軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

古の祠

「ここが、破壊神ノアレを祀った古い遺跡だとすれば、何らかの仕掛けが残されているかもしれません。祠に張られていたサラの結界を破った男は、恐らく破壊神ノアレを信仰していたものでしょう。だからこそ、レイナードは結界を解除して中へ入ることができたんだと思います」

ウィン、レティシア、リアラ、ミト、アベルの五人は、それぞれが明かりを灯した燭台を持って緩やかに湾曲した階段を進んでいた。

夜目が利き、僅かな明かりで暗がりを遠くまで見通せるミトが先頭に立ち、ウィン、レティシア、リアラ、そして最後尾をアベルが下りて来る。この中で最も戦闘力の高いレティシアよりウィンが前に立っているのは、唯一火を灯した燭台を持っているからだ。

悪い空気が溜まっている場所があれば、すぐにわかるという事もあるし、炎の揺らぎは空気の流れも教えてくれる。

風が海から水分を運んでいるからか、石でできた階段は濡れていて、苔むしていた。そのため、非常に滑りやすく、一同の足取りは慎重なものになっていた。

「そういえば、リアラ様にお伺いした事があったのですが」

ウィンは後ろを降りてくるリアラへと問いかけた。

「ティアラ様の結界の解除と、祠に掛けられた錠の解錠はリアラ様が行うと伺っていましたが……」

「はい」

「サラが張った結界は、どうするつもりだったのですか?」

話の通りなら、祠は頑丈な錠前以外にも、サラが破壊神の力を引き出して張った結界があったはずだ。そしてその結界は、リアラですら解除できなかったと言う。なら、レイナードによって結界を解除されていなければ、ウィンたちが調査に入る事すらもできなかったではないだろうか。

「レティがいますからね」

と、リアラの返答。

「レティ」

「ええ」

足を滑らせないよう注意を払いつつ、ウィンは後ろにいるリアラを振り返る。

リアラはウィンの後ろを歩くレティシアの次に降りてきている。

小柄なレティシアの頭の上から、リアラはニッコリとウィンに微笑んでみせた。

「レティが本気になって魔法を使えば、いくらサラが破壊神の力を使って張った結界でも破る事ができたと思いますから。それに、もしレティでも結界を破れないようなら、それはもう人の力ではどうしようも無いという言う事。それならそれで、コンラートの遺産は誰の手も届かないモノとなったでしょう」

「なるほど」

ウィンは足を止めると、まじまじとレティシアの顔を見つめた。

「何?」

「レティがサラを倒した時、ここの結界を破って中を確認しようと思わなかったのかなって思った」

「ああ」

レティシアはウィンにそう言われて、少し考えこむような仕草をした。

「中を確かめようかなとも思ったけど……多分、コンラートの遺した魔法が眠っているだろうし、下手に解放してしまって盗まれでもしたらって思ったら、そのままにしておこうと思ったのよ。ラウルが管理すると言ったし。あの時はまだ、『背教者』の残党もまだまだいっぱいいたしね」

「どうやら、階段のほうは終わりらしいぞ」

ウィンが足を止めていたので、少し離れてしまったミトの声が下のほうから聞こえてきた。

急ぎながらも慎重に降りて行くと、ミトは階段が終わった先で止まって、後の者が追いついてくるのを待っていた。

「海底洞窟じゃな」

明かりに照らされたそこは、大きな洞窟だった。

横幅はかなり広い。

目測でおよそ七、八メートル、広いところだと十メートルを超えるところもある。

そして岩壁に沿って二メートルくらいの幅の道があった。

「風が吹いていたから、外に繋がる入り口があるかと思ってたんだけど、岩の隙間から流れ込んでいたのか」

地形から断崖の海に面している場所と思われる場所に、幾つもの巨大な岩を積んだような壁があった。その隙間から風が吹き込んでいるらしい。海水もそこから侵入しているらしく、波の動きに合わせて海水が上下している。

