軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

セリ

セリはエルフの父と、人間の母の間に生まれたハーフエルフ。

閉鎖的な村社会では、異種族は弾かれる事が多い。ましてや、まだ何の力も無いハーフの子どもともなれば、いじめの対象にされる事も多いと聞く。

セリの父も、母と結婚した当初は、村の者たちと打ち解けるのに随分と苦労したらしい。人の言葉が話せ無かったため、会話をするのにも随分と苦労をしたとセリに語っていた。

だが、セリの父は優れた狩人で、また魔法も操れた。

村に新しい畑を作る時、新しい水路を引く時、そして危険な獣や魔物が襲ってきた時、セリの父は積極的に魔法を用いて、村のために働いた。言葉が通じなくても、黙々と働いた。

その父の姿勢に村の人々も信頼を寄せていき、セリが物心付く頃には、一家はトルク村の一員として受け入れられたのである。

(随分と遠くまで来ちゃったな)

仮神殿でお湯を貰いサッパリとしたセリは、少し涼もうと思って外へ出ていた。

セリのような一般的な庶民にとって、お湯をたっぷりと張った湯船は贅沢な代物。普段はお湯で身体を拭くか、水浴びが基本で休みの日に公衆浴場に行く程度だ。

ついつい、長湯をしてしまって、こうして外へ涼みに出たのである。

外は静かだった。

聞こえてくるのは虫の声と、風に乗って聞こえる微かな並の音。

仮神殿を出て少し行った所に、大聖堂建設用資材と思われる石材や木材。それに工具などが山と積まれている場所があった。

そこは工人たちの休憩場所でもあるらしく、屋根だけの簡単な建物の下に、木製の大きな机と無骨な椅子が幾つも置かれていて、机の上には金物で作られた頑丈な食器が乱雑に高く積み上げられていた。

セリはそこまで歩いて行くと、椅子の一つに腰掛けた。

屋根しか無く壁がないため、空を見上げると雲ひとつ無い満天に星が輝いていた。

「お父さん、お母さん。信じられる? 私は今、リヨン王国にいるんだよ?」

星の瞬きを見つめたまま、セリは小さな声で呟いた。

「ふふ、ついこの間まで小さなトルクの村に住んでいて、大きな町って言えばネストにしか行ったことが無かった私がだよ? びっくりしちゃうよね」

誰一人聞く者がいない夜空の下で、セリは小さく笑う。

「それにね、私、リアラ様ともお会いしたの。聖女様よ。とても優しそうな方だった。まだ治りかけだったリーズベルトさんの怪我を、あっという間に治しちゃったんだ。優しそうな方で、とても素敵な女性だった」

もしもトルクの村が襲われる事が無かったとしたら、セリは今も、小さな村で父と母の世話する畑の手入れを手伝う毎日を送っていただろう。

ネストの町か、それとも近隣の村からか。婿を貰って子どもを産み、年老いた母の面倒を見つつ、村で長命な父と共に働き続ける。そんな一生を送ったに違いない。

レティシア、ティアラ、そしてリアラ。

きっとセリに子どもが生まれた時、寝物語に話して聞かせたであろう物語の登場人物たちと、知り合うことは無かった。

その事は素直に誇らしいのだが――。

「お父さん、お母さんにも会わせてあげたかったよ……。シムルグ、クレナド、ミトス。いろんな町を見てきたよ。リヨンの王都には海もあって、大きな船がいっぱい浮かんでるんだ。ほんとに見せて上げたかったよ……」

セリは小声で呟きながら、膝を抱えてうつむいた。

トルク村が滅びてからおよそ一年。

セリは帝都シムルグの宿屋、『渡り鳥の宿木亭』で働く日々を過ごしながらも、夜寝る時などふとした時にあの時の事を思い出し泣いていた。それでも最近では立ち直っていて、ましてやリーズベルト、アベルとの旅の道中では、トルク村での事を思い出さないようにしていた。

