作品タイトル不明
第13話 商業祭
今日は、楽しみにしていた商業祭の日だ。
人が多いので、ミケは最初から抱っこしておく。
宿を出ると、大通り沿いにずらりと屋台が並んでいる。
すでに良い匂いを漂わせている店が多数あり、朝食を食べたばかりだと言うのにお腹の虫が……
⦅ボクは焼きエムと揚げクルドと、それから冷やしキュイが食べたい!⦆
ミケが次々と希望を述べたが、どんな料理なのかさっぱりわからない。
今まで気付かなかったけど、あっちの世界で私が認識している物はそのまま自動翻訳されて、無い物はこちらの言語のままのようだ。
異世界転移特典が万能ではなかったため、ミケに料理の解説を求めた。
⦅焼きエムは焼きそばみたいなもので、揚げクルドはジャガイモではないポテトフライのようなもの。冷やしキュイはかき氷っぽいかな?⦆
「どれも美味しそう! 向こうの屋台メニューと同じようなものなんだね」
⦅ラノベに登場する『焼きクラーケン』というのもあるよ?⦆
サイエル王国は国土が海に面しているため、海鮮も食べられるようだ。
ただし、海から遠いナウリム領に入ってくるものは、干物か塩漬けされたものになるとのこと。
「やっぱり、焼きイカみたいな感じ? それとも、スルメかな?」
⦅それは、食べてからのお楽しみ……⦆
ミケの顔が意味ありげに見えて、非常に気になる。
屋台で見かけたら、買ってみよう。
買い食いをしながらやって来たのは、町の中央広場だ。
普段は芝生の上で都民が思い思いに過ごしている憩いの場が、今日はあちらこちらに仮設テントが立ち並んでいる。
吟遊詩人や大道芸人も気になるけど、私が一番気になっているのは商業ギルドの仮設店舗。
コラボ商品の売れ行きだった。
◇◇◇
酒造店から販売許可を得た職員さんは、ものすごく張り切っていた。
この機会に、店と酒を皆に知ってもらいたい。
売り上げにつなげたい。
意気込む彼と店を応援すべく、私も頑張った。
商業祭で販売するお酒は二十本。
他の店の商品と一緒にお酒コーナーに置かれる。
有名店や人気店が新作を発表するなか、既存の商品で勝負するのだ。
少しでも客の目に留まるよう、目立たなければならない。
ボトルカバーの色は、見本と同じ生成り色。
さらに、シュシュの色と同じ赤・ピンク・オレンジ・黄色・青・緑を追加して合計七色にした。
お酒なのでピンク色は微妙かな?と思っていたけど、職員さんやオリビアさんからも「目に留まりやすいので、アリです!」と言われてしまった。
商売のプロがそう言うのであれば、私は従うだけだ。
見本はブドウのモチーフだけだったが、販売品には猫のモチーフも使うことになった。
赤い首輪をした黒猫の後ろ姿を、平面的なモチーフで作ったもの。
耳や尻尾もある、猫のモチーフとしては定番のデザインだ。
赤い首輪の黒猫は酒造店の看板にも使われているロゴマークのようなもので、昔飼っていた飼い猫がモデルになっているそうだ。
そんな話を聞いてしまったら、ついつい親近感がわいてしまう。
可愛らしい黒猫と紫ブドウの平面的なモチーフを、二十個ずつ心を込めて制作した。
ロゴマークだから大きくは作らない。
紫(黒)ブドウと黒猫を隣り合わせで、ボトルカバーの真ん中に縫い付けた。
商業祭まであまり日にちがなかったから、毎日毎日必死で作った。
その甲斐もあり、とても素敵な作品に仕上がったのだった。
◇
商業ギルドの仮設店舗に着いた。
取り扱っている商品数が多いため、売り場面積もかなり広い。
それでも、店舗内は大勢の客で混雑しており、職員さんたちは接客に忙しそうだ。
人をかき分けながら、お酒コーナーへ一直線に向かう。
今は、まだお昼前だ。
開店してから二時間くらい経った頃だろう。
数本くらいは売れているといいなあと思いながら商品を探すが、見つからない。
⦅一本もないね。まだ早い時間なのに、どうして売っていないんだろう?⦆
「もしかして、売れ行きが悪くて奥に下げられちゃったのかな……」
売れ筋商品を優先的に売り場へ並べるのは、商売の基本だ。
だから、場所ばかり占領して売れもしない商品は裏に下げられてしまったのだろう。
しょんぼりしながら売り場を後にしようとして、後ろから声をかけられた。
振り返るとオリビアさんで、そっと耳打ちをされた。
「え~!?」
思わず、大きな声が出た。
◆◆◆
マール酒造店は、グラッパ兄弟の父が興した店だ。
家族経営で、細々とワインを製造してきた。
