軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔疎

「駄目。私も魔法が使えなくなってる」

「明かりはロックが持っている物だけか」

横道から部屋へと飛び込む前に使っていた《光源魔法》は、まだ持続しているのが幸いだった。ウィン以外が自身に唱えていた《肉体強化魔法》もまだ、効果が切れていない。

ただ、《肉体強化魔法》はせいぜいが数十分程度しか持たないし、持続時間の長い《光源魔法》も持って数時間程度。

「この先……どうするのですか?」

走ったためか、言葉の途中で咳き込みながらコーネリアが言う。

パーティーが分断されたことに対する不安からか、コーネリアの表情は固い。

無理もない。

地底奥深くにいて、常に圧迫感と緊張感を感じているのだ。

この状況で仲間とはぐれて不安を覚えないほうがどうかしている。

ロックも突き出た岩の上に腰掛けて、不安そうな顔でウィンとレティシアの方を見ていた。

「今のうちに火を点けよう」

火を使えば貴重な空気を消費することになるが、それ以上に地底深く暗闇に閉ざされた場所で感じる、精神的な不安を少しでも和らげるほうを優先することにした。

ウィンは腰に吊るしていた鉄製の小さな物入れを取り出した。物入れの中には乾いた苔を粉末にした物が入れてあって種火が燻っている。

廃坑道外にあった家屋の廃材を砕いて手に入れた薪に火を点ける。

火の明かりが大きくなると、先ほどの蟻の襲撃と走った際の籠への衝撃による緊張からか、身体をすっかり細くして固まっていた金糸雀が、再び元気よく囀りだした。

坑道内で金糸雀の美しい囀りが反響する。

空気に異常は無いようだった。

乾いた廃材はよく燃えて、明々と周囲を照らしだした。

ウィンは焚き火でお湯を沸かすと、粉末状にしたお茶の葉を溶かして蜂蜜を入れてかき混ぜる。

温かくて甘いお茶は、この状況では一際美味しく感じられた。

ウィンたちの飛び込んだ部屋は天井も高く、部屋の広さもこれまで見た中で最も大きなものだった。

部屋の壁、低い場所、高い場所問わず数十もの縦に細長い横穴、鉱脈に沿って掘り進まれた跡が見られる。

「魔法が使えないか……」

お茶を飲んで一息ついたウィンは、騎士剣に魔力を通そうと試みてみたが、魔力が通った際の淡い燐光が剣身を包むことはなかった。

「というよりも、精霊が私たちの呼びかけに応えてくれないみたい。この辺り一帯が魔疎と呼ばれる地になってるよ」

地図の写しを広げたレティシアが、今いると思われる場所から先に進んだ部分一帯を差すと、指でグルっと円を描いてみせた。

「私が魔法を使った時、多分だけどこの辺りで魔力が伝わらなかった気がするから」

「レティ、魔疎って何だい?」

「何らかの理由で精霊が存在していない場所の事だよ」

「精霊はこんな地底深くにもいるのか」

「世界樹は大陸に根を張っているから、そこからも精霊は生まれるんだよ。もちろん、地上よりも精霊は少ないから生物には厳しい環境になるんだけどね」

精霊たちは世界樹とその若木から生まれてくる。

それは幹葉にかぎらずその根からも。

魔法は、その世界樹から生まれて大気にたゆとう精霊たちへ、魔力を対価として捧げることで様々な現象を生み出す方法だ。当然、その精霊たちが存在しなければ、魔法という現象は発生しなくなる。

