軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

隆盛の王国

御前会議で出撃させる軍の規模、それから出立日が決すると、そこから先の準備は参謀と事務方の仕事となる。

ラウルは部下たちに任せると、一人王宮の中庭へと出た。

建物で囲まれていても広い敷地には芝生が敷かれ、庭師によって丁寧に整えられた木々が植え込まれている。王宮内も王宮前の大通りと同様、庭木の位置、池の位置、噴水の位置の全てが高名な芸術家、画家、造園家によって絶妙に計算によって配置されていた。

これはリヨン王国が建国された当時、レムルシル帝国、カシナート王国という二大国に挟まれていたためで、「自国は金がある。そう容易には侵略を許しはしないぞ」という示威の意味合いを持たせたためだ。

国が成長した現在、普段は王族、貴族、客人の目を楽しませるための空間となっているため、この中庭に人の姿は滅多にないのだが、今日は珍しいことに王宮に仕える者たちが大勢集まっていて、庭の中央部に人の輪ができている。

その輪へラウルが近づいていくと、王太子の登場に気づいた人々が、慌てて彼の前に道を開けた。

集まっている人々は騎士や兵士たちが多かった。

それもそのはず。人の輪のせいで先ほどまでは見えなかったが、輪の中心にいた者は随分と背の低い老齢の人物、『剣匠』と呼ばれるミトだった。

ミトはドワーフだ。

ドワーフ族は成人しても、人間の十歳児くらいの身長にしかならない。

だが、鉱山に住まうことを好む彼らは、子供のような背丈をしていても、人間を軽く上回る膂力を誇る。

現にミトは、自らの背丈よりもはるかに大きな愛用のハルバードを、流麗な動きで軽々と振り回していた。

そのミトも、人の輪が急に割れたことで、ラウルが近づいてきたことに気がついたようだ。

練武の手を止めてハルバードを下ろすと、ラウルの方へと向き直った。

「我が国の騎士、兵士たちに、高名なあなたの練武見せて頂き感謝いたします」

ラウルがそう言うと、ミトは軽く首を傾げた。

「別に見せるつもりで鍛錬をしていたわけではないがな。身体を動かしとうて、王宮内で広い場所を探しておったら、ここを見つけてのぅ。勝手にこの場所を使ってしまった上に、わっしのせいで騒がしくしてしまっていたのなら、逆に謝らねばなるまい」

「構いませんよ。あなたを賓客として接するようにと、陛下からもお言葉を頂いています」

如何にも申し訳なさげに小さく頭を下げる老ドワーフのために、近くにいた兵士から受け取った手拭いを差し出して、ラウルは言った。

騒がしくなっていたのは事実だが、それは彼の練武の様子を見学に集まった騎士や兵士のせいであって、彼のせいではない。

「それよりも驚きました。今まで一度として私の招きに応じてくださらなかったあなたが、まさかコーネリア皇女とレティ――勇者レティシアと共に、我が国を訪れるとは」

「なに、山に出た化物蟻を退治するための軍を要請する、そのついでじゃわい。勇者殿とその師という若者に少し興味を覚えてのぅ。百を超えてから山を下りるのが億劫になっておったんじゃが、ついつい足を伸ばしてしまったわ」

ミトは渡された手拭いで汗を拭いながら言う。

そんなミトにラウルはゆっくりと口を開いた。

「ではそのついでに、予てから私が申し込んでいた試合の件もお引き受け願えないでしょうか?」

「よせよせ」

しかしミトは、目を細めて睨み付けるラウルをなだめるように軽く手を振った後で、己の持つハルバードの刃へと目を向けた。

「剣聖殿の言う『剣聖』『剣神』『剣匠』という最強と謳われる三剣で、本当に最強なのは誰なのか。若い頃のわっしもはっきりさせたいと考えたことはあるし、確かに興味もある。じゃがな、残念なことにわっしがそう思っておった頃には『剣聖』は世に現れず、唯一所在の知れておった『剣神』は遠い南方の遠国で、しかも激しい戦の真っ最中じゃった。とてもわっしの勝手な思いつきで、勝負を持ちかけられるような状態じゃなかった」

ミトはそこで言葉を切ると、若き剣聖の名を持つ王太子に微笑みかけた。

「残念じゃが、今のわっしと剣聖殿が戦えば、勝負は目に見えておる。年老いたわっしはすでに頂きを通り越し、今では腕が落ちぬように身体を維持することで精一杯じゃ。強者との戦いを臨むのであれば、むしろ老いて落ち目にあるわっしよりも、勇者殿に挑むほうがよろしかろうて」

「いや……レティには……」

「その様子を見ると、すでに勝負を挑んで完敗を喫したかのぉ?」

レティシアを思い出し、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたラウルを見て、ミトは楽しそうに笑った。

「無理もない。あの娘。わっしが絶頂期の頃であっても、到底わっしの武が及ぶところではないように思う。あれほど底知れぬ武の器見たのは、生涯に渡って初めてのことじゃ。まあ、じゃからこそ山を下りてみようと思うたわけなんじゃが……」