「海は潮の満ち干きと呼ばれるものがあると聞く。潮が満ちる時は、水が高い位置にまで来ると。もし潮が満ちれば、この洞窟が水没したりせんじゃろうな?」

「いえ、それは大丈夫でしょう」

ミトの指摘に、リアラは足下を確かめつつ道の端に近づき、三十センチ下の岩壁を指し示す。

「潮間帯の上部がこの位置にありますから、少なくともこの洞窟が水没するほどの海が上がる事は無いと思います」

「潮間帯?」

聞き慣れない言葉にウィンは首を傾げた。

「海の水が上下する時、陸地になったり水没したりする場所の事ですよ」

「ウィン。足跡は奥に続いてるみたいだぞ」

リアラと並んで海を覗き込んでいたウィンをアベルが呼んだ。

「まだ新しいね」

「足跡は二人分。レイナードともう一人の男のものと考えて間違いないじゃろうな」

レティシアと共にしゃがみ込んで足跡を調べていたミトが立ち上がった。

「天井も高い。元は自然の洞窟があった所を、岩で入り口を塞ぎ、岬の上から階段を掘って降りられるようにしたんじゃろうなぁ」

なぜ岬の上からこの洞窟にまで降りるための階段が作られたのか。それも祠で隠すようにしてまで。疑問は深まるばかりだったが、ウィンたちは洞窟の更なる奥へと進むのだった。

洞窟の中の道は緩やかに下へと潜っているようだった。

「海底に続いていたみたいね」

「深いな。どこまで降りていくんだろう」

レティシアが言うと、ウィンは右手の壁に手を当てて言った。

階段を折りた先に続いていた洞窟は、左側に岩壁が続き、右側は海の水が流れ込んでいた。

しかし、進んで行く内に海水は徐々に無くなっていき、ついには右側も岩壁となった。

その頃から徐々に洞窟内の道が下へと傾斜して来たのである。

ウィンの方向感覚が正しければ、ウィンたちはすでに海の底を歩いているはずだった。

「む……階段じゃ」

その時、先頭を歩いていたミトが、燭台の明かりをかざして言った。

自然にできた洞窟だと思っていたら、突然出てきた人工物。

その階段も岬の上から降りてきた階段と同様、緩やかに湾曲をしていて奥が見えない。

「石幅が狭い。足下に気をつけてくれ」

「魔法の研究施設は、外に被害を及ばさないよう地下深くに作られる事が多いけど、こんな海の底にまで潜るような研究施設……。一体をどんな魔法を研究していたのかしら」

レティシアが小さな声で呟いた。

「そうか。コンラートの遺産を研究するために作られた場所というわけじゃないからな」

「うん。リアラの話だと、神話時代の遺跡らしいからね。だとすると、その時代でこれだけの施設を作る必要があった」

「じゃあ、場合によってはコンラートの遺産よりも、もっと危険なモノがあるかもしれないって事?」

「お宝もあるかもしれないけどな!」

ウィンとレティシアの会話に割って入ったのはアベルだ。

「だって、手付かずの遺跡だったわけだろ? そういう所には決まってお宝があるもんだ」

「はっはっは、違いない」

アベルの言葉にミトが笑う。

長い時間、暗闇と狭い洞窟内を進み張り詰めていた空気が、アベルの一言で緩んだように感じられた。

「手付かずというか、サラはここの事を知っていたでしょうし、もしかしたらコンラートもここへ訪れたかもしれないわよ?」

「ああ、そうか……」

レティシアの指摘に、アベルがさも残念そうに言う。

「でも、あの二人なら財宝なんて興味無さそうだし、もしかしたら残っているかもしれないけどね」

「宝があるかどうかはともかくとして、どうやらとんでもないものは見れそうじゃぞ」

笑いを収めたミトが、一同に前を見るように促した。

ドワーフ程、夜目の利かないウィンたちにそれが見えたのは、ミトが言ってから十メートル程進んだ時だった。

「何だここは……」

ウィンは無意識の内に、そう口にしていた。

巨大な柱が無数に立つ、広大な空間が拡がっていたのだ。

柱の一つ一つが、ウィンたち六人が手を繋いで輪を作っても囲み切れない太さ。

天井も高い。

そして規則正しい間隔を空けて、何本も連なっていたのだ。

「危険は無いみたいね」

レティシアが少し先へと進んで言う。

「この柱、鍾乳洞にある石筍では無いようじゃ。何者かの手によるものようじゃが……この規模の空間を作り、その天井を支える柱を作るとなると、ワッシらドワーフでも作れるかどうか……」

「こちらを見て下さい」

柱を調べていたミトの所にウィンとレティシアがいると、リアラが呼ぶ声がした。

リアラはアベルに明かりを掲げてもらって、階段からでてすぐの所の壁を調べていたようだ。

そこには一面に壁画が描かれていた。

「これは創世神話のようです。この女性はおそらく女神アナスタシア様。この木は世界樹で、竜は竜王フィアンドかしら? 下に刻まれている文字が、多分壁画に描かれている場面について説明されているのだと思うのですけど……」