それに精霊のいない魔疎の地となったことで発生する問題は、魔法が使えなくなることだけではない。

生物が命を失う時、恐怖を始めとした様々なストレスを感じた時、負のエネルギーである瘴気も発生する。瘴気は生命を冒し、生態系を狂わせてしまう。

精霊たちはその瘴気を浄化する役割も持っていた。

魔疎の状態が続けば、狂った生命――すなわち魔物が生まれてきてしまうのだ。

先ほど遭遇した蟻も、この辺り一帯が何らかの原因で魔疎となってしまい、浄化されずに滞ってしまった瘴気に冒されて魔物化してしまったのだろう。

「でも、魔疎となってる場所がまだそんなに広くない。精霊がいなくなったのはここ最近なのかも」

「じゃあこの先に、急激に瘴気が大量に発生した原因があることになるのかな?」

「うん多分……さっきの通路の中はまだ魔法が使えたから」

ウィンが尋ねると、レティシアは落盤で塞がってしまった道を振り向いた。

「……では、違う通路だと魔法が使えたりするのでしょうか?」

治癒魔法を使えないので手持ちの薬でウェッジを介抱しつつ、ウィンとレティシアの会話を聞いていたコーネリアが言った。

「そうだね……さっきの通路ではまだ魔法が使えたんだから……」

レティシアは何枚もある廃坑道の地図をめくると、コーネリアに幾つかの道を示してみせる。

「ここと……あと、こっちの道を少し行けば魔法が使えるかも」

「ではそちらで治癒魔法を試みてみますね」

レティシアが指差した坑道に目を向けて、コーネリアは立ち上がった。

「待って、俺も行くよ」

ウィンも剣を握った。

ウィンたちの来た道は、レティシアの魔法による落盤で完全に塞がっていたため、蟻が這い出てくる隙間は無いと思われたが、別の道にもまだ蟻がいるかもしれない。

そう考えてウィンも同行しようと立ち上がろうとしたのだが、

「こっちは任せておけ」

同様に剣を握って立ち上がったロックが、ウィンを手で制した。

「こっちにいたって安全とは限らないしな。ウィンはレティシア様と一緒に、皆と合流できる道か、リヨンに続く道を見つけてくれよ」

地図の写しこそあるものの、それこそ蟻の巣のように張り巡らされた坑道だ。

この部屋の下から上まで数十もある横穴から、正しい坑道を見つけ出さなければならない。

そして例え正しい坑道を見つけたとしても、その坑道が途中、落盤や浸水といった障害で行き止まりとなっている可能性もあるのだ。

それも頭に入れた上で、別の迂回道も探しておく必要があった。

ウィンはロックの言葉に従って、レティシアと一緒にこの場に残ることにした。

確かにまだ皆の体力と精神に余裕があるうちに、幾つかの道を見つけておくべきだった。

レティシアの示した横穴へと進んでいく三人を見送ったウィンは、レティシアが地図を広げている所へと戻ると、彼女と同じように地図を覗き込んだ。

静寂の中、二人の息遣いと金糸雀の囀りだけが聞こえる。

しばらく二人とも、もつれた糸のように複雑に絡み合った坑道を目で追っていたのだが、やがて二人ともに地図に描かれた一箇所で目を留めた。

「何だろう、ここ」

「随分と広い場所だよね、お兄ちゃん」

この部屋から進んだ先に、今いる部屋よりも更なる広さと天井の高さを持つ空間があるようだった。

こうした部屋は、鉱脈を掘り進んで行った鉱夫が広げて作られたのだが、その空間が描かれている地図には、鉱夫たちが書き記したと思われる書き込みが、他の場所よりも多くあった。

また、天井にかなり大きな割れ目があるようで、外に繋がっているのではないかと思われる描き方もされている。

書き込みはお世辞にも綺麗と言えない字である事と、古い地図ゆえに汚れ等もひどいため、詳細は分からなかったが、どうやらその空間が他の坑道や部屋と違って特別な場所らしいことだけは確かなようだった。