旅の同行者二人に、余計な心労を掛けたくないという思いが強かったからかもしれない。

それが今日、仮神殿で死んだ父と母の事を思い出してしまったのは、きっとウィンとレティシアの顔を見てしまったからだろう。

二人は『渡り鳥の宿木亭』の常連で、三日と空けずに来店する。

そんな二人を見てしまったものだから、張っていた気が緩んでしまった。

セリは暫くの間、膝を抱えうつむいたままの姿勢でいたが、やがて顔を上げると目元に滲んでいた涙を拭いた。

「ううん、泣いてる時じゃない。しっかりしなくちゃ。お父さんやお母さん、それに村の皆が心配しちゃう」

セリは立ち上がった。それから目を閉じ手を組むと、星空へ祈りを捧げる。

「お父さん、お母さん。私、お父さんのふるさと、エルナーサに行くんだ。そこに住んでいるお祖父様、お祖母様に会いに行ってきます。正直、ハーフの私がエルフの国に行くのは怖いけど、リーズベルトさんもアベルさんも一緒に行ってくれる。今の私にはウィンさん、レティシア様も……。お友達って言うと不敬かもしれないけどね。だから、心配しないで私のことを見守っていてください」

そう祈りを捧げると、セリは立ち上がった。

過去の事を思い出して、落ち込んでいた気分が少し晴れた気がする。

「さ、戻ろ」

仮神殿は夜も寝ずの番がいて、大きな入り口には昼夜問わず火が灯されている。

セリがいた資材置き場は、その火から距離が離れていて、周囲はほぼ暗闇だ。

その事が幸いしたのかもしれない。

火の傍にいて、その明るさに目が慣れてしまっては、決して見通せない暗がりの中。

(あれ? 何だろう?)

暗がりに目が慣れていただけではない。エルフの血が半分入っているため、夜目の利くセリは暗がりに動く複数の人影を捉えていた。

(町の人?)

大聖堂建設のために集まってきた人々が作る町は、岬の麓に広がっている。その町からセリがいる大聖堂建築予定地と仮神殿は、少し離れているのだが、その暗がりに動く人影は間違いなくセリがいる方へと向かって来ている。

(町の人にしてはおかしいわ)

セリは一瞬、町で急病人か怪我人が出て、癒やを求める人が仮神殿に向かって来ているのかと考えたが、すぐにそれを否定した。なぜなら、彼らは明かりを持っていない。

急を要していたとしても、足下が不安な夜の道を、明かりも持たずにやって来るはずもない。

(だ、誰かに知らせないと!)

セリは二、三歩後ずさりすると、パッと身を翻した。火の灯されている仮神殿の入り口。その近くまで行けば、不寝番をしている仮神殿の者がいる。

セリは駆け出そうとして――。

ふわりと顔を撫でる風。

真後ろで突然何者かの気配。

「ちっちっちっ、若い娘さんがこんな時間に、こんな暗い場所にいるなんて。悪い娘だね」

耳元で囁かれる年老いた男の声。

ぎょっとして身を竦ませるセリの腕をひねりあげ、背後からその口を塞いだ。

異臭を放つローブを着こみ、顔の半分以上が隠れているため、その表情は窺えない。唯一覗く口元から、高齢の人物のようだ。

セリは必死に身を捩り、声を出そうとしたが、しっかりと口を塞がれてしまって、息すら苦しい。

「ちっ、こんな夜更けに出歩いていなければ、恐怖を味わうことも無く死を迎えることも出来ただろうに」

男の口元が歪み、薄笑いを浮かべているのが見える。

恐怖で更に力を振り絞って暴れようとするが、男はひねりあげる力を強め、痛みでセリはついに身動きすら取れなくなってしまった。

「…‥…っ…‥…っぐ……」

しかし、逆にセリはその痛みのおかげか、恐怖でパニックに陥りそうになっていた頭が、少し冷静さを取り戻す。

ひねりあげられて動かない身体の中で、唯一自由に動く目を必死で動か―― そして、ある物に目が止まる。

その時、男のセリを締め付ける力が強くなった。

「ちちっ、ここの司祭でも無さそうだ。素材にもならない下働きの娘かな。騒がれない内に始末したほうが良さそうだね」

男はそう囁くとセリの口を塞ぐ手を下に、彼女の細い首をへし折るため、少しずつずらそうとほんの僅かだが力を緩めた。その刹那の隙を逃さず、セリは全意識を集中して心の中で叫んだ。

