

それは信じられない光景だった。

レイナードが床を蹴る。

足を踏み出した場所の石の床が粉々に砕け、大気が破裂したかのような爆音と共に、ハルバードが空を閃く。

その閃光の如き速さの一撃を、レティシアは自身が持つ剣を引き戻し、受け流そうとする。

武器と武器がぶつかり合い、再び奔る閃光。そして吹き荒れる突風と火花。

砲弾の如く弾け飛ぶのはレティシアの身体。

ハルバードを受けたままの姿勢で空中に投げ出されたレティシアは、身体を何とか捻って、叩きつけられる所だった柱へと足から着地。それでも衝撃を完全に殺しきることが出来なかったのか、一歩、二歩、三歩と天井に向かって後ろ向きに柱を駆け上がる。

それからようやく、地上へと降り立った。

そして荒い息を吐きながら、レティシアは片膝を突いた。

「レティ……」

その様子をウィンは固唾を飲んで見守っていた。

先程からずっと、同じような光景が繰り返されている。

レティシアとレイナードの攻防。

稲妻の如き速さの二人の剣閃は、正直目で追うのが厳しい程だった。

レティシアの剣技は、右に左に上下にと、様々なフェイントを駆使して戦いを有利に進めていくウィンと同じ剣技。

そうでなければ、ウィンはとっくにレティシアの剣閃とその動きを見失っていただろう。

現にアベルはレティシアの剣閃はおろか、その姿すら捉えきる事ができていないようだ。そしてそれはアベルに限らず、リアラですらも。

勇者として力を発現したレティシアの力は、まさに人を超えている。

だが、そんなレティシアの動きを、レイナードは容易く捉えてしまっていた。

『剣匠』と呼ばれた彼の戦い方は、レティシアの戦い方が『動』なら『静』になる。

レティシアの激しい動きと、織り交ぜてくる多彩なフェイントに惑わされず、己の身に迫る刃だけを的確に弾き飛ばす。

そしてレティシアの体勢が崩れた所に、強烈な一撃を加えてくるのだ。

勇者の力と破壊神の力はほぼ互角。

そして速さでなら、身体の軽いレティシアが優っている。

しかし武芸、膂力といった所でレティシアはレイナードに僅かに及ばない。

ウィンの目にはそう見える。

そして僅かに優っている筈の速さでも、レイナードは、受けに徹しつつ圧力を掛けていくことでレティシアの優位を殺した。

そして魔法戦においても。

「この!」

レティシアが放った光弾は、レイナードの生み出した盾によって、あっさりと吸収される。それどころか、岩盤を自在に操ってレティシアの足下から石槍を大量に突き刺し、それを躱したと思えば、今度は天井からも石の矢衾を浴びせる。

『剣匠』ミトが持つ豊富な実戦経験は、レイナードの攻撃魔法の選択肢の幅を広げ、レティシアの動きを巧みに牽制し、敏捷性での優位を奪い取ってい

「そんな……レティがあんなに押されるなんて……」

口を押さえて悲鳴のような声を上げるリアラ。

魔王討伐の旅に同行したティアラは、レティシアの戦いを数多く見てきた。

その中には確かに苦戦し、一歩間違えれば命を落とすような戦いもあった。

だが、それはレティシアが勇者として全力を出せないような場所での戦いなどに限られていた。

正面から力をぶつけあい、レティシアが押されるような場面など、初めて目にしていた。

息を詰めて見ている内に、再びレティシアがレイナードのハルバードに吹き飛ばされる。しかも今度は空中から仕掛けた所を、ハルバードで地面に叩き落とされた。その勢いに受け身を取ることもできず、レティシアの身体は小さく跳ねた後に、床を転がった。

「……あ……ぅぁ……」

小さく呻き声を漏らすレティシア。

「レティ!」

その様子を見て、ウィンは剣を構えて飛び出した。

「ウィン君!」

リアラの制止しようとする叫び声が聞こえたが、止まるつもりはない。

床に転がるレティシアと、レイナードの間に割って入ると、両手で剣を構えた。

リアラの張る防御結界魔法の外へと出たせいで、吹き荒れる風に乗った小さな砂礫がウィンの身体にぶつかり、小さな切り傷を幾つも作る。

「俺が相手だ!」

ミト=レイナードの放つ気配は、異常だった。

人の魔導師だった頃のレイナード、そしてまだ『剣匠』ミトだった頃とは比べ物にならない威圧感。

岬の上で戦った竜ヴェルニですら、ウィンに対してこれほどの威圧感を与えることは無かった。

目の前に立つレイナードから目を逸らしたい。

剣を持つ手が震えた。

一歩でも遠くレイナードから離れたい。

「うおおおおおおおお!」

ウィンは吠えることで己を鼓舞した。

逃げるわけにはいかない。

ウィンの後ろには、最愛の少女が傷つき倒れているのだから。

しかし、そんなウィンの存在を無視し、レイナードは彼の背後にいるレティシアへと声を掛ける。

「さっき君は言ったね。『幾十、幾百の戦場で戦い、幾千、幾万の敵を滅ぼした。研究だけに明け暮れた僕と君とでは、大きな差が出るのは当然』だったかな?」

「……ぅ……ぉ……お兄ちゃん……」

レティシアがようやく身体を起こす。

「そんな君にこの言葉を贈ろう。君はこれまで、自分より強い敵と戦った事が無い。敗北を知らないんだ。だから強者に対する戦い方を知らない。それが、今の僕と君の差なんだよ」