「ミト殿であってもそう思われますか……」

「うむ。あの娘は規格外すぎるゆえ、負けたとあっても気にすることはないぞ。若き剣聖殿」

◆◇◆◇◆

リヨン王国の王都は、海洋貿易で発展した港湾都市である。

そのためレムルシル帝国の帝都シムルグやクレナド、エルツといった町並みと違って、様々な点で違いを見ることができた。

まず通りの道幅がシムルグよりも遥かに広い。

ウィンたちが更新した王宮前から港まで続く大通りはもちろん、主要な通りの全てがシムルグのあらゆる通りよりも道幅が広く作られていた。

リヨンの港は近隣諸国でも最大級のものであり、北方、南方から送られてくる物資が日夜関係なく運び込まれてくる。そのため、大商会の運送用の馬車が多数往来していて、交通の妨げとならないように道幅が広く作られているのだ。

そして次に建物の高さだ。

自由都市だったリヨンは、王国の首都となって以後、人口が膨れ上がって行き、町を囲む外壁は町が壁の外に溢れだすと、新しく外壁を建築していった。

その最も古い壁の中に、王宮を含むリヨン最大の港町が広がっているのだが、建物の多くが三階以上の高さを持っていた。また天井も高い。

これは海の水が溢れてきた時に、住民が屋上へ避難できるようにしてあるのだ。

そして高い建物の一階部分には、船乗りたちに食べ物や酒を提供する飲食店、宿屋が並び、それらの店に混じって遠方の国から届く陶器の壷や皿、彫刻、絵画といった美術品を扱う店、異国風の布を使った服を扱う店、港町らしく魚介類を扱う店など、混沌とした街並みが広がっていた。

王宮を出たウィンとレティシアは、リヨンのレムルシル帝国の公館に向かって歩いていたのだが、ウィンはあまりの人の多さに目を白黒とさせていた。

「凄いな。人口や都市の規模は、シムルグのほうが大きいと騎士学校で習ったけど、活気と人の賑わいはこっちのほうが遥かに上だ」

シムルグの門前広場で開かれる市場に似た雰囲気が、リヨンでは、王都の通り全体に広がっていると言うべきか。

もちろん、主要な通りだけが賑わいを見せている可能性もある。

しかし、裏の通りへと行けば、いかがわしい酒場や娼館街があったりするので、そこはそこで違った賑わいを見せているのだろう。

リヨン王国はレムルシル帝国、カシナート王国という大陸でも有数の歴史ある国に挟まれた新興国なのだが、わずか数十年で経済力、軍事力でも両国と肩を並べるまでになった。いや、経済力だけならすでに二国を上回りつつあると言われている。実際、街の活気を見ればその話が真実だと納得できる光景だった。

「おーい、兄ちゃん。どうだい? そっちのかわいい彼女にプレゼントでも。南方から送られてきた宝石貝の首飾りだ。安くしとくから見て行かないか?」

「か、彼女!?」

通りがかった店の主人から声を掛けられて、レティシアが声を裏返らせると、背筋を伸ばして足を止めた。

装飾品を扱う店らしい。

店の主人の言葉通り、南方の海から運ばれてきた美しい貝を使って作られた首飾りや耳飾り、真珠、宝石珊瑚などが店頭に並べられている。

「すまない、ちょっとした用事があって先を急いでいるんです。今度ゆっくりと見て回れるときに是非寄らせてください」

「おや、そいつは残念だ。じゃあ今度、時間があるときにでも、ゆっくり見に来ておくれ。きっと彼女に似合う良い品物が揃っていると自負しているからね」

「ははは、そうします」

ウィンはレティシアの手を握ると、彼女を導くように引いて先を歩く。

「勝手にまたの機会に訪れると約束しちゃったけど、レティ良かった?」

「う、うん! もちろんだよ! 絶対行こうね!」

「うん、良かった。ロックが女の子は買い物が大好きで、女の子を誘って行くといっつも長時間待たされるって嘆いていたんだけど、レティもやっぱり買い物とか好きなの?」

「どちらかという好きかも。私の家は出入りの商人さんがいるけど、それでも街に出てかわいい小物や服を見て回るのはとっても楽しいよ」

(お兄ちゃんと一緒なら特にね)

「そうか。俺もせっかくリヨンにまで来たわけだし、もっとゆっくりと街を見て回りたいからなぁ。もちろん今は任務もあるし、皇太子殿下や隊長たちの状況が心配で、それどころじゃないんだけど、きちんと落ち着いたらリヨンの町を見て回りたいね」