明かりで照らしてみると、確かに文字らしきものが刻まれていた。

「ウィン、読めるか?」

「いや、俺が習った文字にこんな文字は無かったよ」

「私も見たことがないよ」

「ワッシも知らん文字じゃな」

文字を見るために屈み込んでいたリアラが、背筋を伸ばすと壁画を目を細めて見つめた。

「この文字は随分と古い文字のようです。恐らくはレントハイム時代よりも前に使われていた、神代文字。私たちの時代では失われた文字でしょうね」

リアラの顔には少し悔しげな表情が浮かんでいた。

創世神アナスタシアを祀る教会の総本山、エメルディア大神殿。

その大神殿ですら、古のレントハイム王国によって完全に支配された時代が存在した。

王国の始祖が、神より地上全てを支配せよと告げられたと主張するレントハイム王家は、王朝にとって都合の悪い神話や伝説を記した書物は、全て焼き尽くしたと伝えられる。

それでも口伝で神官たちは神話を語り継いで来たのだが、千年という時を、口伝だけで神話を歪めずに正確に伝え続けるのは無理があった。

その後、レントハイム王国が滅亡し、エメルディア大神殿が復権した際、そうした口伝をかき集めて再編纂したものが、現在広く普及している神話だった。

「ここに書かれている壁画と文字を解析できれば、失われた神話を蘇らせる事ができるかもしれません。それだけじゃない。新たなる魔法すら作ることができるかも……」

ただ、それだけにこの場所を公開することは慎重でなければならない。

現在、一般的に信じられている神話が覆されるような情報、魔王が滅びたばかりの世界に、信仰を揺るがすような話が出てきては、再び無用な混乱を招きかねない。

そして新たなる魔法が創造される危険もあった。

魔法の系統の一つに召喚魔法がある。

魔力、もしくは代償を用いる事で、神や精霊、強力な魔族から力を引き出す、もしくはその存在を喚び出す魔法である。

壁画にはエメルディア大神殿で高位の神官位を持つリアラですら知らない、神々も描かれていた。

それらの神がどのような力を持つかわからない。

壁画とそこに記された文字を解析することで、人々の間から忘れ去られた厄神が召喚され、蘇る可能性もあった。

「事が終わったら、ラウルに国で管理してもらいましょうか?」

「うーん……どうだろう」

リアラの提案に、レティシアは顎を引いて考えこんだ。

ラウルは信用できる。

レティシアとリアラが考えるように、ラウルもここの危険性をすぐに理解してくれるだろう。そして直ちにこの場所を厳重に封印してしまうに違いない。

だが、ラウル個人は信用できたとしても、その後はどうなるだろうか。

ラウルが生きている間は問題ない。

しかし、ラウルの死後、この国を継いだ者が、ここに眠っているかもしれない大いなる力、その誘惑に負けずにいられるだろうか。

「私とティアラで結界を張ってもいいけど……」

ただ、この貴重な資料を公開もせず、封印しても良いものか。

「ティアラに相談してみましょう」

『大賢者』と呼ばれる彼女だ。何かいい案を思いついてくれるかもしれない。

リアラの言葉にレティシアは頷いた。

「ふむ……ところで、どうやらレイナードとやらに追いついたようじゃぞ」

ミトの言葉に、壁画を見ながら歩いていた一同は、ミトが見ている方へ意識を向けた。

そこには柱の陰から見える光。

今この場所は海底の更なる下。深き地底である。

そんな場所で見える光となれば、ウィンたちが持つ明かりを別にすれば、答えは一つしか無い。

「ちっちっち、やあ、ようやく追いついたのかい?」

光が差していた場所は、この広大な空間の丁度中心に位置するらしい。

柱に囲まれて、床が一団円上に高くなっている場所がある。

その中心にレイナードと、その横に蹲るようにして座り、祈りを捧げている男の姿。

「ちちっ、破壊神ノアレの祭壇にようこそ」

ウィンたちが追いついてきたことに気づいたレイナードは、大仰な態度で一礼をしてみせた。

「何なんだ、ここは?」

剣を抜いて身構えたウィンが問い質す。

「ちちっ、今言った通り、ここは破壊神ノアレの祭壇。神域と呼ばれる場所だよ」

「神域……ですって?」

その言葉に、驚きの声を上げたのはリアラだった。

「まさか……こんな所に、そんな」

「そうだよ、ここは破壊神の神域。ちっちっち、ようこそ勇者とその仲間たちよ。この場所こそが、コンラート・ハイゼンベルクが魔法を編み出し、サラ・フェルールが完成させようとした破壊神を召喚するための祭壇だ」