軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

3-2.再会

やってきたお店は、今日も変わらず真っ暗だった。

静まり返った店内を覗いても、わたしの顔が鏡のように映るだけ。映ったわたしは眉を下げて見るからに気落ちしている。そんな姿に溜息が漏れた。

「……今日も休み」

「長いな」

わたしの肩をノアが抱いてくれる。慰めるようなその仕草に甘えて、ノアに少し体を預けた。

前回お店を訪れてから、一週間。

明日はとうとう出発の日だ。しばらく国を離れる事もあって、エマさん達の顔を見ておきたかったのだけど。

どうやら今日も叶わないらしい。

今までこんなに長くあまりりす亭がお休みをした事はなかった。

長期休みの時には、何日まで……と書いてくれていたのを思い出す。でも今回は違う。もしかしたらエマさん達も、いつまで休むのか目途がつけられないのかもしれない。

でも、もしそうなら。お店を開けない何かがあるという事で。

杞憂ならそれでいいのだけど、何だか胸が騒いだ。

「……アリシアちゃん? ノアくん?」

不意に掛けられた声に振り向いた。

そこに居たのは──エマさんだった。その姿を見た瞬間、わたしの目からは涙が溢れていた。感情が爆発したみたいに、勝手に零れる涙をどうしていいか分からずに、わたしはエマさんへと駆け寄っていた。

「エマさん!」

「久し振りね。ごめんなさい、お店はまだ……」

そう口にするエマさんの声は暗い。

エマさんの前に立ち、彼女の様子をよく見てみれば、いつもの朗らかな様子は全くなかった。

目の下にはクマが色濃く浮き出ていて、痩せてしまっている。顔色も悪く、窶れてしまっているようだ。

「何があったの?」

「体調でも悪いのか?」

わたしの隣に立ったノアも心配そうに声を掛けている。

それに首を横に振ったエマさんはコートのポケットから鍵を取り出し、お店のドアを開けてくれた。鍵にはアマリリスの花を模したチャームがつけられている。

「折角会えたんだし、お茶でもいかが?」

「……いただくわ」

エマさんの後について、お店に入る。

お店はひどく冷え切っていて、何だか少し埃っぽい。誰も立ち入っていなかったのが伝わってくるほどに。

エマさんは首を横に振ったけれど、どう見たって体調を崩している。そんな彼女をこの寒いお店の中に居させるのもどうかと思った。

暖炉に火を入れたって、暖まるのには時間がかかる。

ノアへと目を向ければ、同じように思っていたようで一つ頷いてくれた。

ノアは厨房に向かうエマさんの後を追いかけて、その腕にそっと触れる。

「エマさん、近くの店に入ろう」

「え? でもお茶くらいすぐに……」

「調子が悪いんだろ? 無理するのは良くない」

「……そう、ね」

お店を見回したエマさんが切なそうに顔を歪める。

「このお店、こんなに寒かったのね」

ぽつりと呟いた言葉から、お店を閉めている間はエマさんもここに来ていなかったのだろうというのが伺える。

わたしはエマさんに駆け寄って、その背に手を回してそっと抱き着いた。

日が落ちてすぐの時間という事もあって、酒場以外にもお店はまだやっている。

わたし達は近くのカフェに足を運んだ。お客さんも多く、心地よい賑やかさにほっと息をつきながら、わたしは向かいに座ったエマさんを見つめた。

コートを脱ぐと、痩せてしまったというのがよく分かる。

いつもは高い位置でシニヨンにしている黒髪は下ろされて、大輪花の髪飾りは耳の上に飾られていた。

注文した飲み物が届くまで、わたし達は無言だった。

エマさんは何を話そうか迷っているようにも見える。無理に聞き出す事はしたくないと思うけれど……助けになれるのなら、何かしたいと思ってしまう。

エマさんも、マスターも。

わたし達の事をいつも見守ってくれていた。わたしが辛い時には寄り添ってくれた。エマさんの明るさに何度心が救われた事か分からない。大切な友人だと思っている。

だから……わたしも、出来る事があるなら何でもしたいと思うのだ。

可愛らしいエプロンをした店員さんが、わたしとノアの前にコーヒーを置く。

エマさんが頼んだのは、ホットミルク。ミルクを一口飲んだエマさんはほっとしたように息をつく。飲んだ後もカップを両手で包み込んでいるから、手が冷えていたのかもしれない。

「どこから話したらいいのかしら。……そんなに難しい話ではないんだけど。大変な事がたくさんあったわけでもないの。ただ、色々重なってしまっただけで」

口を開いたエマさんは、そう言葉を紡ぎながら、頭の中を整理しているようだった。

ふぅと息をついてから、またミルクを口にする。それから顔を上げたエマさんは──以前と同じように穏やかな眼差しをしていた。

「いま、うちの人はこの国を離れて──エストラーダにいるの」

ああ、それでお店を休んでいたのか。

お店のほとんどの料理を担っているのはマスターだ。そう思って納得したのも半分で、まだ疑問も残る。

どうしてエマさんがこんなにも窶れてしまっているのか。

「別に仲違いしたとかじゃないから安心してね」

エマさんが茶化すように笑ってくれる。痩せてしまっているけれど、その笑顔はいつものあまりりす亭でのエマさんだった。

それにほっとしながら、コーヒーを一口飲んだ。

「エストラーダ?」

「あの人ね、エストラーダの出身なのよ」

ノアの問いにエマさんが教えてくれる。

マスターの事を、わたし達はほとんど知らない。寡黙で、自分の事を語る事をしない人だから。以前に名前を聞いた時も軽く流されてしまったくらいだ。

「エマさんもエストラーダの出身なの?」

「ううん。あたしはもっと北、セイミッド共和国なの。狩りをしながら旅をするのが好きでね、色んなところを見てきたのよ」

「一人旅で、狩り?」

「ふふ、これでも弓の腕はいいんだから。今でも時々、うちの人と遠乗りして狩りに行ったりするの」

知らなかった二人の姿に、驚きが隠せない。

でもそう教えてくれるエマさんの顔があまりにも幸せそうだったから、これは二人の大切な思い出なのだと伝わってくる。

「マスターはどうしてエストラーダに行ったんだ?」

そう問いかけるノアの声も、少しほっとしているように聞こえる。

ノアもエマさん達の事を心配していたから、色々安心したのだろう。その気持ちはよくわかる。

エマさんはカップを包んでいた手を、自分のお腹へと持っていく。

その様子に、既視感を覚えつつカップの持ち手に指を掛けた。

「あたしね、妊娠しているの」

さらりと告げられた声に、持ち上げたはずのカップがソーサーに落ちてガチャンと音を立ててしまった。