他国へ酒造りの修業に出ていた弟が戻り、ワイン製造後に出るブドウの搾りかすから新たな酒を作る製造法を持ち帰ってきた。
多少なりとも家業の売り上げに貢献できれば。
そんな思いから、苦心の末に味の良い酒を作り出した。
原料費はワインほどかからないため、安価でも十分利益は出る。
味を認められ、商業ギルドで取り扱ってもらえることになった。
しかし、なかなか思うように売れない。
そんなとき、ギルドの担当者が話を持ち掛けてきた。
商業祭で装飾を施して販売をしたいので、許可をもらえないか?と。
見せられた見本品には、兄弟が見たこともないようなもので飾り付けられていた。
たしかにこれなら、多くの酒が並ぶ売り場の中でも目立つ。
ただ、酒にしては少々可愛すぎないだろうか。
父や兄弟は思ったが母や妻たちからは好評で、カバーに店の意匠(黒猫)も付けることを条件に提案を受けることになった。
ボトルカバーの作者は、商業ギルドでも上位の人気を誇る商品を制作していると聞いた。
そんな人物の作品を使用するため、販売価格はかなり高値となった。
店側としても、商品が売れるのはとても有り難いことではある。
しかし、この値段で果たして売れるのだろうか。
不安を感じつつ、商業祭当日を迎えた。
◇
この日ばかりは家業は休みにし、一家総出で商業祭へ繰り出した。
兄弟は他の家族とは別行動を取り、商業ギルドの仮設店舗へ向かう。
商品の売れ行きを確認するためだ。
担当者は、在庫として残っている二十本すべてを売りたいと張り切っていた。
さすがにあの値段設定で完売はないと思うが、少しでも売れて今後の販売につながれば。
兄弟は邪魔にならない売り場の隅に陣取って、客の動向を観察する。
開店と同時に酒売り場にやって来たのは、小綺麗な恰好をした若い女性だった。
見た目と雰囲気から見て、商会の奥様か娘なのだろう。
ワインでも購入するのかと兄弟が注目していると、女性が他の商品には目もくれず真っ先に手に取ったのはマール酒造店の酒だった。
しかも、兄弟が可愛すぎないだろうかと思った生成り色よりもさらに可愛らしいピンク色のもの。
目の前でいきなり売れ、兄弟は顔を見合わせる。
その後も続々と客がやって来るが、女性たちが購入するのは決まってマール酒造店の酒だった。
次々と売れていく酒に興味を持ったのか、他の男性客もワインと一緒に買っていく。
そして、開店わずか一時間ほどで二十本あった酒は完売したのだった。
兄弟は仮設店舗を出て、家族と合流すべく歩き出す。
「兄さん、まさか完売するとは……驚きました」
「ボトルカバーの作者のおかげだな。購入していた女性たちは、皆似たような髪留めや鞄を持っていた。きっと、作品の熱狂的な支持者なのだろう」
「なるほど」
「だから、残念ながら次の販売にはつながらないだろうな」
「そ、そうですね……」
「まあ、そんなに気を落とすな。今日だけで十分な売り上げがあったことは事実なのだから、商業祭を楽しもう!」
「はい!」
家族に完売を報告すると、皆が喜んだ。
◇
数日後、マール酒造店を二人の人物が訪れていた。
一人は商業ギルドの担当者。もう一人は、ヘンダームの町で一,二位の人気を誇る飲食店の経営者だ。
彼は、店でマール酒造店の酒を取り扱いたいと言った。
この飲食店で提供されている酒は、一流酒造店のものばかり。
その一角に名を連ねることは、店の大きな宣伝になる。
突然の話に理解が追いつかない兄弟に、経営者は笑いながら語り始めた。
「酒をまったく飲まない娘が、ボトルカバーが欲しいと言って商業祭で酒を購入してきたのだ。仕方なく私が飲んだのだが───」
あまりの美味しさに店で提供することを即決し、商業ギルドに仲介をお願いしたとのこと。
「これは熟成期間が短い酒だと聞いたが、長いものもあるのか?」
「ございます! 商品にすると価格が高くなりますので、家で飲む用に少量だけ作っております」
「それを、試飲させてもらえないだろうか?」
「すぐに用意します!」
熟成品を一口飲んだ経営者が唸る。
担当者も目を見開いた。
「これは素晴らしい酒だ! あちらはスッキリとした味わいだったが、こちらはとてもまろやかで香りが良い。琥珀のような色合いは美しいし、ぜひこれも店で提供したい」
「よ、よろしくお願いします!」
その後、とんとん拍子に話は進み、ワインも含めた三種類の酒を卸すことが決まる。
これは、数年後には王都でも一流酒造店としてその名を轟かすこととなるマール酒造店の、始まりの物語だった。