『風よ!』

呪文の詠唱ですら無い。

ただ一言、心の中で発した必死の叫び。

精霊は魔力を対価に、術者のイメージを具現化させる。

セリは父からその事を習っていた。

呪文はあくまで術者のイメージを補完させるだけの者に過ぎない。強く強く、自らが望む事を思い描き、魔法を行使すれば精霊は応える。

エルフの血を引くセリ。

その魔力は普通の人よりも強く、大きい。

全魔力を振り絞ったセリの呼びかけに応えた風の精霊は、強烈な突風を生む。

「何だと!?」

セリの事をただの下働きの娘だとばかり思い込んでいた男は、突然の突風に驚き、ひねりあげていた手の力を緩めてしまう。その隙にセリは身を捩るとようやく男から身を離す。が、勢い余って、セリはその場に倒れこむ。

しかし、セリの狙いは突風で男を怯ませて、その手から身を離す事ではない。

セリが狙ったのは、セリと男の位置から少し離れた場所にある、セリが先程までいた工人たちの休憩所。そこに置かれた机の上、乱雑に積み上げられた金属製の食器。

少しでも衝撃を与えれば崩れ落ちそうな食器へ、セリの生み出した突風が吹き付け――。

木製の机の上から吹き飛ばされた金属製の食器は、夜の静寂を打ち破り、ガラガラガッシャーンと盛大な音を建てて、固い地面に勢い良く叩きつけられたのだった。

セリが立てた物音は、彼女の狙い通り仮神殿にも届いたらしい。

まず、不寝番の者がこちらの様子を窺っているのが見え、時間を仮神殿の中から人の声がし始める。

「ちっ、驚いたな。魔法を使うとは……。ふむ、その耳。エルフの血を引いているのか」

そう時を置かずにして、音の発生源を調べるために人がやって来るだろう。

しかし男は逃げる素振りも見せず、地面に蹲るセリの様子を観察していた。

そして気がつけば登って来ていた集団が、セリとローブの男がいる資材置き場へと迫りつつあった。暗がり故にセリの位置からでも彼らの顔はよく見えないが、老若男女混じっているようだ。

――救いを我らに。

――救いを我らに。

――救いを我らに。

集団が近づいてくるに連れ、セリの耳に彼らの呟きが届く。抑揚なく、ブツブツと『救いを我らに』、ただその言葉だけを繰り返し呟く。

そしてその足取りは非常に遅く、足を引きずるように歩いていて、その様子はまるで死人の集団のように感じられて、セリはゾッとした。

彼らはセリとフードの男のやり取りが目に入っているはずなのに、誰一人として二人を見ようとしない。彼らの目には何の意思も宿っていないように見えた。

「ちっ、ちっ、ちっ……。うーむ……」

セリの前に立つローブの男は彼らが来ても気にもかけず、、ゆっくりと小さな舌打ちを繰り返して考え込んでいた。

その間に、セリはヨロヨロと立ち上がった。

積み上げられた金属製の食器を、地面にぶち撒けるために放った魔法で、魔力と体力のほとんど注ぎ込んでしまった。

身体が上手く言うことを聞いてくれない。

それでも、明かりの方へと足を引きずるようにして身体を運ぶ。

背後の集団とローブの男が恐ろしくて、仮神殿の明かりだけを一心に見つめる。

「ちちっ、ただの下働きの娘と思えばこそ見逃そうと考えたが、魔法が使えるならば役に立ちそうだ。そういえばハーフエルフは試した事が無かったな」

思案げなローブの男の声。

怖くて後ろを振り向く事もできない。セリは必死の思いで走ろうと喘いだ。

ローブの男が小さく口元を歪ませると、スッと枯れ木を思わせる手を上げる。すると、集団の中から二人の男が前に出る。

「捕らえよ」

その命令はセリの耳にも届いた。

今にも背中からセリを捕まえようと、何者かの手が伸びて来るように思われた。

足がもつれて前に転びそうになりながら、セリは目を強く閉じる。

(誰か……助けて!)

その思いが通じたのか――。

「はっ!」

「このクソ野郎!」

若い聞き覚えのある男性の声。

鈍い打撃音。

セリの両肩に置かれた、力強い手。

「ふむ……大丈夫じゃったかの?」

セリが目を開くと、彼女を労るような優しい目つきで、ミトが彼女の顔を覗き込んでいた。

「大丈夫、セリさん?」

「夜中に女の子を襲うなんて、なんて卑劣な奴らなんだ!」

木の棒を持ったウィンとアベルの姿がそこにあった。