レイナードが軽くハルバードを横に振る。

「うわっ!」

ただそれだけで、ウィンの身体は吹き飛ばされそうになる。

それでも必死に足を踏ん張ると、ウィンは耐えた。

「お兄ちゃん……」

「ただの人間風情が、限りなく神へ近づきし存在同士の、至高ともいえる戦いに水を差さないで欲しいね」

「水は……差すさ」

ハルバードの一閃は、邪魔なウィンに対する警告だったのだろう。しかし、それでも退こうとしないウィンに対して、ミト=レイナードは初めて彼に視線を向けた。

「確かに俺の力はお前には及ばない。俺には魔力も無いからな。それでも俺は、レティの師だ。そして最も大切な人だ! 目の前で傷ついているレティを……見過ごすなんて事、できるか!」

ウィンの叫び。

レティシアが目を見張る。

「ククク……あーはっはっはっ。なるほどね。勇者も女ということか。だが残念な事に、君には自分の女を守るだけの力は無い。本当に残念だったね。僕は君とリアラ姫、あーそれとそこのボケっとした奴。君ら三人には、僕がコンラート・ハイゼンベルクの後継者となって、勇者を超えた存在になったことを見届けてもらうつもりだった。だけど、その僕の大願成就を邪魔しようとするのなら、容赦する気はない。殺すよ?」

その言葉に込められた殺気。

ウィンの心臓が恐怖に締め付けられる。

それでも剣だけは強く握り締めた。

幼い頃から騎士を目指し、レティシアと共に振り続けた、唯一つの頼れるものだったから。

「さあ、勇者よ。立ち上がれたのなら楽しい戦いを再開するとしよう。ああ、そうだ! そこの男。君のことを好きだというその男を先に殺せば、君はもっと力を出してくれるかな? どうだろう? もしもそうだと言うのなら、僕の手でその男を――」

「レイナード・ヴァン・ホフマイン」

レティシアの静かな声が、レイナードの声を遮った。

「先程の言葉に一つだけ訂正を」

「先程の言葉? 君の事を好きだという男って奴かい? それとも、その男を殺せば君はもっと力を引き出せるって奴かい?」

「いいえ」

レティシアは首を微かに振ってレイナードの言葉を否定すると、ウィンの傍らに立った。

「レティ……」

「あなたが言った、『自分よりも強い敵と戦った事がない』という言葉です」

「? 君よりも強い敵、それは魔王の事かい? だけど結局、魔王は君に滅ぼされた。それは君よりも弱かったって事だよね?」

「魔王じゃ無いわ」

「ほう? そんな存在がいるとは初耳だな」

レティシアはそっとウィンの胸に左手を添えると、ウィンの顔を見上げて微笑んだ。それから、レイナードの顔を見る。

「それはね、私の師匠。ウィン・バードよ」

その名前を口にした時のレティシアの表情には、揺るぎの無い信頼が浮かんでいる。

そして浮かべた微笑みは、レイナードですら見惚れてしまう程、美しいものであった。

「は……はっはっは。何を馬鹿な事を。その男からは何も力を感じられない。勇者より強い。そんな事があるわけがないだろう? 君がその気になれば、そんな男など瞬きもしない内に、その胸を剣で貫くことができる」

「そうね。今の私とお兄ちゃんとならね。ねえ、リアラ。私が帝国に凱旋した時に言った言葉、覚えてる?」

「帝国に凱旋した時の言葉……?」

「あの時、私はラウルにこう言ったの。『試合という形でなければ、お兄ちゃんのほうが勝つ』って」

「そういえば……」

「一体、何を言っているんだ?」

困惑した様子でミト・レイナードは眉を顰める。

「今際の際の思い出話かな?」

「認めましょう。レイナード。私はあなたに及ばない。それはあなたが得た力そのものにではなく、あなたが依り代とした『剣匠』ミトが百数十年という人生で得た、戦いの経験とその技に及ばない。だから私は、あなたに勝てる人に後の事を託しましょう」

「ちちっ、それはリヨンの『剣聖』でも連れて来る気かな? 確かに『剣聖』なら、この身に宿りし技に伍する事ができるかもしれない。だけど、それでも『剣聖』は人間だ。神の力を宿した僕には勝てない」

「ねえ、お兄ちゃん」

「レティ」

レティシアはウィンへと向き直った。

「私の剣技じゃあ、ミトさんには及ばなかったよ。ミトさん、さすがは『剣匠』さんだよ。凄いよ、やっぱりあの人。ラウルなんて目じゃないよ。でも――」

レティシアはそこで言葉を切ると、ウィンの剣を握る手に自分の手を重ねる。

「でも、そんなミトさんの技に勝るかも知れない剣技を持った人を、私は世界に一人だけ知ってるの」

フフッと小さくレティシアは笑う。

その笑いはどこか誇らしげで、何かを自慢したがっているような笑み。

「その人は私にとってのお師匠様。最愛の人。とっても大好きな男の子。私はいつもその人の背中を追い掛けて来たの。小さい頃から……そして今でもね。きっと私はいつまでもその人の背中を追い掛けて、そしていつか追いつきたいと思っているんだよ」

「レティ…‥それは」

――違う。そう思っているのは俺だ。俺こそがレティと並び立ちたいと思っているんだ。

そう言おうとしたウィンの口を、レティシアがそっと唇で塞いだ。

驚きに固まるウィン。

それはとても長い時間のように感じられたが、実際には数秒の事だったのかもしれない。

レティシアは唇を離すと、恥ずかしげに、でもとても嬉しそうな笑顔をウィンに向ける。

「だからね、ウィン。見せてあげて、あなたの剣技を。『剣聖』『剣匠』二人の最強ですら無視できない、私の最愛のお師匠様」

ウィンの身体がレティシアと同じ黄金色の輝きに包まれていた。