軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

3-20.図書館

気付けば雪も止んでいた。

わたし達の頭や肩にはうっすらと雪が積もっているけれど、さらさらの雪は手で払うだけで簡単に落ちてくれる。ひどく濡れる事もなかったし、このくらいの雪はルガリザンドでも日常茶飯事だから気にならない。

もう冷めてしまったホットワインを飲み干して、立ち上がったノアがわたしに手を差し出してくれる。その手を借りて立ち上がり、お互い手を離す事なく歩き出した。

ぎゅっと力を込めると、応えるように握り返してくれるのが嬉しい。それだけで口元が緩むのが分かる。そんなわたしを見て、ノアがおかしそうに笑った。

途中、木製カップをお店に返してから、わたし達が向かうのは王立図書館だ。

本を借りるわけじゃないけれど、やっぱり見ておきたい場所だと思う。その後は美味しいご飯を食べにいくのもいいかもしれない。

そんな事を話しながら歩いていると、不意にノアが髪を乱した。前髪も全部ぐちゃぐちゃにして下ろしてしまう。軽く手櫛を入れても、もう元の髪型に戻る事はなさそうだ。

前髪の奥には黒縁眼鏡。いつも見慣れているノアの姿だった。

「どうしたの?」

「ん? いや、やっぱりこっちの方が楽だから」

「……ああ、なるほどね」

今に始まったことではないのだけど、周囲の視線がノアに注がれているのだ。

髪を上げて顔を露わにしている姿は、どうしたって注目を浴びてしまう。それほどノアがかっこいいのだから仕方ないと思うけれど、楽だというノアの気持ちも分かる。

眼鏡姿で髪を下ろせば、ノアの顔をはっきりと見る事は出来ない。それに加えて背中を丸めた歩き方をする彼に、先程までのような熱視線が向けられる事はなかった。

「変な感じよね。ノアに変わりはないのに」

「そういうもんだろ。今日はこれで我慢してくれ」

「我慢も何も、わたしはこの姿のあんたも好きよ」

「はは、嬉しい事を言ってくれんな」

髪を上げて正装しているノアも好きだけど、わたしが元々好きになったのはこの姿だから。

それにこの姿だってかっこいいと思うのは……惚れた欲目なのかもしれない。

口端を上げて、何だか機嫌の良さそうなノアと道を歩く。

雪の除けられた石畳の道には、大輪の花が描かれていた。道の端に高く積まれた雪山では子ども達が遊んでいる。

そんな賑やかな、午後の時間だった。

やってきた王宮図書館は、ルガリザンドのものよりも少し小さいように見えるけれど、その分奥行のある建物だった。三階建てで、アーチ状の窓が可愛らしい。

どんな本があるのだろうか。貸出と返却はどのようにするのか。

展示方法も陳列だって見たい。

そわそわしながら入館すると、そんなわたしの事を見ていたノアがくつくつと低い声で笑みを漏らした。

「新しい本を手にした時みたいな顔をしてる」

「ええ? どんな顔?」

「楽しみで堪らないって、そういう顔」

「それは否定しないけれど……」

「可愛いって事だよ」

耳元に唇を寄せたノアがそんな事を囁くものだから、わたしの頬は一気に熱くなってしまう。

何か文句を言おうと思っても、ノアがあまりにも楽しそうに笑うから口を噤む以外に出来なかった。

気を取り直して館内へと目を向ける。

天井には美しい絵が描かれている。泉の傍で動物と佇む少女の絵だ。美術館で見た絵と同じ作風で、これがその作者が描いたものだというのが分かる。

壁にも絵画が飾られて、ここもひとつの美術館のように思える程、華やかで美しい空間だった。

新刊の陳列棚へ足を向けようとした時だった。

ノアが「あれ?」と小さく声を漏らす。そちらを向きながらどうかしたのかと問い掛けようとしたら……その声の意味が分かってしまった。

ヨハンさんが居たのだ。

彼は図書館が大好きだから居てもおかしくないのだけど、見るからにしょぼくれていて気落ちしているのが分かる。その胸には本を抱えているけれど、いつものような陽気さはない。