「この場所が、ちょうど魔疎になってる地帯の中心じゃないかなと思う」

地図から顔を上げたレティシアが言った。

「じゃあ、そこで瘴気が発生しているわけかな」

「そうだと思うんだけど……どうやら、どの坑道を辿ってもその広場を通らないとリヨンに向かう道に合流できないみたいなの」

そう言って、「どうするの?」と、ウィンにもの問いたげな顔をするレティシア。

「どのみち、先に進むしか無いからね。でも、みんなかなり疲れてる。ロックとウェッジ、コーネリアさんが帰って来たらここで一休みして、それから奥に進もう」

◇◆◇◆◇

火にかけた鍋にバターを溶かして四つに切り分けた玉葱を放り込み、きつね色になるまで炒めた後で、干し肉に水と葡萄酒を注ぎ込みグツグツと煮込む。

灰汁をこまめにすくいつつ、しっかりと煮だったら調味料に香辛料、そして塩を使って味を整えた後に、茸を放り込んで作ったスープ。

気力、体力を取り戻すためには温かくて旨い食事が一番だ。

ウィンの作っていたスープが完成する頃に、治癒魔法を使うために離れていたコーネリア、ロック、ウェッジの三人が戻ってきた。

「おいおい、随分と離れた場所にまでいい匂いが漂ってたぞ」

戻ってきたロックの顔が緩んでいる。

「ウェッジ、怪我は大丈夫?」

「ああ、問題ない。コーネリア様のおかげで大分楽になったよ」

「怪我を治すには食べるのが一番。スープ作ったから食べてくれ」

スープには干し肉の脂と旨味、そして茸の出汁がよく溶け出していた。

玉葱もトロトロになっている。

スープに硬いパンを浸して食べれば、程よく利いた塩と香辛料が食欲を更にそそった。

「こんなところで、こんなに美味しいものが食べられるとは思いませんでした」

コーネリアの感想に、ロックとウェッジがコクコクと頷き、感心したような視線をウィンに向けた。

「こういった料理は得意なんだよ。ランデルさんに仕込まれてるし、それから冒険者やってた時もよく作ってたしね」

ウィンは笑って、次々と差し出されるお代わりの器にスープをよそうのだった。

やがて鍋が空になって食事を終えると、交替で一眠りしてからウィンたちは奥に向かって歩き出した。

先頭にウィンとレティシアの二人が立つ。

鉱脈沿いに掘られた坑道は狭く、明かりを持つウィンのすぐ後ろに地図を広げたレティシアが歩く格好だ。

同じような岩肌がずっと続いているため、同じ場所をさまよっているような気分になってくる。

また、レティシアの《時間回帰》の魔法が効果を成していないため、岩盤を支えている支保坑が朽ちたままなのが不安も誘う。

いつ、何かの拍子に落盤しないとも限らないため、ウィンたちはより一層慎重に歩を進めていく。

坑道は緩やかな傾斜をした、登り道となっていた。

足元に注意をして先頭を歩いていたウィンは、やがて遙か前方の曲がり角が薄っすらと明るくなっていることに気がついた。

「光だ……」

「地図だと、その辺りであの広い部屋に出るよ」

ウィンの呟きを聞きつけたレティシアが、地図を見比べて言った。

「日の光が差し込んでいるってことは、外につながってるのか?」

最後尾を歩いているロックが少し弾んだ声を上げるが、

「多分、天井に岩盤の裂け目があるんだと思う。地図で見たら、とても登れる高さとは思えなかったな」

ウィンは首を振って答えた。

それでも久しぶりに見る日の光だ。

たとえ登れないにしても、日の光に緊張が緩んで、どことなくホッとした空気が漂うのは隠せない。

それに、その場所には天井から吹き込む新鮮な空気があることだけは間違いない。

しかし、そこでウィンは腰に帯びている剣の感触を確かめた。

レティシアの感覚では、そこが瘴気の発生源である可能性が高いのだ。

魔法も使えない今、油断をする訳にはいかない。

「みんな、大丈夫か? この先はレティの言ってた瘴気の発生源があるかも知れない場所だから、また蟻か別の魔物がいるかもしれない」

ウィンは足を止めて振り返った。

皆の顔を窺うと、疲労の色は隠せていないがそれでも力強い頷きが返って来た。

(よし、何とかなりそうだ)

気力が衰えて無ければ大丈夫。

「とりあえず、俺とレティが先行するよ。ロックとウェッジでコーネリアさんの護衛についてくれ」

(私も戦えます)

ウィンの指示に思わずそう言いかけたコーネリアだったが、口には出さなかった。立場もあるし、ただでさえ魔法が使えない。

足手まといになるのが関の山なのはコーネリアにも分かる。

(前に出て戦えないなら、せめて自分の身が守れるくらいには――)

「レティ、行ける?」

「大丈夫。魔法は使えないけど、お兄ちゃんだって私の剣の腕は知っているでしょう?」

「頼もしいな」

ウィンはレティシアに笑って頷いていた。

(レティシアさんにそんな事を尋ねられるのは、ウィン君ぐらいだろうな)

『剣の神姫』の異名を持つレティシアを心配しているウィンを見て、コーネリアはそう思った。

ウィンにとってレティシアは最強の『勇者』だとしても、幼馴染の女の子であるという思いが強いのだろう。

そのことを少し羨ましく思いながら、コーネリアは自分の剣に手を添えた。

コーネリアと本調子ではないウェッジを後ろに下げて、ウィンとレティシア、続いてロックの三人が小走りに先行した。

緩やかに登っている道から、光差し込む部屋へと足を踏み出して――。

先頭の三人は目の前に広がる光景に息を呑んだ。

地下に広がっているとは思えない、これまで通ってきたどの部屋よりも広大な円形状の部屋。

高い天井は、数十メートルの高さがありそうだ。その天井を見上げてみれば、青空が確認できるほどの大きな裂け目を確認できる。

そしてその真下には――。

「あれは世界樹の若木……」

レティシアが呟く。

「でも……どうして枯れているの?」

光が最も強く差し込む部屋の中央部に、一本の巨木があった。

ウィンとロックもエルフの里で見たことがある世界樹の若木だった。しかし、エルフの里で見た世界樹の若木は、生まれ落ちた精霊たちが虹色にきらきらと輝いていて、この世の光景とは思えない幻想的な光景を生み出していたが、この地底に生えている世界樹の若木は、その枝に葉を茂らせることも無く、また生まれ落ちた精霊たちもおらず、寒々とした枝だけが広がっている。

太い幹には大きな裂け目も見える。

だが、ウィンとレティシア、そしてロックの三人に、どうして世界樹の若木が枯れてしまったのかなどと悠長に考えていられる時間は、与えて貰えそうになかった。

枯れ果てた世界樹の根本。

そこにビッシリと群がって蠢めく黒い影。

蟻酸の酸っぱい臭いが、ウィンたちの元にまで漂ってきたのだった。