軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2-19.お休みに、突然の

昨日の事が、思っていた以上に辛かったのかもしれない。

朝はいつもの時間に起きられたのだけど、職場にしばらく休む旨を連絡した後に二度寝をしてしまったようだ。

起きたらもう朝食の時間はとっくに過ぎていて、上司からの【事情は分かっているからゆっくり休んで】という返事も届いていた。

ウェンディからもわたしを気遣う手紙が届いていた。少し丸みを帯びた柔らかい文字。あとでお返事を書かなくちゃ。

でも……ノアからの手紙は届いていなかった。

着替えて、遅い朝食を取る。

父も兄も既に出勤していて、家に残っているのはわたしと母だけだ。昨日の事があったからか、商会の職員が何人か警備の為に屋敷に来ているようだけど、マルクの手伝いをしているらしく顔を見ていない。

ガレットはとても美味しいし、ミルクを入れたコーヒーだってわたし好みの味になっている。添えられているさくらんぼも、ぶどうも、オレンジも美味しいのに……何だかちょっと寂しい。

ノアからの手紙が届いていないから。

朝、出勤前にその手紙を読むことがわたしの楽しみになっていたみたいだ。添えられているお花を飾るのも、わたしの気持ちを上げてくれていた。

「……随分我儘になってしまったみたい」

忙しい時だってあるだろう。

毎日くれていたのが、大変だっただろうとも思う。別に何かあったわけじゃないだろうし……。

昨日の事があったからか、何だか不安になってしまうけれど。でも、もしそうだとしたらきっと誰かが連絡をくれるだろう。

そう思いながら食べ進めるも、いつもより時間が掛かってしまった。

お休みだけど、何をしよう。

ウェンディとノアへの手紙は、既に書き終えてマルクに届けてくれるよう頼んである。

急にぽっかりと時間が空いてしまって、何をしたらいいのか悩んでしまうのは贅沢なのだろう。

本を読む? 本棚の整理? いい機会だからクローゼットの中も見直していいかもしれない。

何からやろうか悩んでしまうけれど、時間だけはたっぷりあるのだ。いつまで休むのか、いつになったら出勤出来るのかも分からないのだから。

「よし、クローゼットにしましょう」

拳を握って気合を入れたわたしは、クローゼットの扉を大きく開いた。

並んでいる服は春ものと夏ものが入り混じっている。もう厚手のものはしまってもいいだろう。冬の小物がまだ残っているから、それも片付けて……と、手袋を手に取った。

手袋と帽子、それからマフラー。

冬に毎日つかっていたそれに、ノアとの思い出が残っている。それを懐かしく思いながら片付けをしていると、来客を知らせるベルの音が聞こえた。

いつものようにマルクが対応してくれるだろう。

そう思っていたのだけど、時間をおいてわたしの部屋のドアがノックされる。

わたしへの来客だったのだろうか。でもわたしが休みだと知っている人なんて少ないし、万が一アンハイムの関係者だとしても通したりはしないはず。

不思議に思いながら部屋の扉を開けると、そこに居たのは──ノアだった。

いつものように髪を下ろしての眼鏡姿。相変わらず体の線を拾わないシャツは、長袖を肘辺りまで捲っていた。

「……ノア?」

「悪い。下で待たせてもらおうと思ったんだが、義母さんが……」

気まずそうに言葉を濁す様子に全てを察した。

楽しそうに「いいからいいから」とノアをここに押しやる母の幻覚まで浮かんでくるほどだ。

「どうしたの? あ、どうぞ入って」

「あ、いや……また今度にする。お前の部屋ってなんだか、悪い事をしているみたいで」

「変なノア」

「いいんだよ。それよりこれ……今朝は手紙を送れなかったから。朝の時点でここに来ようと思っていたから、直接渡した方がいいかと思ってな」

そう言いながらノアが差し出してくれるのは、いつもの薄紫の封筒と花束だった。

色とりどりの花で作られたブーケは、華やかな香りを漂わせている。それを両手で受け取ると、嬉しくて笑みが零れた。

「ありがとう。手紙は……」

「後で読んでくれ。それで、急なんだが出掛けないか?」

「ノアと?」

「他に誰が居るんだ。屋敷を見に行こうぜ。家具が入ってから見てないだろ」

「ええ、行きたいわ。……支度をするから、少し待っていてくれる?」

「おう。マルクさんがお茶を用意してくれるっていうから、応接室で待ってる」

わたしの頬をそっと撫でてから、ノアが階段を降りていく。

さっきまでの不安もどこかに消えてしまって、今ではすっかり浮かれてしまっているのだからわたしも大概だ。

そんな自分に苦笑いが漏れるけれど、会えて嬉しいのだから仕方がない。

手紙は……気になるけど後にしよう。花束はドロテアに頼んで飾って貰おう。

まずは支度をしなければならない。着替えて、お化粧もして……もっと早くに言ってくれたら髪だってしっかりセットできたのに。

開けっ放しのクローゼットに向かい、服を選ぶわたしが姿見に映る。

頬を染めたその姿は、どこから見ても恋をしていた。

選んだワンピースは薄紅色。この色ならわたしの髪にも瞳にも合うとウェンディからお墨付きを貰っている服だ。それに軽くお化粧をして、髪は高い位置で一本に結んだ。結んだ場所に髪飾りを刺してから何度か頭を揺らし、落ちてこない事を確認する。

耳を飾るピアスも婚約記念品のもの。もうこれ以外のピアスをつける事なんてないのではないだろうか。

バッグと花束を持って階段を駆け降りる。途中で行き会ったドロテアには、走っているところ見られて渋い顔をされてしまったけれど、花束を部屋に飾ってくれるようにお願いした。

応接室に向かおうとしたわたしを引き留めて、ドロテアは裏庭でいいものが見られると教えてくれる。ノアを待たせているから……と思ったけれど、ドロテアもノアが来ている事は知っているはずだ。

それでもそんな事を言うのだから理由があるに違いない。そう思ったわたしはまた駆けだそうとして、ドロテアのお小言を貰ってしまった。

裏庭には商会で働く職員たちがいた。その中央に居るのは──剣を持ったノア。

周りを囲む職員たちは、皆一様に憧れの眼差しを送っているようにも見える。

「これ、どうしたの?」

裏庭に繋がるドアの側で日傘を差している母に問いかけると、母もにこにこと微笑んでいた。

「ジョエル君が来ていると知った彼らが、剣の教えを乞うているのよ。ほら、彼らは今日みたいに警備にあたる事もあるから、少しでも上達したいんじゃないかしら」

「そうなの……」

体格のいい職員たちに囲まれても、ノアは気にしていないようだ。

風に乗ってノアの声が聞こえてくるけれど、その声はひどく真面目なものだった。口調こそノアだけど、声は騎士の時のものに近い。

剣を振り、何かを説明しているその様子は……正直見惚れてしまう。

わたしばかりドキドキしているみたいで悔しいけれど、でも慣れる時が来るなんて思えないから。ずっとこうして、胸が切なくなってしまうのだろう。

薄曇りの空の下で、ノアがわたしに気付いたのはそれから十分後のことだった。