「……どうしたのかしら」

「声を掛けてみるか」

ノアの言葉に頷いて、二人でヨハンさんの方へと足を進める。

顔を上げたヨハンさんがわたし達に気付くけど、浮かべる笑みが弱々しい。

「アインハルトさん、アリシアさん……。お二人も図書館に来たんですね」

「ああ。何かあったのか? 随分落ち込んでいるようだけど」

「それがですねぇ……」

「仕事をさぼって図書館をうろついているのがバレただけだ」

ヨハンさんの声を遮るように言葉を紡いだのは──ジェイド殿下だった。

礼を取ろうとしたわたし達を片手で制したジェイド殿下は護衛らしき騎士を一人連れている。

ジェイド殿下の言葉に溜息を零したヨハンさんは、本をぎゅっと抱き締めながら首を横に振った。

「僕はさぼっているわけではなくてですね。これも業務に必要な事ですから、一生懸命図書館に通っていただけで……」

「私の側を離れてふらついているのはさぼりだろう」

二人のやりとりに苦笑いが漏れてしまった。隣に立つノアを見上げると、わたしと同じような表情をしている。

ヨハンさんはいつもふらりと現れる。何度も助けて貰ったし、頼りにしているのだけど……擁護出来るような言葉は見つからなかった。だってきっと、わたしが思うよりもずっと多い頻度で図書館に通っていたのだろうから。

ルガリザンドでのヨハンさんの様子を思い出しても、これは間違っていないだろう。

そんな事を考えていたら、ふとジェイド殿下がノアへと目を向けた。

「雰囲気が違うな。髪型のせいか」

「それに加えて眼鏡もしています」

「注目を厭うての事か。それも致し方ないな」

納得したようにジェイド殿下が薄く笑った。

ルガリザンドでお会いした時、ノアは騎士姿だった。エストラーダの王城では髪を上げた姿だったから、今のノアは見慣れないのだろう。

すっとジェイド殿下がこちらとの距離を詰める。

声を潜めても聞こえる距離で、ジェイド殿下は口を開いた。

「国王陛下の 病(・) の件だが」

騒がしくもないけれど静かではない館内で、ジェイド殿下の声を拾うのはわたし達ほど近付いていないと無理だろう。

アンハイムの王族が来ているという事で多少の注目は浴びているけれど、こちらに近付いてくるような人はいない。

「病に効く薬を調合出来る薬師がアンハイムに居る。こちらに来るよう手配をしているから、陛下が復帰するのは然程遠くもないだろう。そうすればリガス殿下も帰国できるし、君達の憂いもなくなるな」

病と言いながら、それが毒だという事はジェイド殿下ももちろん知っているのだろう。

「それはリガス殿下もお喜びになるでしょう」

「同盟国の危機とあらば手を差し伸べるのは当然だが。何よりも、私は今の国王が嫌いではないんだ」

ノアの言葉にジェイド殿下は笑みを深める。

ルガリザンドでの姿よりも雰囲気が柔らかいのは、色々片付いているからかもしれない。

「ヨハンが君達の連絡役になるのは聞いている。目を離すとすぐにさぼるが、まぁ信用は出来る男だ。頼ってやってくれ」

「お心遣いに感謝いたします」

感謝を述べるノアと一緒に頭を下げた。

わたし達を手伝ってくれる件に関して、ヨハンさんが叱られる事はなさそうで安心した。

ジェイド殿下の言葉にはヨハンさんに対しての信頼も窺える。

「ではまた」

踵を返したジェイド殿下はヨハンさんの首を掴んで引っ張っている。護衛騎士は慣れているのか、殿下とヨハンさんのやりとりを見ても表情を変えない。

ヨハンさんは何やら文句を言っているようだけど、声が大きくならないのはさすがというべきかもしれない。

三人が図書館を後にするのを見送って、わたし達は顔を見合わせて息をついた。

やっぱり王族の方と向き合うのは緊張してしまう。

「さて、俺達も図書館を楽しむか」

「ええ。まずは新刊と思ったけど、奥から見てきていい?」

「もちろん」

ジェイド殿下から薬師の事を聞いたからか、何だか気持ちが上向いているような気がする。

自分の足取りが軽い事を自覚しながら、わたしは再度館内を見回した。

大きく息を吸うと、紙の匂いがする。大好きな匂いに包まれて、嬉しくなって笑みが零れた。