足を止めずにそう言いながらも、ウィンの目は道の両隣に立ち並ぶ店の陳列物に注がれていた。

「そういえば――」

レティシアが足を止めたことを、繋いだ手から気づいたウィンが彼女を見た。

「この町には何度も来たけれど、最初に来た時はティアラと一緒だったな」

「旅をしていた時?」

「うん。その時、王宮に招かれてラウルと出会ったの。それからあいつ、私を追いかけてきてね。一緒に捕らわれていたリアラを助け出すことになって。それから一緒に旅をすることになったの。その頃にようやく私、この町をゆっくりと眺める余裕が生まれたんだわ……」

ティアラ、ラウル、リアラの三人と出会ったことで、シムルグから出立した後、レティシアの中で灰色だった世界が再び色を取り戻したような気がする。

わけもわからず勇者とされて、一刻も早く、元の場所に帰りたい。ウィンの元へと帰りたいという思いに急かされていた日々から、共に戦う仲間を得て、少しだけ余裕を取り戻せた。

リヨンという都市は、シムルグに続いてレティシアにとって特別な町と呼べるのかもしれない。

レティシアは港の方角をまっすぐに見つめた。

人の頭で見えにくかったが、レティシアの視線の先には、きらきらと日の光を反射して輝く海が見えた。

「ごめんね。ちょっと感傷に耽っちゃった。この町にも思い出はいっぱいあるから」

「いいさ」

ウィンは頷くと、レティシアが見ている方角へ目を向けた。

「ここからでも海が見える」

「うん」

「あれが海なんだなぁ」

「うん」

「あの海の先には、見たことのない国々が、世界が広がっているんだよね」

「私も世界の全てを見て回ったわけじゃないけどね。世界はずっとずっと広いんだよ」

「自分の見ていた世界が、本当に狭かった事を凄く実感できるなぁ。俺にとっては、リヨン王国に来ていることですら、信じられないくらい遠い場所まで来ている気がしてたのにね」

ウィンはそう言って少し嬉しそうに笑った。

騎士になりたいという夢とは別に、ウィンは世界中を旅して自分の目で色々な物を見て回りたいという望みもあった。

幼い頃にレティシアが屋敷から持ち出してきた本には、主人公が異国の土地を冒険する物語が多くあったからだ。今でもそうした物語は大好きだし、以前にレティシアがプレゼントしてくれた本も大切に読んでいる。

そういえばプレゼントの本もそうだったが、幼い頃のレティシアもウィンがそうした本が好むと知ると、そうした内容の本を屋敷から持って来てくれる事が多くなったように思う。

「俺がこうして世界を知りたいと思うようになったのは、レティのおかげだな」

「ふふ。お兄ちゃん、昔から広い世界を冒険する英雄物語が大好きだったもんね」

「今じゃあ、レティが英雄物語の主人公ポジションだけどね。そういえば、レティが主人公の本も出回り始めてるみたいだぞ?」

「うう……どうせ脚色がいっぱい入ってるんだろうなぁ」

「俺はレティが活躍した本は、全部目を通すことにしてるんだ」

「ええ? ちょっと恥ずかしいな、それ。それに、本は高価だよ? もったいないよ?」

「大丈夫さ」

ウィンはちょっと顔を赤らめて下から覗き込むレティシアに、少し意地悪げな笑みを浮かべて見せた。

「皇宮にある大図書館は、帝国内で発刊された全ての書物が収められるからね。今の俺はコーネリアさん付きの従士なわけだから、図書館への出入りは自由にできるし、当然閲覧することもできるんだ。それに、外国で発刊された本も、コーネリアさんが是非読みたいと言っているし、皇女様の特権を使って取り寄せることもできるしね」

「ええ、そんな~」

「まあまあ、レティも自分について書かれた本を読んでみなよ。それで世間の人々がどんな風にレティの事について考えているか、知られているのか、きっとわかると思うよ」

「いいよ……別に知りたくないし、わかりたくないよ……恥ずかしい」

そう言うと、レティシアはがっくりと肩を落とした。

「そこに書籍商もある。何なら、ちょっと寄って行って探してみる?」

「いいよ、行かなくても! それに、急ぎの用事があるって言ってたじゃない!」

ちょうど見えた書籍商の店をウィンが指し示して言うと、レティシアはウィンの手を強く引っ張って先に立って早足で歩き出した。その力強い足取りにレティシアのポニーテールに縛った髪が、ぴょこんぴょこんと左右に跳ねる。

そんなレティシアの後ろをついて歩きながら、ウィンは微笑みを浮かべた後に、建物の陰から見え始めてきた帝国公館を見つけて表情を引き締めた。

帝国内の動向も気になるが、ラウルからの依頼である、盗まれたコンラート・ハイゼンベルクの遺産の件について調査も重要だ。

場合によってはレティシアの力が必要となるという事は、国どころか大陸を再び揺るがす程の大事となるかもしれない。ラウル、そしてレティシアをリヨンへ赴くよう手配したアルフレッドはそう考えている。

帝国公館にはラウルの計らいで、コンラートの研究施設が襲撃された際に立ち会ったという管理官が待っているという。

ウィンは帝国公館の屋根にたなびく帝国国旗を見つめると、気を引き締めるのだった。